第七部
夏風邪ぶっこきました。
タームポイントです。短いですが今後の展開を示唆していますよ
「あ、あの人もマフィア、なんですか?」
「今更ビビるなよユミ。あの時はいつ殺されるかとこっちがヒヤヒヤしてたんだぞ」
「全くです。思わず包丁を握る手に力が入しました」
そんなことを話す夕暮れのプールは格別に気持ちが良かった。
ベトナムというのは停電が平気で起こるから、ビルの空調なんかもよく止まるんだ。
つまり今このビルに冷却剤はこのプールしかないのだ。
そういうわけでエイノとユミの三人で夕涼みしていると、不意にユミがこんなことを漏らしたんだ。
「はあ、なんか自由って感じですね」
自由か、とエイノが考え込む。
たしかにこんな時間にプールで涼んでいるというのは自由なのだろうが、別に自由というわけではないんだな。
耳を澄ましてやっと聞こえる銃声、今はこのビルから遠いがおそらくはシチリアン共がドンパチやってやがるんだ。
その火の粉が降りかかるようであれば、こちらも動かなければならない。
だがそのタイミングを一瞬でも間違えればとてつもなく面倒なことになるんだな。
こちらの手駒は二人、対して相手の駒は少なくとも100人前後、正攻法では勝てるわけがない。
「そういうわけだから、各所に仕掛けてあるPE4をいつ爆破するか考えなきゃいけないし、決して自由ではないぞ」
「何ですかそれ?」
「プラスチック爆薬だよ。使いやすさが段違いなんだ。ああ一応言っておくけどプラスチックといっても変形する方のプラスチックだぞ」
彼女は納得したような、そうでないような顔を浮かべて少しぬるくなった水に体を浮かべた。
本当にベトナムの夏というのは底なしに暑いんだ。
現在の時刻は午後二十三時。
良い子ならとっくに寝ている時間だがここに住むのは全員悪い子だ、町はネオンの色で満ち溢れていた。
しかし、嫌がらせをされてるかのようにビルの周囲だけが停電したまんまなんだな。
だから、今日は行きつけのバーに行って酒で腹を満たすしかなかった。
「うへぇ、私達しかいないはずなのに煙草の臭いがすごい…」
「この町は煙草と酒を主食にしてるような人達が集まる場所だからね…ああ僕も煙草吸ってもいいかな?」
「ケビン、煙の臭いに苦しんでいる人が目の前にいるのに煙草を吸うのはどうかと」
チェ、こういう場なら吸っても大して変わらないだろうに。でも許可を貰おうとしたのは僕だからね、ここは大人しく引き下がるしかない。
店はこの町にある割には静かなんだ。そこら辺のヤク中が頼める値段の物はないからかな。
言ってみればここはこの町で唯一の「普通の場所」だ。
そんな場所だからか、ユミはカウンターにだらしなく身体を預けて、数分もしない内に寝てしまってね。それを確認してから一服ついたわけだ。
それにエイノが反応してね、
「ケビン、先ほども言いましたが…」
「もう寝たから別にいいじゃないか。ニコチン中毒者は吸わないとやってられないんだよ」
「いえそういうことではなくて……はぁ、私にも下さい」
「ああ、そういえば禁煙中だったんだな。ダビドフとキスのアップルフレーバーどっちがいい?」
「じゃあダビドフで……」
そんなやりとりをしていると店に一風変わった客が入ってきたんだ。
アジア系の人間なんだけど、オフィスで着るようなかっちりしたスーツをまとってさ、この町からわざと浮こうとしている感じがするんだ。
そいつは隣に座ってきて、バーテンにラムを頼んだんだ。
酔いが回ってたのもあってか、僕はそいつに興味を持ってしまってね、
「ヘイ、こんな町に仕事をしに来たのかい?」
僕がそう尋ねると向こうはつまらなさそうに返してきたんだ。
「そのつもりだったんだけどな、昼間の銃撃戦に巻き込まれて取引先が吹っ飛んだんだよ」
「その割りには随分と落ち着いてるな。お前本当に普通の会社員か?」
「まあ普通の、ではないかな…そうそう、この少女を知らないか? この町で見たって証言があってね」
そう言って男は一枚の写真を僕の方に寄越したんだ。
そいつを見たとき思わず口から心臓を吐き出しそうになったね。
そこに写っていたのは髪は長いけど、間違いなくユミだったんだから。
でも幸いなことに、奴はカウンターで爆睡しているユミには気づいていないようだったからね、ここは白を切ることにしたんだ。
「…テレビでは見たことはあるが、ここら辺では見たことないな。お前はどうだ?」
そう言ってエイノにも写真を見せたんだ。
エイノも一瞬固まったけど、すぐに冷静さを取り戻してね、
「あなたが知らないなら、私も知らないわ」
「だ、そうだ。悪いけど他を当たってくれ」
彼はバーテンにもその写真を見せたんだが、当然知らないと返されてたな。
何か分かったらここに連絡をくれ、そう言い残して男は去っていった。
「ふぅ…酔いが覚めちゃったかな」
「それは、私もです。本当にあれで良かったのでしょうか」
「多分ダメだろうな。僕は僕自身を守るためにユミを光から隠してしまったんだ」
「それは、私もです。私も私自身を守るためにあなたを盾にしてしまった」