第六部
「だから今日は草食動物が好みそうなメニューしかないのか」
これは今日ものこのこと「豊輪工業」にやってきたギアさんの台詞なんだが、ここまで納得させるために僕は昨日の事を色々と話したんだ。
ギアさんは何というか、野次馬気質なところがあってね、車内でのユミとのやりとりとか明らかに関係ないところまで聞いてくるんだな。
「それにしてもケビンの旦那、昔に比べて中々弁が立つようになったな」
「このビルを建てるまでに数々の役人を買収してきましたからね。宇宙人だろうとなんだろうと言いくるめられるようになりますよ」
「ほーそりゃ頼もしいな。そういえばエイノはあそこで何やってんだ?」
そう言ったギアさんが指す先はカウンターの奥だった。
そこではエイノがガンショップの店番をほったらかして何やらゴソゴソやっているんだ。
「あれはユミの手伝いで野菜の下処理をしてるんです。ほら、ギアさんのせい…じゃないや、おかげで客がまあまあ増えたから」
「増えたって言っても俺含めてたった3人じゃねーか。こんなんで忙しいアピールしてると全世界の労働者様に凄い目で睨まれるぞ」
「睨まれるだけか。ならこのままぼーっとしてますよ」
「労働者様は問題事を起こしたら即クビだからそのくらいしかできないんだよ。全く可哀想な奴らだ」
そんなくだらない話をしていた時、突然に空気の色が変わった。
血の海を歩いてきた足音、全てを燻す煙草の臭い、仲間内で使われる喧しい中国語――それらが混じり合って生まれたドス黒い色が、「豊輪工業」の平和な色を全て塗り替えていった。
こんなクソッタレな空気を漂わせるのは知ってる中では奴しかいない、人当たりの良さだけで生き抜いてきた僕が唯一苦手なあいつだ。
「你好ケビン君、新しく店を開いたって聞いたから来てみたが、昼間からギア君と一緒におままごとプレイとは精が出るねえ」
「うるせえよ趙さん。ここは食堂だ、あんたの来るような場所じゃあない」
「冷たいじゃないかケビン君。ああそうそう、頼んでいた荷物はちゃんと事務所に届けてくれたかな?」
「勘違いしないでくれよ趙さん」
僕はそこまで言って立ち上がって、ポケットから取り出した鍵を奴さんに投げつけて言ってやったんだ。
「うちはあいにくと通販サイトじゃないんでね。いつもの倉庫に入ってるから勝手に持っていけ」
「そうかいそうかい、まあそれだからこそ余計な事を知らずに済む、複数の組織に可愛がられる、いい心がけだな」
「御託はいいからとっとと注文するか出ていってくれ、ここは食堂なんだから」
「じゃあしばらくここで休ませてもらおうかな…おーいエイノちゃん今日のおすすめは何かね?」
回鍋肉肉抜きですというエイノの返答を聞いてしかめっ面をすると、趙は真紅の皮が張られた椅子をわざわざ僕とギアさんのところまで持ってきやがったんだ。
我が物顔でどっしり座ると周りの許可なく煙草に火をつけやがる。
チクショウめ、これだから中華思想の糞野郎は嫌いなんだ。大体あんたが銃弾を頼みやがったから野菜だらけになってるんだろうが。
同じことを思ったのかギアさんが珍しく怖い顔を浮かべてね、
「おい趙、俺はてめえの吸う煙草の臭いが死ぬほど嫌いなんだ。外で吸ってこい」
売り言葉に買い言葉、それを受けた趙もしかめてた顔をさらに崩すんだ。
「おいギア君、俺はお前さんの顔が死ぬほど嫌いなんだ。外で食べてくれないかな」
こうなったら彼らは中々止まらないんだよ。
人種だって国旗だって似ているのに、どうやったらここまで仲が悪くなるんだ。
幸いにも彼らは高い価値を誇るから腰にぶら下げた銃を抜きはしない。
だが迷惑なことには変わりはないんだ、なんたってギアさんは仮にもマフィアのボスだし、趙だって中華系の幹部、ここら辺でそのことを知らない奴なんているわけない。
そんな二人が喧嘩を始めたおかげで店にいたわずかばかりの客は全部逃げ出しちまったんだ。
僕もそろそろ屋上のプールに逃げようかなんて考えてた時、再び場の色がオセロのように塗り替えられたんだ。
「そこの二人、喧嘩なら外でやってくださいよ! お客さんが金も払わずに逃げてったじゃないですか!」
その芯の通った怒鳴り声を撒き散らした奴はユミだった。
ユミは出来たての回鍋をテーブルに叩きつけると二人の前に仁王立ちしてね。
その時の二人ときたら、あまりの出来事に呆然としてアホみたいに口を開けてやがるんだ。
ユミは主に趙の方を見てガミガミ説教を垂れていた。
まあそれはギアさんがマフィアのボスだからなんだろうが、彼女はまだ趙がマフィアのお偉いさんだって気づいてないんだな。
ユミは日頃から溜まってた鬱憤を十分くらいかけて二人にぶっかけたらスッキリしたのかキッチンに戻っていった。
二人はしばらくしょんぼりしてたんだが、趙がボソっと呟いたんだ。
「………ギア君、今日くらいはこの野菜炒めを一緒に食べよう」
「それがここでのルールらしいからな。ここでくらいは仲良くしようか」
仲直りを見届けた僕はふとエイノの方を見たんだが、彼女はここまでの騒乱なんた気にせずにずっと下ごしらえをしてやがったんだな。
まったく、女という生き物は何時だって何処だって最強なんだ。