パンドラ
今回長いです。すみません。
きりがいいところと思ってたら、2倍になってました。
次回は「一族会議」ようやくアーシアの正体が割れます。
その後にラムルースの話が来てスパルタ編が終了です。
あとちょっとお付き合いください。・・・次のマケドニア編も読んでもらえれば幸いですが・・・
朝の陽ざしが初夏の日差しに感じる頃には、ミルティアデスの屋敷の周りは砂糖に群がる蟻のごとき様相を呈していた。
屋敷を囲う塀の周りでは大勢の人間が大声で喚き、俺の名前を連呼していた。
「いやはや、すごい人気だな」
将軍は呆れた声で呟いた。
「人気でしょうか?見世物にされてる気がしますけど」
「昨夜に忍び込んできて正解でしたね。この状態でご主人を護衛しきれる自信はありません」
周りの声のうるささに怒鳴り気味にしないと室内でも会話が成立しない。
「テミストクレスは無事到着できるのかな?」
将軍は思案顔で呟いている。
彼の声は、戦場と船上で鍛えられた塩辛い渋い声だ。
こんな雑音の中でも普通によくとおる。
(将軍ていうのは、こんなことも普通人と違うのか……)
そのころ海では群衆の注意がこっちに向いたおかげでで、アカイア号の上陸準備が整えられていた。
4隻のカッターが降ろされ、それぞれに漕ぎ手が十人と乗客が乗り込んでいた。
乗客はそれぞれのカッターに10人、計40名が埠頭に向け移動をしていた。
やがて貿易用市場の方から大きな歓声が上がった。
「何が起こったんだ?」
俺はコリーダに目配せした。
コリーダは頷くと、窓から抜け出し、屋根に上った。
すぐに戻ってくると報告を始めた。
「姫様です。レイチェル様ではなくアレティア姫として埠頭に降り立ったようです」
「聞け、群衆よ!妾はデルフォイの巫女たちの庇護者であり、ラダケイモンはエウリュポン王家の姫アレティアである。アッティカの民よ、道を開けよ!」
凛とした声で、群衆に向け声を放つ絹のキトンをきた姫様。
その後ろにはアポロ神殿の旗(新品)をもつピュロスと、盾・脛あてを付け、槍の代りに木の棒を持った重装歩兵……9×4人の縦隊。
その木の棒には穂先の代わりに、
Βλεφαρίδα ήταν πολεμιστές στον Απόλλωνα(アポロに奉げられた戦士達)と
書かれた垂れ幕がぶら下がっている。
彼女の前にいた人々は思わず道を開け、まるでモーゼの海割りのように一本の道ができていた。
外の歓声への好奇心に負けて麦わら帽をかぶると、コリーダと一緒に屋根に上っていた。
……誰だ、こんな登場考えたの?
恐ろしいことに……姫様が現代のモーゼのように荘厳に見える。
そのモーゼがまっすぐこっちに向かってくる。
屋敷の周辺の人たちは、こっちを見張るべきか、凛とした美少女を見るかで悩み、結局美少女に転んだようだ。
アテナイ市民の女性は家の奥にいて外に出る機会は女性用の祭りぐらいである。
このことを考えれば、凛とした美少女ってのも一生に一度見れるかどうか。
ましてやアテナイは王家がない。
美少年よりは希少価値が高いだろう。
姫様の前に人はなく、後ろにゾロゾロとついてくる、そんな中、今度は別方向から竪琴の音が鳴り響いた。
「へ?」
思わず音の方向を見ると……テミストクレスだ。
今日は御者に手綱をとらせた2頭立ての戦車で来ている……あれ?パンドラさんが一緒に乗ってる?
いつものように子供が後ろに向かって花を撒きながらの行進である。
「ははは、面白い一日になりそうだな!」
将軍も屋根に上ってきた。
「ええ、それに賛同します……帰るときのことは考えたくありませんが……」
苦い声の返答を聞いた将軍はさらに大きく笑い出した。
「来ちゃった。アーシア」
……会うなりこの一言……苦笑しながらパンドラさんから告げられた。
「えーと、テミストクレス様と契約されたのですか?」
「いいえ、テミには、あなたが来たらすぐに教えてくれるように頼んでたの」
「はあ?」
「ちょっとパンドラ、その子は私のものだから手を出さないでよ」
「あら、アレティア。ヘスティア並みにお堅いあなたがいうようになったわね」
ほぼ同時に着いた現代のモーゼが横から口を突っ込んできた。
え?二人知り合い!って不思議でもないのか。
クレイステネスさんつながりかな?
「残念ながらデルフォイのヘスティアは返上よ。今はアーシアの愛人なの」
「「ほんとに!」」
あ、テミストクレスとパンドラさんがハモった。
二人がこっちをみる。
「……はい……まあ……そういうことで。」
「すごい腕だな、アーシア。クレイステネスですら落とせなかった牙城を崩すとは……」
いや、腕も何も……
「……そう、アレティア。じゃあ、もう私がアーシアと契約してもいいわよね。」
契約って……ヘタイラの契約ですよね……逆Verじゃないよね……
「ちょっと、待ってください。本題に入りましょう」
俺は熱く、重たい空気を振り払うべく腕をふりながら、大きな声で宣言した。
「とりあえずメトイコイをコリーダが指揮して屋敷を厳重に警備。中をのぞくやつは垂れ幕で妨害しながら警告して」
「わかりました、お任せください」
コリーダは素早く部屋を出ていった。
「ピュロスは飲み物を準備して……材料は船から持ってきた?」
「はい、レモンとハーブをいくつか、それに蜂蜜を持ってきました」
「じゃあ準備おねがい」
苦笑いしている将軍を含め、みんなが執務用の部屋に集まる。
「さて本題です、というかその前に、なぜパンドラさんが来たのか教えてもらえますか」
彼女の顔が真剣なものになる。
「アルクメオン家からの伝達事項です。1週間後に主だったものを集めるので、次期党首の挨拶を準備するようにと。あとアリキポス商会と従来のアルクメオン家の貿易の統合について話し合いを持つようにメガクレス様から依頼がありました」
やっぱりメッセンジャーだったか。
「それと、ヘタイラの契約を斡旋に。セゾンテトラコレスにあげるのはもったいないしね」
あー、冗談めかしてるが半分以上本気だな、今の一言……とりあえず無視して
「テミストクレス様、船大工についてなんですが、何人お願いできますか?」
その後は実務的な話が続いた。
船大工は2隻同時着工できるだけの人数が確保できそうだ。
そのうち1チームはアイギナ出身になりそうである。
これはアイギナとアテナイの対立がひとまず終了した結果、アイギナで予想以上に船大工が余ってしまい、アテナイに出稼ぎにきた人たちを確保できたのが大きいらしい。
テミストクレスは造船所の拡張に積極的だが、養父と違って、アテナイ以外での設営には積極的でない。
ポリス間で対立のした時を想定して躊躇している。
ラムヌースはその数少ない例外だ……何しろまだポリスですらない。
これで1チームが造船しながら、もう1チームがヘイロイタイに技術を教える形が取れそうである。
マラトンの戦いのときには15隻は動員できそうだ。
あとは稼働率の問題なのだが……どんな兵器でも手入れや点検は必要になる。
木造船の場合も同様だ。日本の北前船の場合は、海が荒れる冬に陸に揚げ、船底を火であぶりフナクイムシ(貝の仲間なんだが)を焼き殺さないと板に穴があいて沈没することもあった。
大航海時代の帆船は銅板張りで貝類の付着を防いだが、それでも定期的に海藻など付着物をこそげ落とさないと船足が極端に落ちた。
そして乗ってる人間のローテーションも考えないといけない。
今回は時期が絞り込めているのでその時期に最大稼働率になるようにメンテナンスを組むしかないが、訓練や商売を考えると、低い時でも30%キープ、高い時でもマックス80%が限界だろう。
保有が15隻だと動かしているのは4隻~12隻になる。
このうち何隻が戦場にこれるかというのが問題である。
時期が絞り込めてなかったなら、50%くらいが運用中で戦場に来れるのが、その半分つまり3~4隻という事態になりかねない。
これはアテナイでも同じである。そのあたりを海軍関係に強いテミストクレスと討議した。
「じゃあ、4・5月に合わせるして……次に稼働ピークが来るのは8~9月になるぞ」
「いいんじゃないですか、10月にはシロッコが来て海が荒れますし」
「まあ、そうだな。今回は陸戦がメインらしいから、ミルティアデス達の援護とアテナイの防衛が海軍の役目か」
「うむ、陸は任せておけ。なんとかする」
「では次は負担金の話ですが……」
いつの時代でも軍隊には金がかかる。
いくら個人で通商で儲けても大海軍は設立できない……それぐらい金がかかる。
「当面、アリキポス商会は港の利用料を免じてもらうことで、あとは木材と食料ですね。」
「ふーむ食料はなんとかするが、木材はなー」
ギリシャには良質な木材が少ない。だいたい小アジアから輸入している。
「アテナイの赤絵、黒絵の陶器を提供いただければ、黒海周辺から輸入してくるのですが……」
「アーシアよ、アテナイも木材が不足するのは見えているのでこっちの造船所にも回せるか?」
「……輸送の船があれば可能です、テミストクレス様。中古の軍船を払い下げてもらえれば……」
いつの間にか昼になっていた。
この間の話し合いはピュロスが木の板に記録している。
全員で確認後、羊皮紙に記すことになる。
「いったん昼食にします。」
「ご主人様、ブリートを用意しておきました。」
コリーダはこの頃、料理人としての腕が上がっている。
料理だけなら、ピュロスより上かもしれない
ブリートは小麦粉で作ったトルティーヤでいろんなものを巻く料理である。
今日はキャベツ、インゲン豆、チーズ、蒸した鶏肉、をタルタルソースで和え、オレガノとタイムで香りづけしたものを巻いてある。
「アーシアは相変わらず……豪華な食事だな……」
「高価ではないんですけどね」
「アーシアはこのようなものを食べているのか?」
「まあ忙しい時は……ですが……気に入りませんか?将軍」
「いや結構。非常にうまい」
そういえばミルティアデスに食事作ったことなかったな。
好みが合ってよかった。
食事の後はミルティアデスが灌奠 (かんてん)を行っていた。
その間、俺はホルスと遊び、心をいやしてもらう。
それにしても今のホルスはユキヒョウのミニチュアみたいでかっこいい。
そのくせ懐いてくるからかわいいし。
もう1才なのかな……いつ生まれたか聞いてないけど……会った時から推定すると5~6月生まれっぽい。
手作りの猫じゃらしで遊んでいると、姫様に呼ばれた。
「アーシア、パンドラには気を付けてね」
顔が真顔だ。その上すごい小声で聞き取りにくい。
「パンドラさん、何でですか?」
おもわず俺もささやき声になる。
「彼女もアレティアなの……それも私と同格の。」
はい?
「私のほかに、黄金鏡の儀式に成功したのは彼女なのよ。まだ10年たってないけど……」
「それって、彼女も不老ってことですか」
「ええ、その上、彼女と私はお互いに記憶は覗けないの。後継者にと思っていたら、逃げ出してヘタイラになってたし……」
……やるなぁパンドラさん、アレティアってよりも姫様から逃げ出せた方が驚いたよ。
「わかりました、注意します」
休憩のあとはペルシアの動向について、これは姫様と将軍の報告が主だった。
時々パンドラさんも補足入れていた。
その情報を元にペルシア軍の進路と時期を予想する。
進路についてはほぼ史実通りに進んでいそうだ。
後は時期……これは現状では確定はできない……まだ準備中としかわかっていない。
「こんなところですか」
夕方、俺の宣言で散会となった。
全員が疲れてへとへとになったが、それでもほぼすり合わせを終了できた。
今夜は全員がミルティアデスの屋敷に泊まり、明日の夜明け前にアテナイに移動を開始する。
夕飯は普通にパンとワインと干し魚だったが料理をする気力は残ってなかった。
夕飯後キモンが初めてみたホルスに夢中になり……遊ばれていた。
大丈夫かこの息子(予定)。
=アーシアのスキル一覧表=
汎用知識(ギリシャ地域)
一般技能(鑑定)
一般技能(知識・メイド)
一般知識(公衆衛生)
専門技能(薬学)ランクC
専門技能(馬術)ランクD
特殊技能(尋問)ランクD
特殊技能(神学)ランクE
特殊技能(神聖文字)ランクF
特殊技能(法学)ランクF
特殊技能(料理)ランクD
特殊技能(詐欺)ランクC
特殊技能(弁論)ランクF
特殊技能(取引)ランクE
特殊技能(魔術)ランクA
特殊技能(演劇)ランクB
特殊技能(服飾)ランクC
特殊技能(知識・船舶)ランクE




