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サマー・フィールド  作者: 榎本でんでん
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第1話

 「本日は太平洋高気圧の影響により全国的に雲ひとつ無い晴れ、気温も多くの地域で猛暑日になることが予想されます。熱中症対策、水分補給はしっかり行いましょう。」

 

 このフレーズが連日、日本中を駆け巡っている。天気予報が終わっても社会人が汗水たらして街頭インタビューに応えている姿や、日焼けに過剰防衛している全身真っ黒コーティングされた女性の姿がTVで流れるので視聴している側も知らず知らずの内に余計暑さを感じてしまう。これが約1カ月もの間、断続的に続くのだ。


 「115キロ!」


 県立西天子高校のグラウンドの小高くせり上がったピッチャーズマウンドから60フィート6インチ(18.44m)さらに3~4m先にあるバックネット裏から佐賀山悠さがやま ゆうは声を張る。何故かスピードガンという機械を右手に構えている。


「使い方あってんのかよ。それ。」


 この日、悠から電話を受けて突然連れてこられた小川懐おがわ なつはもう不満たらたらである。


「ああ、間違いねえぜ。お前のMAXは現在115キロ。」


 懐は今にもお前にグラウンドに誘われてからもう50球は投げてるのになんで球速の遅さをあれこれ言われなくちゃならないんだ、と言いそうな気分だ。


「おいおい、たった43球でへばるって、お前ホントに体力ねえな。」


 43球だった。


「まだ『よんじゅうさん』?」懐は少し絶望した。


 殺人猛暑。天気予報通り、37度を超えたグラウンドは体感温度なら40度を軽く超えている。遠くを見渡せば蜃気楼がさらに殺人ムードを盛り上げる。暑い、気だるい、蝉が騒がしい。そんな季節が今年もやってきた。懐はTシャツ、短パン姿でグラウンドの真ん中にポツリと立ちさっそくその洗礼を受けている。


 まだ10時。正午にはどうなってしまうんだろう。そんなことを考えながらマウンド上のプレートに足をかける。


「ナツが野球やりたいって言ったんだろ。せっかく投手やらせてやってんだぜ、思う存分投げていい。さっきも言ったけどまずは100球。さーいこー。」


 懐はへろへろの頭で考えたがそんな記憶は全くなかった。


「それどこかの別人が言ったんじゃないの?」


 確かに、懐は野球は大好きだし、高校入学前の希望部活リストで野球部は最上位であった。色々あって入部はしていないが、小中学生時代の野球経験を何かに使えないかとも思っていた。だが、“捕手のいないピッチャーごっこ”をやりたいなんて一言も言った覚えはなかった。


「てか。」


 懐は忘れていた疑問をようやく思い出し言った。


「なんで今日はどこの部活もグラウンド使ってないんだよ。しかも夏休みのこの時期に。」


「あー、それはな。」バックネット裏で偉そうに座っていた悠が腰を上げる。


「“この時期”だからだよ。」


「陸上部は只今合宿中。ラグビー部が対外試合でお留守。サッカー部も同様、だ。」


「そうなのか。」


 悠は西天子高校のクラブスケジュールに何故そこまで詳しいのかという疑問もさらに出てきたが、暑さにバテかけている懐はそこに突っ込む元気もなかった。


「うん、まあ、どこもグラウンド使わない日なんて今日と明日の2日ぐらいだけどな。てか本来なら――。」


「野球部は。」懐が口を滑らせた。


 そうだったと遅い後悔をした。


「野球部はほぼ活動休止中。」


 悠が寂しそうな表情で言った。うつむきはしないもののスピードガンは下を向いている。

 2人が入学して4ヵ月近くたつし、“例の事件”があって間もないのに“何を今更”と付け加えなかった本人の気持ちは察するに値した。


「……なにやってんだ、さあ続けろよ。」悠はもう一度椅子に腰かけ、ガンを構えた。


「ああ。」


 野球部が活動休止しているのは懐には全く関係ない話だったが、少し申し訳ない気持ちを感じていた。50球、60球と投げ込んでいく内に、もはや暑さも、蝉の声も悠に無理矢理連れてこられた事実も気にならなくなっていた。思ったより球速が出ないとかスタミナが無い、とかでは決してないこのもやもやした気持ちを、今は投球にぶつけるしかなかった。


 やっとのことで80球に到達した時のことである。



「おーい、そこの2人ー!いい話持って来たー。」


 突然聞こえた声の方を見るとそこには案の定、“元マネージャー候補”こと山下祝やました はじめがいた。


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