拾った黒猫が最強の守護神でした ~布団を奪うくせに国まで救います~
雨は、三日止まなかった。
城壁の外では魔獣が吼え、人は灯りを消して眠るしかない夜が続いている。
そんな中、王都の片隅にある古びた長屋では――。
「……おい、どいてくれ」
黒猫が、鍋の前から動かなかった。
青年はため息をつく。
名前はユキト。職業、荷運び。剣も魔法も使えない、どこにでもいる貧民街の住人だった。
「お前なぁ……今夜の飯、これしかないんだぞ」
「にゃぁ」
黒猫は返事をするように鳴くと、尻尾をゆらりと揺らした。
琥珀色の目。
妙に賢そうな顔。
そして、胸元にぽつりと白い毛。
半年前、雨の日に拾った猫だった。
「ほんと、福でも呼びそうな顔してるよな」
そう言って、ユキトは笑った。
「今日からお前、“ふく”な」
「にゃ」
まるで納得したように、猫は短く鳴いた。
その瞬間だった。
――ドゴォン!!!
外壁が揺れた。
悲鳴。
兵士たちの怒号。
「魔獣だ!! 第三区画が破られた!!」
ユキトは立ち上がる。
だが次の瞬間、窓を突き破って巨大な“腕”が入ってきた。
黒い毛。
腐臭。
異様に長い爪。
人喰い魔獣。
普通の人間なら、一撃で胴を裂かれる。
「……っ!」
死ぬ。
そう思った瞬間。
目の前の黒猫が、すっと前に出た。
「にゃ」
軽い鳴き声。
直後――。
世界が、止まった。
いや、違う。
止まったのは、“魔獣だけ”だった。
グールベアの巨体が空中で静止し、次の瞬間、音もなく崩れ落ちる。
肉も骨も、砂みたいに砕け散った。
「……は?」
ユキトは呆然とする。
黒猫はゆっくり振り返り、当然のような顔で前足を舐めた。
その時。
頭の中に、声が響いた。
『世話になっておるな』
「今しゃべった!?」
『うるさいの。耳が痛い』
ユキトは固まる。
部屋には自分しかいない。
黒猫以外。
『察しが悪いの』
猫が、ため息みたいに「にゃあ」と鳴いた。
『我だ』
「……………………ふく?」
『うむ』
窓の外で雷が走る。
その光の中、黒猫の影が巨大化した。
天井を埋めるほどの漆黒の神獣。
黄金の瞳。
幾重にも広がる尾。
空気が震え、世界そのものが跪くような威圧。
『我が名は――ふく』
「いや絶対もっと神々しい名前あっただろ!?」
『昔はあった』
ふくは、ふんと鼻を鳴らす。
『だが、おぬしがくれた名の方が気に入った』
そして小さく目を細めた。
『福を呼ぶ。良い名だ』
古代文字のような紋様が宙に浮かぶ。
『千年前、神々の戦争を終わらせた“守護神”である』
「……………………」
『ちなみに、ちゅ〜るが好きだ』
「台無しだよ!!!」
◇
その日から、ユキトの日常は壊れた。
王国最強騎士団が家に来る。
聖女が高級猫缶を献上しに来る。
魔王軍が「その猫を引き渡せ」と襲撃してくる。
だが、ふくは全部こう言うだけだった。
『断る。今、昼寝中だ』
そして敵軍が消し飛ぶ。
誰も勝てない。
なぜなら、その猫は――世界最強の守護神だから。
でも。
「お前、なんで俺なんかに懐いたんだ?」
ある夜、ユキトが聞くと。
ふくは月明かりの窓辺で目を細めた。
『雨の日に、震えていた我に傘を差した』
『それだけで十分だ』
最強の守護神は、小さく喉を鳴らす。
『……人は、案外悪くない』
その瞬間。
王都全域に、警鐘が鳴り響いた。
空が裂ける。
現れたのは、神話級災害指定――《白銀竜アルヴァディア》。
王国が百年恐れた存在。
人類では絶対に勝てない終焉。
誰もが絶望する中。
ふくは、ユキトの膝からぴょんと飛び降りた。
『少し行ってくる』
「いや待て、その辺の散歩みたいに言うな」
『すぐ終わる』
次の瞬間。
夜空を埋め尽くす漆黒の神威。
世界最強の守護神が、静かに牙を剥いた。
――そして人類は知る。
最強の存在は、王でも勇者でもなく。
一匹の“ふく”に守られていたのだと。




