星隠
3月15日 月面基地『かぐや』
「オーライ、オーライ、よしストップ、固定作業を始めてくれー」
五つある格納庫の一つで宇宙防衛隊と支援群の作業員たちが所狭しと並べられている支援艦の間で黙々と作業を進めている。
固定作業と並列して駐機された支援艦の格納庫からは多くの物資が搬出され、基地内の至る所に積み重ねられていた。
「食料がおおよそ2か月分、弾薬が800t、各種装備の部品や整備機材などが他多数、60隻近い支援艦を使ってもこれが限界なのか……」
作業が進められている中、かぐや基地の司令が持ち込まれた物資の内容を確認してそう嘯く。前回の襲撃によって3基あった元素制御炉の内、2基を使用不能にされた日本では基地内で消費される物資のほぼすべてを本土からの輸送に頼っていた。
しかし、その実績は敵の襲撃を受けるなどして少なくない数の艦が沈められている事からも分かる通り芳しくない。
「これでも今回はまだマシな方です。前回なんかは輸送任務に従事していた15隻全艦戦没という結果でしたから……」
同じように作業を見守っていた偽魂体かぐやがそう言葉を紡ぐ。
元素制御炉破壊後に行われている支援艦による物資輸送の成功率は多く見積もって6割程度、逆を言えば4割の確率で輸送作戦そのものが失敗する状況であった。
本来であれば突撃艦なりといった戦闘艦を護衛として付けたいところであったが宇宙防衛隊の保有する戦闘艦そのものが少ないこと、度重なる戦闘によってその少ない艦を失っている事もあって現状では基地であるかぐや近辺の防衛を行うのがギリギリの状態であった。
「まだ、艦の建造が行われているというのであれば希望もあるが現状ではそれも望めない。まぁ、既存の艦用の部品や機材が送られている分だけましとも言えるが、それでも宇宙に限って言えば日本は明らかに劣勢に立たされていることには変わりはない……厳しいな」
自分たちの置かれている状況を改めて認識して司令が厳しい顔を浮かべる。
かぐやは日本とって唯一の宇宙基地だ。ここがもし陥落してしまえば日本の活動圏は大気圏内にまで追いやられることになる。それは実質的な航空優勢の喪失ということになり、たとえ地球内で幾ら勝利を積み重ねても覆される要因と成りうる。
宇宙からの攻撃がいかに厄介かはこれまでの戦いなどで思い知らされており、それ故にその攻撃を防ぐ盾の役目を担っている彼らの重責は相当のものだろう。
「あのー……かぐや基地司令長官と偽魂体のかぐやさんでよろしいでしょうか――?」
作業を見ていた司令とかぐやの二人に背後から声が掛けられる。振り向くと黒を基調としたブレザータイプの制服を着込んだ女の子がおずおずといった感じで振り向いた二人を見つめていた。
「確かに私がここの司令だが……失礼だが君は誰かね?」
「失礼しました。 私、本日付で配属された新型機動戦鬼「星隠」の偽魂体のほしがくれと言います。以後、かぐや基地にて防衛の任に付きます」
「そういえば、宇宙艦の建造が出来ない代わりに宇宙戦特化の機動戦鬼が新たに開発されたと聞かされていましたね。それがあなたというわけでいいのかしら?」
「はい、そうです」
司令の質問にほしがくれと名乗った女の子が姿勢を正して敬礼をする。その彼女の言葉を聞いたかぐやが思い出したように手をポン、といった感じで叩く。
「ふむ、見慣れないと思ったが新しく配属されてきた者か、ほしがくれ君――意外に言いにくいなこれ」
「それでしたら「ほしか」とでも及びください。地球ではそう呼ばれておりましたので」
「そうか、それではほしか君、君が管制する機体はどこにあるか聞いていいかね?」
「それでしたら今あそこで「蒼龍」から降ろしているところですね」
ほしがくれ、改めほしかが指を指しながら司令の質問に答える。
その指の先には日本に四隻しかない宇宙母艦の一隻である蒼龍が鎮座しており、滑走路にあたる甲板に何機もの機動戦鬼が並べられていた。
「月姫と違い黒の装甲なのだな」
「宇宙戦における低視認性を確保するための迷彩を採用しております。また、電波を吸収する素材も利用しているのでステルス性も確保しています」
司令の言葉にほしかが説明を行う。
1式機動戦鬼「星隠」は0式機動戦鬼「烈」の設計をベースに宇宙環境での運用に特化させた機体だ。換装能力を持っている「烈」と違って汎用性は下がっているが、代わりに防御力と機動力が大幅に向上している。また、彼女がさっき言った通りステルス性も考慮されているため生存性が高められている。
「何よりこの「星隠」最大の特徴は装備している武装に高収束性の熱線銃を採用している事です」
説明に熱がこもるほしか、高収束性熱線銃というのは言うなればビームを打ち出す銃のことであり、中華製の機動戦鬼との戦闘時に鹵獲した武器を元に日本が独自に改良・開発したものである。
構想自体は日本でもあったが、熱の減衰やエネルギー効率の面を考えるにそこまでのメリットがないと判断され開発が凍結されていた。
しかしそれも解放軍の機動戦鬼が採用した事を受けて開発が再開され元々要素技術自体は揃っていたので僅か数か月という短期間で採用という離れ業を実現させたのであった。
「今、ここに持ち込んできたのは一個大隊分の64機のみですが、本土では本格的に量産が開始されていますので数か月経てば2個連隊分は揃えられます。また、今後は支援艦にも護衛機として搭載していく予定ですので物資輸送の被害も抑えられると思われます」
「そうか、それはなんとも頼もしい限りだな」
ほしかの言葉を受けて基地司令の顔に笑みが浮かぶ。
艦艇の不足によってまともな護衛が出来なかった宇宙防衛隊にとっては例え機動戦鬼であっても戦力の向上は嬉しい事なのだろう。
その後も新型機についてほしかから説明を聞かされていたがそのとき不意に基地内にサイレンが響き始める。
「司令、警戒に出ていた部隊から小規模な敵艦隊を発見との報が、方角からして解放軍のものと思われます」
「やれやれ、前回の襲撃から半月も経っていないぞ。どうやら向こうは余程こっちのことが煩わしいようだな。第1から第4星団の艦艇を全て出せ、ほしか君、配属早々済まないが君にも出撃してもらうことになりそうだ」
「わかりました」
かぐやから報告を受けて出撃命令を下す。敵は小規模と言われているが今までの戦闘で手痛い被害を受け続けていた手前、余裕を挟む余地などなく保有戦力の内の半分を出すという半ば全力な戦力投入となった。
敵の接近の報を受けて出撃準備を進める艦や機動戦鬼によって格納庫内が慌ただしくなる。
これ以上敗北を積み重ねるわけにはいかない。作業を進める隊員たちからはそんな気合が漏れ出ており、誰もが真剣の眼差しをしていた。
「総員、戦闘用意! 敵は小規模とはいえ油断は出来ないわ。気を引き締めてあたりなさい!」
「主砲、ミサイル発射管異常なし。いつでも行けます」
「周囲の支援艦隊、後退します。以降は後方よりミサイル支援につくとのこと」
「基地各所より月姫の発進を確認、各星団の護衛に付く模様」
突撃艦「若葉」のCIC内で艦長の秋山二佐の命令を受けて各乗員たちが黙々と作業を進めていく。
「艦長、基地司令部よりデータリンク要請が届いています。何やら新型の機動戦鬼を投入するとのことですが――」
乗員が作業を進めている中、わかばが司令部からの命令を伝える。
「新型機ぃ? そんな話聞いていないわよ」
「さっき到着した支援艦隊と一緒に持ち込まれたそうです。本来であれば艦の敵味方識別システムを書き換えてから共同の戦線を張る予定でしたが間に合いそうもないので司令部を中継して連携を取るつもりのようです」
突然沸いてきた話を訝しる秋山艦長にわかばが事の詳細を説明する。
なにぶん新型機の配備なんて言う機密の塊のような情報など司令部のかなり上の者たちしか知らされていないし、加えて配備初日に実践投入である。情報の伝達に遅れが出てくるのはある意味避けようのない事であった。
「まぁ、いいわ。司令部からの命令なら従うだけよ。速やかにとりかかって頂戴」
「了解しました。では、すぐに――ツッッ!!! 敵部隊より攻撃を確認! 高熱源反応及びミサイル多数接近!!」
「下げ舵! 主砲、ミサイル、ひがの撃ち方はじめ!」
レーダーが捉えた敵の新たな動きによって戦闘開始のコングが鳴らされる。
先手を取られる形になったものの、そこは冷静に対処して反撃に移る。
「敵ミサイル迎撃完了」
「我が方の攻撃、複数直撃するも効果は不明」
「第二次攻撃の準備、及び支援艦隊に支援要請、それと機動戦鬼部隊の動きはどうなっている?」
お互いの第一撃を交わし終え、次の一手の準備を始める。
それと並行して後方に布陣している支援艦隊への支援、付近に展開しているであろう機動戦鬼部隊の状況把握を指示する。
「月姫に関しては各星団に追従するように展開、先ほどの攻撃によって数機被弾したようです。新型機の方は今データリンクで位置情報を確認中……出ました。表示します」
わかばがそういうのと同時にレーダースクリーンに新たな光点が複数映し出される。それは丁度、わかばたち日本陣営より解放軍よりの場所に集中していた。
「敵の部隊から50kmしか離れてないじゃない!?」
その事実に秋山艦長が驚きの言葉を上げるがその次の瞬間に敵を示していた光点が一つ、スクリーンから消失した。
「敵艦一隻を撃沈、味方機動戦鬼によるものと思われます」
「新型機、想像以上の実力ね……」
データリンクによる位置情報の共有をするまで艦載のレーダーですら捉えられなかったほどのステルス性を活かした接近戦によって着実に戦果を積み上げる「星隠」の実力に秋山艦長も驚嘆の声を上げる。
そうこうしている間にまた一隻敵艦が沈む。戦闘の流れは着実に日本の方へと傾いてきていた。
「突撃艦「十堰」沈没! 巡航艦「湖北」及び突撃艦「鄂州」共に中破です!」
「あの機動戦鬼を何とかしろ! このままではまともに戦えん!!」
巡航艦「江蘇」CIC内で艦長の叱咤が飛ぶ。
日本に対する襲撃を仕掛けた彼らであったがそれは今では混乱の渦に飲まれていた。
彼らを混乱に追いやっているのは今まで見たこともない黒い機動戦鬼、恐らくは日本の新型と思われるそれが確認できるだけで周囲に20機近く縦横無尽に飛び回っていた。
どうにか撃ち落とそうと奮闘するがステルス性を異常な域にまで高めているのか、主砲やミサイルを誘導するための照準レーダーが敵機を捉えることが出来ずに右往左往を繰り返すばかりであった。
「敵艦隊より第二次攻撃! 高熱源反応20、ミサイル40来ます!」
「クソ、先手を取られた。各艦迎撃しろ。あと、あのちょこまか動いている機動戦鬼、手動管制で撃ち落とせ! レーダーは役に立たん!」
日本からの新たな攻撃に対応を追われる解放軍艦隊、それと同時に周囲の機動戦鬼に対してレーダー照準が役に立たないと結論を出したのか、手動で射撃するように命令を行う。だが――。
「やっていますよ! けど、奴ら迷彩を施しているせいで人の目じゃ捉えきれません。仮に捉えてもあの機動力では当てるのも至難の業ですよ」
艦長に砲雷長がそう言葉を返す。それと同じくして後方に布陣していた僚艦の突撃艦が一隻爆発、そして「江蘇」自身も大きく船体が揺さぶられた。
「「麗江」爆沈!」
「敵機動戦鬼の攻撃、本艦に被弾! 艦底部が溶解しました!!」
「ダメージコントロール!!」
被弾を許し急いで応急措置に追われる江蘇の乗員たち、艦底部が溶解したということは恐らくビームを受けたのだろう。更に装甲が薄いとはいえ艦の一部を溶解させる事からかなりの熱量を持っていることがわかる。仮に直撃を受けようものなら甚大な被害は免れないだろう。
「まさかこのタイミングで新型を投入されるとは――ついていない。司令長官、ここは一旦引き下がる方が吉かと」
「致し方ないな。全艦反転、撤退だ」
撤退の具申を受けて今まで推移を見守っていた艦隊司令が撤退の命を下す。
命令を出して数分後、既に戦闘艦を五隻失っていた解放軍艦隊は一斉に回頭しかぐや基地から距離を取り始める。
今回の戦闘によって解放軍は六隻の戦闘艦を、日本は二隻支援艦と八機の機動戦鬼を失う結果となった。そしてこの襲撃を契機に宇宙での戦いは次第に激化していくのだが、まだそれを知る者はいなかった。




