延焼
投稿が遅れて申し訳ございません。
話を書いていくうちに段々と迷走気味になってしまい修正に手間取りました(尚、不完全)。
3月9日 大西洋
インドネシアでの戦闘が幕を閉じて少し時間が過ぎた頃、太平洋を越えてアメリカ大陸を隔てた大西洋でも戦いの火ぶたが切られ広い海洋に赤い光点を灯していた。
「各艦、被害を報告して!もたもたしているとまた来るわよ!」
ほの暗いCICの中で駆逐艦「秋月」の偽魂体が叫ぶように艦隊に属している他の艦に向けて通信を入れる。CICに設置されているスクリーンには自分と同じ駆逐隊の艦の構造物が薙ぎ払われて炎上している様子が映し出されそれがまた彼女の不安を煽る。
“こ、こちら「凉月」、艦上部の設備が全損するも航行に支障は無い、ただもう戦えそうにない”
“第34駆逐艦旗艦の「初霜」です。こちらは被害を受けた者はいません。この後の指示を願います”
“こちら第35駆逐隊「春霜」のはるしもだけど!うちの旗艦の当たり所悪くて沈んちゃった!どうしよう!?”
“第103支援艦隊旗艦の「呂21」だ。我が艦隊に被害は無いが第102支援艦隊の支援艦が4隻やられた”
「秋月」からの通信に応えるように各隊から大まかな被害状況が送られてくる。話を聞いた感じでは艦隊としての被害は軽微、だが楽観視出来るほどではないと言った所であった。
「殆ど奇襲のような形で攻撃を受けたにしては幸運だったわね、にいづきちゃん、そっちの隊の被害はどんな感じ?」
“わかつきちゃんやしもつきちゃんは無事だったけどふゆづきちゃんの艦首が派手に抉られているわ。あれはもうドック行きね”
“ちょ、ちょ、ちょ!にいづきねぇ、呑気にしゃべってないで早く手伝ってよ!これ、沈む、沈む!”
被害の報告をしていたにいづきの通信に割り込むように「冬月」の偽魂体の悲鳴が「秋月」のCICに木霊する。念のために映像で確認するが確かに艦首に大穴が空いてはいるが少なくとも沈むほどの傷ではないので単純に本人がテンパっているだけの様だ。
「攻撃が再開される前に現場を離れた方が良いのだろうけどどうしたものかしら?整備艦を連れているとはいえ流石に損傷艦を前線に届けるわけにもいかないわよね?」
“損傷艦はおとなしく護衛を付けて返した方が無難ね、幸いにも被害を受けた艦自体は少ないからそこまでの戦力低下にはならないでしょ”
あきづきの問いににいづきも艦隊副官として自身の意見を述べる。今回欧州戦線へ向かっていた戦力は5個駆逐隊20隻を中心に潜水艦6隻、整備艦3隻、3個支援艦隊となっており被害を受けた「凉月」「冬月」の2隻に1個駆逐隊を本土に戻らせたとしても十二分に増援としての役目は果たせる。
「無理だけはするなって先輩たちからも教えられているしそれで行きましょっか、はつしもちゃん、悪いけど34駆は護衛の為に一緒に本土に戻ってくれない?」
“了解です。……けど、初任務でこれとか縁起が悪すぎですね”
「ほんとよねぇ」
命令を受けたはつしもの言葉にあきづきが生返事をする。
今回の任務に参加している駆逐隊はその全てが編成されて1年も経っていない新米であった。本来であれば古参の隊を1個ぐらいはつけるべきであるのだが開戦前に編成されていた駆逐隊のほとんどは対中戦に投入されており幸いにも欧州戦線は他と比べて安定していることから問題ないと思われていたがそれが裏目に出た結果と言える。
だが、被害自体は比較的少なく抑えられた事からも分かる通り、新米とは言えそこは日本の最先端技術をつぎ込んで作られた偽魂体である。その持っている能力が高い事は言うまでもない。しかも彼女たちに用いられた偽魂技術は第4世代を更に改良した4.5世代とも言うべきものを使われているためスペックのみで考えれば古参の駆逐隊を凌ぐ。とはいえいかんせん実戦経験をはじめとした各種訓練もままならないため実力に関してはまだまだ発展途上とも言える。特に限りなく人間に近い思考経路を有している彼女たちにとっては訓練という物は人が必要とする以上に重要な物であった。今回の被害はいわば練度の差とも言える事柄であろう。
“「照月」から「秋月」へ、レーダーに新たな反応!対艦ミサイルと思われる。数にして70!”
艦隊を離脱する艦とそのまま欧州へ向かう艦にと艦隊を分ける作業の最中に僚艦である「照月」より緊急入電が入る。どうやら敵の第2波が始まってしまったようだ。
「全艦、対空戦闘用意!34駆を中心とした離脱組はそのまま撤退しなさい。他の艦はこのまま欧州に向けて突っ切るわよ!」
報告を受けたあきづきが素早く指示を出して艦隊はミサイルの発射煙に包まれながら大小二つの艦隊へと別れてそれぞれの目的地へと向かい始める。無論、彼女たちもただ撃たれ続けるという事は無く反撃を織り交ぜての戦闘を展開していく。
「ああもう、ただの輸送任務だってのになんでこうなるかなぁ、責任者出てこーい!!」
ミサイルを放ちながら誰に向けるのでもなく叫ぶ。だが、彼女達が出くわしている状況はまだ欧州という巨大な戦場における前哨戦だという事を彼女はまだ知らなかった。
イギリス デヴォンポート海軍基地
「ドイツ・イタリア両国で新たな軍事行動の兆候ですか……」
「うむ、そうだ。我が国の諜報機関に加えて前線を敷いているフランスからも同様の報告が来ているのを鑑みるにほぼ間違いないだろう」
海軍司令部の一角を借りる形で設立された日本防衛隊欧州派遣艦隊司令部の室内で艦隊司令官を兼任している浦部 康弘一等海佐が神妙な表情を浮かべながらそう呟く。彼の後ろ隣りには相棒である「信濃」偽魂体しなのが控え、テーブルを挟む形でイギリス海軍の艦隊司令が椅子に腰を下ろしている。
「我が軍としては向こうの目標にもよるがフランスとの共同作戦を考えている。だが、いかんせん我が軍の海上輸送能力は開戦と同時に軒並み潰されてしまってな。向こうに戦力を向かわせたくても出来ない状況なのだよ」
「それで我が方にも協力をお願いしたいと?」
一通りの話を聞いて浦部がそう言葉を重ねる。
現在の欧州の戦況はドイツ・イタリアを隔てた東ヨーロッパの国々はロシアのバックアップのもと不完全ながらも抗戦中、イギリス・フランスのいる西ヨーロッパでは陸戦はフランス、海戦はイギリスが主導することによってどうにか均衡を保っている状況だ。
だが、開戦当時に先手を取られたことが響いたのか、ここ最近では各国とも戦力の低下が激しく今では複数国の混成部隊を臨時編成して対応するのが手一杯で今回のイギリスの援軍もそれにあたる。とはいえイギリスは純粋な島国であるため陸軍戦力を送るにも海を渡る必要があり(海峡トンネルは老朽化などの複数要因が重なりこの時代では使用は不可となっている)自国防衛で精いっぱいとなっているイギリス海軍にとっては厳しいため日本に協力を求めたという訳だ。
「話が早くて助かる。ここでフランスの戦線が落とされてしまうと我が国は完全に孤立することになるためどうしても貴国に頼みたいのだ。何とかならないだろうか?」
「こちらも貴国をはじめとした欧州各国の手助けをするために来たのです。今更手伝えぬとは言いませんよ。……しかし、しなの?」
艦隊司令の求めに対して浦部が承認に似た言葉を述べるがそれと同時に控えていたしなのに話を振る。話を振られたしなのは浦部とのアイコンタクトで彼が言いたいことを察して代わりに艦隊司令に向けて口を開く。
「陸上戦力の輸送という事ですしたら数度に渡る補給支援によって支援艦隊が5個艦隊、合わせて50隻が動かせます。また、被害は受けましたが現在新たな支援部隊がこちらへ向かっておりますのでそれを合わせれば8個ほどは支援艦隊を工面することが可能です。ですが今いる支援艦は民間供与を前提とした呂号ですので性能は伊号と比べて劣ります。また、粗方の脅威は取り除いたとはいえ欧州近海はドイツ潜水艦のテリトリーですので我々が護衛に着くとしても艦隊の規模はそこまで大きく出来ません」
「つまり時間的猶予を鑑みても多くの援軍を送るのは厳しいという事だな?」
「はい、残念ながら――」
司令の言葉をしなのが肯定する。
今しなのたちが居るデヴォンポート海軍基地はイギリス南西部に位置しており、ここからフランスへの航路となるとイギリス海峡を突っ切る他ないのだがそこにはドイツの潜水艦隊が獲物を待つ猟犬の如く布陣している。定期的に対潜掃海はしてはいるがそれでも危険性があることには変わりなく、何よりドイツの潜水艦による通商破壊作戦の恐ろしさはイギリスが良く知っている。援軍へ向かうにも被害は免れないは確実であった。
だが、それでも行かねば後々追い詰められるのはイギリスの方だ。行くも地獄、行かぬも地獄、そんな泥沼に嵌り始めているのが今の欧州の戦況であった。
日本国月開拓担当特区基地『かぐや』 第2格納庫
僅かな照明で弱々しく照らされる格納庫内で第2星団に属する萌黄型突撃艦の「若葉」「松葉」「若草」の3隻が静かにエンジン音を奏でながら出撃の準備を行っていた。
当初は6隻いた萌黄型だが、先の戦闘でその半数が宇宙のデブリと化し残った3隻の布陣から哀愁の気配を漂わせていた。
そんな中で秋山 冬華二等宙佐は自身が乗る突撃艦「若葉」艦橋で憂鬱そうに出撃の時を待っていた。
「艦長、第2星団突撃艦全艦の準備が終わりました。また、管制室よりいつでも出撃OKとのことです」
そんな秋山に偽魂体わかばが出撃許可の旨を伝えるために話しかけて来る。
「了解したわ。全艦、アンカー停止、これよりロシア月面基地『ルナー・ピャーチ』へと向かう。そこで先発部隊と合流後、敵宇宙艦隊との戦闘に入る。総員、気を引き締めなさい!」
わかばの報告を受けてそう激を飛ばす。だが内心ではモヤッとした何とも言えぬ気持ちが渦巻いていた。
敵の新たな動きを察知した宇宙防衛隊はすぐに迎撃態勢を整えようとしていたのだがそこで一つ厄介な問題を抱える事になった。実働戦力が不足しているのである。
今回確認された敵戦力は解放軍が60隻越え、独伊連合が40隻は少なくとも動いており、殆どが小型艦であるものの合わせて100隻を超える大艦隊であった。対する日本はようやく艦の修理が終わった第1星団、先の戦闘で傷を受けた第2、第3星団と奇跡的に傷が小さい第4星団、これに新たに編成された第5から第8星団合わせて60隻強、と質は劣らないが数的劣勢であった。支援艦隊を含めれば数的問題は埋められるがそれは先の戦いで思わぬ被害を受けた事もあって余り薦められるものではない。そもそも支援群に所属する支援艦隊はそのほとんどが地球に降りて防衛隊全体の兵站を担っている都合上、『かぐや』には多数の艦を失って機能不全を起こしているものしかなかった。
だが、それでもどうにかしなければいけないのが辛い所、紛糾する会議の中でどうにか出した結論は艦隊の分裂と各個撃破による漸減作戦と遅滞作戦であった。
戦力に差がある以上、出来るだけ相手の数を減らしつつ地理的優位が残る『かぐや』で迎え撃つ戦法を取るわけだ。
作戦には機動性の高い突撃艦を投入することになり、第1、第2星団の突撃艦は独伊連合を、第3、第4星団の艦は解放軍を担当しつつ出来る事ならその両軍を敢えてぶつけることも考慮されていた。
そこで敵が退くのならそれでよし、『かぐや』まで接近した場合は基地で待機している全戦力を持って叩き潰す手筈になっている。
そういう訳で独伊連合を相手するために出撃した秋山艦長たちは先に出撃した第1星団の突撃艦と合流し、そこで作戦の最終調整を行うために非公式ながらも協力を願い出てくれたロシア軍の基地へと寄港していた。
「各員、各種チェックをもう一度行いなさい。わかば、今回は連戦となるわ。他の子達と連携の確認はしっかりしておきなさい」
「了解です」
ロシア軍の基地内で作戦前の最終調整を指揮する秋山艦長、本作戦の戦闘艦は20隻、これで100隻を超える相手に奇襲を繰り返すのだからほんの僅かな不具合でも命取りである。自然と整備の手にも力が籠る。
「――仁号の子達、もう来ていますね」
作業をしていたわかばが艦橋の外を見つめて秋山に向けて話しかける。
その視線につられて外を見るとそこにはロシアの宇宙戦闘艦の間を埋めるように日の丸を付けた艦が多く並んでいた。
『伊呂波2型支援艦仁号式』
初代を元に民間用に改良された第2世代の支援艦であり平時、有事関係なく日本の運輸を担うために造られた艦である。
国際情勢が不安定化によって各種貿易業界も海賊をはじめとする不安定要素から自衛を余儀なくされるのだが、流石にそれぞれの企業が独自に推し進められることなどたかが知れているので効率化も念頭に官民共同の事業の一環として規格を完全統一した汎用輸送艦として作られたため、非常時の際には企業から徴用することで支援群に組み入れることが可能となっている。
ただ、形状は初代の支援艦と瓜二つであるが輸送用に特化されているためか武装はあくまで自衛用に単装砲が数門備え付けているのみに留まっているため今回の作戦では主に敵をおびき寄せる囮としての任務を中心として運用されることになっている。
「本当なら伊号を投入したいところだけど殆ど地球に配備しちゃっているし呂号も兵站を維持するために動かしているせいで余裕が無いのが痛い所よねぇ。背に腹は代えられないか」
「確かに仁号は軍事目的で利用するには能力不足であることは否定しませんけど、それでもこちらだけでも15個艦隊、解放軍方面のも合わせれば25個艦隊が囮として動くわけですから向こうに与えるプレッシャーは大きいですよ。何せ形だけであれば完全に伊号な訳なのですから」
秋山艦長の言葉に対してわかばが宥めるような感じで返す。20隻の突撃艦で可能な限り相手の戦力を削らなければならない以上、どうしても相手の気を引く役目が必要となってくる。今回の仁号に課せられた任務の性質上は直接砲火を交えることは少ないはずだがそれでも0ではない。
そして少なくとも戦闘になれば純粋な軍艦ではない仁号では歯もたたずに沈められるだろう。いくら搭乗員が偽魂体だけであっても気がひけてしまう。
「もっとも危険なのは敵艦隊に突っ込む私たちも同じか……果たしてどれだけ生き残ることが出来るかしらね」
出撃を目前として最終チェックのために忙しそうにしている仁号の偽魂体達を見ながら秋山艦長はそっと呟く。
被害前提の漸減作戦、恐らく今回の戦いによって敵味方関係なく多くの犠牲が生まれるだろう。だが、それでもやらねばこちらがやられる。故に戦うしかない。
直接言葉には出さないがその避けようのない現実を憂いる気持ちが彼女の呟きには確かに混じっていた。




