変遷
インドネシア・スラウェシ島
解放軍の追撃をギリギリの所で追い返した日本であったが、ゆっくり休む暇などあるはずもなく戦力の立て直しに駆られていた。
まず、基幹艦隊の内第1艦隊を本土に戻すことになり、その穴埋めとしてフィリピン攻略を終えた2個艦隊を加えることになった。駆逐隊に関しては損傷を受けた駆逐艦は例外なく本土へ修理を受けさせることになり代替えとして第5駆逐隊をはじめとした複数の駆逐隊を編入措置が取られ、これに4個潜水隊とフィリピンから呼び寄せた5個支援艦隊をもって第2次インドネシア攻略作戦を行う手筈としている。
航空戦力も支援艦や輸送艦を動員して失った機体の補充を行ったがいかんせん失った数が多く、戦力を立て直せたのは4個航空団のみとなっている。
「SM、MMがそれぞれ8セル分、SAMが40セル分に砲弾が繰り上げて約100発分か……補給を受けたにしては数が少なくないか?」
戦闘を終えて改めて補給を行った「夕立」の補給結果を見て艦長の広瀬二等海佐が眉をひそめて偽魂体のゆうだちに向けて声を掛ける。
駆逐艦「夕立」に載せられているVLSは前部に32セル、後部に48セルの80セルとなっている。先の戦闘ではその全てを撃ち尽くしてしまい今回の補給によって48セル、数にして152発のミサイルを装填された訳であるのだが、それでも完璧な補給とは言い難かった。これが1隻だけであるのならまだ我慢できるがスラウェシ島に配備された駆逐艦の殆どが似たような状態であり、今までの戦闘を考えるとどうしても不足感が拭えない。
「これでも優遇してもらえた方だよ?何しろ予備にまわしている弾薬を引っ張り出して持ってきたって話だし。これ以上の補給は本土の生産待ちなるかな?どのみち艦隊の編成が終わるまでは作戦も出来ないけど」
艦の調整を行いながらゆうだちが広瀬の言葉に応える。
決戦としてのぞんだ先の作戦が思わぬ敗北と言う結果で終わった影響によって今の日本では致命的な弾薬不足に陥っていた。さらにカグヤへの襲撃も相まって資源供給の面でも不安を抱えることになり本土では対応に次ぐ対応に追われていた。
そのあおりを受けてか遠く離れたこの地でも期限を定めない作戦の中断を余儀なくされ、現在は付近の海域での勢力の優勢を維持するにとどまっている。
「仕方がない事は分かるがそれでもこうしている間に向こうも戦力の立て直しを進めているぞ?はっきり言って今の日本では時間は味方にはならないのではないか?」
足止め状態の現状に広瀬艦長が焦燥感を募らせる。だからといって何かが出来るという訳ではない事は彼自身も分かって入るのだが。
「兎に角、今上層部の方でも急いで戦線の立て直しを行っているみたいだから、それまでは私たちもおとなしくするしかないでしょ」
「欧州戦線の早期終結の事か――そう上手くいくものかねぇ……」
広瀬の様子を見てゆうだちが話す。それを聞いた広瀬はというと懐疑的な表情を浮かべていた。
欧州
「対潜、対空戦闘用意。揚陸部隊に傷一つ付けさせるなよ」
「対潜、対空戦闘用意。第2海母隊群は艦載機の発艦、各駆逐隊はそれぞれの場所に速やかに展開せよ!」
制圧艦「信濃」CICに詰めていたしなのの指示が通信を通して周囲の艦へと伝達される。
彼女たちの周りの海は既に砲撃や爆発によって引き起こされた水柱が何十も起こっており、戦闘の激しさが感じ取れる。
「陸上部隊の揚陸状況はどうなっている?」
「すでに3割が上陸を終えておりますが、ドイツ軍の無人戦車群によって思うように進軍できていないようです。こちらに砲撃支援を求めてきていますがいかが致しますか?」
「一番近くにいる駆逐隊に砲撃をさせろ。陸上戦力は欧州連合が頼りだ。可能な限り支援してやれ」
「了解しました」
指示を仰がれ、「信濃」艦長の浦部はそう命令する。
戦線が膠着している欧州であったが、独伊の新たな動きをきっかけに今は大規模な上陸作戦が決行されていた。当初はフランス含む複数国に援軍を送り防衛線を張る予定であったが、一部の主張によって独伊両国に対する電撃攻略が提唱されて会議が紛糾してしまった。
それでもどうにか予定通り防衛線の強化の方向で一時は話が纏まりかけたのだが、そこに日本のインドネシアでの敗北の報が入り、加えて独伊連合軍の戦力が想定以上にも大規模だという事が判明した結果、再び両国に対する攻略作戦が言い出され、そのままなし崩し的に追加作戦と言う形で決行が決定した。
その第一段階が今行っている海岸線の確保と周辺海域の勢力優勢の確立なのだか、急きょ決定した影響もあってか上手く主導権を握れていないようである。
「敵潜は事前にかなり沈めたと思っていたが思っていたより数が多いな」
「はい、私達が欧州で作戦行動を取るようになってから沈めた艦は既に50を超えております。現在行っている作戦でも20近く撃沈報告を受けているのですが、未だに魚雷攻撃に晒されている所を見ると依然としてかなりの数が潜伏していると思われます」
浦部の言葉を受けてしなのが敵潜との戦闘状況について簡潔に述べる。その間にも警戒していた駆逐艦が新たに2隻の潜水艦を沈めたが依然として敵の抵抗は収まる気配が無かった。
「やはり少し事を急ぎ過ぎたか?しかし、時間を掛けていられるほど余裕など殆ど無いに等しかったからな――」
思案顔になりながら戦況を見守る浦部、欧州連合に協力する形で作戦に参加している日本側であるがこの作戦はある意味日本の意向をくんでいる側面もあった。
インドネシアでの敗北を受けて戦線の立て直しを余儀なくされた日本は残って居る戦力や継戦能力を鑑み、欧州戦線からの撤退を決定したわけだが流石に見捨てるという手段を取ることは出来ず、現在ドーバー海峡を境としている欧州連合と独伊連合の戦線を内陸まで押し上げるまでを一区切りにして支援を終えるという事になった。
ここまで行けばあとは陸戦が中心となり艦隊を派遣している日本のいる意味の大部分が薄れ、一度取り戻した海上の優勢もイギリスを中心とした欧州海軍で維持できるとの判断であった。
そのためにも現在の作戦は失敗する事が出来ない重要な戦いなわけだが、状況は先に述べた通りである。
「対潜戦闘はこのまま継続しろ。少なくとも潜水艦はドイツ海軍の主戦力だ。可能な限り数を削ればこちらも動きやすくなる」
「了解しました。艦長」
出来ることが限られている中、今後の計画も踏まえて相手の戦力を削る事を優先させる浦部、それにしなのも応え艦隊全体に指示を与えていく。依然として気が抜けない状況が続いていた。
中国・吉林省
中国北部に位置するここではいま、中華解放軍と防衛軍による一進一退の戦闘が続いていた。市街地を戦場としているため航空支援が受けられず、ほとんどが陸戦となっているが保有している装備がどちらも同じであるため双方決定打が与えられず、ただいたずらに傷を広げる日々が続いている。
「防衛軍の奴らはまだ叩けんのか」
市街地の片隅に築かれた師団司令部にて解放軍の将軍と思われる男が椅子に腰かけながらいらついた様子を隠そうともせずにそう問いただす。
通信機を介して伝わってくる報告はどれも作戦を行っている部隊が奇襲を受けたとか追跡していた防衛軍に逃げられたなどあまり良い報告ばかりでそれがまた彼の機嫌を損ねていた。
「戦闘が市街地に集中しているせいで民間人の避難など並列して行わなければならず、その影響をもろに受けているようですね。何しろ我々は国民によく思われていないようですから」
戦況を見ていた参謀と思われる人物がそう将軍に言い聞かせる。
元々がクーデターによって国政の主導権を奪った解放軍の立場上、依然として国民の反発は多く、故にこういった事例は後を絶えなかった。最悪の場合は解放軍の情報を民衆が防衛軍に売り渡しているといった事があるほどである。
「そんなもの放っておけば良いだろ!第一国民の保護は解放軍ではなく防衛軍の役割だ。わざわざこちらが奴らの任務を代わりにやってやる道理はないはずだぞ」
突然の激昂。国外での活動を主目的としている解放軍にとって何かを守りながら戦い続けるという事はもっとも苦手としているものであり、それをやらざるを得ないこの状況は彼らにとってはストレスが溜まる事だろう。
「そうなされたいのでしたら別に止めませんが、その場合民衆の不満が確実に爆発しますよ?ただでさえ我々は中華人共和国の唯一正当な軍という建前で仕切っているのですから国民の保護を放棄した途端にその大義名分も崩れ去ることでしょうね」
何とも言えぬ表情をしながら話す参謀、実質内戦状態である中国国内では国民の懐柔は戦況の優位性を保つためには必要不可欠である。何しろ実質的に貿易が停止している状況では軍が消費する食料や弾薬といった物資は全て国内の産業で賄わなければならず、ここで国民に離反されてしまえば戦いそのものが成り立たなくなる。
故に将軍の言ったように国民の保護を放棄してしまえば巡り巡って自分たちの首を絞める結果となるわけだからやるわけにはいかない。
「ともかくとっとと住民の避難を完了させろ。抵抗するような輩が居れば無理やりででも連れ出せ、国民の保護が優先だ」
若干国民の保護のニュアンスが変わったような気がするが改めて指示が下される。街では依然として轟音が響き、黒煙が立ち昇っていた。




