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日本国世界大戦  作者: 一機当千
本編
56/68

雷の誇り

日本・防衛省中央指揮所


「解放軍の揚陸艦隊を確認っと、対艦攻撃を開始するぜ、ひょうか、防空は任せた」

「はいはい、そっちも無茶な運用しないでよね、汎用機とは言え対艦攻撃の性能はずいせい達の攻撃機よりかは劣るのだから」

 へーい、と返事を返して89式支援機「氷河」偽魂体のひょうがはその意識を自分が操っている支援機群に向ける。

 彼女をはじめとした航空機系の偽魂体はその任務の性質上、偽魂体の中でもかなりの高性能の部類に入る。だからと言って流石に数百機にものぼる機体を同時に管制するとなるとかなりの負担になるため、基本は各航空基地や空港に常在している偽魂体に管制を委任しているが戦闘となるとそう行かない為、こうやって彼女たちが任務をこなす形となる。

(目標の数は揚陸艦だけで10隻、護衛と思われる小型艦を含めると全部で40隻か……こんな数を失ったらうち(日本)だと阿鼻叫喚だろうな)

 自分が斃そうしている敵を見ながらそのような感想を考える。いま彼女の管制下に入っている機体は第18、19航空団に配備されている40機で、その全てに8発のASMを搭載されており総数320発もの対艦ミサイルをお見舞いする手筈となっている。もちろん敵の対空防御によって若干の損害は出るだろうがそれでも揚陸艦を潰すだけであれば十分な数とも言えた。

(もう少し近づくか?いや、ここはタイミングをずらして多段攻撃を行うべきだな……)

“もしも~し、こちら第3海母隊群旗艦のそうかくだけど、第2次攻撃はいるかしら?一応攻撃隊に発艦準備は行わせているけど”

 攻撃のタイミングを今か今かと待っていた所に唐突に女性の声が割り込む、海洋母艦「蒼鶴」の偽魂体の物であった。

 この程度でヘマをするような訓練は受けてはいないがそれでも攻撃時は一番精神をすり減らすのだから水を差すようなことは止めてほしいものである。

「ちょ、いきなり話かけんな!あぶねぇだろうが!第2次攻撃は敵の被害を見てから考えるからそれまでは待っていてくれよ」

 4段階に分けた攻撃のうち1段階目を行いながらひょうがが日本からはるか遠くに離れたそうかくに対して怒鳴る。この攻撃が終わった時には敵艦隊の対空攻撃によって機体が7機ほど撃ち落とされたがそれでも270発もの対艦ミサイルを放つことに成功していた。

(さーて、敵さん方、どれぐらい残りますかね)

 自分の行った攻撃によって訪れるだろう未来を予想しながらひょうがは戦果確認のために傍に残した数機の機体を通して敵が奮戦する様子を眺めていた。


スラバヤ沖遠海・解放軍揚陸艦隊


「敵の対艦ミサイル第3波まで迎撃するも戦力の2割を喪失!」

「敵第4波の迎撃を開始!また、前方より第5波ミサイル確認、数42!」

「揚陸艦「武当山」、ミサイル被弾!退艦命令を確認しました」

 止むこともない喧騒の中で艦隊旗艦である揚陸艦の艦長は必死の思いで自身が任されている艦を守ろうと指揮を執っていた。

 すでに10隻いた揚陸艦は7隻まで減らしていり、周囲の海域には沈んだ艦から放り出された同胞らが波に揉まれながら助けを求めている。護衛の駆逐艦や機脳兵器が思いのほか奮戦してくれているためまだ艦隊として機能はしているがそれでもじわじわと戦力を削られている事を考慮するとそう長くは持たないだろう。

「チクショウ!だから言ったんだ。これではなぶり殺しではないか!本土の奴らめこれで死んだら化けて絞め殺してやる!」

「縁起悪いこと言わないでください!」

 ほとんど一方的な戦闘に堪忍袋の緒が切れたのか、本土に居る幹部陣に恨み言を叫ぶ艦長、副長が止めに入るがその間に揚陸艦「武夷山」にミサイルが艦首から直撃、ほとんど破裂するように沈んでいき生き残っている揚陸艦も6隻となった。

「揚陸戦力も4割近く失ったか……おい、護衛についている機脳兵器を全て前に出せ!その間に撤退だ」

「し、しかし、本部から撤退の命令は出ておりませんが……」

「そんなもん現場判断だ!責任は私が持つ。こんなところで無駄に人死を出すよりかはマシだ!急げ」

 こんなことやっていられるか、の精神で艦長が撤退命令を出す。突然の独断決定で最初は狼狽えた乗員であったがまた味方艦が1隻沈んだこともあってなんとか体を動かして撤退を開始する。

 だが、元々足が遅い揚陸艦であるが故にその進みは遅く、それに加えて今は陸上部隊も限界まで載せて重量もそれなりに増えている。艦隊が反転する頃には揚陸艦の姿がまたひとつ海から消えていた。

「敵の追撃が止みません、このままでは全滅しかねません!」

「護衛の駆逐艦も被害が40%を超えました。これ以上被害を受ければ守り切れなくなります!」

「ここで削れるだけ削るつもりか、おい、乗船している陸上部隊に重量がかさむ装備は廃棄するように伝えろ。弾薬や予備機材も全てだ」

「戦闘中ですよ!?しかも隙が大きくなる撤退戦です。いくらなんでも危険すぎます!」

 艦長の無理難題な命令に副長の男が反対意見を出す。いま彼らが操艦している揚陸艦は全通甲板とウェルドックを用いての揚陸を目的とした設計を施しているため、装備を廃棄するとなると少なくとも艦内に搭載している装備に関しては艦尾を開いて放棄するしかない。そんなことをすれば隙も大きくなるし甲板から捨てるにしてもミサイルが飛び交っている中での作業だ。人的被害は覚悟しなければならない。

 だが、それでもやらねばいずれは沈められる。すでに盾として残させた機脳兵器は軒並み沈められ一緒に後退している駆逐艦たちに無傷な艦はいない。

 そんな状況が艦長の言葉を裏付けたのか、最後には副長も折れて装備の廃棄が行われる。

 重い荷物を捨てた事によって幾分か移動が速くなり撤退の道筋が見えてきた艦隊ではあったが、そのころには揚陸艦は3隻にまで減っており艦隊の規模もすべて合わせて9隻までその数を減らしていた。

「て、敵の攻撃、止まりました……」

「ふぅ、まさに九死に一生を得ると言ったところか」

「揚陸艦7隻、駆逐艦4隻、機脳兵器20隻を失って得た命ですけどね」

 艦長の言葉に副長が疲れ切った表情で返す。40隻中31隻喪失など目を覆いたくなる結果だ。恐らく沈んだ艦の生存者たちは今もあの海域でさまよっているだろうが、今の艦隊に彼らを助ける力などあるはずもなく。そのまま見捨てる形となってしまった。

 打撃艦隊をはじめとした武力によって守られていない揚陸艦隊がいかに脆弱な存在だということを証明した海戦と言ってもいいだろう。いや、海戦と言うのもおこがましい程のワンサイドゲームだった。

「それも攻撃が終わったおかげで当面の危機は去ったが――もっとも私の軍人生命も終わることになったな……」

 撤退中の艦隊を指揮しながらそんな考えが横切る。艦隊の壊滅、独断による撤退、装備の大量喪失と例を挙げればきりがないが軍人一人を切り捨てるには十分すぎる材料だ。下手をすれば命の危険すらある。

 だが、後悔はそこまでしていない。あのまま戦闘を続行していたら確実に命を落としていただろうし、今よりも多くの犠牲者を出していた事だろう。そう考えればほんの少しでも部下たちの命を救えたのだから自分がクビになるぐらいどうでもよい事だと思えた。流石に命まで失うのは御免蒙るが。

「――――!?艦長!ソナーに感!魚雷推進音、前方からです!!」

「なん……だと……」

 信じられない報告を聞いた艦長はそこで思考がストップしてそう一言呟くことしか出来なかった。そしてそれから間を置かずに彼らが乗っていた艦は爆音とともに激しく揺れ、艦としての生涯を閉じることとなった。


制圧艦「大和」・CIC


「前衛部隊より入電、敵艦隊の撃退を確認する。以上です」

 通信員からの報告を聞いて「大和」艦長の真田一等海佐はそのまま周囲の海図を写しているスクリーンを睨み続けていた。

「対潜戦闘の方はどうなっている?」

「現時点で8隻ほどの撃沈を確認しています。まぁ、あれほどの強力な電波を撒きちらしていたら見つけてくださいと言っているのと同義なのでそう難しくはありませんでした」

 真田の質問にはやまとが答えた。

 真田が予想した通り、揚陸艦隊の出現にかこつけて付近の海域に潜水艦を潜伏させていた。その大半が無人のタイプだったのが幸いしたのかは分からぬか海中でそれなりの電波を放出していたおかげでそこまで大事には至らずに済んでいた。

「最後の撃沈が30分前か、そのあとから報告にない所を見ると粗方の脅威は取り除いたと考えても平気か……前衛部隊に通達、漂流者の救出を許可する。無論、対潜警戒は緩めるなと伝えておけ、あと後衛部隊に捕虜収容のために手の空いている支援艦隊を送るように連絡してくれ」

「了解です。と言ってもすでに「雷」や「電」といった警備隊の子達が救出活動を開始しているみたいですね。収容する支援艦隊には第67、68支援艦隊の2個艦隊を向かわせているようです」

 潜水艦の脅威も可能な限り減らしたと判断して真田は戦闘によって海に投げ出された解放軍兵らの救出を指示するがすでに前衛部隊の一部が率先して開始していたようだ。

「随分と行動が早いな、あまり急ぎすぎるのも危険だぞ?」

「場所が場所ですからね、思い入れのある子たちの気合が入るのも仕方がないでしょう」

 真田艦長の危惧にやまとが対応する。スラバヤという場所は日本の海を守護する者として遠からぬ縁があることは理解できるがそれでもいま戦争中だ。一応、警戒を続けているとはいえ、危険な作業であることには変わりない。

「今のところは大丈夫のようだし、何事もなければ“ゴウゥン――”なんだ!?」

 鈍い音と共に巨艦である「大和」が微かに揺さぶられる。

「報告!艦底に多数被弾!浸水発生中!」

「何が起こっているのだ……」

 その報告に真田艦長が言葉を失う。それが解放軍の仕掛けた罠の開始の合図であることを日本の者たちは知る由もなかった。


中国


「どういうおつもりなのか説明をしてくれますか?魏中将」

 とある一室で中華解放軍幹部の馬中将が椅子に腰かけている魏中将を問い詰める。

「質問の意味が分からぬな。馬中将、儂は終始一貫して日本艦隊の撃滅の為に指示をしているが、それ以外の目的があるとでも言いたいのかね?」

「向かわせた艦隊の4分3近くを失い、なんとか逃げ延びた艦もある時を境に姿を確認できない状況が日本艦隊を撃滅するためと?そうおっしゃるつもりですか?」

 魏中将の言葉を聞いて馬中将があからさまに気を悪くした物言いをする。現在の解放軍の兵器事情は開戦前に大量発注していたものが順次配備されているとはいえ無駄に使い潰せるほどの数は無い。なにより兵器を扱う人材の育成が遅れ気味で稼働率が低下してきているのだ。代替が出来るところはアンドロイドなどに対応させているが結局最終的にはヒューマンパワーが物を言う。

 そんな国内の実情を把握している彼にとって魏中将の言葉は不快以外の何物でもないだろうが、それを知ってか知らずか魏中将は不敵に笑みを浮かべながら再び口を動かす。

「馬よ、おぬしのその考えがこれまでの連敗の原因である。確かに日本は強い。そんなものは歴史が証明しているし、今現在の戦争でもその実力は遺憾なく発揮されている。だが、彼らには軍としては致命的な欠点を抱えている」

「欠点……ですか?弱点ではなくて?」

「戦場という狂った世界で人であろうとすることよ、偽魂技術の研究でより人に近い存在にしようとしていることからも分かるだろう。その長い歴史を誇るがゆえに過去に縛られている事よ、大きくその動きが鈍ることだろう。これを克服できない限り奴らはどうあがこうと軍としては振る舞えぬ。まぁ見ておれ、今頃奴らは儂の最後の仕掛けによってその力を大いに削がれることになるだろう」

 魏中将がそう言葉を締める。彼の中では今回の作戦(ディナー)仕上げ(メインディッシュ)が出来上がろうとしていた。

 そして場所は再び戦場(スラバヤ)へと戻る。


 青く澄んだ海に旭日を掲げその姿を炎に包まれた日本の駆逐艦たちは殺意の塊に囲まれていた。

「駆逐艦「引潮」「雪空」、両艦とも撃沈!機雷です」

「「山雪」と「朝雪」に魚雷とミサイルが多数接近中、援護の要有り!」

「本艦の内火艇、収容を完了しました」

「ここまでやるのかよ、クソ、これでは作戦どころじゃないな、撤退は可能か?」

 味方艦の危機を知らせる報告の中で広瀬艦長がそう問い合わせる。CICの状況は混乱を通り越してもはやパニックを3倍にしたレベルの騒がしさであったが彼の傍にいた偽魂体がなんとか対応する。

「無理、艦の周りに漂流者が多すぎる。この状態でスクリューを回したら確実に巻き込むし他の子達の内火艇がまだ取り残されているよ」

「動くに動けないという事か、それより警備隊奴らは何をやっている動きが鈍くなっているぞ!」

 逃げたくても逃げられない状況に悪態をつく。今彼らが陥っている状況は海域にばら撒かれていた機雷と周囲の島嶼群より放たれ続けているミサイルによる挟撃である。しかもこの攻撃、厄介な事にかなりの種類の機雷やミサイルを用いているようで機雷から魚雷やミサイルが出たり、ミサイルが魚雷になったりとするせいで対応に混乱が生じていた。それに加えて漂流していた敵兵救助のために内火艇が周囲に出払っていたためそちらに被害が及ばないようにしていたら代わりに母艦が被弾したなどが起きる始末、これで航空攻撃まで来たら確実に地獄と化すだろう。

「まさか、自国の兵士を生贄にしてこちらの動きを封じ込めるとはな、正気の沙汰じゃねぇぞ」

 余りにも常軌を逸した行動に広瀬艦長が嫌悪感を露わにする。流石にこの状況で敵を助け出そうなどと言う無謀をするつもりはないがそれでも内火艇で海に出ている仲間を置いて行くわけにはいかない為、収容が終わるまで動けないというのが更に彼らを窮地に陥らせていた。

 それでも戦場に身を置いている駆逐隊の者たちはまだ冷静な方であった。どちらかというと警備隊の者たちの方が悲惨な事にあっていると言ってもおかしくはなかった。


「なん、で……」

 CICのスクリーンで映し出されている外の状況を見て偽魂体いかづちは信じられない思いでその惨劇を目の当たりにしていた。

 彼女がこの世に創り出されて最初に取得した感情は憧れであった。自分が操る艦と同じ名を持った先輩とも言うべき過去の「雷」が紡いだ戦争という非人道的な行為の中で生まれた美談であり今でも語り継がれている出来事、彼女にとってスラバヤという場所にはそんな憧れが詰まった場所と言っても良かった。

 いつか、自分も後世に誇れるようなことを成し遂げたい。いつしかそんな思いを抱くようになっていた彼女にやってきた今回の出来事、先輩と同じ名を持つ者として恥の内容に振る舞おうとしていた彼女に降りかかってきた今回の攻撃、そのショックは秤きれないことだろう。

「どうして、そんなことが出来るの、まだ、味方がいるのよ……」

 日本の駆逐艦に襲い掛かる機雷や魚雷、ミサイルの群れに向けていかづちはただそう呟くことしか出来ない。

 自身を守るために味方が迎撃して起きた爆発によって付近にいた解放軍兵が巻き上げられ、中には肉塊となって辺りの海を赤く染める。

「本艦に向かう魚雷を確認!数3!触雷までおよそ4分!」

「迎撃する。いかづち君!」

「――――」

 自艦に迫りくる魚雷を迎撃するために「雷」の艦長がいかづちに指示するが彼女は反応せず、沈黙を続けている。

 再度呼びかけるがやはり反応が小さい。

 偽魂技術がこの世に誕生して半世紀経ったが、あらゆるものが進化や改良というものを経るのと同様、偽魂技術にもその性能を強化され続けていた。特にいかづちをはじめとした警備隊の偽魂体たちに使われている技術は俗に第4世代と呼ばれており、基本性能は当然の事、今までの世代と比べてより人間に近い存在まで感情を含めた性能が引き上げられていた。だが、人間に近いという事は人が陥りやすい状況になりやすいと言っても過言ではない。今の彼女の状態まさにそんな状況であった。

「いい加減にしないか!いかづち君!今は戦争中だぞ、自分の身を守ることに集中しないか!」

 完全に偽魂体としての機能を果たせていない彼女に艦長の叱咤が飛ぶ。彼は元巡洋艦の艦長まで上り詰めたいわばエリートの類であった。歳も取り体力面で前線からは退いたがそれでもベテランであることには変わりない。

 だが、今の状況に処理能力がパンクしているのか、そんな彼から叱咤の言葉を受けたにもかかわらずいかづちはただ頭を振って震えるのみであった。

「いや、いや……」

「ダメか、おい、偽魂体の損傷を確認、操艦を含める艦の全機能をマニュアルに変更だ」

 彼女の様子を見て役に立たないと判断したのか艦長がそう指示を出し、乗員もすぐに反応をして準備に取り掛かる。

「艦の機能をマニュアルに変更、パスワード入力、変更をかんりょ……完了できません!偽魂体にプログラムを停止させられています!」

「いかづち君!」

「いやーーー!!」

 偽魂体のパニックによって艦の機能を全て失った「雷」、そんな「雷」に魚雷は迷いなく突っ込んでくる。そして直撃まで1分を切りもうダメかと全員が覚悟を決めた時、迫っていた魚雷の直前にどこからか砲弾が撃ち込まれてその衝撃で魚雷が全て誘爆する。

“様子がおかしいと思って来てみたら、何をやっているのですか、いかづちちゃん”

「いなづま……」

 通信を通してCICに少女の声が割り込むと同時に「雷」の傍に1隻の駆逐艦が現れる。僚艦である「電」が援護に駆けつけてきてくれたようだ。通信の声の主はその偽魂体であった。

“分魂者の指示に従わず、挙句に暴走するなど偽魂体失格ですよ、恥は無いのですか”

「けど、まだ人が……助けないと……」

“けども納豆もないのです。今は戦闘中、人を助ける時間ではないのですよ、現実を見るのです”

 未だに状況を受け入れられないいかづちにいなづまが情け容赦のない言葉を浴びせ続ける。それでも動こうとしない彼女を見ていなづまがため息をつきながら艦を回頭させる。いつの間にか新たな魚雷が接近していたようだ。

 そして彼女は迫る魚雷と周囲に漂流している敵兵の方向にその砲を向けてもう一度いかづちに話しかける。

“確かに沈めた敵も助けたいですよ。けど――”

 そこで一度言葉を切る。

“――他人の命より自分の命の方が大事です!敵の命なんざ知ったこっちゃないのです!”

 その言葉と同時に「電」の砲が連続で火を噴く。そして撃ちだされた砲弾は魚雷に直撃して爆発、周囲の敵兵を肉片して大きな水柱を立てる。

「艦長、いなづまの介入によって艦のシステムマニュアルに変更されました。動けます」

「そうか、急いで付近の味方と合流して後退させろ」

「了解」

 「電」の援護によって後退が可能になりすぐに実行させる。混乱でバラバラになっていた隊を整えるが「霰」の姿は見当たらなかった。

 隊も組み終わり撤退を開始する「雷」だったが少し遅かった。

 いきなり艦の後方から物凄い衝撃が襲ってきたのだ。

“艦底から艦尾にかけて機雷に触雷!浸水止められません!うわ――”

 その報告を境に艦が思いっきり傾き始める。恐らくもう助からないと判断し退艦命令を下す。

 そして乗員が避難を始めて自身も艦を降りようとCICを離れた時、いつもなら隣にいる存在が居ない事に気付く。急いでCICの方に目を向けるとそこには茫然として力なく座り込んでいたいかづちの姿があった。

「いかづち君、何をしている早く来なさい!うおっと「艦長、何しているのですか!もう時間がありませんよ、いそいで!」まて、まだいかづち君が――」

 彼女を連れ出そうとCICに戻ろうとする艦長を他の乗員が抑えて引きずるように連れていく、すでに傾斜はきつくなっておりCICに戻るのは不可能に近かった。

 それでも助けようと彼女の名前を叫ぶ艦長が見たのは涙を流しながら何もかも絶望したような表情を浮かべた彼女、そしてそれが彼女の最後の姿となった。

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