初動
3月5日 フロレス海
「敵ミサイル新たに50確認!発射地点特定しました。撃てます!」
駆逐艦「夕立」のCICでレーダー員の声が響く。
「各駆逐隊の僚艦は迎撃、旗艦は発射地点を制圧しろ!ゆうだち!」
「了解、目標座標指定、誤差修正……よし、フルファイア!!」
報告を聞き「夕立」艦長兼第1前衛部隊司令の広瀬 勇士二等海佐がすかさず指示を出し、隣にいたゆうだちが他の艦と連携して載せていたミサイルを次々に撃ち放つ。
撃ったミサイルはゆうに80発を超え、うち48発が敵ミサイルに直撃し、残った30発余りがソロル諸島、スラウェシ島両方に居ると思われるミサイル部隊に向けて着弾していく。
だが、それでも全ての部隊を潰すのは至難の技だ。ミサイル攻撃を潜り抜けて生き残った部隊が再びミサイルを撃ち、こっちも対応して迎撃と反撃を行う。そんな状況が先ほどから何度も繰り返される。
「さっきから敵の攻撃のペースが上がっている気がするのだがこれちゃんと潰せているのだよな?ゆうだち」
5回目の攻防を終えた後、どういう訳か増加していく敵のミサイル数に対して疑問に思った広瀬艦長がゆうだちに問う。
「一応それなりに潰しているはずだけど……なんか事前情報より敵の戦力が多いみたい」
「なんじゃそりゃ」
質問に答えたゆうだちの言葉を聞き思わず口を滑らす。情報機関とて完璧という訳ではないから多少の間違いには目をつぶるしかないのは分かるが実際にあうのは勘弁してほしいものである。それに加えて……
「やけに攻撃パターンが単調だな、沖縄戦やパプアニューギニア戦の時はもう少し捻った軌道を取っていたはずだが」
6回目のミサイル迎撃を見ながらもう一つの疑問を口に出す。すでに5回、いや、もう6回目となった中華解放軍のミサイル攻撃のほとんどが比較的レーダーで発見がしやすい高度を取っていたのだ。おかげでこっちとしては迎撃こそしやすいが過去の教訓から鑑みると解放軍は高低差をつけた多段攻撃を主にして行っていたが今の攻撃にはそれがない。正直迎撃技術が高度に発達した現代戦としては稚拙というほかないだろう。
「あーそれ、こっちも疑問に思っていた。なんか、やけに高度を取ろうとしているみたいんだけど、そんなことをしても意味ない事は向こうも分かっているのに……って、しぐれちゃん、大丈夫?なんか派手に当たったけど」
「ん?どうしたゆうだち」
「艦長、本艦右舷に布陣していた「時雨」の後部甲板に被弾、作戦には支障はないようです」
話の途中で急に独り言を言い始めたゆうだちをおかしく思ったのか聞き直した広瀬艦長にすかさず僚艦被弾の報告が入る。どうやら偽魂体同士のリンクで一足早く状況を知っての言葉らしい。作戦に支障が無いところを見るとミサイルの直撃を許したようではないようだ。
実際その通りで「時雨」がくらったのは砲弾である旨がそう時間を置かずに伝えられる。砲弾はそのまま船体を貫通したせいでかの艦にはその穴が空いていた。
しかし、ミサイルの雨に紛れての砲撃、それも高速で動いていた駆逐艦に当てるとなると導き出されるものは――
「全艦、回避!!面舵一杯」
「ヨーソロー!」
突然の広瀬の命令にも関わらずゆうだちは瞬時に命令をこなし艦が右へと回頭し始める。そして他の艦もそれに従い始めたその瞬間、彼らが元いた場所に何本もの水柱が立ち上る。その衝撃が強かったのか「夕立」の船体が揺さぶられる。
「被害報告!」
「本艦無傷なるも「春雨」「沢雪」「松雪」「野分」が被弾!小破3、中破1です」
若干行動が遅かったのか4隻の損傷艦が出た。だが、今はそんな事に構っている余裕はない。
「レーダー!」
「スラウェシ島の湾内より多数の艦影を確認、島影で反応が遅れました。数30!」
やはり艦砲による砲撃であった。恐らくフィリピンで確認された脳利用兵器の類であろう。幅が400km程度しかない海域の関係で彼我の距離も相当近い。おまけにレーダーの死角も多いとなってはまさに向こうにとっては絶好の攻撃ポイントという訳だ。
「勇士、どうする?ミサイルはまだ余裕があるけど」
報告を聞き考え込む広瀬にゆうだちが問いかける。この後の指示を待っているようだ。
「いや、数は向こうの方が多い。ミサイルは使わずこちらも砲撃で対応する。全艦に砲撃の準備をさせろ」
最終的にそう判断を下し命令する。命令を受け「夕立」以下4個駆逐隊16隻の120mm速射砲が右舷のスラウェシ島の影に隠れている敵艦に向けられる。
「方位、距離、共によし」
「全艦、撃ち方はじめ」
「てぇー!」
ゆうだちの声と連動するように「夕立」の速射砲が火を噴く。そしてそれに追随するように僚艦たちも一斉に砲撃を開始する。
16隻の駆逐艦から放たれた砲弾はロケット推進の補助を受けながら弾道を描き、敵艦を丁度真上から攻撃するように向かって行き、そのまま直撃して貫通する。
「敵艦15隻の沈黙を確認、システム中枢の破壊に成功した模様」
「次いで第2射、全弾直撃、敵艦隊無力化しました」
報告を聞きほっと胸をなでおろす。前の戦闘で敵艦の構造が判明していたおかげで効率よく無力化できたようだ。
偽魂体の思想を受けているとはいえ本質的には全くの別物だ。移動や移管が出来る偽魂体と比べて向こうは完全に固定されているので中枢である脳さえ破壊すれば簡単に鉄クズへと変えられるのだから対処法さえ確立できれば意外に簡単な相手であった。
「他の敵の出方はどうなっている」
「先ほどから沈黙しています。粗方の脅威は取り除いたものかと」
さきほどからミサイルを撃っていないことに気付いて状況を確認するとそんな答えが返ってくる。
「了解した。中衛部隊に安全確保の旨を伝えろ。あと、第2前衛部隊の状況はどうなっている」
安全を確保したと判断して中衛部隊に進軍するように伝えるのと同時に別働隊としてスラウェシ島東方に布陣していた第2前衛部隊所属の4個駆逐隊の状況について尋ねる。駆逐隊の状況についてはゆうだちから返答が返ってきた。
「向こうも海岸の制圧が大体終わったみたい。いまは第11艦隊の合流を待って、そのあと2個駆逐隊を置いてこっちに合流するって」
大雑把すぎたのでもう少し詳細に話させるとどうやら向こうの方でも例の脳利用兵器が出てきたらしくこちらと同様に対処、その後の攻撃が収まったこともあり後方で待機していた第11艦隊と上陸部隊を呼び寄せ制圧に掛かるとのことだった。上陸部隊は山岳地帯が多い事から第33海母隊と第12輸送隊に載せているヘリコプター部隊と歩兵連隊が中心の様である。
「了解した。第2前衛部隊の合流を持って再び進軍する。各艦、燃料・弾薬の補給が必要なものは合流前に完了しておくように、あと、「松雪」は後退して待機している整備艦の補修を受けておけ」
状況の確認も終わったので次の段階に向けての準備を行わせるように命令する。ちなみにここで話した整備艦というのは日本が建造した明石型整備艦のことでこの艦は主に損傷した艦艇や偽魂体の修理を目的とした艦であり全部で12隻の同型艦が存在している。今回の作戦が激化は必至という判断の下、パプアニューギニアに配備していた第11整備隊3隻を作戦開始後急行させたわけである。
(さて、序盤は順調だがこの後どう出る事やら、多分本隊が後に控えているはずだが……)
出だしが上手くいったことに安堵しつつ、この後の敵の出方を懸念する広瀬、こちらの想定以上に戦力が増強されている所を見ると恐らくこの後はこれ以上の攻撃が行われるはずだ。しかも今度は位置的にジャワ島、カリマンタン島、スマトラ島の三方向からの攻撃が予想される。
まだ作戦は始まったばかりと広瀬は気を引き締めた。
前衛部隊の駆逐艦群が初戦を終えたころ、後方に布陣していた第3海母隊群旗艦の「蒼鶴」と僚艦の「黄鶴」では前衛部隊の前進に合わせて航空支援を行えるように艦載機の発艦準備が行われていた。
本作戦で投入された航空団はいずれも新たに新設されたもので合わせて5個航空団400機にも及ぶ大部隊である。もっとも機体数は膨大だがパイロットの充足率としては20%程度でありそのほとんどは偽魂体によって管制されていることになる。
「戦闘隊と支援隊の発艦用意急いで!爆撃隊は陸上部隊からの要請が無い限り使わないから格納庫に収容したままでいいから、兎に角いつでも飛ばせるようにだけはしといて!」
「蒼鶴」の飛行甲板の上で水色の髪をした女性が声を張り上げる。その声に呼応するように甲板上では発艦要員やドローンが忙しなく動き続けている。
甲板上に出された航空機は既に20機は超えておりその全てが完全武装の状態で発艦の時を持っている中、偽魂体であるそうかくはどこかに不備が無いかを確認しながら指揮を執っていた。
“気合入っているねぇ、あんまり気張り過ぎると後が続かないよ、そうかく”
「おうかく、そういうあなたは準備できているの?今回の作戦扱う航空機が多いのだからもたもたしていると足を掬われるわよ」
準備の様子を見ていたそうかくに共有システム通して通信が入り込む。僚艦「黄鶴」の偽魂体おうかくからであった。どうやら彼女はそうかくに張り切り過ぎないように忠告をしに来たようだ。
“問題なし。すでに戦闘隊・支援隊合わせて80機が発艦体制に入っているぜ。あ、そうだ、爆撃隊だけどさ、格納庫じゃなくてついている支援艦の方に収容させた方がいいぜ”
「あら、そう?じゃあお言葉に甘えて「伊619」、こっちの爆撃機そっちで引き取ってもらえる?」
“了解しました。後方に接続しますのでそのままお待ちください”
おうかくのアドバイスに従い傍で待機していた支援艦の子に連絡を入れる。
すぐに返答が返ってきてそのまま「蒼鶴」の後方に支援艦「伊619」が浮遊して「蒼鶴」の甲板の高さに合わせて接続される。
瑞鶴型は最大で100機の艦載機を搭載できるが今回運用するのは航空防衛隊のみでも400機、「蒼鶴」「黄鶴」合わせても200機しか搭載できない為、余剰分はこの様に支援艦に分散する形で搭載して発艦の際に艦同士を接続して運用する方式を取っている。支援艦1隻でおよそ10機は積めるように設計されているため2個支援艦隊いれば十分余剰分も運用できる計算だ。今回はそれに加えて弾薬・燃料補給と護衛を目的とし3個支援艦隊合わせて5個支援艦隊が追加で配備されていた。
「ところでおうかく、なんか支援艦の子達また増えてない?」
「伊619」に収容されていく爆撃機を見ながらそうかくはさっきから思っていた疑問を吐露する。
「伊619」の所属する第62支援艦隊もそうなのだが作戦が始まったというのに後衛部隊の方では未だに追加の支援艦隊バンダ海に向けて派遣されてきていた。
いくら量産性に優れていてそれ相応の数を建造されているとはいえ21個支援艦隊はやり過ぎである。
“攻略範囲が拡大したせいで最初に用意していた陸上部隊じゃ足りなくなっちまったらしいし、その追加分じゃないのか?まぁ、確かにこんなに密集していたら奇襲を受けたらすぐに火の海だぜ”
「怖いこと言わないでよ、もう……」
艦隊としては一番起こってほしくない想定を笑いながら言ってのけるおうかくに対してそうかくが嘆息する。
現在、後衛部隊は数の多さから行き足を完全に止めている状態であり、加えて各艦の間隔も前衛や中衛部隊と比べて狭い。そんなところを予期せぬ攻撃によって襲われれば十分な回避行動も取れずに被害が拡大することは確かだ。確かに想像したくない。もっともそのための5個航空団でもあるのだが。
「まぁ、私達の部隊は比較的安全な海域に布陣していますし、いざというときは後方の陸上基地からの支援も受けられますから大丈夫だと思いますが」
そうはいってもやはり油断は出来ない。念には念を、ということで各支援艦隊及び第32海母隊の哨戒部隊に警戒を強めるように指示する。現時点で注意するべきものと言えばやはり潜水艦による魚雷攻撃であろう。特に支援艦は部分的に商船構造を用いられているため1発でも喰らってしまえば即撃沈ということもあり得る。
“こちら作戦本部、たった今前衛部隊が前進を再開したとの報を受けた。後衛部隊第31海母隊は航空部隊の発艦を開始されたし”
そうかくが警戒の強化を指示するのとほぼ同時に作戦本部から彼女らに向けて新たな命令が送られて来る。
「了解、第31海母隊「蒼鶴」」
“同じく「黄鶴」”
「全艦載機、発艦はじめ!」
“全艦載機、発艦はじめ!”
命令を受けて「蒼鶴」「黄鶴」の2隻からカタパルトによって次々と航空機が空中に射出されていく。
作戦は次の段階へと進もうとしていた。




