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第二部

そんなこんなでユミを引き取ったわけだ。

だけどすぐに厄介事は起きるもんでね。

日常の面倒はエイノが見てくれるからいいとして、問題はこの町にいる間彼女は一体何をするのかということだ。

店番をしてもらうのもいいんだけど店の銃にあからさまにビビっていただろ?あんなんじゃろくに接客もできないだろう。

代金の取り立てとやらせようともしたが、そんなこと彼女にできるわけがない。

そんなこんなで残った仕事といえば生活用品の買い出しとかなんだ。

それくらいならユミにもできそうなんだがそこにも問題というのはあるものでね。

町の奴らにユミが僕の仲間だと知らせなきゃいけないんだ。

町のルールを一つも知らないような少女がそこら辺をほっつき歩いてみろ、前の穴と後ろの穴が繋がってしまうよ。

だけど僕達の仲間となれば話は別なんだ。

ほら、僕には件の噂が付きまとっているしエイノは女にうるさいだろ。

だから僕らの仲間と認識されれば余程のことがない限り手を出されない。所謂虎の威を借るなんとやらってやつだ。

前置きがえらく長くなったけど、そんなわけで町の案内を僕がすることになったんだ。

そうすれば町をうろついている奴らに彼女のことを見せつけられるし一石二鳥だからね。


「それでね、ここが僕達が普段通っているバーだ。店にいなかったらまずここを当たってみてくれ」


「あの、一ついいですか」


「なんだい?」


「周りの人達が…」


「なんだそんなことか。僕この町では有名なんだ、なにより君が見ない顔だからだろう」


「そういうことじゃなくて、顔つきがなんか怖いというか…」


一瞬何を言っているのか分からなかったが、彼女の意見も最もだよ。

何せこの町には選りすぐりの犯罪者とその子供しかいないわけだからね。

普通の感覚なら怖さを感じるんだろうが、僕はもう慣れてしまったんだ。

そんな感じで町を回ったんだ。

彼女が歩けそうな場所はは限られているからすぐに終わったよ。

風俗街に行ったらエイノに頭をぶち抜かれるし、ビル街に行ってもマフィアの抗争に巻き込まれるし、それで最後に寄ったのが街で唯一の小さい市場だったんだな。

市場は比較的安全なんだよ。

現地のマフィアが取り締まるこの場所で下手に揉め事を起こしたらどうなるか、この町の人間はよく分かっているんだよ。

市場には何に使うか分からないような謎パーツやスクーター、気分を盛り上げてくれるクスリなどなど、銃器以外の沢山の商品が並んでいるんだ。

今日も何かいいのがないか品定めしているとユミがある店の前で急に足を止めたんだ。

さっきまで萎縮していた彼女が初めて何かに興味を示したんだ。

それがどんなものか気になって覗いてみたらそこはレーションやら野菜やらが置いてあるだけで何の変哲もない食料品店だったんだな。

僕はてっきり何かを食べたいのかと思って彼女に聞いてみたんだ。


「何か食べたいものでもあるのかい? なんなら買ってあげるけど」


「いや、ここに野菜とか米があるってことは周りにいる怖い顔した人達も料理するってことなのかなって」


今度こそ彼女の言っていることが分からなかったな。

ここの住民は酒と煙草と少々のクスリで腹を満たしていそうな奴らなのに何故こんなところで野菜が売っているのか、今までそんなことを考えてもみなかったんだ。

僕はそこであることをふと思いついてね、ユミに頼み事をしてみたんだ。





結論から言えば僕がユミに頼んだことは「夕食」だったんだ。

ここ2、3年ファストフード漬けでまともなものを食べていなかったからたまにはちゃんとしたものを食べてみたくなったんだな。

ジャガイモやら人参やら調味料はもちろんのこと包丁やらの器材も買って帰ったんだ。

本当に市場には何でも揃っているんだなあと今日ほど思った日はないよ。

もう直ぐ僕の店に着こうかってときにユミがこんなことを聞いてきたんだ。


「そういえばあのお店にキッチンってあるんですか?」


「ああ、料理を作るにはキッチンがいるんだったな。二階の店にはないけど一階にはあったはずだよ」


「一階? 一階って別のお店が入ってたはずですよね?」


「いやいや、あのビルは五階建てだけど僕の店がある二階以外は空いているよ」


僕はそう言うんだけどユミは中々納得してくれないんだな。

でも彼女は強いよ、いきなり誘拐された挙句日本にしばらく帰れないって言われたのに、こんな些細なことを気にしているんだぜ。

こう、なんというか…祖国へ帰ろうと無駄に足掻くのではなく、ここで生きるための努力をしているというか…

足りない頭でそんなことを考えているとついぞや僕のビルに到着したんだ。


「ほら、やっぱり別の店が入ってますよ」


「まだ言っているのか。一体何を根拠にそんなことを」


そんな疑問に彼女は白い指を添えて答えてくれたんだな。


「一階のところに『豊輪工業』って看板が思いっきりかかってるじゃないですか!」


「あー、あれって『ホーワコウギョウ』って読むのか、あれはこの前タイで荷物を受け取った帰りに拾ったんだ」


「拾った? なんでまたそんな小学生みたいなことを」


「日本語は高品質の証だからね。それより小学生がガラクタを拾うのは万国共通なのか」


彼女は僕と違って中々に記憶力がいいんだな。

後になって分かったんだけど彼女はどうやら有名な高校に在学していたらしいんだ。

二階のガンショップに戻るとエイノが相変わらずかっちりした体勢で店番をしていたんだ。


「おかえりなさい。頼んでおいたものは買ってきましたか?」


「ああそのことなんだが、残念ながら日本とイタリアのレーションは手に入らなかったよ」


「そうですか…」


エイノは意外にグルメなんだな。

僕は米帝出身だから年中ファストフードでも大丈夫なんだが彼女はそれじゃあダメだと言うんだ。

そんな彼女の為にもユミに料理を振舞ってもらおうと考えたわけだ。僕の頭だってたまには切れるんだぜ。


「そう落ち込むなエイノ、今夜はレーションよりもっと美味しいものが食べられるかもしれないぞ?」


「それは…もしかしてミートですか?」


「はあー、悲しいね。美味しいものと言われて料理名じゃなくて材料が出てくるとは」


「ここ数年まともな料理を食べていないんだから必然的にそうなります。ここ数週間は町の外にも出ていないのでとにかくフレッシュなものが食べたいです」


「僕にはその考えが理解できないが、まあユミの腕前次第だな」


「ユミの腕前次第……もしかして手料理ですか?」


「その通りだ。一階に設置したキッチンで料理しているよ」


「そうですか…いくら同じビルとはいえ階が違うと異変に気づけない可能性がありますね。ちょっと下で見張りをしてきます」


彼女はクールだろ?だから興奮しているのを恥ずかしがってこういった意味分からない照れ隠しをするんだ。

そんな感じで僕はエイノと店番を交代してね、商品の点検を始めたんだ。

いくら個人の顧客とはいえ手を抜いてはいけない。

もし不良品を買った奴が生き残ってみろ、クレームをぶち込みにこの店に押しかけてくるだろ?

拳銃型スタンガン、所謂テーザー銃を点検していた頃かな、店に一人の客がやってきたんだ。


「よ、ようケビンの旦那。あの女、どうだった?」


「なんだヤンか。ユミなら下でエイノと料理を作っているよ」


僕はね、顔面に対物ライフルをぶち込んで殺してやろうという気持ちを圧さえてあえて普通に接してやったんだ。

それなのにヤンの野郎はつけあがってきたんだ。


「なんだ、あいつは売り飛ばさなかったのかい」


「僕はそういった方面には明るくないんでね。彼女はほとぼりが冷めたら日本に返すつもりさ」


「そうかそうか、それで旦那に一つ頼みがあるんだ。M16はこの店ではいくらで扱っているんだ?」


要はだ、こいつは全く懲りていなかったんだ。

だがこっちも店を開いている以上きっちりと接客をしてやらなきゃならないんだな。


「M16なら米軍のお古で1500ドルだよ。それが嫌ならカラシニコフでも使ってろ」


「旦那、そこを何とかならないか? 実はでかい獲物が…」


ヤンの戯言はそこでやっと止まったよ。彼の腹にテーザー銃の電極が刺さっているんだ。

この至近距離で相手の動きに気づけないような奴がどうやってハンティングをするというのか気になってしょうがない。


「君はこんなにもグズなのにどうやって一山当てるつもりなんだ?」


僕の戯言にヤンは答えられない。全身の筋肉が硬直しているからね。


「君は何か勘違いをしているようだから一つ教えてあげよう」


ヤンの額が汗でびっしょりと濡れていく。


「僕はね、死体処理なんかのアフターケアも込みでこの値段にしているんだよ」


それから数十分後だったかな。僕を呼ぶ声が聞こえてきたのは。





下の階に行くとがらんとした部屋の中心にテーブルが置かれていてね、その上にはサラダやらパンやらと一緒に見慣れない料理が置かれていたんだ。

多分日本料理なんじゃないかな、ジャガイモと人参と牛肉が薄茶色のスープに浸かっているんだ。

それがまたいい匂いを漂わせているんだけどね、問題は既にエイノがそれを食べてることなんだ。


「これは『にくじゃが』っていう日本の料理らしいです」


「へー、美味しいのかそれ?」


そんな文句を言いつつ僕もつまんでみたけどまあ美味しかったね。

久しぶりに手料理を食べたからというのもあったんだろうけど、僕が今まで食べた料理の中で一番に美味しかったんだ。

エイノと僕が黙々と食べているとこちらの表情を伺うような顔でユミがキッチンから戻ってきたんだ。

そんなノリで僕はろくに感想も言わないでついこんなことを口走ってしまったんだ。


「なあユミ、ここで食堂をやったらどうだ?」


「えっ、それってこの料理が美味しいってこと、ですか?」


「ああもちろん美味しいよ。君もここにいる間何もやらないでじっとしているのは退屈だろうと思ったんだけど……どうかな?」


やった方がいいですよと言わんばかりにエイノが首を縦に振るんだ。

でもユミは何故か浮かない顔でね、


「食堂やったら町にいた人たちがここに来るんですよね?」


「それに関しては問題ないよ。僕達のビルで暴れようとする奴なんてそういないよ」


「で、でも、メニューとか食材の調達とか色々と…」


「その件なら問題ありません。私が荷物の引き取りに行くついでに材料も持ち帰ってみせます」


こんな感じで僕とエイノで半ば強引にユミを説得したんだ。

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