離脱戦
巡航艦「江蘇」
宇宙空間での日本軍の大規模な作戦行動を察知した中華人民解放宇宙軍は巡航艦「江蘇」を総旗艦とした42隻で構成される艦隊を出撃させていた。
「敵艦隊より高機動物体を複数確認。機動戦鬼と思われる」
「対機動戦用意。恐らく新型が来る。各艦との連携を密にし、十字砲火で対処しろ」
敵の接近を受け、「江蘇」の艦長が険しい顔を浮かべながら命ずる。
新型機動戦鬼「星隠」が配備されてまだ1週間も経ってはいないが、既に中華人民解放宇宙軍とは数度戦火を交えており、戦績は現時点で解放軍側が数隻の突撃艦を失う結果で終わっている。
その驚異的なステルス性と機動性、攻撃力から解放宇宙軍将兵から死神として恐れられている程である。
「敵艦隊、複数の艦艇群へと分散中! 一部が地球へと降下、離脱中!」
「敵戦闘艦及び複数の地点からミサイル群接近! 同時に機動戦鬼が散開しつつこちらに来ます」
「全艦迎撃!」
ボウッッ!!!――
艦隊全ての艦が鈍いくぐもった音を艦内に響かせながら全火器を一斉に起動し弾幕を形成していく。
「ミサイル群迎撃完了。ッッッ――新型機動戦鬼艦隊下方より多数接近!」
その言葉とほぼ同時に巡航艦「江蘇」の隣で弾幕を張っていた突撃艦「南通」の艦体に幾本もの光の線が貫き爆散する。
「突撃艦「南通」爆沈!」
「おのれ……」
一瞬で巨大な残骸と化した僚艦を視界の端に捉えながら艦長が苦虫を噛み潰したような顔を浮かべ、呻く。
日本の新型機動戦鬼(解放軍側はまだ「星隠」の正式名称を知らない)のステルス性は驚異的なほど高く、火器照準のためのレーダーすらまともに頼れないために迎撃は全て手動で行っていた。
無論、そんなアナログな方法では縦横無尽に高速で動き回る機体を捉えるなど紛れ当たりでもない限り不可能だが、今の解放軍には依然として他に対抗する手立てをあげることが出来ないでいた。
そんな歯がゆさが艦長の呻きに凝縮されていた。
「艦隊上方に機動機多数、対艦ミサイルの発射を確認! 数40!!」
バッ、バッ、バッ――。
各艦から迎撃ミサイルが撃ち出され、砲が上方に向けて熱線を放つのと同時に艦隊の真上がいくつもの火球によって照らし出される。
そしてその火球の合間を縫って機動機が突っ切り、艦隊から距離を取ろうとしたところに弾幕を張り何機かを粉砕することに成功する。
更に追撃を行おうとしたところで遠方に居た日本の艦隊から放たれた熱線によって阻まれ複数の艦から爆炎が吹き起こる。
「巡航艦「甘粛」エンジンに被弾、突撃艦「無錫」「徐州」が中破!!」
着実に被害が増加していくにつれて段々と乗員の報告の言葉が悲鳴じみたものへと変わっていく。
無論、解放軍側も負けじと攻撃を加えているが機動戦鬼の対応にも追われていることもあって、いくつかの支援艦に傷を与えた程度で決定打に欠けていた。
「敵艦隊増速しつつ二つにわかれました。進路からしてあと十数分ほどで本艦隊の両横につきます」
「こちらを挟み撃ちにするつもりか!? いや、敵艦の数からしてそれは不可能だ。恐らくは離脱――。陣形を大きく広げろ! 逆に囲い込む!」
日本側の動きに一瞬狼狽えた艦長だったが、すぐに彼我の戦闘艦の数の差を思い出し包囲するように命じる。
その命令に応えるように艦隊は三つに分かれ、突撃艦はその速力を生かして日本艦側の外側へと回り込みはじめ、鈍重な巡航艦が艦を横に向けて迎え撃つ体勢へと切り替えた。
突撃艦「若葉」CIC
「解放軍、艦隊を三つに分けました」
「完全に包囲する構えね。まぁ、当たり前か」
行く手を阻むように大きく広がった解放軍艦隊の陣形を見て、艦長である秋山二佐が目を細める。
現在の両艦隊の艦艇数は解放軍が機動戦鬼によって沈められた突撃艦3隻を除いた39隻、対する日本は地球方面へと離脱した3個支援艦隊を除いた33隻、更に純粋な戦闘艦だけで見ればその数は第2、第3星団及び宇宙母艦「雲龍」「鳳龍」を合わせた13隻のみであった。解放軍側の動きも理にかなっていると言えるだろう。
「機動戦鬼と艦載機の配置は?」
「既に展開予定である宙域にて作戦行動を行っています。巡航艦に攻撃を集中しているようですが、機動戦鬼はまだしも機動機の被害が若干数ながら増加傾向のようです」
秋山艦長の質問に偽魂体わかばが間を置かずに答える。
月面基地であるかぐやに対する襲撃を許した時点で宇宙領域における戦闘艦の数的劣勢は否定内しようもない事実であったため、今までの艦艇中心の戦術から機動戦鬼や機動機といった艦載機クラスの兵器群を主力とした戦術へと転換していた。
この辺の戦術は主に小型艇などを中心に建造している諸外国のほうが秀でており、なまじ戦闘艦の建造技術が進んでいたことが戦術の転換を妨げる形となっていた。
「被害が増える前に突っ切ってしまいたい所だけど……」
話を聞いた艦長がチラリとわかばのほうへと視線を向ける。
その視線に込められた意図を察した彼女は少し思考する素振りをした後、静かに首を振って口を開く。
「まだ旗艦である「牡羊」から合図はありません。もうしばらくは耐える必要があるかと」
「そうはいってもあと十分もすれば向こうも体勢を立て終えるわよ。こちらとしては機動戦鬼らが引っかき回している隙に合図を出してくれたほうが助かるのだけれど」
秋山艦長の言葉通り、レーダー上に移されている解放軍側の艦隊は着実にその陣形を整えていっていた。
無論、その周囲には未だ多数の機動戦鬼や機動機が飛び交い苛烈な弾幕戦を繰り広げているがそれも機動戦鬼側の弾薬が持つ間だけでそう長くは持ちそうにない(ビーム兵器のエネルギー効率はすこぶる悪く長期戦に不向き)。
故に早期の戦線離脱が求められていた。
「――!! 突破艦「牡羊」より入電! 作戦第二段階への移行許可来ました!!」
「機関最大、わかば、浮遊砲台を起動。外さないでよ」
「了解です。艦長」
旗艦からの許可がでるやいなや、素早く行動を起こす秋山艦長の指揮に偽魂体わかばも遅れることなく艦を動かす。周囲にいた僚艦や支援艦も同じように増速を始め、見る見る内に両艦隊の距離が縮まっていく。
接近に気づいたのか解放軍側も大多数を機動戦鬼らに向けていた砲塔を旋回させ、今度は艦隊へ向けて再度砲撃をしはじめる。
だが、その次の瞬間複数の解放軍の艦の周囲にいくつもの光点が煌めくのと同時に放たれた光線が何隻もの解放軍艦を貫き、連鎖的な爆発が起こる。
更に距離を詰めていた「若葉」をはじめとした戦闘艦が放ったミサイルによって、先ほどまで整っていた三つの艦隊の陣形はその形を保つことが出来ず、包囲網の所々に穴が生じる。
「敵艦隊陣形崩れました!」
「支援艦隊、離脱を開始します」
「誘導弾第2射用意。立て直させる暇を与えるな」
爆発を合図に支援艦隊が離脱を始める。
不意打ちに近い攻撃によって陣形を崩されたとはいえ、依然として戦闘能力は健在であり、その敵艦隊の横をすり抜けていく支援艦を援護するように秋山艦長が素早く指示を飛ばす。
「了解しました。第2射用意、発射管かい――。ッッ!!! 下げ舵! 総員掴まってください!」
第2射を放とうとしたわかばが突如そう叫び艦体が思いっきり下方へと沈み込む。
あまりにも急な機動だからか宇宙空間だというのにかなりの衝撃がCIC内を襲い、秋山艦長をはじめとしたクルーが驚きの声を上げる。
一体何事かと問おうと口を開く艦長出会ったがその口は空間を薙ぐように広がる光の奔流と先ほどとは比べられようもない衝撃によって再び閉じられた。
「り、離脱中だった支援艦隊壊滅!!」
「突撃艦「浅葱」「紺碧」レーダーロスト。巡航艦「宮津」大破炎上中です!」
「解放軍の伏兵がいたって言うの!?」
「いえ、解放軍艦隊にも甚大な被害が出ております。まずあり得ません」
先ほどの攻撃によって解放軍の包囲網から抜け出した支援艦13隻が蒸発し、貴重な戦闘艦にも少なくない被害が出たことで日本側に動揺が広がる。
だが、それは解放軍側も同様のようで大きく隙を見せている日本艦隊に追撃を行う気配はなかった。
「索敵モードの浮遊砲台が新たな艦隊を発見、独伊連合軍艦と思われる」
「独伊艦……擬態装甲か!」
新たな勢力の正体が判明し秋山艦長が思わず叫ぶ。
一度展開すればその効力範囲に入らなければ見つけることが至難な擬態装甲を使われてしまえば最初から想定していない限り奇襲を防ぐことは不可能に近い。
それは作戦の内容からはじめから相手を解放軍で想定していた日本も例外ではなかった。
「機動戦鬼部隊、目標を独伊連合軍に変更した模様」
「旗艦「牡羊」より緊急連絡。各艦は速やかに現宙域からの離脱を優先せよとのこと」
「CCM目標を解放軍艦から独伊連合軍艦に変更。発射と同時に離脱を開始、急げ!」
「発射管解放。CCM発射します!」
急変した事態に対応するように各部隊が行動をはじめる。
幸い解放軍も日本同様独伊連合軍による攻撃で傷を受けており、その混乱の内に逃げるのは難しくはないだろう。乱入してきた独伊連合艦隊との距離も解放軍と比べればまだ遠い範疇であるため牽制さえすれば近づかれる前に逃げ切れるはずである。
不測の事態に陥った状況ではあるがそれでも日本側が取った行動は限りなく最善に近いものである。――そのはずだった。
宇宙戦艦「アドルフ・ヒトラー」CIC
「ゼーレンヴァンデルングの発射完了。目標に多大な被害を確認」
「エネルギー切れの突撃艦の曳航を開始します」
「第2射はどうなされますか?」
宇宙戦艦の名に相応しく広いCIC内で艦長席に座っている艦長が同じように隣で座っている司令に向けて打診する。
「……今回は艦の数も少数だ。そう何回も打ってしまっては艦隊の防御もままならなくなる。他種火器による攻撃に切り替えよ」
艦長の問いに少し思案した後、使用火器の変更を艦隊全体に命令する。
絶大な威力を誇る「ゼーレンヴァンデルング」ではあるがそのエネルギー効率の悪さもまた膨大である。
初撃で大きな打撃を与えたとはいえ二勢力を相手取るには些か使い勝手が悪かった。
「では、そのように……」
「前方の突撃艦より報告。艦外カメラが高速で接近する物体を確認とのこと!」
命令を実行しようとした艦長の言葉を遮る形で通信員が声を上げる。
「レーダー?」
「それらしき反応は捉えられず」
「ふむ、以前から噂になっていた新型だろうな。特殊弾頭弾にて対応せよ」
僅かなやり取りから相手の正体に当たりをつけた司令がそう命ずる。
すぐに艦隊陣形の前方を担っている複数の突撃艦から何発もの飛翔体が打ち出され、数十㎞先でその全てが弾けた。
無論、目標に当たったわけではない。狙うべき敵は変わらず高速で接近している。にもかかわらず迎撃の役目を帯びていたはずの飛翔体は爆発の火炎を起こすことなくその中身を何もない空間にばらまき薄い霧状の壁を形成しただけでその動きを止めたのであった。
「特殊弾頭弾全弾正常に作動を確認」
火器管制を担う船員が艦長及び司令に向けてそう報告する。
艦隊の前方に広げられた霧状の壁は既に霧散しており、残滓の欠片すらも確認出来なかった。
「艦隊前衛部隊、敵機と接触しました!」
「迎撃を開始せよ!」
司令が命じた瞬間、日本の機動戦鬼の動きを止めようと膨大な弾幕が放たれる。
無論結果は先の解放軍との戦闘と同じく弾幕はむなしく空を切るばかりで機動戦鬼を捉える事は出来ず、逆に機動戦鬼側は熱線攻撃で着実に被害を与えていく。
傍目から見ても一方的な戦況にしか見えない中、一機の機動戦鬼が弾幕を張り続ける突撃艦の一隻に向けて銃口を向け引き金を引いたその瞬間、その手に持っていた銃が異常な高熱を放つのと同時に爆発を起こす。
爆発によって損傷したその機は艦隊から距離を取るため最大出力でスラスターを噴かせると今度はスラスターが爆発を起こし機体が粉砕される。
そしてそれが合図のように艦隊の周囲でいくつもの爆発炎が発生する。その爆発元は全て機動戦鬼であり、その残骸を次々とまき散らしていく。
「敵機、13機撃破!」
「特殊弾頭弾、なかなかの威力だな」
敵機撃破の報告を聞き司令が不敵な笑みを浮かべる。
機動戦鬼と激突する前に放った飛翔体にはドイツの技術者が開発した特殊な反応促進剤が詰められており、これが付着した物体が一定以上の高熱に達すると急激に発熱と爆発が起きるようになっている。
ただ、空間中に希釈されすぎると効力が著しく損なわれるため、ゼーレンヴァンデルング同様扱いづらいものではあるのだが、決まりさえすればその効力は先の通りである。
いくらステルス性が高くとも物体そのものを隠せる訳もなく、粒子の網に囚われた機動戦鬼が一機、また一機と炎に包まれ数を減らしていく。
「敵機、完全に沈黙」
「艦隊を前進させよ。ここで削れるだけ削る」
程なくして周囲を飛び回っていた脅威を排除した独伊連合艦隊がすかさず速度を上げる。無論、先にこちらで仕掛けた罠に掛からないように焼き払う事も忘れない。
その無駄のない動きはまるで獲物を狙う狩猟者を彷彿させた。




