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閑話 唯香の独白

自分は決して馬鹿ではない


甲斐唯香は、そう思っていた


確かに勉強は得意とはいえなかった

数字とかみていると、頭がこんがらがるし、文字を読むのも苦手だ


だけど、パッと見た映像を記憶するのは得意だった

一度だけ出してもらったクイズ番組でも、映像の間違いとかは、完璧に答えられた


もう一つ、この人に従えば大丈夫というのが、子供の頃から何となく分かった


母親を小学生の時に亡くしたせいで、いつも誰に頼ったらいいか自分で考えなければいけなかった

一人っ子だったので、父との2人暮らしになってしまい、父の妹にあたる叔母さんが時々世話は焼いてくれたが、正直、好意は感じなかったということもある



芸事の好きだった母親は、唯香にピアノとバレーを習わせてくれた

母親が亡くなった後も、ピアノだけは小学校を卒業するまでは続けさせてもらえた。


一応、今の仕事に少しは役立っている




九州の田舎町に住んでいたが、中3の夏休みにたまたま博多に遊びに行った時、モデルにスカウトされた


声をかけてくれた人が女性だったこともあるが、この人は大丈夫だと感じた


早く家を出たかった唯香は、すぐに叔母へ連絡してくれるよう頼み、叔母も世話してもらえるならと、二つ返事だった

厄介払いだったというのは考えすぎか


父とは、一年以上、会話を交わしていなかったので、聞くまでもなかった



通っている中学には親しい友人もいないし、何の未練もなかったので、二学期からサッサと博多の学校に転校させてもらって、スカウトの女性に世話になっていた


彼女がせっせと売り込んでくれたお蔭だろう

唯香は人気アイドルグループのオーディションに合格していた


正直、メンバーの名前はほとんど知らなかった


・・・


何人かの上京組と、東京で一緒に生活することになった

紹介で東京の事務所にも所属できた



独立できた


唯香はそれでもう充分満足だった


しかし、そんなところで満足している人間がやっていけるほど、芸能界は甘くなかった



最初のうちは、お小遣い程度は貰えていたが、中々芽が出ないと、アルバイトでもしないと回らなくなってきた


福岡のスカウトさんは、父に手を回してくれていて、高校卒業する年までは、仕送りするように手配してくれていた

最初は手をつけずに全部貯金する余裕があった


何のために家を出たんだ、という気持ちもあった


やがて、交通費やレッスン代の自腹負担が増えてくると、そうも言っていられなくなった

仕事が入っている時は食費もかからないが、仕事の入らない日が圧倒的になってきた


唯香は、自分はどうも、この芸能界というシステムに向いていないと感じ始めていた

とにかく会う人会う人、信頼できそうな人が一人もいなかった


同居する他のメンバーでさえそう


突き抜けてしまった先輩は親切だったが、そもそも、売れっ子なので話かけてもらえることすら、マレだ




そんな時、岩谷靜保と出会った

バラエティ番組の制作スタッフと出演者としての出会いだった


隅の方にいる唯香にも何くれとなく、声をかけてくれた


唯香にとっては、東京へ出てきて初めて、大丈夫、と感じた人だった



そして今、唯香に初めて仲間ができた


[パーティ]

という名の



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