日本の決断
張 宗徳艦長はドックで鎮座している自分の艦「回」の甲板上で上を見つめていた。本国から亡命同然で逃げ、中破しながらもなんとか日本へ到着したのだが、連れてこられた横須賀の地下ドックに入ってからその規模の大きさに驚きの連続だった。
「これと同じものが下にあと4階層もあるのか・・、なんていうかこの国も大概ぶっ飛んでいるよなぁ」
そう感想を漏らす、日本が地下開発技術を高めた理由が過去に何回か起きた大震災での津波による被害を受け続けた結果、時の首相が地上に町がなければ被害が出ないのではないか?という斜め上の発言が切っ掛けだと海外では噂されているが真相は謎である。
「あっ、艦長外に出ておられたのですか、日本の整備士から機関を取り替えてもいいかと質問を受けているのですがどうしますか?」
「副長か、わかった一先ず直に話しておきたいのだが今どこにいる?」
艦内から出てきた副長にそう答える艦長、沖縄でも軽く修理してもらったのだがまさか本格的な修理までしてくれるのはありがたいがまだ敵である我々にそこまでしてもいいのだろうか逆に心配なってくる。
「それなら今艦のそばで待っていますよ、あぁ、あそこにいますね」
副長が指をさしながら答える。指差した先には作業着をきた数人の作業員がいた、何やらこちらの部下と話しているようだが恐らく艦の修理について話しているのだろう。
「そうかそれなら待たせるのも悪いから急ぐとしようか」
「えぇ、そうですね、それにしても・・・」
艦長の言葉に副長が周りを見渡しながらつぶやく・・
「こう照準を直に合わせられるのはやはり緊張しますね、捕虜の立場上仕方無いのでしょうけど」
“あぁ・・”その言葉に同意の意味を込めて艦長も頷く、副長が言ったのは「回」の両隣で待機している2隻の護衛艦のことだ。そのどちらもこちら側に砲を向けていてその上に少女が座っておりこちら側を見下ろしながら監視をしている。もしこっちが不審な動きをすれば即座に撃ってくるだろう、無論こちら側はそんな意志はないのだが。
「まぁ、戦争をしている当事国同士なうえあの方まで乗っていれば警戒するのも仕方あるまい、それでも監視が偽魂体の少女2人だけというのはまだ少ない方だろうし向こう側も色々気を使ってくれている方だろう」
歩きながら話す艦長、偽魂体自体何回か国際演習の際あったことがあるのでそこまで驚きはなく、砲を向けられていることを除けば見張りも居ていないようなもので比較的自由に動けるのである。そんなことを副長と話しながら整備士たちの下へ行く艦長だった。
「ではそういうことで後はお願いします」
「はい、わかりました。では早速取り掛からせてもらいます」
機関の整備について日本の整備士と話がまとまり作業に取り掛かり始める彼らを見送った張艦長だが不意に後ろから声を掛けられる。振り向くと一人の若い男性がたっていた。
「やはり張艦長でしたか、お久しぶりです」
そう挨拶してきたのは広瀬 勇士二等海佐であった。その姿を捉えた張艦長も半ば驚きながら言葉を返す。
「おお、広瀬艦長でしたか、インド洋の海賊退治以来でしたかな?」
「艦の付き合いという面ではそうですね、こう直にあったのは去年の合同演習以来だと思います」
笑顔で返す広瀬艦長、彼というよりかは日本の第1艦隊とはよく国際的な演習とかで会うことも多く自然と面識も出来上がっていくのだが、特に彼は息子より若い年齢でありながら自分と同じ艦長職なこともありよく会話をする仲であった。
「そうでしたな、ところで貴官の相方はどこに居られるのかな?」
そう質問をする張艦長、相方というのはもちろん偽魂体のゆうだちのことであろう。偽魂体は分魂適正者と行動を共にすることが多いため、日本の上官と交流が増えると自然と偽魂体を目にする機会も増える。張艦長も例に漏れずその一人であった。
「ゆうだちの事でしたらあそこで今妹に引っ付かれてあたふたしていますよ」
笑いながら指差す広瀬艦長、その先には確かに腕をまわしながら何かを叫んでいる少女の姿があった。その様子はまさに甘えん坊な妹に抱き付かれて困り果てている姉の図だった。
「おやおや、随分と微笑ましい光景なことで、本当こうしてみると偽魂体の子たちも普通の人間と何ら変わりもありませんな」
そう広瀬艦長に問いかける。彼も“そうですね”と肯定する。
今でこそあのような光景が普通となっていっているが偽魂技術が世界に出てきた当初は主に日本以外の外国から凄まじい反発と批判が吹き荒れていたのである。何しろ限りなく人間に近い姿をしているうえ偽魂技術の特性上である特殊能力に加え身体能力も高く、そのどれもが美形の部類に入る容姿を持ち合わせている(最後のはいるのか?)となれば警戒の一つや二つはあるだろう。そんな中でも日本が孤立覚悟でこの技術を普及させて行ったのはやはりその優秀さ故である。
何しろ如何なるものにも使用が可能なうえその管理能力や連携能力の高さ、運用の柔軟さに応用の幅も限りなく無限に近い、効果が出るのにはそう時間が掛からなかった。
自動車会社が取り入れると日本車が事故を起こす確率が1%を切り、製造機器会社が使用すると不良品が出る量が減り、建築会社が使ったら空き巣や放火の検挙率が大幅に上がって、農業・漁業・林業では生産性が上がり息を吹き返す事となった。民間ですらこうなのだから行政ほどの規模となれば犯罪率は下がり事件の早期解決につながり、情報漏えいの頻度の大幅な減少に分析能力・計算能力を生かした効果的な政策の実行による予算の削減と財政の健全化、様々な分野に精通した余波による画期的な研究・技術開発(日本の地下都市建設技術や機動戦鬼などはこれによる結果である)や防衛能力の強化とその利益もとい国益は膨大なものとなっていった。
「他国の人からそのような言葉が聞けるようになるとは世界も変わったということでしょうね、張艦長、ところで何故に貴官、いや「回」がここに居られるのでしょうか?」
張艦長の言葉に感想を述べると同時に思い出したように質問する広瀬、忘れそうになるがここは日本の横須賀であり、加えて日本と中国は戦争中である本来ならいないはずの彼と艦がいることに広瀬が疑問に思うのは至極当然のことである。
「逃亡、いや亡命と言うべきか息子の頼みでもあったのだが今のあの国には愛想を尽いていたのでね、我ながら思い切ったことをしたものだな」
軽快に笑う張艦長、軍人である手前国に殉じる覚悟は人一倍に持っていた彼が国に逆らったというのだから今の中国は色々とアレなのだろう。
「息子さんというと確か党の幹部に出世したと依然仰っていた?」
「そうそう、我が息子ながら肝が据わっているというか考えることが大胆というかね、まさかあの方を連れて国外に逃げると艦に乗り込んできたときは残っていた寿命全て使い切るじゃないかと思ってしまったわ」
そう追加で話す張艦長、自分で話していて可笑しいと思ったのか笑い声が一段と大きくなった気がする。広瀬もつられて笑い出していた。
「それで音無君、本当にここに彼がいるのかね?」
そう質問を投げかける鴉山総理、その顔はまだ到底信じられないと言いたそうな雰囲気を醸し出している。
「えぇまぁ、確かにそう聞いていますがまだ信じられませんか?」
「そりゃ渦中の中にいる人物が直々に日本に来たと言われれば大抵の者は同じ反応をすると思うが?」
総理にそう言われるも“まぁ、事実ですからそういわれましても”と返し、ドアノブに手をかけ扉を開いた。
「こんにちは鴉山総理、突然の訪問にもかかわらず受け入れてもらったことにまずは感謝したい」
鴉山総理が部屋に入ると同時に部屋の中で待っていた人物、王主席はそう謝辞を述べた。
「いえ、お気になさらなくても結構です。こちらもそちらの事情は耳に入っております」
そう言葉を返し主席を席へと促す鴉山総理、促された主席もそのまま席に着き向かい合うように総理も腰を下ろす。
「さて・・、単刀直入に我が国へ来た理由を聞かせてもらいましょうか?まさか観光というわけでもないのでしょう?」
「ふむ、こちらとしても時間は掛けたくはないからな・・、早速で悪いが要件を言わせてもらおう」
総理の問いかけに対して一呼吸おいて王主席が答える。
「中華人民共和国の国家主席ひいては一人の中国人として貴国、日本国に我が国への貴軍、いや防衛隊の派遣及び我が防衛軍へのあらゆる分野での支援の要請の願いを今この場を借りて述べさせてもらう」
王主席から日本国防衛隊の派遣と共闘の要請に対し日本側の何人かが驚いた様子を見せるが鴉山総理は眉を顰め言葉を返す。
「要請内容は分かりました。しかし、なぜです?我々の目から見れば解放軍が今やってきていることはあなた方共産党がやっていたことです、それを党の一人でもあるあなた自身が迎合するならまだしも真っ向から否定し、かつ貴国からしたら邪魔な我が国に対して助けを求めるなど私としてはとてもじゃありませんが理解が出来ません」
なかなかに辛辣な言葉を鴉山総理がぶつけるが意も介さずに主席も言葉を続ける。
「勘違いしないでもらいたいな、我々、いや少なくとも私は中華思想や覇権主義などというくだらないものに興味などない、私の目的は唯一つ中国共産党の存続だけだ、奴らのやっていることは確かに我が党も昔通った道だ、だがな、それではダメなのだよ、確かに矛先を外に向けるのは簡単だ。だがそれは問題を解決したわけではないむしろ悪化させ破滅を早めるだけだ、だから多くの血を流しながらでもかえたのだ!それを奴らが全て台無しにしやがった!これほど屈辱的な事があってたまるか!!だから奴らをつぶすための最善の策を取ったにすぎんただそれだけの理由だ、お分かりいただけたか?総理」
主席のあまりの剣幕に黙るこくる日本陣営、その中で鴉山総理は一人納得したような表情をしていた。確かに彼は目的の為なら手段を選ばずに実行するといった独裁的な政策を執る反面、歴代の国家主席と違い国際関係の協調や国内問題の解決に重きを置いた姿勢をとることによって破裂寸前だった国内を鎮静化した実績を出しており、外務省からも動向を注視されていた。それが全て党の存続一点のみの目的による行動だったとしても少なくとも芯を持たずに事なかれ主義の政治家よりかは優秀であろう。
「理由は分かりました。それを踏まえて総理の職を預かる私からの意見を述べさせてもらいます。誠に申し訳ないが貴国への防衛隊の派遣及び防衛軍との共闘については拒否させてもらう」
予想に反して拒否の言葉を告げられ動揺する主席、今までの日本なら少なくとも遠回しに言葉を濁して先延ばしにくらいはするだろうとは思ったがまさかの真っ向拒否である。
「理由を聞かせてもらえるかな?貴国とて我が国との戦争は早急に終わらせたいはずだ、それでも拒否をするというのならそれ相応の理由があって然るべきだと思うが?」
「簡単に言いますが民主主義を国是としている我が国と共産主義の貴国とは相容れぬ者同士、立っている世界が違うのですよ、そんなもの同士で共闘など出来るはずもないでしょう?それに我が国としては迫ってきた敵を退けるだけでも国を守ることは一応可能です。わざわざ大陸の争いに関わるほどの意味も義務もない、それが理由です」
総理にそう告げられ沈黙する主席、彼の言葉からして日本に影響が出ない限りは好き好んで介入するつもりがないことは明白のようだ。
「あなた方の身柄の安全に関しましては現在アメリカ大使館を通じて保障するように頼んでありますのでしばらくしたら向こうへ行けると思います。それまではこちらで守るのでご安心ください」
話はもう終わったと判断したのが席を立ちながらそう告げる総理、そのまま部屋を出ようとすると
「お待ちください鴉山総理、ひとつご質問があるのですがいいでしょうか?」
呼び止められ声の主を探す。どうやら主席の傍で立っていた若い男性らしい、主席の側近だろうかまだ30にも届いていないその男は総理をまっすぐに見つめ話し始める。
「総理、あなたは我々とは相容れぬ者同士とおっしゃいました。しかし、それならなぜ中国国内でわざわざ危険を冒してまで私たちを助けたのですか?」
「質問の意図が見えませんな、我々がいつ中国であなた方を助けたというのですか?はっきり言ってそのようなことは不可能だ、張氏」
質問に質問を返す総理、聞き返された張幹部も再び口を開く。
「我々が貴国に逃げて来る間、何回か追っ手に捕まりかけた事がありました。しかし、不思議なことにそのたびに邪魔が入り我々は逃げ延びることに成功しています。私はあなた方日本の差し金と考えているのですが違いますか?」
「ふっ、何を言っておられるのやらあなた方が助かったのはただの偶然でしょう、そもそもカラスなどの動物にそっくりなロボットを作る技術など日本どころか世界中を探してもありませんよ」
総理の否定の言葉を聞きニヤリと笑みを浮かべる張氏、その様子を見て総理は不思議そうに彼を見る。
「総理、私は“邪魔”が入ったとしかいっていませんよ?なぜ、総理が“邪魔”をしたのが“カラスなどの動物”と知っていて、かつそれが“ロボット”だと思ったのか私としては興味がありますねぇ」
その言葉に内心“しまった”と思った総理、更に畳みかけるように張氏が言葉を続ける。
「まぁ、確かに動物と本物そっくりのロボットの存在なんか未だ確認されてはいませんけど“人間にそっくり”な存在を作ることが出来る貴国のことです。似たようなことはいくらでもできるのではないですか?案外我が国以外の所にも放っているとかありそうですねぇ、ま、私の憶測なので気にすることでもないのでしょうけどアメリカでうっかり口を滑らしたらあの国も興味がわいて貴国にあることないこと聞いてくるかもしれませんねー」
“気を付けないとなー”と笑いながらわざとらしくいう張氏とは反対に沈黙する日本陣営、暫くしてため息を吐きながら鴉山総理が口を開く。
「はぁ・・、王主席、どうやらあなたは恐ろしいほど優秀な人材をお持ちのようだ。わかりました、貴軍と共闘するかは別として貴国で不安に駆られている国民に最大限の支援をお約束しましょう」
「え?あっ、はい・・感謝する。よろしく頼む」
話に置いてかれ事態が読み込めてない主席、だが日本が中国を助けることを決めてくれたということは分かったので一先ず礼をいい、退室していく総理を見送った。
「やむを得なかったとはいえ、中国本土にまで介入することとなってしまった訳だが、実際のところ防衛隊の能力的には可能なのかね?東君」
閣僚会議を始め開口一番に東国安大臣に質問を投げかける総理、議題はもちろん先の日中会談で約束した中国本土への防衛隊の派遣についてだ。
「中国のみに集中するのであればまだ可能ですが、今の日本の状況を考えると限りなく不可能です」
総理の言葉に対して否定の言葉を返す東大臣、その言葉を補足するように会議に出席していた統合幕僚長がスクリーンに写された地図を使いながら話し始める。
「まず初めに現在の日本の戦況について説明させてもらいますが、特亜戦線及びかぐや戦線の二つの戦線を張っております。このうちかぐや戦線では戦闘こそは起きていないものの第1星団の回復が追いついておらず戦力的に劣勢な状態です。特亜戦線のほうもいかんせん失った戦力が大きすぎてこちらから動くということは難しいでしょう、また今後のことを考えると出来るなら戦線を広げずに維持したいところですが・・・」
「だが、そうするわけにもいかないということか」
総理の言葉にうなずく統合幕僚長、スクリーンの地図には戦線を示す線が新たに写される。
「解放軍は我が国以外にも東南アジアを中心とした諸外国にも軍を向けており、己の勢力下に置いております。これを放っておくと我が国のシーレーンに影響があるだけでなく反対に日本が包囲されてしまいます。これを防ぐためにも東南アジア各国への防衛隊の派遣は不可欠となります」
その他にも色々と説明をされたが要約するとこうである。
“戦力が足りなすぎる”
まず、戦闘の中心となる海上戦力一つとっても現有の5個艦隊(第2、第3艦隊を解散し第1統合艦隊として再編)では特亜戦線だけで2個艦隊、これに本土防衛にも2個艦隊で動けるのは現状1個艦隊のみである。これに加え輸送能力や補給能力に陸上戦力など諸々考慮するととても他国を支援できるような状態ではない、少なくともあと3個艦隊分の増強と各戦線に輸送・補給・海母隊群を1個以上専従させられるだけの戦力を用意したいがそれが出来るのに早くても半年はかかる。だが、そのころにはもはや手遅れになっているほど解放軍の支配が進んでいる可能性もあり悠長に待つこともできない。
「やはり我が国だけでは荷が重すぎる。アメリカの様子はどうなっている?」
「国防省が参戦の準備を進めているようですが世論が追いついていません、当分はあてにできない状況が続くと思われます」
音無大臣が質問に答える。聞くところによると欧州戦線への参戦すら未だに決定しかねているらしい、数多くの戦争に参加した事による国力の低下の反動とはいえ今のアメリカにはかつての威厳など感じられないほど国際情勢に無関心となってしまった。
「どんな手をとっても我が国が苦しい状況には変わらないか・・、だが、それでも我々は動かなければならない、座して死を待つわけにはいかん・・」
結局、閣僚会議は日が変わるまで続けられたがそれでも日本の状況を変えられる有効打は出てこなかった。
中国軍の艦長の階級って何だろうか、やっぱ中佐でしょうか?




