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N.それは赤い林檎の実だった。

「先輩!!!!!」


 崩れ落ちた真紀子先輩の身体を正面から抱き止める。ぶらんと垂れ下がった手がコンクリートに擦れてしまって、赤く血が滲んでしまった。それでも先輩はぐったりとしていて、意識を手離したままだ。


 先輩の背中に手を回す。やはり、どこも傷ついていないし、服だって破けていない。

けれど、さっき確かにあの怪物は、先輩の背中に腕を潜り込ませたはずなのだ。

 そこで僕はようやく、赤い怪物の方を見た。怪物は僕たちから少し距離を取って、なにかを一心不乱に食べていた。

 そう、食べていた。


 それは赤い林檎の実だった。林檎の果肉は黄金色に輝き、怪物が噛みつく度にキラキラとした光の粒子となって怪物に取り込まれていく。

  同じだ。空間が切り裂かれてそこから怪物が出てくるところも、その怪物が人から林檎を取り出して食らうところも、おばあちゃんが小さい頃に何度も何度も話してくれた、あの、『林檎を喰う怪物』の話と。

 いけない。あの林檎を全部食べられたら、真紀子先輩が死んでしまう!


「おーい! そこのお前!」


 大声で呼び掛けると、怪物は顔をあげて、僕を見て首を傾げた。僕は空に向かって大きく振りかぶると、「林檎だぞ! ほーれ!」と言って思いっきり投げるそぶりをした。

 怪物はありもしない林檎を探して、空に両手をかざして右往左往する。僕はその隙に怪物が地面に落とした食べかけの林檎を取った。

 林檎を片手に急いで真紀子先輩の元に戻り、先輩の身体を担ぐ。背後から怪物の雄叫びが聞こえた。どうやら僕が騙したことに気がついたらしい。早くしないと!

 でも、どこに逃げる? ただ走って逃げただけでは絶対追い付かれる。どこに。どこに。どこに。



 そこに逃げたらどうなるか、そんなこと考える余裕なんてなかった。

 僕はただ助かりたい一心で、真紀子先輩を抱えて怪物の出てきたあの裂け目に飛び込んだ。










「うわあっ!?」


 着地の事を何も考えていなかった僕は、受身もろくに取れず肩を思いっきり地面に打ちつけた。肩がジンジンする。しばらく目を瞑って痛みをやり過ごし、それからそうっと目を開いた。

 僕が倒れているのは乾いた地面の上みたいだ。僕の顔からほんの少しずれた所に拳ほどの大きさの石が転がっていてぞっとした。もしあそこに頭を打ちつけていたら、タダではすまなかっただろう。

 そうだ、真紀子先輩は!? 慌てて腕の中を覗き込み、先輩に怪我がないか確認する。よかった……。無事みたいだ。とりあえず先輩を地面に横たえさせ、自分もその隣に座り込み、そこでようやく周りを見渡す余裕ができた。


 ここは森の中みたいだ。でも、人の手が加えられているみたいで、車が一台通れるくらいの道が通っている。といってもアスファルトで舗装してあるわけじゃなくて、石もその辺にごろごろ転がっている。砂利道、というやつだろう。僕たちはその真ん中に座っていた。

 僕たちが通った裂け目はなくなっていた。つまりあの怪物は僕たちを追ってこれない。でもそれは、僕たちが元いた場所に帰れないということでもある。ここはどこだろう。僕たちはこれからどうなってしまうのだろう。


「あれっ……!?」


 そこで僕は、とんでもないことに気が付いた。あの怪物から取り戻したはずの真紀子先輩の林檎がないのである。立ち上がってあちこち探しまわってみるが、見つからない。そんな。


「うあっ!」


 何かに躓いてこけてしまった。なんだと思って地面に這いつくばったまま振り返り、ぎょっとする。靴が両方とも脱げて転がっていた。靴ひもがほどけているようにも見えないのに、どうして脱げてしまったのだろう。

 立ち上がろうとしたけれど、足に何か纏わりついて立ち上がれない。ズボンの裾が余って、足が中に入り込んでしまっていた。なんだ、これ。


 身体が縮んでいた。手も、足も、じわじわと小さく短く、子供のものになっていっている。気が付いた時にはもう、手足にダボダボの服が絡みついて満足に動けなくなっていた。


「そんな……」


 どこまで縮んでいくのだろう。見ると、真紀子先輩も同じように縮んでいっていた。もう10歳かそこらくらいまで退行してしまっている。もしかして、このまま胎児にまで退行して消えてしまうのではないだろうか。


「誰か! 誰か助けて!!」


 僕の声はボーイソプラノになっていた。甲高い声が森にこだまする。しかし、僕の前の道からも、後ろの道からも、誰かが来る気配はない。


 ――もう、助からないのか?


 そう諦めかけたその時、前方の道に魔法陣が浮かび上がった。

 夕焼けのような鮮やかな赤い光が魔法陣の文様から空に向かって放たれ、その中に人影が現れる。青年だ。白銀の鎧を身にまとい、腰には剣を提げている。金色の髪を長く伸ばし、三つ編みにして垂らしていた。歳は僕とそう変わらない。

 魔法陣の輝きはだんだんと薄れていき、ついには消えてなくなった。青年は辺りを見回した後、すっと長い脚を踏み出した。

 青年は三歩で僕との距離をつめ、スッと腰を折って屈みこむ。一挙一動に無駄がない。自分の状況を忘れて、思わず見惚れてしまった。


「             」


 青年が口を開いた。しかし、何と言っているのかまったく聞き取れない。魔法や呪文の言葉かと思ったが、青年は僕に話しかけているようだった。僕が首を横に振ると、青年はなにかを考えるそぶりをする。そうしていきなり僕の顔面を手で覆ったかと思うと、今度こそ本当に呪文を唱えた。


「    」



 そうして僕は、抗えない睡魔にことりと落ちたのだった。



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