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第五部

結局彼女は髪を整えてから連れて行くことにしたんだ。

そのせいで半時間は遅れたけど仕方が無い。考え方は悪いがどうせ相手も遅れるんだから気にすることはない。

荷物の受け取りにはハイエースで行くんだ。

ハイエースはとかく便利でね、積める荷物の量が段違いなんだよ。

今からするのは取引先との待ち合わせ場所に停められたそんなハイエースの中で待機している時の話さ。


「そういえば今回受け取る荷物ってどんなものなんですか?」


ユミが不意にこんなことを聞いてきたんだ。

そういうのはエイノの役割のはずなんだが、あいにく彼女は外で見張りをしているからその時は代わりに僕が答えた。


「今回受け取る荷物は実包、つまりは薬莢付きの弾丸が各々10000発だな」


「そんなものが10000発…そういrば銃弾って一発幾らするんですか?」


「幾らと言われても種類によって変わるからなあ…そうだな、AK-47なんかに使われる7.62×39mm弾はかなり安くてね。1発20セント位で売りだす予定だよ」


「たったそれだけのお金で人が死ぬんですか」


せっかく答えてあげたのに彼女はなんだか優れない顔になったんだ。

あくまで安いものを挙げただけだ、とも言おうとしたが彼女の言葉を聞く限りそれは言い訳にもならない。

こういう時は機転を利かせないとね。


「なあユミ、金とは一体何だろうね」


僕の質問にユミは案の定戸惑っていた。

これは僕の悪い癖でね、ニューヨークからロンドンへ渡ろうというのに太平洋側を回るかの如く遠回しな説明をしてしまうんだ。


「金とは人間が定めた人間にとって絶対的な基準だ。ただし金はあくまでも相対的な基準に過ぎない」


「はあ、それがどうしたんですか?」


「つまりはね、僕は全ての価値を金で考えちゃいけないと言いたいんだよ」


彼女は背筋をピンと伸ばして話を聴き始めたんだ。それをいいことに僕の舌が回り始めてね、


「人間の価値は給料で決まると言われているね。だが僕達が住むあの町でそれが通用すると思うかい? 誰に聞いても答えはノーと帰ってくるだろう。では何故ノーだと思う?」


「それは………あそこでは安定した収入がないし金を基準にすると価値がブレるからですか?」


「たしかにそれもあるね。だが一番は金を持ってる奴はあの町で真っ先に狙われるからだ。幾ら金を持っていたところですぐ死んでしまってはその金も無駄になるからね」


「随分と嫌な理由ですね」


「まあ仕方が無いさ。あの町は生まれついて持つ犯罪の遺伝子が理性という枷に縛り付けられている、そんな奴らの溜まり場なんだから」


そこまで喋って煙草を吸おうとしたんだけどユミが見るからに嫌そうな顔をしてね、仕方なくそのまま話を続けたよ。


「あの町で価値の基準となるものは『自身の命を守るのにどれだけ役に立つか』だ。例えば『最新鋭の防弾チョッキ』と『世界的に有名で時価数億円の絵画』があったとしよう。あの町に住んでいる間どちらかを譲ってやると言われたら君はどちらを選ぶ?」


「それは…『防弾チョッキ』ですかね」


「そうだろうな。ここで重要なのは君が絵画を選ばずにそれより安い値段の防弾チョッキを選んだということだ。それってつまりお金が相対的な基準だということじゃないか?」


「まあ、それはそうですけど…なんか納得いかないというか…」


「君はなかなか面倒な奴だな。本題に戻るけど銃弾だけでなく銃本体に金がかかっているし、そもそも百発百中で当たるわけないだろ」


そこまで喋ってユミの顔を見るとすごい心地が悪そうな顔をしていたんだ。

どうにかいい例え話を捻り出そうとしてこんなことを思いついた。


「どれだけ銃弾をつぎ込んでも死なない人間ってたまにいるだろ。まあそいつはこの町では『価値』が高いんだけどさ、銃弾を金で換換算すればそいつには多額の金がつぎ込まれてる、つまり高い価値ということにならないか?」


彼女は頭がいいからこんな説明でも理解してくれるんだ。だけど数秒もしないうちに反論を思いついてね、


「でもそれって市場で働いてる人には当てはまらないですよね。あの人達は『いかにいい品物を安く仕入れるか』というところに価値が生まれます」


「だから僕は『全ての価値を金で考えちゃいけない』と前置きしたじゃないか」


「なっ…真面目に考え込んだ私が馬鹿みたいじゃないですか」


「そうそう、真面目に考えるだけ無駄ってことだよ。そんなことを考えたって銃弾の値段は変わらないぞ」


そんな議論をしているとコンコンとガラスが叩く音が聞こえてくるんだ。

見てみるとエイノが遠くを指差していて、その方向で二つの光が動いてる、つまりは車がやってきたってことだ。

だけどユミの方を見るとまだ難しい顔をしてるんだ。


「この話を考えるのはもうやめよう。僕だってずっと不思議に思ってるんだから」


そう、特に彼女はこの話を考えるのはもうやめた方がいいんだ。

これ以上深く考えると、彼女は二度と日の光を浴びることができなくなってしまう。




やってきた車から降りてきたのはアメフト選手と見間違えるくらいにデカい身体してやがるんだ。

そいつは両脇に何かを抱えていてね、僕らを見るなりこんなことを言ったんだ。


「やあやあケビンの旦那にエイノの姐さん、わざわざ来てくれるなんてどうもありがとう。そちらのお嬢さんは見ない顔だな、新入りのバイトか?」


この喋りが忙しない奴はデイブっていう運び屋なんだ。

彼は僕が中東を放浪してた時に知り合った黒人でね、良い奴なんだがとにかく女好きなんだ。

普段から自分の両脇に女を置かないと落ち着かないらしく、今日だって周りを見渡す限り何もないのに連れてきてるんだぜ?

そのせいでエイノにはめちゃくちゃ嫌われてるんだ。

こいつはユミっていう日本人だ、そう言いかけて踏みとどまる。

そういえばこいつは今話題の拉致被害者なんだ。


「(おいユミ、今から5秒で偽名を考えろ)」


「(は? いきなりそんなこと言われても)」


「(5、4、3…)」


「(じ、じゃあミユ、『ミユ』でお願いします)」


とっとと偽名を決めたところでデイブに紹介を済ませるんだ。


「こいつはね、ミユっていう日本人だ。ちなみにこいつに指一本でも触れたらエイノに頭吹き飛ばされるぞ」


「おーそいつは怖いね。だが安心しな姐さん、俺のストライクゾーンは二十歳なんだ」


こいつはまた余計なことをところ構わずぶち撒けるんだな。僕の隣でエイノが震えているのに気づかないんだ。

とにかく怒りを爆発させないようにさっさと交渉しなきゃな。


「はいはい、とにかくモノを寄越してくれよ」


「まあいいけどさ、今日の旦那はなんだか冷たいな。荷台に今日卸したてのタマが大量に積んであるぞ」


デイブはそう言うと車を指差した。

俺は手伝わないからお前らで積み込め、そういうことだろうと受けとった僕とエイノでさっさと移しにかかった。

僕達がせっせと働いてるにも関わらずデイブはユミに話しかけるんだ。


「なあミユちゃん、君は見たところ普通の人間だけど、あいつらのところでなにしてるんだ?」


「私はあの人達のビルで食堂やらせてもらってます」


「食堂? またなんでそんなもんを」


「突然ケビンさんにやれって言われて…でも料理は好きだったので結構楽しいですよ」


そんな感じのことを楽しそうに話してるのが僕達の耳に入ってくるんだ。

エイノが傭兵時代の目でデイブを睨みつけてるんだけどそれに気づいたのか話を切り上げようと巻き始めるんだ。


「へー、じゃあもしかしたら俺のお気遣いも気に入ってくれるかな」


「お気遣い、ですか?」


「そうさ。あっちに着くまでに分かるだろう あ楽しみにしとけ」


そう言い捨てるとデイブはさっさと自分の車に乗ってエンジンかけやがるんだ。

まあ荷物は移し終わったからいいんだけどさ、もし僕が車の後ろに立ってたら排ガスまみれだぜ?





帰りの車は窮屈でね、助手席にエイノが乗ってるんだがそれに抱えられるようにしてユミが乗ってるんだ。

デイブに何を吹き込まれたのか、彼女は後ろの荷物をしきりに気にしてるんだ。


「何をそんなに気にしているんだ。弾丸は銃無しには飛ばないぞ」


「いや、そういうことではなく、デイブさんがお気遣いを荷物に入れてるって話してたので」


ああ、あのことかとエイノがすぐに気づく。


「それはもう直ぐ分かります。ほら、2キロ前方にベトナム軍の車両が」


彼女の言う通り前の方で迷彩柄の車が止まっているんだ。

そこを通ろうとしたら銃を持った軍人に停止するよう言われてね、どうやら検閲みたいだ。

軍人さんは助手席側に回り込むとにっこり笑ってね、


「やっぱり何時ものねーちゃんか、悪いけど荷物を見せてもらおうか」


「ええ構いませんよ。ミユ、あなたも一緒に降りてください」


エイノはそう言ってユミと一緒に車を降りて積荷のチェックに行ったんだ。

その隣ではユミが軍人さんに色々聞かれてるんだが、まだ彼女は積荷を気にしてるんだ。

多分中身が銃弾だってことが不安なんだろうけど、それこそデイブのお気遣いで何とかなるんだ。

しばらくしてエイノとユミが再び乗り込んで、何事もなかったかのように車を走らせたんだ。

後ろで手を振る軍人さんに振り返しながらユミがこんなことを言ったんだ。


「ケビンさん、私達っていつから八百屋さんに転職したんですか?」

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