第1話 嵐の様な女(アリア)
ザラス大森林の魔巣窟調査を終えたハルバ亜国騎士団長バン・ステイシアは疲れた体に鞭打って、国王の前で片膝を付いて頭を下げる。
玉座の後ろには権威の象徴として金の壺と燭台が数点飾られていた。また、壁一面には、亜人を象徴した牙とエルフの象徴である風を描いたハルバ亜国の国旗が重厚な歴史を端的に表し玉座を彩った。
バンは報告の為、玉座を見上げる。玉座は階段を十段上った先に在る。その玉座に坐するは、ハルバ亜国を統治するライオンの亜人種ガバダ王である。
ガバダ王は肘掛けに爪を立てて、コツコツと、音を立てながら、鋭い眼光でバンを見下ろした。
「報告します。ハルバ亜国南方、ガサ村周辺に広がるザラス大森林にて魔巣窟を発見しました。内部を調査したところ、結晶石を多数発見しましたが魔獣の群れに襲われ多くの部下が負傷しました」
「ご苦労だった。詳しい位置は追って報告せよ。引き続きべリアフィル大陸内にある魔巣窟の捜索に励め」
「王よ。その事で、一つ、お聞きしたい事がございます」
ガバダ王の眼光が更に鋭くなった。
「言ってみろ」
「何故、今まで発見した魔巣窟は調査のみで破壊しないのでしょうか?王もご存じの通り、現在、我が国では魔獣討伐は冒険者ギルドが担っています。ですが、冒険者ギルドギは、言ってしまえば、所詮、一般人の集まり、限界があります。このままではハルバ亜国の民や周辺の村や町は恐怖に怯え夜も眠れません。更に言えば、このまま放置しては王の威厳にも関わりましょう。聞けば隣国ロマリナでは、兵を派遣して魔巣窟を定期的に破壊しているとの事です。王よ、我々もそうするべきではないでしょうか!何卒、お考えをお聞きかせ下さい」
ガバダ王は後ろに控えている蛙の亜人種プエラ宰相さいしょうにアイコンタクトを送ると、プエラ宰相は頷いて、ガバダ王より前に進み出た。
「ガバダ王は、魔獣になる前の結晶石を何とか国民の生活向上の為に活かせないかとお考え故、魔巣窟を破壊しないのだ。解ったら、貴様は余計な事を考えずに捜索に専念せよ」
「しかし!」
「バンよ!‥余は疲れている。これ以上の質問は受け付けぬ。下がれ」ガバダ王はバンを掌で払った。
納得がいかないバンは眉間に皺しわを寄せる。もう一言言おうとしたが諦めて、王座の間から退出した。
「結晶石で生活向上だと?馬鹿な!そんな話聞いたことが無い。あれはそんな優しい物ではないぞ。――王は気が狂ったか!」
バンは苛立ちを隠すことなく、肩を怒らせ、わざと大きな音を立てて歩いた。
‥――バンが玉座の間から出た事を確認すると、プエラ宰相はガバダ王に耳打ちした。
「バジール法国に放った諜報員から報告です。我々ハルバ亜国に対して、戦の準備を着々と進めているとの事。だた、奴等、何やら鍵と箱を探しているようで、それが見つからず、攻めあぐねているとか‥」
「ほう。それは僥倖。ならば急いで、結晶石を回収してこい。出来るだけ多くだ。フフ‥バジール法国め!600年前の先祖の恨み、必ずはらしてみせるぞ!」
不穏な空気がハルバ亜国を包む。一方、ガサ村では、商人を生業としているヨウの父ヴェトは、昨夜、メメから突然『明日、ハルバ亜国へ引っ越します』と言われ、一瞬、ポカンとしたが、両手を叩いて喜んだ。
と言うのも、メメは、魔導士の道を諦めた己の姿を、昔の学友に見られたくないらしく、頑なに村から出ようとしなかった。しかし、己のプライドよりも、息子の幸福を優先――いや、結局、自分優先か?まあ、なんにせよ、頭打ちになった息子の教育方針を改めなければいけない事態となり、ハルバ亜国の魔法学校に通わす事になった。へへ。これからは、わざわざ一日かけてハルバ亜国へ商売しに行く必要がなくなった。これで仕入れの幅が広がって商売を拡大出来るぞ。よくやった、息子よ!よ~し、善は急げだ。メメの気が変わらないうちに急いで荷造りしなくては!
こうしてヴェトは、寝ずに荷造りを始め、日が昇り始めたと同時に、馬車を最速で走らせた。野を越え山を越え、やっとハルバ亜国へ着いた頃には夕日が沈みかけていた。これくらいの距離ヴェトは慣れっこだが、ヨウとメメは疲れたらしい。ぐったりしていた。これだから、魔法使いは‥と内心ヴェトは思った。
早速、ヴェトは荷ほどきをして新しい新居を見上げる。中世風の二階建ての家だった。実はこんなこともあろうかと前々から目を付けていた物件だった。昨夜、メメから報告を受けたあと、ガサ村の精霊使いに頼んでヴェトの商売仲間と通話出来るようにしてもらった。そしたら、妻が魔法使いというだけで、支払いが安心できると言われ、借金して手に入れた。改めて、魔法使いってすげえな~と思った。
と、いうわけで、メメの治癒魔法が必要な怪我人が大勢訪れてくる事になるだろう。なので、メメの魔法を客寄せにして商売をする予定だ。
「さあ~忙しくなるぞ!」ヴェトは張り切って荷物を新居に移した。
ハルバ亜国魔法学校は最長4年で卒業となる。しかし、卒業までに上級魔法まで取得すればその時点で卒業とみなされる。ヨウはすでに中級魔法の実力まで修めているので、特待生として、3年生からの入学が許可された‥のだが、ヨウは、人付き合いが得意ではない。自分から話かける事も無いし、話しかけられても話が続かなかった。幸い、イジメにあう事は無かったが、一人になる事が多くなった。
それでもヨウは幸せだった。母親の監視が無い生活は新鮮で最高の時間だった。そういう意味では学校が好きだった。
それに何時も1人のヨウは、休み時間や帰り道を読書の時間に充ていた。そして、家に帰れば、何時も通り、母に監視されながらの勉強漬けである。それが、幸か不幸か、成績はメキメキと上がった。
ヨウにとっては心底どうでもいい事だったが、成績表を見せたらメメはとっても喜んだ。
そんな日々を送ったある日の帰り道。ヨウにとって僅かな幸福と自由時間。本を読みながらふとエルフの親子を助けた魔巣窟の出来事を思い出したら、急に冒険がしたくなってウズウズしてきた。なので、今日は、何時もと違う道で帰る事にした。
「ちょっと危険だけど、裏通りにいってみようかな?」
それは本当に己の意思だったのか、それとも神の采配か。
いずれにせよ、ここがヨウの人生が大きく変わる岐路となった。
今、ヨウが裏路地に入った瞬間、世界はヨウを中心に周り始めた。
ヨウは入り組んだ裏路地をワクワクしながら進む。
次は何が見えるのか。どんな光景が広がるのか。角度を変えると世界が違って見えた。それは未知の世界を冒険してるみたいで楽しかった。それなのに、次の角を曲がったら、不愉快な光景が飛び込んで来た。その光景にヨウは怒りが沸々と湧いてきた。
「さっさと金出せ!オラ!」
「亜人の癖にコイツ弱ッ!ウケる!アハハ」
「気持ちわりいな、ブツブツ言ってんじゃねえよ!」
3人のガラの悪い人間の少年達が狼男の亜人をイジメていた。
耳を塞いで恐怖に怯えている狼男は独り言を言いながら体を丸めて耐えていた。
「ゴメン。許して、そんなつもりじゃなかったんだ‥」と震えた声で狼男は何やら謝罪していた。けど、それは、目の前の男達に対してというよりは、そこにはいない誰かに謝罪しているように聞こえた、
ヨウは思い出す。部屋に閉じ込められ、独りぼっちだった毎日。
母の叱責と体罰に怯えて、訳も分からず謝罪を繰り返した日々。
惨めに怯える狼男と自分が重なって見えた。
その刹那、自分の中で何かが切れて、真っ黒な正義感が震え上がった。
頭に血が昇ったヨウは中級魔法水の神ワータの神語を詠唱した。
そして、水の玉を3つ浮かばせて、問答無用で3人に放った。
水の玉はそれぞれ、男達の腹部にヒットした。
「――んだ、テメエは!いきなり何しやがる!」
男達の恫喝に対して、ヨウは無視して、中級魔法火の神フレイヤの神語を素早く詠唱して、火の矢が3本、ヨウの眼前にトグロを巻いて出来上がる。火の矢はジリジリと3人の男達に狙いを定めた。
ヨウの目は本気だった。
もし、まだやるなら少々火傷してもらうつもりだった。
「おい、やべえって、魔法使い相手じゃ分が悪いって」
「――チッ、クソが!シラけた。行こうぜ‥」
男達は精一杯の虚勢を見せつける為、唾を吐いて去ってしまった。
フ~と肩を落として安堵したヨウは、駆け寄って、治癒魔法で狼男の傷を回復させた。
「これで大丈夫。じ、じゃ‥」
人見知り故、さっさと立ち去ろうとするヨウに、狼男は驚いた顔をして、オドオドしていた。
「――あれ?もしかしてヨウ!嘘、どうしてこんな所にいるの?」
「え?」
この声、昔、耳元でささやかれたエルフの声にそっくりだ。ヨウは振り向くと、そこにはハルバ亜国騎士団長バン・ステイシアの娘アリア本人が、間違いなく立っていた。薄暗い路地裏でも、彼女の輝く金髪は良く映えた。太陽は沈み始めて裏路地はかなり暗くなり始めているのに、その場が一気に明るくなった。
「え?もしかして、約束通り、私に会いに来てくれたの?」
「…え?いや‥」
ヨウが答えに困っていると、アリアはヨウから狼男に関心が移った。
「あれ?ヴァンじゃない!どうしたのこんな所で?‥もしかして、また、イジメられたの?誰にやられたのよ。私が代わりに懲らしめてあ‥げ‥る‥」
え?もしかして‥と、アリアの目線がヨウに移る。
「え?違うよ。俺じゃないから!」
「うん。ホントに違うよ。彼は関係ないよ。寧ろ、助けてくれたんだ」
オドオドしながらもヴァンは嘘を言っていない事が解ると、アリアは心の底から安堵して、ヨウに微笑みかける。あまりにも眩しい笑顔にヨウはドキッとした。
「へ~そうなんだ~。相変わらず人助けしてるんだ~。ふ~ん。成程ね~」
アリアは何かを考えているらしく。後ろに手を組んでヨウの顔を覗き込んでくる。
「違うって、たまたまだよ!」
「ふ~ん。た・ま・た・ま・ね~私を助けてくれた時もたまたまなんだ~」
「え?は?いや‥」
アリアは何か面白い玩具でも見つけたように、悪戯っぽい目でヨウを見て笑う。そして、何かを決意した目をした。
「そ、それより、アリアは彼と知り合いなのか?」
ヨウは恥かしさのあまり話題をすり替えた。
「ええ。彼、ハルバ亜国支部の武術学校で一緒のクラスよ。‥にしても、ヴァン、あんた、ホントに弱いわね!だからイジメられるのよ!」
アリアって思った事、ズケズケと言うタイプなんだな。
ん?あれ?俺、普通に喋ってるな。アリア相手だと何だか喋れるぞ?
「あんな連中ぐらい、アンタの精霊でやっつけなさいよ!」
「うん。ゴメン」
「ねえ、ヨウ。これから予定ある?折角、会えたんだから家に来てよ。あの時のお礼したいわ。絶対パパも喜ぶから!ねえ、そうしましょう!ヴァンも来なさいよ。食事は大勢の方が楽しいわ!」
いや、一人の方は落ち着くよ。と、ヨウは言いたかったが未知への憧れが勝りヨウはアリアの招待を受ける事にした。一瞬、鬼の顔した母さんがチラついたけど直ぐに搔き消した。母さんの事なんて知らない。勝手の怒ってればいい。
「わかった。行くよ」
「え?僕もいいの?」とヴァンは驚く。
「モチロンよ!一緒に楽しみましょう」
「じゃ、お言葉に甘えて‥行こうかな‥」
「決まりね!じゃ行きましょう。こっちよ」
アリアはクルリとヨウ達に背を向けると、二人に見えないところでニヤリと笑った。よし、計画通り。フフ‥。
まるで、嵐の様な女だ。こっちのペースなどお構いなしにやって来るぞ。
でも、それくらい、ズケズケ入ってくれた方がヨウは楽だった。




