三頭の龍
久しぶりの投稿となりました。おかげで話がどういう状況だったか確認するのに時間が掛かった・・・
2月7日 深夜
夜の海というのは街灯で照らされる町と違い漆黒に包まれ真っ暗だ。どのくらい真っ暗なのかというと数キロ先の煙草の火の明かりですらはっきり見えてしまうほどの暗さらしい、そんな闇に支配された海上で二方向からいくつもの光点が“ゴオォォ・・”と音を上げながらお互い迫っていき交わったその刹那、爆音と一緒におきた炎によって周囲の海面を照らし出す。
「対艦ミサイル双方全て撃墜です」
「第4波攻撃の準備を急げ、今度はいくつかの艦に集中して攻撃せよ」
「了解、第4波攻撃よーい、各艦割り当て急げ」
「各艦割り当て完了、いつでも撃てます」
「よし、撃て!」
その言葉を合図に再び漆黒の海に炎の光が浮かび上がる。その数にして48個、それが6個8群となって速度を上げながら飛んでいった。
「対艦ミサイル目標までおよそ2分、敵艦隊迎撃及び対艦ミサイルの発射を確認着弾まで3分!」
報告から少しして複数個所から再び光点が飛びだす。その後爆音と共に上がった炎により複数の艦艇の姿が暗闇に浮かび上がった。
「対艦ミサイル、目標3つに着弾を確認、我が方も無人艇2隻がやられました」
「戦力の状況はどうなっている?」
「我が方は巡洋艦1隻、駆逐艦5隻をはじめとした18隻、敵艦隊は確認できているだけで14隻です」
「ちっ、裏切り者とは言え腐っても中国の名を使っていただけあるか」
そう一人の男性が呟く、彼は中華解放海軍の艦隊司令官であり今はインド洋にて中華遠征海軍と戦闘中であった。何故この両軍が戦っているのかは言わずともわかるだろう。戦闘開始直後はお互い30を超えていた艦艇も今では20を切るほどの激戦であったが戦場にいたのはこの二軍だけではなかった。
「!!レーダーに新たな反応を確認!インド軍の艦艇群です」
そう報告が上がる。数はおよそ30隻で中華解放・遠征両軍の残存艦数に匹敵する。話は変わるがインド軍は他国と違って少し独特な編成をしている。まず他国では陸海空などに分けられる軍が一つしか存在せず代わりに陸上群・艦艇群・航空群がその下に設けられている。なぜこの様なことになっているのかというと他国で言う宇宙軍が関係している。現在、正式に宇宙戦力を有している国は日本を筆頭にロシア・中国・ドイツ・イギリス・フランス・大韓朝鮮帝国そしてアメリカも加わった。当然インドも宇宙軍の創設に乗り出していたのだがここで一つ問題が起きた。予算に余裕がないのである。何しろインドの国土面積もさることながらインド洋の広大な範囲も守備しなければならず航空戦力もかなりの量が必要となる。そこに宇宙戦力という軍の中で一番金のかかるものまで創設しようというのだ(突撃艦1隻の建造費で駆逐艦が4隻作れるほど)、必然的に予算が枯渇する。そこで苦肉の策ではあるが海軍艦艇と共用する形での宇宙戦力の保有に舵を切ったのだ。一先ず基礎的な技術さえ保有できればあとは中国ほどではないが数の暴力で膨大な予算の問題を抑え込んだ。結果的に宇宙艦艇の保有数は世界一位となったものの整備が追い付かない事や海上戦力とも使用するため実際に宇宙へ上げられるものはそう多くないと言われている。
「来るとは思っていたがこのタイミングで来るのか、クソ!」
そう悪態をつく艦隊司令だったがインド軍が攻撃を開始すると攻撃の目標をそちらへと移す。前方に遠征軍、右舷にインド軍という状況に加えさっきまでの戦闘により弾薬も心もとない。
「迎撃をしつつ後退しろ、無人艇を盾に使っても構わん、今は現海域の離脱を優先する」
戦うべき相手が増え不利と判断したのか早々に撤退を命令する艦隊司令、残った対艦ミサイルは全てインド軍に向かわせた。少しでも向こうの手数を減らすためだ。だが、やはり数が多すぎた放った対艦ミサイルはことごとく撃ち落とされやがてスクリーンからその姿を消し、代わりに現れたのはインド軍の対艦ミサイルだった。数は60発うち半分は遠征軍に向かっていた。
「対空防御!!ありったけ撃ち込め!!」
命令の元次々と対空ミサイルが放たれる。無人艇には対空ミサイルは載せていなかったため、放った艦は8隻に留まったが何とか迎撃に成功する。そのあと艦隊はその数を12隻に減らすも撤退に成功することとなった。
2月8日 北京
「・・・」
「・・・」
「・・・」
重苦しい空気が支配する会議室に三人の男たちがそれぞれの席に腰を下ろしていた。うち一人は劉 長祥上将であり、残り二人は馬 霊峰中将と魏 万恩中将だ。
「えー、初めに遠征軍討伐に向かわせた部隊が任務半ばで逃げ帰ってきたことについてですが今回は不問としましょう、その代わりに速やかに新たな部隊を送ることも忘れずにしてください、良いですか?馬中将」
馬中将を見つめながらそう話す劉上将、対する中将は額に汗を浮かべながらかけている眼鏡の位置を直しながら返答する。
「しょ、承知しました。上将、それでですが今後の戦力展開について説明をしたいのですが構わないでしょうか」
劉のオーラに押されながらもそう話す馬、早くこの状況から逃れたい感を醸し出しながらの質問であったが許可をもらい安堵しつつ説明を始める。
「それではまず現在の戦力の展開状況ですが、フィリピン、インドネシアなどをはじめとした南シナ海周辺諸国に重点を置いて防衛体制を強化しております」
「そちらの報告は何度も聞きました。今聞きたいのは太平洋方面の戦力状況です。既に日本の艦隊が向かっているそうではないですか」
馬中将に畳みかけるように言葉をぶつける劉上将、どうやら日本の動きが気になっている様子である。
「太平洋方面への戦力増強は日本艦隊との戦闘を終えてからになると思いますが一先ず艦艇と航空機が中心となると思われます」
「まったく、なぜ事前に増強しておかなかったのだ?少しでも送っておけば幾分かはマシになったはずだろう?」
そう愚痴を漏らすのは魏中将だった。戦力の展開の偏りに不満があるのか馬中将につらく当たるがこれには馬中将も反論する。
「戦力を均等に配備しようとすると補給線も比例して増大してしまいます。我が国の補給能力は他国と比べても上位に位置しますがそれでもあの広大な地域に不足なく補給し続けるのはかなりの負担です。また、我が国より補給能力が劣る日本が補給線の長くなる太平洋方面から攻めるなどこちらも想定できなかったので仕方ありません」
言い訳っぽくなってしまっているが彼のいう事も一理あるため魏中将も口をつぐんでしまった。そんなやり取りを見ていた劉上将であったが再びその口を開いた。
「はぁ、お二人ともその辺でやめてください、時間の無駄です」
上将の怒気と呆れが混じった声を聴きお互いに身を正す二人、その様子を見て満足そうにうなずく劉上将であったがしかし、慌ただしく開かれた会議室の扉から入室してきた者によって再び厳しい顔つきになる。
「いったい何事ですか」
「報告します!パプアニューギニア駐屯部隊からの伝令です。現地の派遣艦隊がやられました・・・」
その言葉を聞き、馬中将を横目で睨む劉上将、睨まれた中将もせっかく引いていた冷や汗が再び額に浮かべる。
「それで現地のほうからは何か言ってきましたか?」
「至急の援軍を要請している以外では特に何も・・・」
そんな感じで報告を受け、下がらせる。
「それでこれで太平洋方面での防備に穴があいてしまいましたがどうするつもりですか、馬中将!?」
そう怒鳴る。もともと太平洋方面の部隊は日本の生命線を断つのが目的であり、その目的が失敗したのだ怒るのも仕方がない、そのことを馬中将もわかっているのかすぐさま言葉を返す。
「すぐに援軍を・・・といきたいところですが恐らく間に合わないでしょう、速やかに太平洋方面の防備を固めさせます。恐らく今度は陸戦も起こりうるので先ほどの増強に陸上戦力も加えておきます」
「用兵に関しては貴官に一任していますから多くは言いません、だが、これ以上敗北を重ねるようでしたらそれ相応の責任をとることを忘れずに」
釘を刺した後会議を終え、劉上将は一人になった会議室で机に拳を打ち付け一人話し始める。
「すでに北海艦隊と東海艦隊は行動を抑えられ自由に動けるのは南海艦隊のみ、おまけに台湾で主席が亡命政府を立ち上げ国内の防衛軍の活動が再び活発する始末、それに加え今回の敗北・・・、余りにも栄光とはかけ離れすぎている。が、このまま終わらせるつもりなどない、例の計画さえ成功すればまだ勝機はある。せいぜい一刻の勝利に酔っておくがいい」
不気味な笑い声が響く会議室だった。
同日 台湾 大統領府
「大統領、やはり納得できません。再考を願います!」
会議室の中で男性の声が響く、その彼の声に応えるように台湾の大統領である呉 勝利は口を開き話し始めた。
「副大統領、確かに君の気持も分からなくはない、だが今回日本を通して王主席が要求してきたことは我が国に中華人民共和国の“臨時政府”の設立ではなく、“亡命政府”の設立だ、でなければ我々もいくら日本からも要請があったとはいえ認めるわけがない」
そう諭すように説明する大統領、台湾に亡命政府の設立、これの意味することはすなわち中華人民共和国が正式に台湾のことを他国として認めたという事である。今までも主権を持ちながら中華人民共和国の一部として扱われてきた挙句、向こうの都合で切り捨てられた台湾が今後は一つの国家としてその存在を認められたのだ、こんな好機を逃す理由がないし今後もこのような機会に巡り合えるとも限らない、政府首脳陣としてはどうしても物にしたいと思うのも確かだ。
「しかし、国内に亡命政府を置かせれば今後の攻撃はより一層過激を極めることになるでしょう、日本の非公式な支援によって何とか国内の解放軍を退けた我が国にそれを耐える力があるでしょうか?」
そう反論する副大統領、今後の戦闘の激化を危惧しているようだ日中で開戦した当初台湾もまた解放軍によって侵略を受けた訳であったのだが、いまでは国内に戦闘の傷はあるものの解放軍は兵一人としていない、これは丁度日本が沖縄を奪還した際に解放軍の輸送能力も削いだ影響により台湾の方でも補給に難が出てきた結果押し返されたという経緯がある。台湾はこれを日本からの支援と勘違いした結果、日本の非公式な支援という訳の分からない状況が生まれていた。また、今現在は日本も再び侵略を許さないように沖縄に大部隊を置いて中国本土で動きがあれば速やかに殲滅する構えをとっている為東海・北海艦隊も動くに動けない状況となっている。
「確かに君のいう事も一理ある。だが、あの解放軍のことだ亡命政府があろうとなかろうと攻撃を激化させてくることだろう、それに結果的にだが日本からの支援も確実となった。もはや亡命政府の設置の有無を考える段階は終わったと考えどう立ち向かうべきかを考えるのかが道理ではないかな?」
そう質問を返す大統領、確かに台湾はその位置からして中国の目と鼻の先である。そんな台湾にまで追い返された解放軍が攻撃をやめるかと言えばそんなことは考えられないわけで結局のところ亡命政府をどうしようとも変わらないのだ、それなら亡命政府の設置の引き換えとして日本からの軍事的支援を取り付けた方が有意義という結論に至る。副大統領もそこのところは思うことがあったのかその身を引くことになった。さて、そんな台湾の苦労も知らずに当の亡命政府の設立を発表した王主席はどこにいるかというとまだ日本に居た。
「主席、台湾へ発つ準備が終わりました。いつでも行けますがどうしますか?」
そう質問したのは幹部の一人である張 徳因だった。
「張君か、ご苦労だった。一先ず日本が用意してくれる便が来るまでは待機だな、ところで亡命政府に必要な人員は確保できたのかね?」
張の問いかけに答えつつ今後の質問をする王主席、亡命政府の設立を発表したのはいいが実の所そのための人員を確保していなかった。台湾から設立の許可が下りたので先に発表するという見切り発車的な感じだったが解放軍への意思表示も含まれていたのでこれはこれで仕方がない。結果的に防衛軍の活動を再開させるきっかけにもなった。
「一先ず大使館の連中を中心に集めておりますがあまり期待はできませんね、やはり負けくじを引くかもしれないという不安があるみたいです」
そう説明する張、大使館に勤めている役員の大半は共産党支持であるがやはり現状解放軍に掌握されている所をみると保身に走っているようだ。
「やはりこちらから勝てる要因を作らなければついて来てはくれぬか・・・、そっちの方では何か案は無いのか?」
「日本が沖縄戦の際、我が国の艦船、車輌、航空機を多数鹵獲したほか解析なども進んでいるようで希望するなら“防衛軍”への鹵獲品の返還と製造を行っても良いと打診されています」
「ふん、あくまで国内の問題は自分たちで片付けろ、泥仕合に付き合うつもりはないという事かそこのところは徹底しているな」
そう言葉を漏らす主席、沖縄戦の際に多数の解放軍の装備を鹵獲した日本はその一部を情報機関へと引き渡し分析や解析を行っており、また偽魂体達のおかげでやろうと思えばそっくりそのまま新しく作ることもできる。装備を三軍で統一していた中国にとっては装備の調達が日本からもできるというのは好材料となるだろう。
「だがそうなると操作する人はどうする?」
王主席が至極当然な疑問をきく、日本が例外であってまだまだ兵器の操作は人間が主流であり無人兵器でさえ遠隔操作に頼っている状況だ。防衛軍の兵を使えばいいのだが彼らの大半は中国国内で手のだしようがない。
「偽魂体技術の付与を打診してみましたが適正者いないだろと言われて断られましたので国内の防衛軍と道を作るのがいいかと、日本からは半自動化なら可能と言っておりましたが・・・」
そう答える張、偽魂体技術は日本にとっては優秀ではあるが他国にとっては無用の長物であることを改めて知る機会となった。だが、そんな張の言葉に反応せず王主席が一人話を始めた。
「結局私は歴史の呪縛から逃れようとしてその呪縛にとらわれてしまった。二度と中国の歴史に内戦の火を刻ませないと大きくなりすぎた解放軍を三つに分け避けようとしたが結果は龍を三頭に増やしただけで内戦を引き起こす遠因としてしまった。歴史は繰り返すとよく言われるが本当にその通りだな」
そう言えば前の大戦も我が党は国民党と内戦をしていたな、その結果日本に付け入られ8年の戦闘の末3000万人以上、一日換算にしておよそ1万人もの犠牲者を出す傷を受けてしまった。自嘲気味に笑う主席に対し張が話す。
「お言葉ですが、もし主席があのまま何も手を打たずに放っておいたのでしたら我が国はもっと早くにその歴史の呪縛にとらわれていたでしょう、最終的には避けきれませんでしたがそれでも私は最善の策だったと今でも思っております」
そう言った後、細かい調整がありますので失礼しますと言葉を残し退室する張、部屋で一人となった主席は思った。今こうしている間にも国土は焼かれ歴史を繰り返そうと進んでいる。なら私は共産党がかつての国民党のような敗者とならぬようにどんな手段を使っても止めてやろう、抗ってやる。そう再び冷酷な覚悟を決め、空を仰いだ主席だった。




