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お弁当交換の始まり

4月22日。

昨日の出来事が頭の中で繰り返されていた。

――非常階段で出会った黒髪ロングの女子、栗山めぐみ。

彼女の笑顔とともに送られた「今後ともよろしくお願いしますね」という言葉が、妙に鮮明に記憶に残っている。


あんなふうに弁当を褒められたことなんて、これまでなかった。

僕にとって“弁当”は、避けて通りたい悩みそのものだったから。

けれど、彼女に見せた途端、それが小さな誇りに変わった気がした。


――今日も栗山さんに会えるだろうか。

そんな期待を胸に抱きながら、僕は弁当箱を鞄に入れて学校へ向かった。




昼休み。

4限の授業が終わると同時に、いつもよりも軽い足取りで部室棟の非常階段へと向かっていた。

昨日と同じように3階へ上っていくと、そこに栗山さんがいた。

姿勢よく弁当箱を膝の上に置き、静かに蓋を開けている。

少しだけ緊張して声をかけた。


「やあ、また会ったね」

「あ……石崎くん」


ぱっと顔を上げた栗山さんの目が、昨日と同じように少し大きく見開かれた。

それは驚きよりも、嬉しさの色が濃いように感じられる。


「今日も、ここで食べるの?」

「はい。やっぱりこの場所が落ち着きますね」


ふっと笑う彼女に釣られて、僕も口元が緩む。

こうして自然に並んで座ることができるのは、昨日打ち明け合った“秘密”があるからだろう。

互いに弁当の弱点を知られている安心感が、言葉以上の距離を縮めていた。



「……あの、石崎くん」

少し間を置いて、栗山さんが切り出す。

「昨日、あなたのお弁当を見て思ったんです。私と正反対で、すごく色鮮やかでした」

「いや、鮮やかというか……緑一色だけどな」

「ふふっ、でも本当に美味しそうでした。だから……今日、ちょっと提案があるんです」


彼女は小さく深呼吸をして、言葉を続けた。

「おかずを、交換しませんか?」

「……交換?」


思わず聞き返す。

めぐみは真剣な表情をしていた。


「私の弁当は茶色ばかりで、野菜が足りません。でも石崎くんのは肉や魚がない。だから、少しずつおかずを交換すれば、きっとお互いにちょうどいい弁当になるんじゃないかって」


なるほど。

確かに彼女の弁当には揚げ物や煮魚などの主菜が揃っていているが、野菜が一切なく、栄養バランスと色合いが偏っている。

僕の方も同じだ。栄養バランスも色合いも彼女のとは正反対に偏っているだ。


「いいアイデアだと思うよ。僕としても助かる」

「本当ですか? よかった……」


栗山さんの表情がふわっと明るくなる。

その笑顔を見ているだけで、何だかこちらも嬉しくなった。




「じゃあ……今日は私から」

彼女は弁当箱の中から、つまようじで唐揚げを一つ取り出して僕の前に差し出した。

「ど、どうぞ」


「……あ、ありがとう」

差し出された唐揚げを弁当箱の蓋に上で受け取ると、衣の香ばしい匂いが鼻をくすぐる。

ひと口かじると、外はカリッと香ばしく、中は驚くほどジューシーだ。

味付けも絶妙で、ご飯が欲しくなる。


「うまい……! めちゃくちゃうまいよ」

「よかった……!」


嬉しそうに胸をなで下ろす栗山さん。

彼女は野菜料理は苦手だが肉や魚料理は一級品のようだ。


「じゃあ、次は僕の番かな」

僕は弁当箱からほうれん草のお浸しを少し取り、彼女の方へ差し出した。


「いただきます……」

ゆっくりと口にした栗山さんは次第に頬を緩ませていく。

「美味しい……!。こんな素晴らしい料理を食べたのは久しぶりです」

「よかった。塩加減がいつも不安でさ」

「全然大丈夫です。気にしすぎですよ」


彼女の素直な感想に、少し照れてしまった。




それから、僕たちはもう何品かおかずを交換しながら食べ進めた。

鰯の梅煮の繊細な味に舌鼓を打ち、栗山さんはニンジンのグラッセを口にして「こんな風に甘くできるんですね」と感心する。

会話は自然と弾み、時間の流れがやけに速く感じられた。


ふと、栗山さんがぽつりと呟いた。

「こうして誰かと弁当を分け合うの、初めてです」

「僕もだよ。人に見られたくなくて、ずっと隠れて食べてたし」

「……私も同じです。でも、石崎くんなら恥ずかしくない」


静かにそう言う彼女の声が、春風に紛れて耳に届いた。

その一言が僕の胸の奥を熱くさせた。




昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴る。

僕たちは慌てて食べ終わったの弁当を片付け、立ち上がった。


「……その、また明日も交換しませんか?」

めぐみが少し照れたように提案してくる。


「もちろん。僕の方こそ、楽しみにしてるから」

「はい……じゃあ、約束です」


嬉しそうに笑う栗山さん。

その笑顔を見ていると、この昼休みの時間がこれからどんどん特別なものになっていく予感がした。


――お弁当交換という小さな約束。

それが、僕と栗山めぐみを繋ぐ新しい絆の始まりであった。



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