燃ゆる空
1月25日 午後9:00 欧州上空10万~50万m付近
大気圏の内と外の境目に近いはるか上空ではいくつもの星の瞬きとは違う光が交差していた。
「突撃艦「アライ」、「アッレイ」轟沈、宇宙艇「デヴァイス」、「ドゥーティ」が損傷、「バーラム」に収容します」
「フランス宙軍、巡航艦「リムーザン」、「ミディ=ピレネー」共に被弾、高度下がっています!他巡航艇「モゼル」、「ムーズ」、「ヴォージュ」全て撃沈、敵艦隊未だ健在!」
「ドイツ突撃艦群が対地攻撃を開始!目標、ロンドン、パリ、アテネ、ワルシャワ、アムステルダム、ブリュッセル・・、ドイツ・イタリア除く全欧州各国の首都です!!海軍迎撃開始します!」
「いかん!手の空いている艦は突撃艦への攻撃を集中しろ、これ以上撃たせるな!」
イギリスのクイーン・エリザベス級宇宙戦艦4番艦「アンソン」艦橋にて艦隊司令がそう叫ぶ、すぐに複数の艦艇がミサイルを放つがドイツの宇宙戦艦に防がれる。
「対宙ミサイル全弾撃ち落とされました!対地ミサイル50発中5発迎撃他全弾着弾です・・」
観測員から報告が上がる元々弾頭弾の迎撃能力を有している国が少なかったこともあり撃ち漏らし依然にまったく歯が立たなかった。
「くそ!忌々しいナチスの亡霊め!よくもやってくれたなこのままでは済まさん、あの艦だけでも沈めさせてもらう、全艦攻撃を集中せよ!目標、ドイツ宇宙戦艦「アドルフ・ヒトラー」!」
「了解、全艦攻撃を「アドルフ・ヒトラー」へ集中せよ、繰り返す・・」
その号令のもとイギリス・フランス両宇宙艦隊が「アドルフ・ヒトラー」へと矛先を向け攻撃を始める。ミサイルだけでも50発越えである。流石の宇宙戦艦でも沈む、はずだったのだが・・
「?司令、「アドルフ・ヒトラー」の周りに突撃艦が輪になるように集結しています」
「は?」
報告を受け望遠カメラにてドイツ艦隊の様子をうつさせる。確かに宇宙戦艦を中心に12隻の突撃艦がこちら側に見えるようにきれいな輪を作り出している。
“何をするつもりだ?”そう思った直後、「アドルフ・ヒトラー」の艦首がまるで花が咲くように大きく開いた、その真ん中には槍を思わせるような長い鉄柱が回りながら光をともし始めている。
「司令「アドルフ・ヒトラー」の艦首部分に高エネルギー反応を確認、依然増幅中!!」
まずい、そう思った刹那眩い光がうち放たれミサイル・宇宙艦諸共薙ぎ払った。
「突撃艦「アクセラレータ」、「アビス」、「アクセス」、「アシド」、「エキメン」及び宇宙艇「デンジャー」、「ダーク」、「ドウン」、「デケガン」、「デディケイション」、「ディア」、「ディファインス」消滅!」
「フランス艦、巡航艦「アキテーヌ」、「ブルターニュ」大破、巡航艇「ジロンド」、「ドルドーニュ」、「ランド」、「モルビアン」が消滅しました!」
バカな・・、余りの出来事に艦隊司令の思考がストップする、たったの一撃で18隻もの戦闘艦が撃沈もしくは戦闘不能にさせられたのだ、これによりこちら側に残っている艦は「アンソン」含めた突撃艦「アッドメイション」、宇宙艇「ディエティ」、「デリカシー」、「ディペンデンス」にフランスの巡航艇「フィニステール」、「クルーズ」の7隻のみとなった(「バーラム」は大気圏内へと撤退)。
「!!?高エネルギー反応再び増加!第2射来ます!!」
観測員が叫ぶように報告するのとほぼ同時に「アンソン」に向かって第2射が放たれる。ちくしょう・・、そんな思いを抱きながら艦隊司令は光に包まれていく様子をただ見ていることしかできなかった・・
「イギリス・フランス両艦隊の消滅及び対地ミサイル90%の着弾を確認しました」
観測員から報告を受け、「アドルフ・ヒトラー」の艦橋に居た艦隊司令が静かにうなずいた。相手艦隊がいた場所にはかつて船だった物の残骸が浮遊している。
「ご苦労、我が艦隊の被害状況はどうなっている?」
「突撃艦が2隻中破になったほかは“ゼーレンヴァンデルング”の発射の影響で9隻がエネルギー切れを起こした以外は健在です」
「そうか・・、試作品の段階で懸念もあったがうまくいって何よりだ、報告に上がった11隻は月の欧州エリアの制圧が終わるまでこの場で待機するように伝えろ。あと“ゼーレンヴァンデルング”の調整も手を抜かずいつでも打てるようにしておけ、最悪日本の艦隊が邪魔するかもしれんからな」
報告を聞いた後そう指示を出す艦隊司令、月方面で戦闘中の別艦隊への掩護へと艦隊を動かし始める。
“ゼーレンヴァンデルング”
ドイツ語で「輪廻」の意味を冠するこの兵器、正式名称“分子分解プラズマ砲”はプラズマによる炎によって物質を分子レベルまで分解することを目的とした兵器でドイツ軍の決戦兵器として開発されたものだ、その威力は先の戦闘の結果からもわかるように強力である反面、消費するエネルギー量が膨大すぎるため他艦からの供給が必要不可欠なため使いどころが難しい兵器である。
「たったの2射で9隻分のエネルギーを使うとなると、そうアテにはできんな・・」
周囲に聞こえないくらいの声でつぶやく艦隊司令、今後の運用については注意が必要と今再び認識を持ち直す、散っていった者たちに背をむけ、艦隊は月へとその進路を向かって行った。
地球付近での戦闘が終わった頃、月方面で展開されていたイギリス・フランス連合艦隊とドイツ宙軍の戦闘も似たような状況に陥っていた。違う点をあげるならそこに日本の多数の支援艦がいたことだ。
「第3支援艦隊の離脱を確認、第4、5も順次欧州月面基地から脱出を開始し始めています。完全撤退終了までおよそ30分です」
突撃艦「エンバ」CICにて味方の状況を聞いて静かに頷く「エンバ」艦長、ディスプレイで映し出されている艦隊の様子を見る。最初は20を超えていた味方艦の数も今ではたったの12までその数を減らしている。
「敵艦隊の様子はどうなっている?」
「突撃艦を2隻撃沈、3隻を中破にした以外はまだ健在の模様・・」
「そうか、被害を受けた艦は順次離脱させろ」
こちらの被害に対して与えたダメージが少ないことに落胆しつつも任務の目的、今後のために少しでも戦力を残すことを優先する艦長、結果残った艦の数が半分になったが自身の艦も後退しているのでそれほど問題はないはずだ。
“地球で戦っていた艦隊との連絡が取れないことの影響か嫌な予感しかしない・・・、今は引いて次の機会に纏めて借りを返させてもらうぞ”
心のなかで誓った彼が地球方面にいた味方の全滅を知るのはもう少し後のことであった・・
日本 国会議事堂
「総理、来年度予算の防衛費がGTP比で1%を大幅に超過しておりますがこれについての説明をお願いします」
野党役の議員の一人から質問が飛び、議長の呼びかけの後鴉山総理が出て話し始める。
「えー、質問に対しての回答ですがこれは日中・日韓戦争開戦の影響による防衛力の補充及び強化を目的とした増加であります。また、いずれ行わざるを得ない他国への防衛協力のための派遣に関する予算も含まれております」
総理の答弁に対して今度は別の議員から質問が投げかけられる。
「失礼、他国への派遣とおっしゃいましたが憲法9条との整合性は大丈夫なのでしょうか?それと防衛協力として派遣する相手国について我々はまだ知らされていません、そこのところも説明をお願いします」
この質問に対しては東国安大臣が答えた。
「9条との整合性ですが今回派遣する国とはすでに日本国実力組織活動認可協定が結ばれている所のみですので問題はありません、また、派遣理由も他国からの侵略行為によるれっきとした救援要請に基づいて行われます。派遣先については今の所東南アジアやインドのほか台湾を予定しているところです」
東大臣の答えに納得がいったのか質問した議員もそのまま席に戻る。2050年に日本国憲法初の改正が行われて9条も同然改正された結果・・
一、我が国は他国からの侵略を許さず、他国を侵さず、多国間の争いに無作為な介入をしない事を平和への理念と定め、これの実現及び死守ために不断の努力を誓う。
二、前項の誓いを達するため、あらゆる実力・能力の保有・行使を認めるものとする。
三、また、この理念を侵された場合速やかなる原状回復の義務と責務を負う。
と以上のような条文へと変わり前と比べ臨機応変な政策を取れるようになったもののやはり慎重を要するのは今も昔も変わらない。
そんな感じで日本の国会とは思えないほど内容の詰まった討論が交わされていると、音無外務大臣の所に官僚の一人が何やら報告をしに来た。話を聞いていた音無外務大臣の顔が変わっていき、総理の下へ駆け寄っていき耳元で何やら囁いた。少しして総理が驚いた表情を見せ議会の一時中断を要求しそのまま今日の議会は終了となる。
時は少し遡り横須賀の地下ドックへと場所は移る。
「勇士、少し見ないうちにドックが賑やかになっているのだけれど・・・」
そう話しかけるのは偽魂体のゆうだちだった、新造艦の習熟訓練が終わり基地へと帰還した後ドックへと入ったのだがいつもなら第1階層に送られるところを第5階層へと送られ今は地上に上がるエレベーターに乗っている。
「開戦の影響で増産体制へと移ったということは聞いていたがまさかここまで建造スピードが速くなるのは驚いたな」
第1階層でエレベーターを降りそう言葉を漏らす広瀬艦長、眼下にあるドック群には新しい駆逐艦や輸送艦のほか海洋母艦などの大型艦が鎮座している光景が広がっていた。ドックは最大10万トン規模まで対応できる仕様なので駆逐艦のような小型艦は一つのドックで4隻同時に造られておりそれがまた慌ただしさを引き立てている。
「あ~、ゆうだちおねえちゃんだ~お~い」
不意に声がしたので振り向くとひとりの少女が走ってきた。その次の瞬間隣にいたゆうだちの姿が消えた、否、物凄い勢いで後ろに吹っ飛んでいった。ゆうだちも“グエッ”とカエルのような声を出して床に倒れる。
・・・・・・・・、暫しの沈黙が場を包んだ後ゆうだちが叫ぶ。
「もー!あけさめちゃん!何度も言っているけど人に向かって突撃しないでよ!結構痛いのよそれー!!」
「え~、いいじゃん~、久しぶりの再会で嬉しいんだもん♪」
突如発生した口論に頭を抱える広瀬、長めのため息をついた後止めに入る。
「おい、二人とも通路で争うな、迷惑この上ないだろ」
「勇士、それはこの子にいってよ、あとあけさめちゃんいつまで私の上に乗っているつもり?重いのだけれどはやくどいて」
“え~もう少し~”ゆうだちに押しのけられた少女そんなことを言いながら渋々ゆうだちの上からどいて立ち上がる。
偽魂体“あけさめ”
夕立型駆逐艦24番艦「明雨」の偽魂体として産みだされた少女、黒髪のショートヘア、黒に少し赤みのかかった瞳をしており服装はゆうだちと一緒、その見た目は・・・、どう見ても小学生、それも中学年に行っているかどうかも怪しいほどの容姿をしており、口調も可愛らしさあるものの・・・
「なんだ、誰かと思ったら人間の広瀬か、今ゆうだちおねえちゃんに用があるから邪魔しないで欲しいのだけれど」
若干人間に対しては礼儀を弁えない態度をとるのが玉に瑕である。そばで聞いていたゆうだちが叱りつけるが意にも介していないようだ。夕立型で唯一人間の乗員が居ないことが引き起こしているのかどうかは知らないが偽魂体の中でもかなり嫌われている存在である。
「ゆうだちおねえちゃん、折角だしどこかに連れてって~、私横須賀って初めてだし~」
「人の話を聞きなさ・・、あれ?そういえばなんであけさめちゃんが横須賀に居るの?確か配属は単冠だったよね?」
ゆうだちが疑問を口にする。正確には単冠の第6艦隊は沖縄の作戦に投入されたので沖縄に居るはずなのだがそれでもここ横須賀にいる疑問は変わらない。
「ん~なんでって沖縄から護衛任務で来ただけだよ~」
「任務で来たって一人で?同じ駆逐隊の子と一緒じゃないの?」
「うん、私一人で来たよ、わたし強いから一人でも十分だったし、他の子がいても正直邪魔でしかないから」
コロコロと喉を鳴らして笑うあけさめ、自信があるのはいいのだが慢心につながらないかが少し心配でもある。もっとも当の彼女はそんなこと露ほどにも考えていないようだが・・
「ところで一体何を護衛したんだ?輸送船の類ではないのだろう?」
「は?あー、なんか中国の巡洋艦が戦闘の後鹵獲してね、それを連れてきた。なんかあちらの要人が乗っていたみたい、ほらあそこで整備している艦がそれだよ」
気怠そうに答え彼女が指差した方には確かにドックの一つに日本の意匠とは違う軍艦が鎮座していた。“あれは・・”その艦に見覚えがあった広瀬はその艦の方に向けて駆け出していた。




