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サマー・フィールド  作者: 榎本でんでん
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第2話

 「1年A組のみなさん、西天子高校へご入学おめでとうございます。私もみなさんとの新たな出会いに大変うれしく思います。教師生活早4年になりますが、私も同じく、まだまだ新人みたいなものです。」


 クラスの責任教師である佐伯梢さえき こずえのそんな話が続く高校入学初日午前、懐は中央の列奥の席でうなだれていた。その姿は、これから人生の新たな1ページを迎えることに意気揚々とし、輝かしい高校生活が待ち遠しい、そんな生徒には到底見えなかった。なぜなら。


 「早速ではありますが、今から出席番号順に一人1~2分程度自己紹介をしてもらいます。別に緊張することはないですよ、趣味とか、特技とか、みなさん何か一つはあるでしょう?はい、出席番号一番。浅井華さん。」

 

 そういう類の“お決まりの流れ”に弱かった。


 他の人間にとっては些細なことなのだろう。が、彼にとっては違う。全く何を話せばいいんだろう。ナイフのように鋭いプレッシャーとなって襲ってくる。必死に脳内原稿を作成しようと思考を巡らせるが、頭が徐々に混乱し体が硬直する。なんで“おがわ”なんて読みの苗字にしてくれたんだ。と先祖をも呪わん瞬間だ。


 「じゃあ次、井上薫さん。」


 懐の話せる話題なんか“野球”程度のもので、性格も決して明るくない。にもかかわらず、いや、そういう人間に限って、ここで目立てばるんじゃないか、とかクラスの人気者になれるんじゃないかなどと淡い期待を寄せる。しかし懐にはそんな余裕すらない。


 「では小川懐さん。」

 

 「はい。」


 そう言って立ち上がる。懐は立ち上がったものの手のやり場に困った様子で指先を伸ばして所謂“気を付け”の状態と前で手を組む状態を繰り返す。


 「あ、えっと。私の名前は小川懐といいます。趣味は野球で、特技は野球……。」


 少し教室から笑いが漏れた。


 意外と2分というのは短く。気付いた時にはまさに無難、といった形で終わっていた。自己紹介が終わった後はまさに肩の荷が下りたように他の生徒の話に耳を傾けていた。そして順番が“や”行に差し掛かった時である。女生徒が立ちあがった。


「私の名前は山下祝です。イワイって書いてハジメです。」


 彼女は黒髪で少しウウェーブがかったショートヘアーに少しハーフを思わせる顔つきで細身の女生徒。比較的多数の人間が美人と認めるような容姿であった。


「趣味はファッションと天気と料理、好きな映画は『トレマーズ』です。」


 B級映画じゃねえか。という男子生徒の突っ込みにクラスは笑いに包まれる。


「えへへ。そう、B級映画なんですが、正体不明の地底生物に人間が立ち向かう話なんです。なんていうか愛すべき映画って感じです。」


「他には……あっ、読書。最近は行動心理学の本なんかも読んでます。それから……。」


 既に1人当たりの持ち時間を大幅に超えていたものの。先生を含め、皆が文句を言うどころか、彼女の話を興味深そうに聞いている。これが人気者になる素質ってやつなんだな、と懐は感心に浸っている。


「最後に一番好きなものを言います。」


 そして彼女は目を輝かせた。


「野球です。」


 そう答えた。


「先ほども野球が趣味だ、とか野球部に入ると仰っていた方がいましたが、私も野球部のマネージャーを希望しています。もし実現すればその時はよろしくお願いします。」



 これが山下祝という女だ。




「おーい、そこの2人ー!いい話持って来たー。」


 灼熱快晴の8月、そんな彼女が突然持って来た良い話。なんだろう。と、壊と悠は期待した顔で返答する。


「どうしたんだよ。“元マネージャー候補”。そんなにニコニコしちゃって。」


 悠が少しからかい気味に尋ねる。


「ふふん。聞きたい?」


 自分からニュースだと迫ってきておいて聞きたい?とはどういう了見か、と2人は少し目を合わせた。

そして少し間をとった後、2人は揃って首を縦に振った。


「よーっし、いいだろう。この祝様が教えてあげる。」


 凄く興奮しているのか少し彼女の様子は変だった。懐は笑ってしまう。


「今度の19日に教員会議で野球部再活動申請を協議してもらえることになった。」


 一瞬3人の間に不思議な時間が流れた。グラウンドに風が流れ込み、空気が空気を切り裂くような音が流れるのがわかった。


「どう?」


 彼女はしたり顔で続ける


「良い話だったっしょ?」


 2人は再び揃って首を縦に振った。

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