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プリン味の恋。

作者: 嘘河真白

 給食の時間、事件が起こった。

 突然だけど、みんなは好きなものは先に食べるタイプ?それとも後に残しておくタイプ?俺、緑川豊は後者だ。

 俺は最初に嫌なものを食べてから口直しとして徐々に好きなものを食べていって最後に大好物を食べるので、幸せな気持ちで食事を終えるから好きだ。

 対してうちのクラスの白玉風鈴は好きなものは最初に食べてしまうらしく、最後に残った豚汁の脂身が食べられないでいた。

「あー、いけないんだー!豚汁残してるー!」

 白玉と同じ班の男子が大きな声でそんなことを発言したのがすべてのはじまりだった。

「あ、あの……わたし……」

「ダメなんだよ?お母さんが言ってたんだから。ご飯は残さず食べなくちゃダメだって!おひゃくしょーさんにもうしわけがないからって」

 この男子、正論を述べているが内容はすべて受け売りだ。

 そんなことを言うんだったら、これも言われたんじゃないか?よそはよそ、うちはうちって

 子供特有の正当性を振りかざした結果、女の子を傷つけるなんて男として恥ずかしくないのか。

 先生は職員室に用があって今はいない。

 場を収める大人の人がいないからといって、反論がないのはおかしい。まったく、他の生徒はどうしたんだ。

 俺が周りを見渡すと、生徒達の大半は見て見ぬ振りをしていた。

 残りの生徒は「そーだ、そーだ」とか、「小野君のいうとおりだー」と肯定の意見が多い。

 なんという日本人気質、これじゃ日本の未来が心配だ。

 こんな時大食いの太田君は何をやっているんだ。

 アイツなら「脂身?大好きー」と相手の了承も得ずに食らいつくはずなのに、いまだに奴が動く気配がない。

 彼のいる席を確認すると、太田はデザートのプリンに夢中だった。

 すごいとろけた顔をしている。……うん、おいしいよね、プリン。俺も自分の命の次に好きだよ、プリン。

 俺は自分の机の上を見る。

 すでに食事の九割は食べ終わり、残すはプリンのみだ。俺の胃の容量的にもプリン一杯で限界だ。

 くそ、今日は揚げパンだからと四つも食べるんじゃなかった。

『豊、男に生まれたからには女の子を守れるような男になりなさい』

 お父さんは常々そんなことを言っていた。

『周りのみんながどれだけお前の行動を否定しようとも、女の子を守るってことはそれだけで素晴らしいことなんだ』

 あの時の俺にはそれがどういう状況か分からなかったけど、今なら分かる。

『かくいうお母さんとの出会いもそんな感じだったからなっ!』

 あっ、これってただのノロケ話だったわ……

 気を取り直して、俺はプリンを持って立ち上がる。

 まず、プリンは太田の席に置く。

 次に、白玉の席に向かい、脂身の入った器を取り上げる。

「なんだ白玉、お前食わないのか」

「あっ……」

 俺は彼女の返事を待たず脂身をかきこんだ。

「……なんだ?食べたかったのか?お前がノロノロしてるから俺が食っちまったぜ」

 これで終わり。

 終わってみれば、なんともあっさりとした幕引きだった。

 胃液がせりあがってくるのを我慢しつつ席に戻る。

 くそ、綺麗に脂身だけを残しやがって、白玉め……俺だって脂身なんて大嫌いなんだ。汁と一緒に飲み込まないとこんなに苦しいのかよ。

 今すぐトイレに行って吐いてしまいたいが、ここでそんなことをしたら男らしくない。ここは何食わぬ顔をして国語の教科書でも読もう。

「緑川君、教科書、逆さまだよ」

「分かってるよこの野郎!これは頭を刺激する新しい読書法なんだよ、文句あっか!」


 三日後、休日を何もしないという最高の贅沢を堪能している俺に訪問者がやってきた。

「み、緑川君、こんにちは」

 白玉風鈴だ。

「あの、これ」

 渡されたものを確認すると、中身はプリンだった。

 多少不恰好ではあるが、うまそうだ。

「白玉、このプリン食っていいのか?」

「う、うん、この前の、お礼……た、食べてくれると、嬉しいな」

 情けは人のためならず、自分のためとはよく言ったものだ。一つのプリンが六つに増えて帰ってきた。

 俺はありがたく頂戴するとしよう。まずは一口、

「……うっ?!」

 な、なんだこれはっ!

 しょっぱい!……塩、塩じゃないかっ!

「どうしたの?」

「……んぐっ」

 お前が砂糖と塩を間違えたせいで俺の舌が大惨事なんだと言いたい気持ちを抑え、一気に残りのプリンを喰らうことにする。

 いろいろと言いたいことはあるが、食べ終わってからだ。

 最初の二、三個あたりまでは塩辛くて困ったが、後半は舌が麻痺したのかそこまで辛くは感じなかった。

「……ど、どうだった?」

「しょっぱかったっ!」

「ひいっ!」

 俺の剣幕に白玉は涙目になってしまった。

 ちくしょう、女はいいよな、泣いて許されるんだから……塩プリンを食べた俺の方が泣きたいくらいなのに。

「ご、ごめんなさいっ!」

 頭を下げて申し訳なさそうに謝ってくる白玉を見ていると、さっきまでの怒りが薄れてきた。

 ……うん、さっきは大人げなかったな。幼稚園児じゃないんだから。

 ここは小学校一年生らしく、大人な対応をしなければならない。

 男ってのはネチネチしないものだ。風呂上がりのようにさっぱりとした心を持たなくてはならないからなっ!

「次持ってくるのは、甘いプリンにしてくれよな」

 俺の一言で、途端に白玉は嬉しそうな顔をした。泣いたり笑ったり、忙しい奴だ。

「うんっ!」

 うんうん、これ、これが見たかったんだ、満面の笑み。

 しょうもないことで泣き顔で終わるなんて、ハッピーエンドが台無しだからな。あ、でも次はおいしいプリンにしてください、お願いします。

 白玉の顔をずっと見続けていたせいだろう、妙な気恥ずかしさを感じてしまった……目と目で通じ合うわけないんだから、そんなに見つめなくてもいいのに。

 照れ隠しに食べた最後の一口は、少しだけ甘い気がした。

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