アレティアーナ(前編)
今回は前から予告していたピュロスの幼少期です。
なんかいいところのお嬢さんみたいな感じですが、実際に、生活環境は一般市民を楽に超えています・・・これが最高級品のクオリティーですか・・・
完全五度は半音のミ、シを除いた全音のみの表記にしてあります。
これ違うといって石投げないように(笑)
あと有名なエラストテネスの地球の直径測定ですがBC240年頃といわれているので、このあと250年位かかります。
最後にピタゴラスですが60才で結婚して、その後7人の子供を作ったので・・・クレイステネスも断言できなかったようです。
持っている葦笛が僅かに汗と唾液で湿っているのをみて私は顔をしかめた。
その場でふき取りたかったがキトンは絹製……とても使えない。
後で、ちゃんと温めて乾燥して返さないと……
濡れたまま放置すると音程が狂ってしまう。
それにしてもこんなに精一杯、笛を吹いたのはいつ以来だろう。
そのことを考え、昔のことを思い出した。
そうか、あれ以来だ。
……
「アレッツォー、どこだー?」
私を呼ぶ声が聞こえる。
「クレイおじさま、その呼び方はやめてくださいって、何回もいってるじゃないですか」
プリプリと怒ったふりをして大好きなクレイステネス様に駆け寄っていく私。
「はっはっは」
笑いながら私の頭をなでてくれるクレイステネス様。
当時、私は4才。場所はピタゴラス様の屋敷だ。
「私は女の子なんですからアレティアーナって呼んでください。」
普通に縮めればティアかレアという女性名になるはずだが……私をからかうのが楽しいらしいクレイステネス様はわざと男性名でよんでいた。
「よしよしティアな。ちょっと待ってくれ。よっと」
そういうと懐からパンの葦笛を取り出した。
「お土産だ」
私はそれを受け取ると少し黙った。
うれしいのだが、奴隷が勝手に物をもらってもいいのか悩んだのだ。
「大丈夫、それはお前の笛の練習用だから、ちゃんとピュロス家から許可は取ってある」
「はい!ありがとうございます。クレイステネス様」
「クレイおじさん、でしょ」
「はい!クレイおじさん」
そうクレイおじさんとは、彼がそう呼ばせていたのだ。
「やれやれ、クレイステネス。私の優秀な生徒に何の用かな」
「ピタゴラス先生、お加減は大丈夫ですか?」
私は風邪気味だといっていた先生に尋ねた。
「ティア、ちゃんと宿題は終わったかな?」
「あと少しです」
「じゃあ終わらせておいで、そうしたら笛を教えてあげよう」
「本当ですか。約束ですよ!」
私はパタパタと元いた図書室に戻っていった。
「すごいものだな、ピュロスの血統は」
「そんなにすごいか?」
「ああ、私も一人ほしくなった。」
「ほー」
ピタゴラスはすでに74才、色恋沙汰ではないだろう……自信はないが……たぶん。
「昨日、地球が丸いことを説明したら彼女なんて言ったと思う」
「地球が丸いと反対の人は空に落っこちる、かな?」
そう考えるのが普通だ。
「いや、反対側の人はどうやって歩くのか尋ねられた」
「?」
「だって逆立ちして暮らしてるんでしょだとさ」
……たしかにすごい。彼女の頭の中に座標軸と相対位置の観念があることを示している。
「いま教えているのは、まだ万物の根源が数であることと、それに伴う幾何だけだ。それだけでたどり着いたのだから素晴らしいよ」
「買いかぶりすぎじゃないのか?」
ちょっと長き友人に水を差してみた。
「そうかもしれない、だがそうでないかもしれない。若い芽は常に希望に満ちているよ」
その言葉には納得せざるを得ない。
「ところでクレイステネス、地球の反対では星座は変わるのかな?」
「変わるだろう、普通に考えれば?なんでだ?」
「今教団で論争になっていてな。地球が動いてるなら星座はどこでも変わらないはず、天が動いてるなら星座は変わるはずという命題だ」
「?」
「地球が回っているのは知っているな」
「ああ、もちろんだ」
「星座は太陽よりも遠くにある星の並びだ。当然太陽が手前にあるときは見えないだろう」
「確かに、昼間は見えないな」
「で回って太陽の裏になった時に星座が見える」
「うん」
「星座は1年かけて交代する。もちろん1日でみても一回まわっている」
「ああ」
「地球の反対側は我々が昼の時に星座を見てるんだから、季節が反対の星座を見てるんじゃないか。と言い出す奴がでた」
「は?」
「確かに地球が動くのでなく、天が毎日忙しく1年+1日分動くのであれば、半日ずれた時間に見れるなら季節が反対の星座が見える可能性が捨てきれない」
……
「で、君はどう思うと聞いたのだ」
学者ってのは。損にも得にもならないこんな……本当に訳のわからないことで熱くなれるんだろう?嫌いじゃないが。
この間まで人の汚泥ばっかり見させてもらった人間からいうと(そんなところが、大好きだよ、爺さん)といいたくなる。
「わかった、俺が行って見てきてやる」
「おいおい、地球の裏側だぞ」
「さすがに裏まで行けるかはわからんが、ガンダーラまで行けば半分はずれるだろう。いけるとこまで行って観測して報告してやるよ」
ピタゴラスは突然、顔をクシャリとゆがめると嬉しそうに涙をこぼした。
「たのむ」
本当に変人だ、でもまっとうな悪人よりは千倍マシだ。
「ピタゴラス先生、宿題終わりました」
私が部屋に入ったら先生は目をこすっていた。
「おお、じゃあ約束だ。まずは基本の音の出し方を教えようか」
私は先生に笛を差し出した。
「ティアや、音は完全五度であらわされる。こうだ」
=ド・レ・ファ・ソ・ラ・=
「この音階を繰り返し組み合わせることで次の高音も示すことができる」
=ド・レ・ファ・ソ・ラ・ド・レ・ファ・ソ・ラ=
「そしてこうゆうことができる」
先生が吹き出した曲は低音から一気に高音に駆け抜け、様々な音を巡りながら最後には低音に戻ってくる曲だった。
「これは私が雲雀と名付けた曲だ。雲雀が一気に空高く舞い上がり、遊び、やがて無事に巣に戻ってくる様子を曲にしたものだ」
「そうなんですか。綺麗な曲ですね」
私はまだクレイおじさんの旅立ちを知らなかったので、曲に託された先生の想いに気づいたのはずいぶん後になった。
今回次回はピュロスの話なのでなしです。




