敗退
制圧艦「大和」
「第2艦隊、後衛部隊護衛の為に後退させました」
「第8艦隊「阿武隈」「夕張」触雷により被害甚大!後退させます」
“こちら整備班、浸水箇所の応急処置、完了しました。ですが、そう長くは持ちませんよ”
あちこちで起こる魚雷や機雷による爆発の合間を縫いながら航行を続けている「大和」、右舷の艦後部辺りには大きく破孔した損傷が痛々しくつけられていた。
「9時の方向より新たなミサイル群を確認、数68!」
「やまと!統制射撃で対処しろ!」
「了解!」
真田艦長の指示にやまとが答えるのとほぼ同時に第1艦隊及び第8艦隊の残存艦のVLSが開いて一斉にミサイルが放たれていく。
「敵ミサイル全て破壊するも第2波を確認!数80!」
「敵の発射地点は分かっているのだろう!なぜ、攻撃しない!」
激しい迎撃戦を繰り返している中で真田艦長が叫ぶ。敵の陸上部隊はその発射地点を一度も代えないまま撃ち続けており、その場所も特別艦隊が攻撃しにくい地形ではない。それなのに攻撃しない。いや、攻撃できない訳がやまと達にはあった。
「先ほど情報機関からの報告があって、奴ら発射地点を一般人の居る市街地に設定しているせいでこちらが攻撃をすれば巻き込みかねません!駆逐艦レベルの艦砲ならピンポイントで無力化できますが我が艦隊のものでは大きすぎます!」
「まさに肉の壁という訳か、後退したくてもこのまま引けば前衛部隊を孤立させかねん。結局は耐えるしかないという訳か」
やまとの言葉を聞き忌々し気に吐き捨てる。今こうしている間にも敵は猛攻を掛け続けており、艦隊は押され始めている。これがまだ中衛部隊だけならいいのだが敵の攻撃は後衛部隊にまで及んでいるため被害は格段に増加している傾向にあった。
「制圧艦「摂津」に被弾!第1、第2砲塔が吹き飛びました!」
「前衛部隊の合流を確認、艦隊の護衛にまわるとのことです」
「全艦反転せよ、作戦は一時中断だ!急げ!」
前衛部隊との合流も何とか果たし、すかさず撤退を命じる。すぐさま各艦が反転を始めて水面に白波で弓型の軌跡を描く。
(14、15、16……だいぶ減ってしまったな……)
レーダーに映されている駆逐艦の反応を見て真田艦長が何とも言えぬ表情で呟く。
前進を始めた時は26隻もの数が居た前衛部隊も10隻も姿を消し、残った艦も大なり小なり傷を受けていた。それだけ受けた攻撃が激しかったという事だろう。
(もっとも今も十分厳しい状況には変わりないのだが……)
撤退を続ける彼らに勢いを緩めることなく襲い掛かってくる敵の攻撃、前衛部隊と合流したことでこちらも手数は確保することは出来たが先ほどまで全力の戦闘をしていた影響で大半の駆逐艦がその継戦能力をすり減らしてしまっていた。
「――!!レーダーに新たな反応!敵、航空機を繰り出してきました!」
「クソ!こんな時に!」
“こちら第3海母隊群旗艦「蒼鶴」、現在後退支援として第16、17、18航空団より戦闘・支援両隊及び機動戦鬼部隊を向かわせている。時間はこちらで稼ぐが貴隊は速やかに後退されたし”
絶妙なタイミングで後衛部隊より航空支援が送られてくる。これで防空に関してはギリギリ保てるだろうが、それでも逼迫した状態であることには変わりない。
少しでも早く現場を離れられるよう、真田艦長は艦隊が取れうる最大速力で改めて撤退を指示するのであった。
後衛部隊旗艦「蒼鶴」
「カタパルト射出!!――これで粗方の機体は飛ばし終えたわね……それでおうかく、どう、持ちそう?」
己の艦に搭載していた最後の戦闘機を見送った後、偽魂体そうかくは自艦の隣で布陣している「黄鶴」の方に視線を向ける。
本来なら「蒼鶴」と共に前方より撤退を試みている部隊の支援のために航空機を発艦さえているはずのその艦は今、その姿勢を大きく傾かせて側面からは大量の黒煙を吹き出し続けていた。
“わりぃ、浸水率が4割を超えちまった。火災も収まりそうにもないしダメそうだな”
「そう、ここで海洋母艦を失うのは辛いけど仕方がないわね、あなたは退艦行動に移りなさい。一先ず航空支援は私だけでなんとかするから」
妹の話を聞いてそうかくがそう言い渡す。
前衛・中衛両部隊が思わぬ奇襲を受けた時、戦場より比較的離れた場所にいた後衛部隊であったがそんな彼らですら解放軍が用意した策によって打撃を受けていた。
被害の規模を見ればどちらかと言えば後衛部隊の方が悲惨な状況ではないのではないという印象を受けるだろう。
数十隻にのぼる艦隊の至る所には沈みゆく艦によって立ち上った黒煙が幾本にも渡って揺らいでおり、まだ海面に残っている艦の中でも炎に包まれているものがいる。
“防御性が劣る支援艦とは言え、40隻近くを喪失か……こりゃ、解放軍の奴らに良いようにやられたな”
「黄鶴」より避難したおうかくが艦隊の惨状をみて率直な感想を言う。
幸か不幸か後衛部隊が受けた攻撃は機雷のみであった為、たとえ撃沈が免れない状況であっても時間的猶予が取りやすかったので人的被害こそ大きくはないがそれでもここまで大量の艦を失うというのは辛いものである。
「支援艦はまだまだ数に余裕があるとはいってもここまで沈められると戦略的には大打撃は必至ね、最悪、戦線をひき直すことになるかも」
おうかくの言葉に追従するようにそうかくもこの後の作戦に対する危惧を抱く。
ここまで破竹の勢いで解放軍の支配領域を狭め続けてきた日本であったが今回の敗北に等しい撤退によってその勢いも同時に殺された。今回失った戦力を立て直すだけでも月単位での時間を必要されると考えられるため状況によっては一部奪還地域も放棄することになるかもしれない。それほどまでに今回受けた傷は大きかった。
“てか、機雷攻撃を許すとか前衛部隊は何やっていたんだよ……普通、先陣が入った時点で発動するはずだろ?”
おうかくが愚痴にも似た事を言う。
機雷というものは基本的に敵の侵攻や移動を阻害する事を目的とするのが大半だ。その種類は豊富であり肉体的・精神的にも絶大なダメージを与える兵器としてはこれほど厄介なものはないだろう。
「潜水艦が放ったにしては数が多すぎるし、あらかじめばら撒いていたのなら今の今まで発動しなかったのが不気味ね」
周りの被害状況を確認しつつそうかくが考察を続ける。
今回の機雷攻撃、全く予期することも出来ずに一瞬の出来事であった。まず、第一撃で10隻以上の支援艦が被弾しそのまま沈んでいったものも少なくない。
だが、あらゆる環境で活動を求められる支援艦には一般的な船の推進力となるスクリューという物がない。そのため機雷の誘導法として使われる音響式では捉えることは難しく、感応式は先に侵入した駆逐艦たちに被害がない事から可能性としては低く、電磁式に関しても徹底的に消磁対策をしていることから今の時代では用いられる事すら少なくなった。つまるところ敵の機雷が今の今まで作動しなかった事に疑問を抱いていた。
“考えている所を悪いけど、そろそろ航空部隊が接敵する頃じゃねぇの?管制権委任しなくていいのか?”
思考に割り込むようにおうかくが話しかけて来る。
戦闘時には航空機の偽魂体が管制するとは言え、それまでの大半の操作はそうかく達海洋母艦の偽魂体が代用している。慌てて管制を手放してそれぞれの偽魂体に管制を戻すそうかく、その後いずれ戻ってくるはずの味方機たちの受け入れの準備に取り掛かるために一時考察を取りやめるのであった。
“各機、警戒しつつ散開しろ。目標は陸上にて展開しているミサイル部隊よ。敵の飛行機をこちらの航空隊が相手している間に低空で飛行しつつ至近距離で破壊しなさい”
コックピット内で響く佐川隊長の声を聞きながら機動戦鬼パイロットの白瀬 美海は周りに居る他の機動戦鬼と共に海面スレスレを飛行していた。
彼女たちの任務は撤退中の前衛・中衛部隊に攻撃を続けている陸上ミサイル部隊の無力化、もしくはその妨害である。
敵が民間人の居る市街地に展開しているせいで普通の攻撃では巻き込んでしまうため、近接戦闘も視野に入れている機動戦鬼部隊を急ぎ出撃させたわけだが彼女たちに許されている時間はそう長くはなかった。
(もう!また対空ミサイル、ただでさえ低空を飛んで不安定なのにいい加減にしてほしいわね)
背後から来ているミサイルをレーダーで捉えてすかさずオートメーションで破壊しながら白瀬はそう悪態をつく。
敵とて自分たちに向かってくる彼女たちをはい、そうですか、という感じで近づかせてくれるはずもなく、あの手この手を使って阻止を図ってくる。特に厄介なものが航空部隊による妨害で海面近くを飛んでいる彼女らめがけてミサイルを放ったりとしてきていた。
一応海洋母艦から発艦した味方航空隊が護衛に入ってくれているもののそちらの方は解放軍の決戦兵器である超高速戦闘機の襲撃で苦戦を強いられていて万全とは言い難かった。
(味方の艦隊が離れるまでこらえるのは当然としてそのあとはどこまで時間を稼いだものか……すでに航空隊の方は損害率1割を超えかけているし……)
目標に近づきながら引き際を考える白瀬、出撃目的である艦隊の離脱まで戦う事は確定事項だがそれ以外の事は緊急時だったため詳しく決める余裕がなかった。一先ずは味方の損耗率に注意しながら戦う事にした彼女は目標を目視でも捉えられるところまで接近した後、急上昇して攻撃態勢に移る。途中で敵の対空ミサイルが撃たれるがそれを機関銃で薙ぎ払って長刀を引き抜いて今度は急降下する。
「卑怯なことしてくれちゃって!これでも喰らっときなさい!!」
叫びながら敵のミサイル発射装置目掛けて刀を振り下ろす。
刀はミサイルを格納している筒と車輌の間に滑り込みそのまま接続部分を叩き切る。ミサイルはそのまま滑り落ちて地面に転がり兵器としての機能を失う。周囲では似たような光景が複数で散見された中にはレーダーや発射管制を行う車輌に銃撃を加えている所もあった。
「こちら白瀬機、目標1撃破、次の目標に移ります」
無線を通して隊長である佐川に通信を入れる。
敵のミサイル部隊はジャワ・カリマンタン両島に点在しているようで白瀬達の部隊はカリマンタン島の方を担当している。カリマンタン島に展開している4か所の内1つを潰して次の目標へと向かおうと周囲にいた機動戦鬼を数機呼び寄せようとした時、どこからか銃弾が飛び込み味方機の1機に直撃、爆発する。
慌てて上空に退避すると今度は追い打ちを掛けるように白瀬達に向けてビームや銃撃、ミサイルが雨あられのごとく襲い掛かってくる。新型の「烈」であればその性能に助けられて辛うじて回避することが出来るがそれ以外の今では旧式の部類に入る「命」や「天命」で組まれた部隊はことごとく撃ち落とされていく。
「ツッッ――!!この弾幕の量、一体どこに隠れていたのよ!!」
“落ち着きなさい。白瀬隊員、いま偽魂体を通して報告があった。敵は擬態装甲を使用しているとのこと、兎に角射撃予想地点に向けて思いっきり撃ち込みなさい!”
予想以上の弾幕に混乱する中、佐川隊長の指示が飛ぶ。すぐに回避行動を続けつつ敵が潜んでいそうな箇所に向けて機関砲を撃つと着弾したいくつかの場所でひと際大きい爆発が起こる。
だが息もつく暇もなく今度は弾幕の合間を縫いながら地上より高速で接近してくるものがあった。解放軍の機動戦鬼である。
「ああ、もう……いい加減にしてよ!!」
新たな敵の接近を受けて白瀬隊員の理性のタガが切れて敵に切りかかる。それと同時に相手も武器を持って応戦を始め、日中両方の機動戦鬼が空中で戦闘を繰り広げ始める。
「これで2機目……うわぁ、まだゾロゾロと出て来る。本当にどこに隠れていたのよ……」
倒しながらも勢いを失わない敵に対して若干引き気味になる白瀬、敵との戦力差はすでに2倍に開こうとしておりこうなると新型の「烈」でも厳しいものである。
そんな状況で次の相手を見定めていると不意に機体のセンサーが反応して警告音が鳴り響く。反射的に機体を下降させるのとほぼ同時に熱線が掠りながら通り抜ける。ビームの来た方を見返すと1機の解放軍の機動戦鬼が彼女目掛けて飛んできていた。
すぐに応戦に入る白瀬、だが3機目の敵は他と一線を画しており中々照準を合わせることが出来ない。
「この行動パターン、あの時のパイロットのものね。この、ちょこまかと――きゃ!!」
コンピューターの観測によって相手の機動戦鬼がバンダ海で交戦したものと同一のものであることが判明すると同時に白瀬の機体に敵の機関砲が直撃して左腕が吹き飛びコックピットにも被害が起こる。
「この……やってくれたわね。ただじゃおかな――“白瀬隊員、司令部より撤退命令が出た長居は無用だ。すぐにこの場を離れるわよ!”」
コックピットで飛んだ破片が脇腹に刺さって出血しながらも敵に照準を合わせようとする彼女を佐川隊長が通信を入れると同時に僚機と共に白瀬の機体を捕まえて急加速する。
どうやら激戦をしているうちに目標を達成していたようだ。
僚機に捕まり制御も偽魂体に奪われた機体の中で白瀬隊員は出血によって気を失う。
インドネシアで行われた戦闘は解放軍の戦術勝ちという事で幕を一度下ろしたのであった。




