三嶌伸一の優雅な旅 タイムパラドックスが終わらない
三嶌"伸一"の趣味はクルーズでの旅行だ
飛行機はどうも好きになれない
搭乗前にいつも祈りを捧げるくらいだ
一番最初にクルーズでの船旅を経験したのは、仕事でだった
10日間の香港往復の旅
食事も美味しく、実に優雅な旅だった
旅慣れた人たちが、こんなに船が揺れるのは初めてというほど、荒れた天候での船旅だったのだが、自分は全く船酔いすることなく、快適に過ごせた
同船者はスイートルームに部屋を取っていて、一度部屋に呼んでくれた
普通にお金を払うと百万円以上する部屋だとのこと
いつか落ち着いたら、こんな優雅な船旅をしてみたいと思っていた
きっと、自分には船乗りの血が流れている
そんな風にまで思ったものだった
そんなわけで、色々と一段落したので、事務所の事はすっかり忘れての旅行三昧に明け暮れていた時のこと
その夫婦と知りあったのも、そんな船旅でのことだった
ご主人が定年を迎えての初めての船旅で、歳とってから生まれたと言う、高校生の娘さんの夏休みに合わせての旅行だった
娘さんは、素晴らしい美人になりそうな美少女だったが、ちょっと精神状態が不安定で、モロそうな子だった
次にその夫婦といっしょになったのは、娘さんの高校卒業の春休みだった
大学は一人で東京に下宿させるとかで、色々心配だと、こぼしていた
夫婦は宮城県に住んでいた
その後、三年ほどは、毎年の様に、どこかの船旅でご一緒した
その時は、娘さんは居らず、夫婦二人だけの旅だった
かなり資産家のようで、でも趣味はクルーズ旅行だけなので、贅沢はこれだけですと笑っていた
その後、ちょっと間が空いて、久しぶりにクルーズで一緒になったとき、これもまた久しぶりに、娘さんが一緒だった
赤ん坊を抱えていた
乳児を乗船させられるとは知らなかったが、六か月を超えたら乗せられる船が増え、一歳過ぎたら、たいていのクルーズに乗せられるらしい
初孫と言うことで、たいそう可愛がっているようだったが、娘さんのいない所で、意外な打明け話をしてくれた
曰く、父親が分からないんだそうな
なんで、自分になんかそんな話を打ち明けるのかと思ったが、夫婦も相当追い詰められてるらしい
「三嶌さんのような方ならねぇ」
「おい、お前、そんなこと言ったら三嶌さんに失礼だろ」
奥さんがぽろっと漏らした愚痴を、旦那さんが慌てて諌めてる
「いや、何も別に失礼なことは言われてませんって、可愛いお孫さんのことですし、僕で良ければ、いくらでも話を聞きますよ」
「正直、娘は、もう手に負えんのです。でも、孫だけは、何とかマトモに育ててあげたい」
「本当は、孫だけ、引き取りたいんですが」
「五十歳を過ぎてから、できた娘なので、甘やかしすぎました」
口々に言う愚痴を聞いて、こちらが考える風を装うと、
「あー、他人様に余計な言ばかり、しゃべり過ぎました」と言う
「いや、もう、長い付き合いじゃないですか」
伸一は、そう言って、その時、始めて、自分の連絡先を告げた
「探偵、、、さんなんですか」
「まぁ、興信所などとは少し違うんですが、何か、困り事があったら、ご相談にのりますよ」
「えぇ、えぇ、ぜひ、これが家の住所です。東京からでは、遠いですが、船を降りたら、ぜひ訪ねていただけませんでしょうか」
娘さんには、ネグレクトいわゆる育児放棄の疑いが、あるとのことだった
再会を約して、船を降り、伸一は、一週間後には、老夫婦の家を訪ねていた
船から下りて実家に戻るとすぐに、娘は、子供を預けたまま、ふらっと出て行って、帰って来ないという
「ほんとにねぇ、三嶌さんに、このまま預かって頂ければ、この子にとっても幸せなんですが」
「私生児なもので、元々、私たちの娘として、出生届は出しておりますんで、養子に出すのも難しくないと思うんです」
「田舎のことで、かえって、赤の他人様に預ける方が良いんです」
話が思わぬ方向に流れていき、伸一は少し慌てた
「いや、少し待ってください。お気持ちは分かりますが」
さすがに二つ返事では答えられなかった
「娘が帰ってきたら、多分、強引に連れて行ってしまうと思うんです」
「でも、可愛がるのは、せいぜい二、三日。後のことを考えると、この子が不憫で」
しばらくの問答ののち、伸一は、結局、その日は、一旦戻って、また、改めて出直すことにした
しかし、夫婦と会うのは、その日が最後となった
二日後、電話があって、娘が帰って来て、攫うように連れて行ったとのこと
どうも新しい男が出来たらしいのだが、子供好きだから大丈夫とか軽く答えて出て行ったそうだ
「お役に立てず、すみません。娘さんの居所が分かりましたら、それとなく探っておきますから、また、ご連絡ください」
その日が、三月十日
結局、夫婦と連絡が取れたのはそれが最後だった
週末の震災で、夫婦は行方不明となった
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四年後、伸一は新聞記事に悲惨な記事を見つける
女の溺死体が見つかった
悲惨だったのは、その死んだ女の自宅から、幼児の死体が見つかったことだった
女の娘らしい
明らかに虐待の跡がある死体だったそうだ
女の名前には覚えがあった
伸一は一生分の後悔をした
(あいつのホラ話が本当だったら)
伸一は、一縷の望みをかけて、手紙を書いてみることにした
もし、そんなことが、ほんとに可能だったら、自分だったらどうする
記事を読んでから、一週間は経っていたろう
さんざん熟慮した上で書いた手紙だった
<元気に育ってます>
帰ってきた長々とした返事の中に、その言葉を見つけ、伸一は、驚きと共に、安堵のため息を吐いた
そして、心より、感謝した
本当なら、4年近く、ほったらかしていることになる
せめて、次の誕生日にはプレゼントをしないと
そんなことを頭によぎらせてみたが、そんなことより、じゃぁ、事件はどうなったんだ
その後、例の記事を一生懸命探してみた
しかし、ネットは元より、もうどこを探してもそんな記事は見つからなかった
あの事件は、無かったことになっている
確かに過去が変わった
伸一は、あのホラ話が本当であったことを実感した
ただし、もう一通手紙を出さないといけない
どういう仕組みになっているのか分からないが、自分が一通の手紙を出すことによって過去が変わった
だが、次の一通を出さないことには、本当には過去は変わらないはずだ
しかも、手紙を出すタイミングは今ではない
あと、半年近く先、そんな日が来ることが未だに信じられないのだが、駄目で元々
そうだ、せっかくなら、あいつの作った世界をひっくり返してやってもいいんだ
でも、タイミングを間違えると、まさか自分の存在が消える?
それに、美虹ちゃんを救うこともできない
それから、伸一は、煩悶の中、その日が来るのをじっと待つことになった
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"伸二"が自宅に戻ると、手紙が来ていた
差出人は、三嶌伸一となっていた
筆跡は、自分と似てはいるが、明らかに違う
こないだの過去からの伝言とは違う物だ
念のため、伝言も読み返す
今日は、”手紙が着く”
とだけ、書いてあった
内容を何度も読み返す
(どこから手をつければいいんだ・・・)
適当にでっち上げたはずの三嶌伸一の戸籍
しかし、手紙を読む限り、自分とは違う、三嶌伸一が実在している
(自分はいったい何をしてしまったんだろう
結局、伸二は、またしばらく過去へ戻ることになった
そして、過去でのお話しは、また別の話となる




