王都の空、蒼炎の刹那
――英雄とは、何か?
この物語は、その問いに対する一つの答えだ。
強さだけではなく、名誉でもない。
たとえ一瞬でも、仲間のために自分を捨てられる心。
その「一瞬」にこそ、真の勇気が宿る。
王都を焼き尽くす竜との戦い。
希望を失った者たちの中で、たった一人、立ち上がる男がいた。
彼の名はレオン。
仲間に支えられ、彼は限界を越え、わずか30秒の命を燃やす。
これは“滅びの空で起きた奇跡”。
そして、誰かの中に必ずある“立ち上がる勇気”の物語
王都ヴァレンシアは燃えていた。
炎の雨が石畳を焦がし、崩れ落ちる塔の残骸が通りを塞ぐ。
悲鳴と咆哮が混じり合い、空には黒い影が旋回していた。
——古き災厄、炎竜〈ヴァルグレイ〉。
数百年ぶりに甦ったその竜は、王都を蹂躙していた。
騎士団は壊滅、魔導防壁は破壊、王城の尖塔は折れ、希望は消えかけている。
それでも一行の冒険者だけは、広場に踏みとどまっていた。
剣士レオン。魔導士リナ。弓使いエルド。盾兵ガロン。
彼ら〈暁の旅団〉は、この地で最後の壁となっていた。
⸻
「くそっ、攻撃が通らねぇ!」
ガロンが盾で炎を受け止めながら叫ぶ。
竜の息吹を正面で受けた彼の腕は焼け爛れ、盾は真っ赤に染まっていた。
「魔力が、もたない……!」
リナの杖がひび割れ、詠唱が途切れそうになる。
エルドの矢は炎で溶け、空に散った。
瓦礫と煙の向こうで、ヴァルグレイが翼を広げた。
体長は百メートル、紅の鱗は剣すら弾く。
その喉奥に、再び紅蓮の光が集まり始めた。
「次が来るぞ!」
レオンが叫んだ瞬間、炎の奔流が広場を覆った。
リナが咄嗟に結界を張る。だが壁は薄く、熱が皮膚を焦がす。
「もう、だめ……!」
彼女の瞳が絶望に沈む。
その時だった。レオンが静かに立ち上がった。
鎧は焼け、剣は刃こぼれしていた。
それでも、その瞳には確かな光が宿っていた。
「……リナ、結界を三十秒だけ保てるか?」
「は? 三十秒!? 無理よ、そんな――」
「頼む。三十秒で、終わらせる。」
その声音に、誰も反論できなかった。
リナは震える指を組み、最後の魔力を振り絞る。
蒼光の結界が再び立ち上がり、彼女の頬を涙が伝った。
「必ず、生きて帰ってきて……」
レオンは微笑み、胸の中心に刻まれた紋章へ手を置く。
「限界突破」
光が弾けた。
時間が、止まった。
音が消え、風が凍り、空が蒼に染まる。
彼の身体が蒼炎に包まれ、剣が唸りを上げる。
筋肉が裂け、神経が焼けるのを感じながらも、心は静かだった。
⸻
【00:00】
レオンは地を蹴った。
広場を一瞬で駆け抜け、竜の巨体を蹴って跳躍する。
風を裂く蒼炎の軌跡。
剣が閃き、竜の翼膜を斬り裂いた。
「ギィアァアアッ!」
ヴァルグレイの悲鳴が響く。だが、傷は浅い。
【00:07】
竜の尾が地を薙ぐ。
石畳が砕け、衝撃波が広場を覆う。
レオンは滑るように回避し、尾を踏み台にして跳ぶ。
蒼炎を纏った剣を、竜の胸へ突き立てる。
金属のような鱗が火花を散らし、刃がめり込む。
しかし深くは届かない。
「くっ……まだ足りないのか!」
【00:15】
竜の顎が開き、炎が漏れ出す。
目の前が紅蓮に染まる瞬間、レオンは地へ滑り込み、腹下へ。
全身を焦がされながら、剣を構える。
「燃え尽きろおおおおおおッ!」
剣を振り上げる。
蒼炎が竜の鱗の隙間に食い込み、爆ぜる。
だが竜は倒れない。
逆に暴れ狂い、翼の一撃でレオンを吹き飛ばした。
背中を砕くような痛み。肺の奥で血の味が広がる。
それでも、立ち上がる。
——まだ十五秒。終わらせられる。
【00:20】
竜の喉奥で、再び炎が集まり始める。
これは王都ごと焼き尽くす規模。
空が赤く染まり、建物が熱で溶け始める。
リナの結界が軋み、仲間たちが叫ぶ。
「レオン! もう時間がない!」
彼は剣を構え、息を整える。
全身の筋肉が裂け、血が滴る。
それでも笑った。
「これが……最後の一撃だ!」
【00:25】
レオンは炎に突っ込んだ。
世界が白く焼ける。
熱で視界が消え、痛覚も溶ける。
それでも足は止まらない。
心臓が爆発しそうな鼓動を刻む。
刃が炎を割り裂き、竜の喉へと突き刺さる。
「うおおおおおおおおおおおおッ!!!」
蒼炎が竜の体内を駆け抜けた。
轟音が空を裂き、紅の巨体が膨張する。
——爆発。
光と炎が王都を包み込み、空を焦がした。
⸻
【00:30】
静寂。
風が吹き抜け、灰が舞う。
瓦礫の中、ヴァルグレイの巨体が崩れ落ちた。
胸を貫いた剣の根元に、レオンがいた。
膝をつき、肩で息をしている。
「……やった、のか」
リナたちが駆け寄る。
エルドが震える声で呟いた。
「竜の心臓……止まってる……」
レオンは笑い、空を見上げた。
黒煙の向こう、雲の切れ間から陽光が差していた。
「これで……守れたんだな」
声がかすれ、手が震える。
だが、まだ生きていた。
リナが泣きながら抱きしめる。
「無茶しすぎよ……! もうこんなの、二度と!」
「悪い。次は……もう少し上手くやる。」
その冗談めいた言葉に、皆が笑った。
涙まじりの笑いだった。
空を見上げると、竜の残骸が崩れながら光に溶けていく。
王都を包んでいた炎が、ゆっくりと消えていった。
⸻
その後、王都は再建され、広場には一つの碑が建てられた。
“蒼炎の刹那、王都を救えり”。
そこには、ひとつの刻印がある。
——剣士レオンが戦いの中で握り潰した紋章の跡。
人々はその日を「蒼炎の日」と呼び、
彼と仲間たちの勇気を語り継いだ。
ほんの三十秒。
だが、それは永遠に残る“英雄の瞬間”だった。
王都を救ったのは、神の奇跡ではなかった。
一人の冒険者が、ただ「仲間を守りたい」と願った心だった。
“30秒しか続かない力”という設定は、
人間のもろさと美しさを象徴している。
永遠ではないからこそ、その瞬間は輝く。
レオンは生き延びた。
だが、彼の中で燃え尽きたものもある。
それでも彼は笑った――「生きててよかった」と。
英雄とは、死んで語られる存在ではなく、
“生きて誰かを救った者”だと、私は思う。
この物語を読んだ人の中で、
もしも明日、誰かのために一歩踏み出せる勇気が生まれるなら、
それこそが、この物語の真の“奇跡”だ。




