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日本国世界大戦  作者: 一機当千
本編
55/68

黒い意思

 ほの暗いとある一室で中華解放軍の魏中将はその一般男性よりかは恰幅の良い体を椅子に沈めながら煙草を加えて自身が発案した作戦の報告を静かに待っていた。

「失礼します。魏中将、東南アジアの駐屯部隊より現在の戦闘状況の報告が送られてきました」

「うむ、読み上げてくれ」

 数回のノック音の後、彼の部下が報告書を持って部屋に入ってくる。魏中将は部下にそのまま報告するように命令してその報告に耳を傾ける。

 報告によると敵艦隊は連日に及ぶ進撃によって既にジャワ海の目の前まで展開、その間に布陣していた味方部隊も容赦のない攻撃によって2割を喪失と聞いた限りでは敗北濃厚な状況である。

 だが、それにも関わらず話を聞いていた魏中将は満足そうに頷きながら不敵な笑みを浮かべる。

「こちらの思惑通りに事は進んでおるな。駐屯部隊にはそのまま戦闘を続行するように命令して置け、ああ、戦力の保存はしっかりな、そのためなら機脳兵器(脳利用兵器の中国名)をいくら使い潰そうと構わん。あんなものいくらでも替えが効く。それで例の艦隊の展開状況はどうなっている?」

 報告を元に新たな命令を伝える魏中将、どうやら東南アジアでの今の状況は彼にとっては計算通りの事であるらしい。そのまま彼は東南アジアの部隊とは違う部隊についての状況について質問をする。

「南海艦隊より抽出した2個揚陸艦隊及び護衛として付けた複数の小艦隊と先行させた潜水艦隊に関しては滞りもなく予定地点まで向かえているそうです。ですが戦況を鑑みるに艦隊の到着の前に日本軍が展開してくると予想されていますがどうなされますか?」

 魏中将の質問に部下が報告書を読み上げて指示を求める。フィリピンが陥落後に東南アジアの戦力強化の名目で編成させた件の艦隊であったが日本の進撃が早く目的地に到着する前に日本軍と会敵することが分かり参謀たちからは戦力保存を優先して撤退か否かを議論していたようである。

「ん?君は何を言っているのかね、日本軍の奴らがそこに居るのであればますます都合が良い。そのまま突撃させるように参謀共には伝えておきなさい」

「え、しかし」

 思いもよらぬ言葉に部下が明らかに狼狽した表情を見せる。それもそうだ。まだ海戦を目的とした打撃部隊であるのなら少しは理解できるが、今彼が突撃させるように命令したのは海上での戦闘に関しては攻撃も防御も脆弱な揚陸艦隊、護衛を付けているとはいえそんなものを日本軍にぶつけても何もできずに殲滅されるのがオチだ。

 だが、そんな部下の考えを感じ取ったのか、魏中将は不気味に笑いながら話し始める。

「何か勘違いしているようだが、今我らがなそうとしていることは敵艦隊の撃退である。決して戦力の温存ではない。そこをはき違えてはならん。それによく言うであろう?歴史は繰り返すとな、それなら繰り返させてやろうではないか、誇りとしての歴史ではなく悪夢としての歴史でな」

 異様な威圧感を持って部下を下がらせる魏中将、そのまま彼は机に広げられていた地図に視線を落としある一点を凝視する。揚陸艦隊の目的地はスラバヤ――そこでの戦火が中華解放軍にとっての反撃の狼煙であり、日本軍の惨劇の始まりとなる。少なくとも魏中将はそう考えて己の手中にある部隊を動かしていた。


3月9日 スラバヤ沖近海


 作戦を決行してからまさに怒涛ともいうべき進撃劇を繰り広げた日本の艦隊であったがそれでも無傷という訳には行かなかった。

 まず、敵の決死ともいうべき攻撃によって前衛部隊の駆逐艦に被害が集中、3隻の喪失艦を出し偽魂体も1体を失った。また、航空優勢の確保を掛けての航空戦では両者ともに100機以上の航空機がぶつかり日本が把握しているだけでも実に60機以上の機体を失っていた。その他、前衛部隊の補給のために一時的に進出してきた第66支援艦隊が潜水艦の魚雷攻撃に晒され「伊653」「伊654」「伊657」の3隻を失うなど大きくはないが決して小さくもない損害を受けていた。

「勇士、前衛部隊の再編制終わったよ。はまゆきちゃん達の穴を埋めるために第3海母隊群から警備隊の子達を借りることになったけど」

 ジャワ海へ進軍する前に乱れた部隊を整えるようと指揮をしていた偽魂体ゆうだちが自身の艦長である広瀬 勇士二等海佐に報告を告げる。

「わかった。進軍命令が来る前に部隊編成を確認したい。頼めるか?」

「はい、これ」

 報告を聞き編成を確認する広瀬艦長にゆうだちが1枚の紙を手渡す。どうやら編成部隊が書かれているようだが、これは自分で確認しろということだろうか?

「第4中衛部隊についている2個駆逐隊を除いた第1、第2前衛部隊を統合、後衛部隊より2個警備隊を編入した26隻か……最初に比べるとかなり削られたな」

 書類をみた広瀬がそんな感想を述べる。26隻と言ってもそれなりの規模ではあるのだが、これまでの戦闘で6隻もの艦が戦線から退いた事実を加味すると少しばかり心もとない。特にこれから進む海域は敵勢力もこれまで以上の規模を有していると予想されている所だ。当然、1隻当たりの負担も大きくなることは必至であろう。

「考えてもどうにもならんか、ゆうだち、弾薬・燃料の補給状況は?」

「どっちもバッチリオーケー」

 先が困難なら出来うる準備はしっかりやっておこう。その考えにたどり着いた広瀬艦長の要望にしっかり応えるようにゆうだちが親指をたてて笑顔で返す。流石偽魂体というべきか、その辺に関しては抜かりが無い。

「流石だな。おかげでこっちも楽が出来る。本当に助かるよ」

「もっと褒めてもいいのよ?」

 改めて自分たちが偽魂体の存在に助けられている事を実感してゆうだちに礼を言う。彼女も気を良くしたのか再び笑顔を浮かべる。

 そんな時、不意に通信が入ってきた。

“こちら制圧艦「大和」前衛部隊全艦へ告ぐ。航空部隊から敵の揚陸艦を中心とした多数の艦隊を確認したと連絡を受けた。よって前衛部隊はこれより第1中衛部隊の隷下に入りこれを撃滅したし、なお、戦闘の部隊指揮は駆逐艦「夕立」に全権を委任するものとする”

 通信の相手は本作戦の総旗艦である「大和」からであった。どうやら敵も新たに動き出したようである。

「機関、いつでも最大に出来るように準備しろ。ゆうだち、各駆逐艦とのデータリンクを密にして中衛部隊とのリンクを仲介してくれ」

「了解、データリンクスタンバイ、戦闘システム再確認――異常なし、いつでも行けるよ」

 「大和」からの命令を受け広瀬艦長が必要な指示を次々と与える。その言葉を受けてゆうだちも素早くこなしていき数分も経たずに前衛部隊の駆逐艦26隻が臨戦態勢へと変わる。

「全艦へ通達、これより前衛部隊は敵揚陸艦隊への攻撃を掛ける。ここが正念場だ!気を抜かずに事に臨め!」

 広瀬艦長が激を飛ばし、その言葉を合図に26隻の駆逐艦が敵を殲滅せんと再びその船足を動かすのであった。


制圧艦「大和」CIC


「前衛部隊の進撃を確認、目標との会敵までおよそ45分!」

「中衛部隊全艦に通達、対空・対潜警戒を厳とせよ。向こうの支援をいつでも出来るように準備しておけ、それと航空隊はどうなっている?」

 CIC員の報告を聞き「大和」艦長の真田 俊之助一等海佐はこれから戦闘に入る前衛部隊の支援に必要な準備を行わせていた。

「航空隊に関しては現在「蒼鶴」より第18、第19航空団の戦闘隊・支援隊の80機が順次発艦を開始しております。戦闘が始まるころには到着しているはずです」

「そうか、承知した。しかし、どうも腑に落ちないな。なぜこのタイミングで揚陸艦隊なんぞを出してきたのやら……戦力差は向こうも分かっているはずだろうに」

 敵の行動を不審に思ったのか真田艦長がそのような疑問を吐露する。敵艦隊の編成はほぼ半数が揚陸艦系でありその他は駆逐艦やミサイル艇など比較的小型な艦ばかりだ。もし空母辺りを引き連れていたのならまだしもそのような航空戦力も確認できない以上やろうと思えばこちらの攻撃隊などでの無力化だって可能だ。その程度の事を分からない相手でもないのに出てきた。

 彼が疑問に思ってもおかしくないほど不可解な行動である。

「増援を送ったつもりがこちらの進撃が早くて間に合わなかった……とかならまだ分かるのですがそれなら撤退を開始していてもおかしくないのにその兆候すらないとなると何らかの目的があっての行動になりますが全く見当も付きませんね」

 考え込む真田に話しかけたのは偽魂体やまとであった。いつもと変わらず着物で身を包んだその姿はやはり軍艦という無骨なところには似合わない印象を受ける。

「仮に何か目的があってとしてもだ。わざわざ鈍足な揚陸艦を連れているのは何故だ?こちらに対する囮のつもりか?それなら的にしかならない揚陸艦よりも戦闘能力を持つ空母の方がまだ使い道がある。あれではそう時間も掛からず無力化されるのがオチだろう。いや……もしかしてそれが目的か?」

 やまとの言葉を受けて話していた真田艦長が何か思いついたのか急に険しい顔つきになる。

 軍艦ほどの重量を持った艦が海中に沈めば当然、その付近の海流は渦が発生したりして乱れる。もしそれが1つだけでなくいくつもの場所で起これば海の中は恐ろしいほどの雑音に満たされるはず、そうなれば音を頼りにしているソナー系は軒並み使用不可となり海中の様子を把握する手段がなくなる。もしその中を進む存在があるとしたらどうなる?

「まさか、中国とてそんな事をするとは思いたくもないが手は打っておくべきか……前衛・後衛部隊に通達、敵潜水艦が無音潜航している可能性あり、全艦、対潜警戒はアクティブ・パッシブを併用して行え!」

「りょ、了解」

 真田艦長がたてた推測が無いとも言いきれない為、それなりの策を打っておく。味方の死体を踏み越えて突撃してくるなど考えたくもないがそれでもある意味有効な手段であることには違いない。

「さて、ただの杞憂であってほしいものだな……」

 CICで戦闘の推移を見守りながら人知れず真田艦長はそんなことを呟く。だが、この時は彼がたてた推測のさらに斜め上の状況に陥るなど彼を含めて誰一人として思っていなかった。


「クソが!一体なんなんだ、今回の作戦は!合理性の欠片すら無いじゃないか!!」

 スラバヤ沖へ向かう中国艦隊の揚陸艦の1隻で艦長と思われる男性が1人胸の内に秘めた不満をあたりに喚き散らす。

 東南アジアで戦闘している陸軍部隊に援軍を送れと命令されて出撃した彼らだが、いざ、出てみると既に戦闘範囲の半分は日本が侵入、目的地であるスラバヤですら日本の駆逐艦が展開している始末、こんな状況で援軍を届けることなど不可能に近いため本土に撤退を具申してみたが返ってきた言葉はそのまま突撃、とどめにこちらの存在を嗅ぎつけた日本軍が接近してきていると来た。この状況で不満が爆発しても何ら不思議でもないだろう。

「おい、本土からの命令は未だに突撃だけなのか?」

 いくら考えても納得いかないのか本土に問い合わせ直してみるが、返ってきた答えは全てが「作戦に変更なし」の一言、取りつく島もない状況であった。

「クソ、上層部は本気で何を考えていやがる。つか、護衛の航空部隊は一体どこだ?予定ではもう合流しているはずだろうに」

 依然として機嫌が収まらない艦長であったが悲しきことに一軍人でしかない彼には作戦に従うほかなく、その為不満の矛先が他の部隊に向かうという悪循環に陥り始めていた。

 今回の作戦では今いる艦隊だけではなく駐留していた航空部隊と潜水艦隊が付くことになっていたはずなのにそのどちらの姿も見当たらない。潜水艦隊に関してはその性質上やむを得ないことだが、航空部隊も見当たらないとはいったいどういう了見だ!向こうは本気で何を考えているのだ、ええ?

「艦長、落ち着いてください。お気持ちは分かりますが艦長がそのような状況では部下の士気に悪影響が出ます。それにスマトラ島に配備していた機脳兵器を全てもらってきているのです。最低限の護衛でならあれでも十分果たしてくれます」

 艦長の言動に危機感を覚えたのか副長と思われる男がなだめに入る。だが、むしろその言葉が艦長に油を注いだようで口調は穏やかになったがさっきと変わらず不満を述べる。

「副長よ、そうは言うがそれはお前は偽魂体の恐ろしさを知らないから言える事だ。奴らの戦闘を見てみろ、少なくとも私は正面から挑もうという気は起きん。それに偽魂技術を模倣して造られた機脳兵器だがあれは一度廃棄された骨董品レベルの技術だ。そのため未だに問題点は多い。どのみち当てに出来るようなものではない」

 きっぱりと言い切る艦長、その言葉に何かを返せる者は少なくとも艦橋にはいなかった。

「!?レーダーに感有り!日本の航空機です。数80!」

「クソ、やはり航空機を出してきやがった。総員対空戦闘用意だ!あと全員ライフジャケットを着用しろ!1発でも喰らったらこんなドンガラすぐに海の藻屑だ」

 クルーの言葉を聞き、不本意ながら腹をくくる。護衛部隊が居るとは言えその大半が旧式艦だ。最終的には自分たちの身は自分たちで守るほかなくなる。

 敵を倒そうと進む日本軍、自身を守ろうとする解放軍、両者がぶつかろうとしているこの海で鎮魂曲(レクイエム)の序章が始まろうとしていた。

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