シュークリーム令嬢 フォーエバー
悪役令嬢である自分が、かつてシュークリームだった事を思い出したとき、既に自分の運命は決まっていた……。シュークリームバトン企画に遅まきながら参画してみました。
A(30)→B(421)→A(664)→B(30)→A(421)→B(664)→A(30)
◇◇◇ A(30、664、421) ◇◇◇
私は、シュークリームです。
いえ、厳密にはシュークリームではないのでしょう。
私は、ある悪役令嬢の手によって生まれた、特注品であるからです。
表面上を眺めるだけならば、一流の菓子職人の監修による厳密な管理の下、最高級の素材をふんだんに用いられたそれは、もはや芸術の域にも達すると言えます。
天才芸術家の作品には、魂がこもるという言葉があります。私に意識があるのは、それが原因だったのかもしれません。
しかし、私は普通のシュークリームに生まれ変わりたかった。
そう、私は……
扉が開く音とともに、一人の令嬢が私がいる部屋に入室していました。
私が特別なのか、自分の身体が特別製なのか、感覚器官が備わっていないにもかかわらず人と同じような感覚があるようです。
とはいえ、自分がシュークリームでしかありませんから、泣いたり笑ったりすることははもちろん、スカートの裾をつまんで挨拶することさえもできません。
「お嬢様、お疲れさまでした」
「あの、腐った魚のような目をした小娘も、たわいもないわね。まあ、予想よりも簡単に悪役令嬢が襲名できたことは、喜ばしいことだけど」
老境に近づきつつある執事の先導を受け、令嬢が優雅に私が置いてあるテーブルに着きます。
「今日の行動によりまして、来週ですが、悪役令嬢襲名披露公演と披露のお練りが予定されています。詳細につきましては、現在王国悪役令嬢局襲名披露公演室が関係機関等の調整を行っているところでございます」
「これで、私も名実ともに一流の悪役令嬢の仲間入りね」
執事の口から、シュークリームである私でも知っている、世界三大パレードの名前が出てきました。
「悪役令嬢襲名披露公演」に付随するお練りは、この国において、主人公に敵対することが確定した、選ばれた悪役令嬢しか実行することが認められない、非常に名誉なパレードであります。
海の向こうにある大陸でも、悪役令嬢を中心とした似たようなパレードが行われているようですが、シュークリームである私には関係ないようです。こちらのパレードも、これから目の前の令嬢に食べられる定めの私には関係ないことには変わりませんが。
「前口上を考える必要があるわね」
令嬢の表情は、魔王を倒して世界を手に入れた勇者のような表情をしていました。
「堅忍不抜も良いけれど、馬耳東風も良いわね」
「堅忍不抜は、第8代悪役令嬢と、馬耳東風は、第6代とかぶりますが」
「残念。先人も同じ事を考えるのかしら。なら、付和雷同はどうかしら?」
「それは、先月の悪役令嬢創生会議で国王が使用しております。いかがでしょう?ここで、一旦休憩を挟まれては?」
「そうね、糖分を補給してからのほうが、良い考えが思い浮かぶというものよね。今日は何を用意しているの?」
ここで、執事は私に視線を移しながら説明します。
「本日は、真好井屋からシュークリームを取り寄せております」
「ご苦労」
令嬢は、初めて私に視線を向けます。
「真好井屋は、いつも斬新な味を提供してますから、期待できるわね。先日の、ハスキーおばさんのオークシチュー味は衝撃的でした」
令嬢は、うっとりした表情をしながら説明します。
「さて、今日はどのような味でしょう」
令嬢は、私を手に取りました。
『!』
まさか!そんな!!
私は、突然、前世を思い出してしまいました。
私は、かつて悪役令嬢だったことを。
その結果、どのような最後が待ち受けているのかも……!
『だめです!』
でも、口の無い私の声が届くことなく、目の前の令嬢は私を口にしてしまいました……
『わ、私の……』
それとともに、私の意識は薄れていき……
◇◇◇ B(421、30、664) ◇◇◇
「くっ!」
「デンジャラス令嬢さん。あなたが王子を想う気持ちは見上げたものだけど、空回りのしすぎね」
「でも、でも!」
「せいぜい、腕でも磨き直す事ね」
私は、泣き崩れている目の前のとりたててかわいくは無いけれど、どこか気になってしまうような顔をした令嬢に背を向けると、廊下を歩き始めます。
「イントレランス令嬢様。お見事です。これで悪役令嬢襲名披露は確実ですね」
「あの生意気な、デンジャラス令嬢が膝をつく姿。ご飯3杯行けますわ!」
「23手目の『五里霧中』が決め手でしたね、20手目の『竜宮城が無いのなら、作ればいいじゃない!』が出たときは、一時はどうなることかと思いましたが」
私に背後に追従する令嬢たちは、先ほどのデンジャラス令嬢とのやりとりを褒めそやします。
しかし、私の心は晴れることはありません。
「僭越ながら、イントレランス令嬢にしては、詰めが甘かったと思いますが?」
「そうですわね、『沼に落ちたゴブリンを沈める』が我が家の家訓ですから」
私は、令嬢のひとりからの指摘について妙に納得しました。
これまでの私であれば、悪役令嬢を目指す立場であれば、デンジャラス令嬢を学園追放まで持ち込んだ可能性が高かったでしょう。でも、実際には、今後の悪役令嬢襲名披露の件を優先したことにより、今回は追及を十分行いませんでした。
悪役令嬢襲名披露公演。
この国に住む、ありとあらゆる令嬢たちのあこがれ。
伝説の悪役令嬢、キング嬢の後継者として、2代目を名乗った悪役令嬢が、国内外に自らの権勢と悪行を知らしめるのが始まりと伝えられております。
3代続けて悪役令嬢を輩出してきたイシューイン家に生まれた私にとって、悪役令嬢を襲名することは、ある意味義務となっていました。それが負担になっていないと言えば嘘になるでしょう。襲名披露公演が確実になった安心感から、思わず気を緩めたのかもしれません。
これが、後に響かなければ良いのですが。
私は、先ほどの行動を回想しているうちに、目的地である休憩室の前で立ち止まると、
「それでは、皆さんごきげんよう」
「ごきげんよう」
「襲名披露公演、楽しみですわ」
ほかの令嬢たちと別れを告げ、入室します。
「お嬢様、お疲れさまでした」
イシューイン家に三代に渡り私を含めると3人の悪役令嬢を襲名させることに貢献した執事が、喜びの表情で私を出迎えました。
既に、執事ネットワークで私が悪役令嬢を襲名する情報を入手したのでしょう。
「あの、腐った魚のような目をした小娘も、たわいもないわね。まあ、予想よりも簡単に悪役令嬢が襲名できたことは、喜ばしいことだけど」
私は、執事に簡単な感想を述べると、執事の誘導により着席します。
「今日の行動によりまして、来週ですが、悪役令嬢襲名披露公演と披露のお練りが予定されています。詳細につきましては、現在王国悪役令嬢局襲名披露公演室が関係機関等の調整を行っているところでございます」
「これで、私も名実ともに一流の悪役令嬢の仲間入りね」
私は、執事の手際の良さに感心していました。
世界三大パレードの一つである、「悪役令嬢襲名披露公演」に付随するお練りは、この国において、主人公に敵対することが確定した、選ばれた悪役令嬢しか実行することが認められない、非常に名誉なパレードであります。
そのような、重要なパレードの手配を、このような短期間で手配できるのは、おそらく目の前の執事だけでしょう。この執事を雇うことにした、祖母の先見性には目を見張るものがあります。
私も、祖母に負けないような立派な悪役令嬢になれるのでしょうか。
「前口上を考える必要があるわね」
私は、公演の事を思い出しながら、つぶやきます。
悪役令嬢は襲名の際に、その意志を示す為に、口上を述べることになっています。
その内容は様々ですが、第3代悪役令嬢が『富国強兵』と発言してから、四字熟語を用いることが慣例となっており、前口上がその年の流行語大賞を受賞することが多くなっています。
「……堅忍不抜もよいけれど、馬耳東風も良いわね」
「堅忍不抜は、第8代悪役令嬢と、馬耳東風は、第6代とかぶりますが」
「残念。先人も同じ事を考えるのかしら。なら、付和雷同はどうかしら?」
「それは、先月の悪役令嬢創生会議で国王が使用しております。いかがでしょう?ここで、一旦休憩を挟まれては?」
「そうね、糖分を補給してからのほうが、良い考えが思い浮かぶというものよね。今日は何を用意しているの?」
私の質問に、執事が答えを示すかのように、視線を一つの菓子に移します。
「本日は、真好井屋からシュークリームを取り寄せております」
「ご苦労」
私も執事の視線の先に視線を移しながら応えます。
「真好井屋は、いつも斬新な味を提供してますから、期待できるわね」
私は、シュークリームを手に取りながら、
「さて、今日はどのような味でしょう」
期待の言葉を口にします。
「真好井屋は、いつも斬新な味を提供してますから、期待できるわね。先日の、ハスキーおばさんのオークシチュー味は衝撃的でした」
東方の島国に本店を持つ真好井屋は、奇抜なアイデアにより斬新なお菓子を提供することで有名であります。
なかでも、オーク料理の第一人者であるハスキー氏のレシピを再現したオークシチューを取り入れたシュークリームを初めて食べたときは、身体が痺れるような衝撃を受けたものです。
その時のことを思い出し、身の引き締まるような感覚を覚えながら、目の前のシュークリームを口に含みます。
口に広がる臭いが!腐った魚のような臭いが!!
「まさか、シュー……クリーム!」
私は、執事の方に視線を向けると、
「……」
執事は、いつのまにか、こんなことがあろうかとあらかじめ用意していたであろう酸素マスクを装着していました。
権謀術数という言葉が、思わず頭に浮かびました。
悪役令嬢を襲名することを望んでいるのは、私だけでは無かったということを理解しました。
その目的を果たすために、シュークリームに細工をしたのでしょう。
生き馬の目を抜くこの世界。
所詮、だまされたものから舞台から消えるのです。その対象が今回私になっただけ。それは、名門であるイシューイン家を相手にしても変わることはありません。
「……!」
私は、シュークリームから発する臭いに意識が遠のきそうになったとき、突然前世を思い出したのです。
私は、私は……かつて、……目の前の……
○統合世界管理機構 第345期定期報告書からの抜粋
今回、第30世界、第421世界、第664世界の三つの世界において、一つの魂が、6つの体を通じて転生を繰り返す現象が観測された。
この事実は、転生メカニズムの解明につながる発見と期待する研究者がいる一方で、このような事例が特異的な事例として、解明には慎重な見方をする研究者も存在する。
転生メカニズムの解明には、引き続き、さらなる転生事例の観測結果が求められる。
なお、憑依素体であるシュールストレミングスクリーム(通称:シュークリーム)の取り扱いにあたっては、あらかじめ酸素マスクを用意する等、取り扱いには十分な注意が求められることを付記する。
私はようやく登り始めたばかり・・・
この永遠につづく悪役令嬢坂を・・・