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第十部

エイラを説得し、残るはユミのみ、それはまあ、結構大変になるだろう、そう思っていた。

彼女は何かを抱えている、そんな気がしていたんだ。

結局ユミの部屋の扉の前で十五分躊躇って、意を決して入室したんだ。


「ユミ、ちょっと話があるんだけど…」


部屋を見渡してみると、ユミは窓枠に体を預けていたんだ。まるで何かを悟ったかのように、彼女はこちらを振り向く。


「なあ、もしかしてさっきの話…」


「全部聞いてましたよ」


ああやっぱり聞かれていたのか、そう考えるだけでまた体が沸騰してきたんだ。

ユミはそんな僕を見て物憂げな顔を浮かべたんだ。


「ケビンさん、今まで楽しかったです。その、私…」


「分かってるよ。日本で何かあったんだろ?」


僕のそんな問いかけにユミは首を前に落とす。

まあそうだろうな。

彼女はこの町に無理やり連れて来られたというのに、僕と初めて会った時でさえ「帰りたい」と言わなかった。

つまりは「帰りたくない」ということだ。あんな平和な国なのに、余程の事情がない限りそんな風には考えられない。


「ユミは、誰も自分のことを知らない場所で暮らしたかったんだろう。そんな時、バカが君を誘拐したんだ」


一拍置いて、僕は話を始める。


「ここは、例えるなら煙草の煙に映し出された映画みたいなものだ、いや、そう思ってくれ。

君は、というより誰もが、そんな世界にしがみつけるはずがない。そんな事くらい分かるだろ?」


「…分かってますよ。でもここは私がいた世界なんかよりよっぽど楽しくて、よっぽど純粋です。だから、その…やっぱり私、ここに残りたいです」


「そりゃここは煙に映し出された映画なんだから面白いはずだよ。クソみたいなB級映画なら観客は一人もいなくなってしまう。

それは普通の世界からしてみればこの町は非現実的だということだよ。君は、もう現実を見た方がいい」


「でも、この世界を夢見るくらいいいじゃないですか」


「まあ、それくらいはいいよ。だけどね…」


僕はそこまで言って彼女のポケットに手を突っ込み、取り出した。

僕の手の中にあったのは7.62x39mm弾、ユミと一緒に運んだ弾だ。


「だけど、君の住む世界にこんなものはいらないだろう? 君は誰かを殺すつもりなのか?」


「私は…なんでしたっけ、えーっと…銃なんて持ってないですから、そんなことできないですよ」


僕はこの時心底ホッとしたよ。僕はユミを銃という嘘から守り抜けたんだ。

これで彼女は違和感なく元の世界に帰れる。

じゃあ何で彼女は銃弾を持って帰ろうとしたのか、多分それは――


「なあ、ここの思い出は、銃弾じゃなきゃ駄目か? 写真くらいなら撮ってやるぞ?」


「銃弾じゃなきゃ駄目なんじゃなくて、銃弾がいいんです。だって、ケビンさん達が営んでいるのはガンショップじゃないですか」


僕は今度こそ何も言い返せなくなって、とうとうユミに銃弾を返してしまった。

そんなことを言われたら、返すしかない。結局僕も、何か思い出を残しておきたかったんだな。


「ケビンさん、日本で私がどんな立場にいるか分かりますか?」


「まあ大体は。僕の勘だけど君は何処かのお嬢様じゃないか?」


「お嬢様とまではいかないけど、まあその通りです。私は、今の高校にコネで入ったんですよ。だから、その、学校で落ちこぼれというか…」


「君は日本人のくせに英語が上手いじゃないか。それを使えたりしないのか?」


「そんなのそこら辺で寝てる人だって喋れるんだから意味ないんですよ」


そういうものなのかね、僕には分からないから答えようがない。

だけど人生の先輩として、言いたいことが一つあった。


「ホールデン症候群に罹った僕からしてみれば、落ちこぼれでもその高校にしがみつけるならそうするべきだと思うよ。

たった数年だろう? 君の憧れる世界へ飛び込むのはそれからでも全然遅くないさ」


「なんでそう思うんですか?」


「何でって…そうだな、これは高校だけに言えることじゃないが、何かをやり遂げたということは精神的に大人になったことを意味する。

つまりは崖の上にある『ライ麦畑』から下に広がっている世界を眺めるのではなく、その足で世界を歩けるんだ。そう考えたら、たった数年の辛抱だって辛くない」


僕のその言葉でユミはようやく納得してくれたようだった。

やっぱりユミは、頭がいいじゃないか。






この後なんて聞いたってつまらないけど、それでも聞くかい?

日本領事館にユミを届けたら僕の扱いは脱柵したクソ野郎から国民的英雄になったんだよ。

僕が彼女を隠し通してたくせにか弱い女の子を肥溜めから救い出した行方不明のヒーローか、流石米帝だ、ノーベル脚色賞があれば独占できるだろうな。

結局そのあと僕はエイラと一緒にアメリカの片田舎に拠点を構えて、のんびりとガンショップを経営しているんだ。

あの町との違いといえば辺りをうろつく奴がヤク中から小鳥に変わったくらいだけ、結局やることは何も変わっていないんだ。

そうそう、ユミは高校を卒業してこっちに留学することになってね、勿論僕達の家にステイしているよ。

暇な時なんかは店番をしてもらったり、料理を振舞ってもらったり、まあ普通の生活を送っているよ。


とにかく僕の話はこれで終わりだ。

長々と昔話を聞いてくれてどうもありがとう。

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