フィリピン陥落〈一〉
フィリピンに点在するいくつかの街では駐屯している中華解放軍部隊が持てうる全ての力を使って、今まさに攻めてきている日本の部隊と激しい攻防を繰り広げていた。 第10艦隊による敵艦鹵獲による一連の事態を受け本土では急遽、内閣緊急会議が開かれていた。
未だ作戦中ではあるため鴉山総理及び国安省の東大臣は世田谷の統合指令室からビデオ回線での出席ではあった。
“全員そろっているな?時間が無い。音無大臣、すまないが中国臨時政府からの報告を頼む”
鴉山総理の声がモニターを通して会議室に伝わる。顔には出ていないもののその声には確かな怒気が含まれている。
指名を受けた音無外務大臣が席を立ち報告を始める。
時は少し遡り3時間前、音無大臣は駐日中国臨時大使館の面会室でソファーに腰を掛けながら駐日大使を待っていた。
彼がここにいる理由は無論フィリピンで鹵獲した敵艦でカプセル入り頭脳を見つけたため、この事態を受けて中国側にこれについての詳細な説明を求めてである。
「お待たせしました。音無大臣、それで話というのは?」
扉が開き一人の男性が部屋に入ってくる。姿を現したのは共産党の若き幹部である張 徳因であった。
彼は部屋に入るやいなや音無大臣に挨拶の言葉をかけ、そのまま彼の前に腰をおろす。臨時政府を立ち上げた共産党であったが人手不足の問題は未だに解決できず、政府に属している者はみないくつもの役職を請け負っているのが常態化しており、張氏も駐日大使及び日中防衛装備協定の仲介役などの重役に配されていた。
「突然の来訪で申し訳ございません、しかし、少しこちらとしても看過できない事態に出くわしてしまったものでしてどうしてもそちらの協力が欲しいのです」
そう前置きを述べて音無大臣はテーブルの上に何枚もの写真を並べていく。そのどれもが今現在戦闘が行われているフィリピンで撮られた脳の写真であった。
「これは現在作戦中の部隊が撮ったものでつい先ほどうちの省の偽魂体を経由して送られてきた最新の生データです。写真に写っている脳は大きさや予測される重量から全て人間……年齢は恐らく10~15歳ほどであると分かっております」
「これは……また……」
話を聞きながら張氏は写真に写ったものを見つめて自然と呟く。その瞳には驚きと共になぜか哀れみに似た感情が垣間見えた。その対象が脳の持ち主に対してなのかはたまた解放軍に対してなのかはまでは残念ながら分からないが。
一通りの説明を終えて音無大臣はそのまま相手の反応を待つ。そして数分の沈黙の後、張氏が視線を上に上げて口を開き話始める。
「いやはや、私達にとっても随分懐かしいものが出てきて正直驚いております。まさかとうの昔に破棄された研究まで持ち出してくるとは……向こうも相当追い詰められているようです」
「それでこれに関する情報を提供していただきたいのですが――」
自身の感想をとくとくと語る張氏に待ちきれなくなったのか音無大臣が改めて問い直す。張氏も話がそれていることに気付いたのか軌道を修正して自国の歴史と織り交ぜながら再び口を動かし始める。
その研究が行われたのは2050年――実に半世紀にものぼるほどの昔だった。
2050年と言えば丁度日本で偽魂技術が確立された年でもある。そしてその偽魂技術の存在が今回の事態の引き金となっていた。
その時代の中国共産党は偽魂技術が世に出た当初はその性能に懐疑的であったが次第に激変していく日本の国情を目の当たりにしていき、日本を除けば世界で初めてその技術の有用性を認めていくこととなる。
そうなれば当然自国にも導入しようとしたのは自明の理と言っても良いだろう。だが、そこで思わぬ壁に直面することとなった。分魂適正者の問題である。
10億もの人口を有するかの国であってもこの問題を解消することは結局出来なかった。それに加えてその当時の日中関係は友好という言葉を使うにはとてもかけ離れていた状況でもあったため技術そのものの導入自体を疑問視する者が日中共に絶えなかった。
そしてそんな中で生まれたのが人間の脳を利用した機械システムの構築研究であった。人の命が軽かった当時の中国だからこそできた研究でもある。そしてそれに派生するように行われた様々な人道とは程遠い研究と張氏は事細やかに自身が知る限りの全てを話してくれた。
“つまりだ。要約すると半世紀前の技術が今回の戦いに使われたという事でいいのか?”
音無大臣の報告を聞き険しい顔をしながら総理がそう聞き返す。
「はい。そのような理解でいいと思われます。追加で言えば聞いた印象ですが向こうもすっかり存在を忘れていたのか、たいそう驚いた様子でした」
総理の問いに大臣が答える。そのまま話題は脳利用技術に絞られていく。
すでに述べているようにこの技術は偽魂技術に対抗して計画されたものでありその脅威度はミサイルや航空機の比ではない。その性能が高い事は先の戦闘で把握されておりその対処方法について議論が進んでいく。
「一先ず偽魂体の者たちには対偽魂体訓練を応用するように通達するべきでしょうが他に何かあるでしょうか?」
会議の中で大臣の一人がそのように発言する。
対策を考えようにも今の今まで同等の相手が居なかったのだ。自然ととれる手段も限られてくる。
“現状ではそれしか方法はありません。当分の間はそれで凌ぐしか無いでしょう……後はどうにかしてシステムを生産している所を破壊する方向で進めていきます”
一定の意見が出た所で東大臣がそう纏める。ここで話し合ってはいるが最終的には国安省・防衛隊の判断にゆだねられる事となる。
それも今行われているフィリピンの作戦自体に左右されるのだが――
フィリピン
「艦橋より報告、敵機の墜落を確認、他の飛行物は確認できず。以上です」
「ふー、やっとか、厄介な相手だったわね」
CICで話を聞いたひぜんが胸にためていた空気をおもいっきりはきながら椅子に腰を下ろす。
(被害は……こりゃだいぶ好き勝手にやられたわね)
艦隊のデータリンクを通して被害状況を確認する。
第12艦隊だけを見ても制圧艦「石見」が中破、巡洋艦「古鷹」「鈴谷」が大破判定を受け、護衛についていた駆逐隊も小破2隻に中大破合わせて3隻、撃沈が1隻と散々である。更に第12艦隊より後方に展開していた第11海母隊含めた部隊も「浜風」「磯風」が中破となり、「春燕」が大破、支援艦が2隻沈むなど航空機の被害も含めれば目も当てられない状況であった。
「たった40機の戦闘機でここまでやられるとは思わなかったな、やはり速さというものはなかなか厄介なものだ」
隣で状況を見ていた艦長が自身の感想を述べ、その言葉を肯定するように彼女も頷く。今回の新型航空機だが正直言ってもう相手にしたくないというのが彼女の率直な感想だ。まず、その速さのせいでレーダーの反応が追いつかないせいでまともに姿を捉えることも出来ずに接近を許し、そのうえこちらの持つ装備のほとんどがその速さのせいで役に立たずとなれば誰だって似たような気持ちを抱くだろう。
今回は40機だったから何とか退けられたがもしこれがもっと多かったらと思うと考えるだけでぞっとする。
「兎に角こちらの方は当分向こうも動くことは出来ないでしょう。今頃はフィリピン本島に第7師団が上陸しているはずなのでそっちの対応に追われると予想できます」
「その肝心な攻略戦はどうなっている?ひぜん」
彼女の言葉を受け艦長が問い直す。すぐに陸上部隊と接続されているデータリンクを通して情報を引き出す。
「現在、第7師団所属の部隊の内、約8割が上陸済みのようで各個目標地点の制圧に向かっているようですね、制圧状況は30分前で7割に達して……7割!?はや!」
その情報に思わず素っ頓狂な声を上げる。
師団が上陸してすでに3時間は経っているためある程度は制圧しているとは予想していたが流石に7割は予想外であった。
それほどまでの速さで制圧して言っている理由を調べてみるとどうやら敵の部隊の配置が上手くこっちの理想に嵌ったのが要因の様だった。
敵の防衛部隊は2個師団のほかはほとんどが戦闘用の無人機で固められており敵も一切の出し惜しみをせずに投入しているらしい。特に都市部に集中して展開している師団とは違い無人機群は密林などの不整地地帯に集中して配備されているらしかった。
不整地地帯でゲリラ戦法をとってくる無人兵器など厄介な事この上ないが、こと日本に関して言えば寧ろ御しやすい戦場だった。
それを可能としたのは第41及び第42支援艦隊に積み込まれていたLM-5――通称大型汎用誘導弾-5型である。
このミサイルは3型弾頭と同じ対地攻撃用に開発されたものだが、3型が形状記憶合金を使った物理兵器と違ってこちらはいわゆる光学兵器類である。原理は至極簡単で弾頭部からばら撒かれた小弾子から発せられる強力な電磁パルスによって対象の分子を振動、加熱させ破壊するでっかい電子レンジのようなものである。
ただこの兵器、いささか強力すぎるため都市部や人間に対しての使用はあまり奨励しておらず、開戦前でもせいぜい紛争地に設置された地雷群の除去に使われるぐらいだった。
だが今回の使用相手は無人兵器であり且つ、居る場所が密林となればもはや躊躇する要因はなくなり使い放題であった。多少樹木が燃えたりとトラブルがあったがそれも些細な事でこの日本の隠し玉によって中華解放軍自慢の無人兵器は瞬く間に破壊されていき、いつのまにか陸上部隊が都市部まで到達していたのだ。
「そりゃ、いくら発展したとはいえまだまだフィリピンは森林が大半だからな5型を使えばそうなるわな」
彼女の話を聞いていた艦長がそう言いながら笑い出す。確かに敵の大半が都市部に集中していればその他の制圧がたやすくなるのは必然であろう。しかし、この後の残った3割の制圧が困難を極めることになるのは二人だけでなく誰もが予測していた。
今まで沖縄、パプアニューギニアと立て続けにまともな活躍を見させてもらえずにいた陸軍であったがその実力は世界屈指のものと考えても良いだろう。特に無人兵器が実用化され出した時代から質・量ともに中々侮れないほど強化されていた。
「で、そんな我らが何で日本の奴らから一方的に砲撃を受けているのだね?」
街中に張り巡らせた仮設の塹壕の一つに身を隠しながら隊長と思われる中国人男性が周りで同じように屈みこんでいる部下たちにそう話しかける。
彼らのいるところより500m離れた地点に爆音共に着弾している砲弾が道路にしかれたアスファルトを捲りはがしていた。
「街中で砲撃なんかしたら格好の的になるという事で砲関係を下げたせいで反撃出来ないからに決まっているじゃないですか、隊長」
隣にいた部下の一人が隊長に向けてそう話す。
「全く致命的なぐらいに先手を取られているな。念のためと無理を言って塹壕を作っておいて正解だった」
ため息まじりにそう話すがその間にも彼らの周囲には日本が放った砲弾の雨が降り注いでいる。今はまだ直撃を許していないもののそれも時間の問題だろう。
「この分だとこちらの手番はまだ先のようだが向こうもずっと撃っていることは出来ないだろう、そのうち歩兵の類を向かわせるはずだ。そうなったら俺たちは上手く奴らをひきつけながら街の中心部に誘導する。その間に別働隊が別ルートで背後を襲う手筈となっている」
「その前に自分たちに砲弾が当たらなければの話ですよね?それ」
確認するようにこの後の作戦の概要を早口でしゃべる隊長の部下が苦笑いしながら話す。縁起でもない事を言うなとその場は返したが次第に強まっていく日本の砲撃に緊張も冷や汗も止まることはなかった。
「だんちゃ~く――いま!」
隊員の言葉と同時に数km離れた街中で断続的に爆発音が響き渡る。その爆発音の原因が彼ら、第7師団隷下第7砲火連隊が撃ち続けている砲弾の雨であることは言うまでもない。
今彼らは街の郊外付近に広がっている森林地帯から撃っては動き、撃っては動くとの繰り返しで街に居座っている解放軍部隊をけん制していた。
「隊長、さっきから偽魂体管制の射撃ばかりで自分たちの仕事が無いのですが……」
連隊の小隊の一つからそんな射撃員の言葉が漏れて来る。第7砲火連隊の保有する160mm機動砲車は機動戦車と車体を共有するいわゆるファミリー化の思想を受けて開発された装備であり160mm砲を搭載した砲車と弾薬運搬車、レーダー車の3輌を合わせて運用されており、例外に漏れず偽魂技術が搭載されている。
「まぁそう言うな、複数方向から撃った砲弾を接触させて軌道変更をしながらピンポイントに目標に着弾させられるというのなら少しは考え直してみるが?」
「さーせん、無理っす」
隊長の言葉を受けて射撃員の隊員が早々に両手を挙げるジャスチャーをして降参する。
敵の迎撃を防ぐために大道芸張りの複雑怪奇な砲撃方法を取っている第7連隊の面々であるが、正直言ってそこまでする必要があるかと言えば恐らく疑問詞が付くことだろう。それでも念には念を、の精神で徹底した射撃を続けている。だがその派手な行動ですら日本にとっては本命を隠すためのブラフでしかなかった。
そしてその本命である7個小隊あまりで編成された制圧部隊は暗くて冷たい地下水道を静かに時には水音をたてながら駆け足で街の中心部を目指して進んでいた。
「おい、結構進んだと思うがまだ目的地に着かんのか?」
「この先100mほど先の突き当りで右折した後、更に500m進めば着くはずです」
光が無い完全な闇の中で声だけが周りの壁に反響しながら響く。
いくら超技術で強化された防衛隊でも完全な状態で構えている解放軍に正面からぶつかればただでは済まない。それを回避するために取られたのがフィリピン全土に張り巡らされた地下水道を使っての中心部への接近・敵背後からの強襲である。
「しかし、日本の上下水道ならまだしもよくフィリピンの地下水道の経路図を持っていたな」
「そりゃ、これ整備したの日本ですからね、経路図の一つくらいあるでしょう」
そんな会話をしながら歩を進める部隊、だが彼らは一つミスを犯していた。
自分たちが思いつくことは相手もまた思いつく事が出来る。その事実をすっかり忘れてしまっていたのであった。




