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第四部

それにしても「豊輪工業」は平和で仕方がなかった。

こんなクソッタレな町にあるというのに店内には静寂が広がっているんだ。

まあこの町ではいつでも銃声が聞こえるなんてわけじゃないから当たり前なんだけどさ。

表立ってドンパチやってるバカなんてすぐに殺されるし、マフィア達だって隠密に行動しているんだ。

だが「豊輪工業」が平和なのはそのためじゃない。ただ単に人が来ないんだ。

いきって買い出しに行った反動かユミは臨時で設置したカウンターで突っ伏してるんだ。


「はあ……暇ですねえ」


「なあユミ、前から思ってたんだけど君って適応能力が高いよね」


「だって、ぐじぐじしてたって、ここの生活を楽しんだって、どちらにしろ帰れないことには変わりないじゃないですか」


「その切り替えの速さが羨ましいねえ…僕もそんな簡単に割り切れさえすればなあ」


「ケビンさんはくよくよするタイプですか」


その通りさ、という意思表示のつもりで右手を挙げるも彼女は相変わらずだった。


「ああそうだ、ケビンさんはその…ガンショップの店番はいいんですか?」


「店番はエイノがやってるよ。それにどうせ客なんて来ないから暇なんだよね。ほら、目の前の通りを見てみな」


そう言って僕はビルの外を指差したんだ。

そこには別にどうってことのない道があるだけなんだけど、彼女は頭がいいからそれを察してくれるんだ。


「ここって人通りが殆どない…よくこんなところで商売ができますね」


「銃の需要というものは個人ではなく組織単位で発生するからね。マフィアに売っぱらったその余りをここで扱っているから店が儲かろうがどうだろうが別に関係ないんだ」


「マ、マフィア、ですか? ここってそんな人達がゴロゴロしている…」


「安心しなよ。彼等だって単細胞の戦闘民族ってわけじゃない、市場のど真ん中で銃撃戦なんてそう滅多には起こらないよ」


そんなことを話してるとベストタイミングでギアさんがやってきてね、相変わらずお気楽そうに真っ黒な丸椅子に座ったんだ。

その姿を見た彼女は何を勘違いしたか普通の客だと思ったんだ。


「(ケビンさん、お客さん第一号が来ましたよ、それもスーツ姿で)」


「(そうだな、マフィアのボスが第一号だなんて幸先のいいスタートじゃないか)」


彼女は僕の発言に分かりやすくビビるんだ。だけどギアさんはあれな人だからね、そんな彼女をみて苦笑いを浮かべるんだ。


「そんなに怖がらないでくれよお嬢さん、俺はそういった扱いを受けるのが苦手なんだ」


「はあ…あ、あの、こちらにはどういったご用で?」


「どういった、って言われてもなあ…新しく食堂ができたっていうから来てみたんだが」


ユミはこういうところが抜けているんだ。

何か一つの物事を処理しようとするとそれ以外の全てが見えなくなる、要はシングルタスクってやつか。

ギアさんも戸惑っているから僕がフォローを出してあげないとね。


「そりゃそうだ。ほらユミ、ギアさんに注文を取らなきゃ」


「ああそうでした。ギアさん、今日のメニューは蒸し春巻きと鳥のレモングラス炒め、それにバインセオです」


「ほー、突貫で始めた割にはメニューが充実しているな。それじゃあ春巻きをパクチー抜きで頼むよ」


その注文を聞いてユミはトコトコと店の奥のキッチンに入って行った。

それをしっかり見届けたギアさんはため息なんかつきやがるんだ。


「ふぅ…それにしてもあの子、俺の事めちゃくちゃ怖がってたよな」


そらきた。また面倒くさい反応をしやがるんだ。

この人の心はガラスよりも脆いから少しでも相手が怖がるとそれはそれは落ち込むんだな。


「初めて僕を見た時もあんな感じの顔してたし、ある程度はしょうがないんじゃないんですかね」


「そんなもんかなあ…これからもあんな態度とられたら俺はストレスで死んじまうよ」


「はいはい、好かれたかったら出てきた料理を美味いって言ってあげることだな」


「そりゃできない相談だな。ベトナム人の俺にベトナム料理を勧めてきた以上はしっかりとジャッジさせてもらうぜ」


そんなやり取りをしているとすぐに料理が出てきたんだ。

あれだけ張り切ってたし下準備なんかは全部終わってたんだ。

ギアさんが蒸し春巻きをいざ食べようとしてた時なんだけどさ、その時のユミの顔は君にも見せてあげたいほどすごかったんだな。

特にギアさんが春巻きを口に含むシーンなんかはただでさえ大きい目を思いっきり見開いて見つめてるんだ。

彼もすごい食べにくそうなんだけどね、やっぱり彼女の料理は美味しいから彼も目を見開くんだ。


「これは美味い…干しエビがアクセントになっていていい感じじゃないか」


ギアさんから出たそんな言葉に彼女は無防備な笑顔を晒して喜ぶんだ。

これからギアさんはこの店にしょっちゅう顔を出すようになるんだけど、要はこの笑顔にすっかりあてられてしまったんだ。





食後のコーヒーを飲んだギアさんはそそくさと帰っていった。

相変わらず二階のガンショップには客が来なくて、とうとうエイノも下に降りてきたんだ。

彼女も退屈だったのかと思ったけどどうやら違ったらしくてね、


「あの、そろそろ昼食の頃合いかと」


「そういえばもう十二時ですね。蒸し春巻きと鳥のレモングラス炒め、バインセオの中から選んでください」


「では蒸し春巻きを、パクチー抜きでお願いします」


エイノは空気を読めないというかなんというか、まあ聞いてなかったから仕方が無いんだけどさ。

そんなわけで僕はバインセオ、ユミがレモングラス炒めを食べることになったんだ。

料理はもちろん美味しかったよ。ただそれ以上に心地が良かったのはその場に流れていた時間そのものだった。

なんでもない昼下がりのひと時、とでも表現すればいいんだろうか。


「あの、ケビンさん聞いてます?」


「んあ? ごめん聞いてなかった」


こんなツッコミをユミから受けるくらいに僕は深く考え込んでいたんだな。


「今日の夜の荷物はどうするんですかってエイノさんが聞いていますよ」


「あー、そういえば今日だったっけか…僕も顔を出すって取引先に言っちゃったんだっけ」


そんなことを聞くとエイノは頷いた。

どんな時でもそうなんだけど取引先ほど厄介なものはなくてね。

荷物の中身がちゃんとしたものかどうか分からないというのもあるし、そもそも待ち合わせ場所に来ないってのもあるし、何より怖いのが取引自体が罠だったというパターンだ。

だから時たま僕が同行してるわけなんだけど、今回はユミがいるからね。

いくら僕の城とはいえこの町で夜に一人きりっていうのは相当危険なんだ。


「仕方が無い、今回は僕が行こう。エイノはユミを頼むよ」


「しかし、それではリスクが大きすぎませんか?」


「大丈夫さ、今回の相手は顔馴染みなんだから」


そんな僕達のやりとりがユミを不安にさせてしまったのか、彼女にいらない気を使わせてしまったんだ。


「あ、あの、私もその取引に同行するというのはどうなんでしょうか?」


「それはダメです。あなたはほとぼりを冷めるのを待つためにここに滞在しているんです。それなのにわざわざ自分から町を出るなんて…」


「エイノ、ユミが危険に晒されるという発想はないのか?」


「顔馴染みなんだから問題はないってケビンが言ったんじゃないですか」


エイノも頭の回転が速い、というより頭に来るほど弁が立つんだ。

そのおかげでネゴシエーションもうまく行くんだがこういう時にその能力を使わないでほしいものだね。


「目出し帽を被りますから、連れて行ってください!」


「しかし、その髪で目出し帽っておかしくないか? 中に入れたら後頭部がもっこりするぞ」


「じゃあ髪を切ります! 切った髪は売るないなんなりして下さい!」


正直この時は何故ユミがここまで同行を申し出ていたのかが分からなくてただただ困惑したんだ。

彼女としては「僕」と「エイノ」が二人揃って初めて安心できるんだ。どちらかが欠けても、特にエイノがいなかったら不安なんだ。


「どうするエイノ。ユミはマジで同行しようとしてるみたいだけど」


「あの方々に彼女を会わせるのは私としては嫌です」


「僕もそうだよ。あいつら品が無いし、あんな奴らとつるんでると思われるのは嫌だよ」


「つまり我々の意見は一致しているということですか…ではケビン、彼女の説得をお願いします」


「仕方ない、ここは僕に任せて…………ん? ユミ、君の周りに落ちてる黒いモノは一体何かな?」


「髪を切ったんです。これで私もついていけますよね?」


驚いたことに彼女は既に髪の毛をバッサリと切っていたんだ。

ほら、女性にとって髪は命だって言うじゃないか。その命を断つほどの想いを持つ人をどうやって説得すればいいのかね?

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