波紋の一手
「やってくれたか!」
月面から噴きあがる巨大なきのこ雲を目にして突撃艦「鍾路」の艦長が喜びの声をあげる。
少数の歩兵部隊を敵基地へと投入して30分、戦力の3割近くを失いながらも彼らの作戦が成功するのを待ち続けていた艦隊の者たちにとってその爆発はまさにこの戦いでの勝利を決定づけるものであった。
「突入部隊より報告!目標の破壊に成功、これより脱出する。以上です」
「了解した。回収を担当する艦は速やかに合流地点へ移動しろ。その他の艦は突入部隊回収終了まで現戦線の維持に尽力せよ」
部隊の撤収に向けて準備を始める艦隊、すでに被害はギリギリ3割に届かない程度の被害を受けているため長居は無用だ。「鍾路」も僚艦である「龍山」と一緒に付近の味方艦と陣形を整え始める。
そして「龍山」が陣形の後方に位置しようとしたその時――月面を這うようにいつの間にか接近してきた複数のミサイルが「龍山」の艦尾目掛けて上昇していきそのまま突き破る。不意を突かれて動くことが出来なかった「龍山」はそのまま破裂するように爆散、散らばった残骸が更に付近の味方艦に向けて襲い掛かる。
「「龍山」爆沈!!」
『レーダーに新たな反応!方位270度、数9、距離400km、日本の突撃艦と思われる!』
撃沈の報告と同時に艦内が慌ただしくなる。
「舵下げー、対ミサイル戦用意!」
「舵下げー、対ミサイル戦よーい。発射管装填急げ」
ミサイルの攻撃を避けるために障害物が多い月面近くまで高度を下げる。その間に艦首に備えている発射管にミサイルを装填、反撃のタイミングを待つ。
「全艦装填完了しました」
「順次発射、その後取舵、現宙域を全速離脱!」
その言葉と同時に次々とミサイルが放たれ月面を這うように飛翔していく。それを確認した後、艦は素早く左周りで反転して猛スピードで逃げ始めるのであった。
「敵ミサイル迎撃完了、敵艦隊離脱を始めています」
「第2波攻撃はいけそう?」
「さっきの迎撃でミサイルを撃ち尽くしました。この距離では無理です」
CIC内で秋山 冬華二等宙佐がのした質問にCIC員がそう答える。艦外の様子を映すモニターには月面から噴きあがる巨大なきのこ雲が映っており尋常ではない様子が感じ取れる。
「随分と派手にやってくれたわね。あの様子じゃ戦力の半分近くは燃料切れを免れないわ」
爆発元の正体を察しているのか秋山艦長が苦々しい顔をしながら言葉を漏らす。
一先ず追尾を続けているが距離が遠い上に敵が高度を下げて身を隠すように航行しているせいでその位置情報がかなり不明瞭である。そもそも撃つミサイルが無いのだからどうしようもない。
「どうにかして基地で待機している部隊の支援を受けられないかしらね」
「格納庫の隔壁が歪んでいるので修理しない事には出撃も出来ないのに無理を言わないでください」
打つ手なしの状況にいらついて無茶振りを言う艦長にわかばが反論する。
結局、その後「若葉」含む日本の突撃艦9隻は足早に逃げていく敵艦隊の姿をレーダーで捉えられなくなるまで静観するほかなかった。
日本・官邸
宇宙での戦闘が終結して数時間後、事の顛末をしった日本政府はその事態の重大さに大慌てであった。
「民間区域に置かれていた元素制御炉がやられただと……」
鴉山総理が驚きと絶望感の混ざった表情をしながらそう声を押し出す。項垂れているその姿はまるで借金で首が回らなくなり憔悴しきった浮浪者のようだ。
「向こうからの報告によると3基あった制御炉の内、2号炉は全壊、1号炉が半壊で運用できるのは3号炉のみとのことです。資源供給能力は半分も発揮できないでしょう」
官僚から更に詳細な情報を届けられ聞いていた誰もが表情を暗くする。元素制御炉というのは人類が宇宙に向けてその勢力圏を広げるにあたって資源の確保を円滑に進めるために開発された技術である。仕組みとしては物質を原子より更に小さい陽子や中性子、電子レベルまで分解、保管に加えてそれらを使って逆に必要な原子や物質の合成を可能としている。
ただ、原子を分解するほどのエネルギーを維持し続けるとなると原子力発電以上ものリスクと危機管理が必要とされることから運用は専ら宇宙空間ないしそれに近い環境下のみとなっているため日本が保有していた3基の制御炉もかぐやに設置されていたのだが、今回それを敵の襲撃によって半分以上を失ってしまった。その事実はかぐやで消費されている物資の7割近くが制御炉によって供給されていたことを考えるとどれほどヤバイ状況なのかは言わなくでもわかるだろう。
「かぐやは我が国の宇宙戦略において重要な活動拠点だ。ここが機能不全を起こしてしまえば我々は宇宙においての影響力を失う事になる。故に何としてでも資源供給を維持し続けなければならん。そのあたりの対策はどうなっている?」
「現在残って居る支援艦隊を総動員して補給路の形成を図っている所ですがこれまでの戦闘に加えて地球内での補給も止めるわけにはいかず、送れたとしても従来の6割が限度と思われます。無論、新たな支援艦の建造も急ピッチで進めていますがそれでも間に合わないほど支援艦の消耗が激しすぎます」
総理の質問に対して東国安大臣が答える。
支援艦の建造にあたって取られている戦略思想は大雑把に言えば失っても痛くない消耗品上等という考えである。故にその建造工程は簡略化され、武装も最小限で基本的に偽魂体単独での運用が取られるようになっている。
しかし、それでも限度という物がある。特にここ最近は連戦が続いていた上にインドネシアでの敗北も相まって消耗に対して供給が不足し始めていた。すでにギリギリといっても間違いではなかった状況で制御炉の破壊によってかぐやへの補給にまで行わなければならなくなってしまい、完全に持っていた能力を超えた状況となってしまっている。補給をまともに受けられない軍がどれほど悲惨なものかなど日本は嫌と言うほど知っている。それだけに今回の報せはまるで喉元に刃物を突き付けられたような感覚だろう。
「ともかく何としてでも各戦線への補給は維持しなければならない。国安省はそのことを最優先として戦況の立て直しを頼む……もはや私にはそういうことしか出来ん」
疲れ切った顔で指示する総理、正直言ってここ最近は悪い出来事ばかり起きているせいでそれ以外の言葉が思い浮かばない。東大臣たちも理解しているのか特に何も言わずに了承する。
日本の苦難はまだ始まったばかりであった。
インドネシア・スラウェシ島近海
時を同じくして地球における日本の実質的な最前線であるこの海域では今、痛手を受けた防衛隊に対して追撃の準備を終えた中華解放軍による苛烈な猛攻が行われていた。
そんな猛攻の中、駆逐艦「夕立」はまだ無傷な艦と共にスラウェシ島付近で傷つき、身動きが出来ない味方を守るために必死の防衛線をひいていた。
「とーりかーじ!艦首を敵機に向けろ。突っ込ませるな!」
「とーりかーじ、主砲撃ちーかたはじめー」
回頭を始めて迫りくる敵機とほぼ直線上に重なり合ったと同時に「夕立」の120mm速射砲が砲撃する。
超高速で接近していた敵機は避ける事も出来ずに撃ち放たれた砲弾に当たりに行くよう被弾し、錐揉み状態になりながら「夕立」の右舷30m付近へと墜落した。
「敵機1機撃墜!」
「「満潮」「峰雪」艦中央に被弾!艦傾いています!」
「敵機更に5機接近中!」
1機敵を落として安堵する暇もなく即座に新たな戦力が投入される。この攻撃も辛くも「夕立」は乗り越える事が出来たが、代わりに巡洋艦「加古」が中破、駆逐艦「時雨」と「春雨」がそれぞれ艦砲と艦橋部分に直撃を受け火災が発生してしまった。
「防衛もまともに出来ないか……。生き残っている艦はどのくらい残って居る?」
じわじわと削られていく味方の戦力、依然として攻撃を加え続けている敵、はっきり言って絶望以外の何物でもなかった。
「無傷な艦は我々を含めて駆逐艦11隻、警備隊の5隻と支援艦が複数のみです。残りの艦は被害を受けるか、湾内で立ち往生しています」
「完全に打つ手なしかよ……。逃げるにしても湾内に居る味方が動いてくれないとどうしようもないし、こりゃもう相手が帰るまで耐えるしかねぇな」
部下からの話を聞いてより一層強くそう感じて半ば投げやりな言葉しか出てこない。敵艦を攻撃しようとしてもすでに搭載していたミサイルは尽きているし、そもそもレーダー外から敵機を送り込んできているのだ。攻撃のしようがない。
「な!?海中よりミサイルが浮上!数16、距離150km!」
レーダーに映し出されるいくつもの光点、ここにきて解放軍は潜水艦を投入してきたようである。超高速機に意識が向いていて対潜がおろそかになっていた日本にとっては痛い攻撃である。
「迎撃!って、ミサイルがないんだった。機関最大、主砲撃ちまくれ!」
ミサイルが尽きている中での迎撃、各艦の砲が休むことなく砲撃をし続けて1発、また1発と撃ち落とすがやはり無理があった。最終的に5発のミサイルが生き残り4隻の艦に直撃したのであった。
「被弾艦多数!「雨霧」「風霧」中破!「春雪」撃沈!「伊16」炎上中!」
レーダー上に映し出されていた「春雪」を示す光点が消えた事を確認して舌打ちをする。これで戦闘能力を有している駆逐艦は「夕立」をはじめとした「雪霧」「晴霧」「野分」「舞風」「時津風」「雪風」の8隻となった。そしてそんな彼らに更なる追い打ちが掛けられる。
「ッッッ!!ソナーに反応!魚雷来ます!距離2km!」
「しまった!」
止めとばかりに放たれた魚雷群を見て叫ぶ。迎撃しようにもすでに弾薬は底を尽きかけており、有効な手段が残っていなかった。
絶望が辺りを包み込み誰もが諦めかけていたその時、距離500m近くで敵の魚雷が次々と爆発を起こし、辺りに水柱を量産していく。
何事かとその光景を見ていた誰もが呆然としていたがその答えはソナーを担当している水測員の言葉によって判明する事になる。
「艦隊後方よりソナーに感有り、音紋から我が国の潜水艦です!」
『危ない、危ない。何とか間に合ったみたい。大丈夫?ゆうだちお姉ちゃん』
味方潜水艦の出現に合わせて「夕立」のCICに通信が割り込んで少女の声が入ってくる。
「え、あけさめちゃん?何でここにいるのよ?」
思いもよらぬ相手が出てきたことによってゆうだちが驚きの声をあげる。通信の相手は駆逐艦「明雨」の偽魂体あけさめであった。彼女は本来フィリピンでの作戦が終わった後は本土へと帰っているはずだったのだ。
『フッフッフ、お姉ちゃんがピンチだというので助けに参りました~!ついでにフィリピンにいた艦の殆どを連れてきているよ!』
『あの~あけさめちゃん、テンション上がっているのはいいのだけど~、敵さん、まだいるよ~』
胸を張りながら話すあけさめに対してまた新たに通信が割り込む。彼女の駆逐隊の僚艦の子のものだった。
『チッ、邪魔だな~。けど、大丈夫、もう対処はしてあるから』
あけさめがそう言うのと同時にレーダーに複数の光点が浮かび上がる。どうやら事前に「明雨」をはじめとした艦がミサイルを放っていたようだ。
だが、相手は超高速移動を可能としている機体、ミサイル程度の速度ではどうあっても直撃させることは不可能に近い。「直撃」にこだわった場合であれば――。
『やっぱし、高速性を重視した影響で機体の安定性をかなり犠牲しているみたいだね~。少し姿勢を崩しただけですぐに海へダイブだ』
迫ってくる敵機の顛末にあけさめが呆れた声をあげる。
今回彼女たちが放ったのは弾頭部分が対地攻撃を主目的としている3型だった。それを敵機に対して殆ど真正面になるように軌道をとって、敵機とすれ違う前に起爆、仕込まれていた金属片をまるで壁を作るようにばら撒いたのだ。
あとは形成されたその壁に敵機が突っ込むことで機体のどこかしらに辺りさえすれば不安定な状態で高速移動している敵機は姿勢を直すことも出来ずにそのまま海へと墜落する事となる。日本が散々振り回されてようやく考え挙げた対処法であった。
「敵機、全滅を確認――」
あっさりと自分たちを苦しめていた存在を討ったことに乗員の誰もが驚きを隠せない。
それから数十分後、先行していた潜水隊の者たちが反転して戦場を離れる敵の艦隊を確認、つい先ほど全滅した敵機が事実上の敵の最後の攻撃となったのであった。




