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ある若者が闇夜に紛れて黒猫と呼ばれ、義賊をしている江戸のお話。

作者: のんちゃ

江戸時代。


義賊の男、その正体は…?


月も見えない秋の夜。




寝静まったお江戸の街に、影すら消して現れた、男がひとり。




庄屋の屋根の上、じっと気配消してしゃがむ男は、様子を窺う。

音もなく降りたち、さっと駆けていく。



やがて、屋敷に忍び込み、目当ての品を懐に入れると。



軽やかに塀の上へと飛び上がり。向こうへと消えてゆく。その身のこなしの、しなやかさに。



運良く見かけた者は、ある時こう呼んだ。

まるで、黒猫、のようだと。



奇妙な事に。

盗まれた物は、大抵後ろ暗いものであり。盗まれたことを公にできず、泣き寝入り。

盗まれ、ものがあった証拠も上がらず、お役人も手を出せず。

さりとて、人の口に戸は立てられず。



人々の噂でのみ、語られたのた。



義賊、黒猫。と。






さて、所変わり。



鳶職の朝は早い。

長屋から欠伸をしながら出てきた、細身の男。

留吉である。


彼は若いながら目端が効き、かつ軽やかな動きで現場を飛び回る。親分兄貴分の手の届かぬところを助けては、重宝され、可愛がられていた。



「それじゃあ、今日はここまでで仕舞いだ!皆、また明日頼むぞ!」

「へいっ」

「おうっ」

「親分、また明日」




「おう、留吉」

「へい、なにか、権七兄貴」

「この後皆で呑むんだ。どうだい?おめえも一杯」

「あぁ…すいやせん、今日はこのまま帰りやす」

「なんでえ、おめえ偶に、付き合いわりぃな」

「そんな事ないですよぉ、偶々ですよ、偶々!……昨日夢見が悪かったんすよ、お陰でなんか調子悪くって。明日の仕事に穴開ける訳にゃいかねぇんで、今夜は早めに帰りやす」

「へええ〜?」

「まあ、独り身ですし。体動かない事には生きてけないんで」

「まあ、そうだったなぁ」

「また明日、誘ってくだせえ!今度こそ、権七兄貴の酒、鱈腹飲ませて貰いやすから!!」

「そうかい?はは、わかった、まあじゃあ明日な!」

「おう!ありがとうございやす!」




頭を下げる留吉。

笑って帰りかけて、権七が振り返り言う。



「あんまり夢見が悪かったら、夢違え観音の寺があるから、言えよ?体に毒だぞ?」

「へえ!ありがとうございやす!!」





「……実の所、違うけどな。権七兄貴には悪いが、あんまり断っても怪しまれるし。明日はしょうがねえ、付き合わないとな」



ひと気の少ない長屋の細道。その奥を、てってってと歩いて行けば。

留吉の一人住まい、狭い長屋の部屋に辿り着く。

……いや、本当は、一人では無い。待つものが居る。




乾いた音をたてながら、留吉が戸を開けば。



「おう、ただいま〜〜」





「………にゃああん」

中の暗がりから現れる、白い猫が、一匹。



「留守番ありがとな、よるのじ」

「にゃあん」



頭から長い尻尾の先まで、真っ白な猫にも関わらず、夜の字、とは妙な名前だが。

これは、かつて留吉と暮らしていた、先代や先先代の猫に由来するもの。

ちなみに、先代は茶とらの、ひるのじであった。



「いい鰹が手に入った、今支度するからな」



そそっと手際良く支度し、小皿にとりわけた鰹を、よるのじの前に置く。

自分の分もことりと置き。

棚の上に、更にふた皿、小皿を置いた。



置いた小皿の側には、赤い組紐と、青い端切れ。其々、先先代と先代が首に巻いていたものである。

ぱん!と手を合わせ、留吉が言った。

「ほい、おまえ達も、よく食べてくれな!…さ、たべるか、よるのじ」

「にゃあ」



向き直った留吉が、箸を持ってもう一度手を合わせる。

「いただきます!」

「にゃ!」

既に食べているよるのじも、返事は一応付き合ってくれる。

「さ、お下がりのも食うか?」

「にゃん」

棚から小皿を下ろせば、すぐに飛びついた。先代達には悪いが、痛む前に、とっとといただく。よるのじと留吉とで、一皿ずつ分け合って平らげたのだった。






布団を敷き、早くも横になる留吉。よるのじも、そばで丸くなる。



昨夜寝られなかった分、今夜は早く寝ないと。そう思っても、今日は妙に寝付けなかった。

あまり寝付けない日が続くようなら、兄貴の言ってた夢違え観音、本気で教えて貰わねえとかなあ、などと考える。

まあ、そもそも、やってる事がやってる事だ。神仏に頼んだ所で、聞き入れないかもしれないが。




こどもの頃の事を思い出す。



天涯孤独となった留吉。人の親類は居なく、世間に放り出された。

側には唯一。黒猫が一匹、寄り添っていた。先先代である。



黒猫は、留吉にとって。たったひとり、頼りになる兄貴であり、師匠であった。

身のこなし、餌場や寝床の探し方、媚び方…と言うより懐に入るこつ。

人を見る目、喧嘩のかわし方……。絡まれた時には、敵に飛びかかり引っ掻いて、助けてくれたっけ。



そうやって生き延び、今の親方の元で働くようになり。

なんとかこうして、狭いながら長屋で暮らせている。



「……あさのじ」



あの世に行ってだいぶ経つ、朝の字を持つ先先代黒猫を、想いながら留吉は目を閉じた。

あさのじの居ない、夜はいつも長かった。







それからひと月の後。

また、月の見えない夜だった。




「おい、今なんか屋根の上に居なかったか?」

「おお?」



大きな油問屋の屋敷の外、歩いていた町人二人が、何か気配を感じて見上げる。

そこにいたのは。


「にゃあん」



真っ白な、猫。



「なんでえ、白猫かあ」

「は、心配して損した。ほら、行こうぜえ」

「おうっ」



「にゃあん」

またひと鳴きして駆けていく白猫。



その先の塀の上に。

黒い着物に身を包み、黒布を巻いて顔を隠した、男がひとり。




白猫が反対側へと駆けて行ったのを見届け、男は頷き、塀の中へと、静かに降り立つ。



何も持たぬ頃。こうして、屋敷に忍び込み、小銭やら金目のものやらをくすねて稼いでいた。

全ては、黒猫あさのじが教えてくれた事。黒猫あさのじは、妙に、後ろ暗い金目のものに、鼻が効いた。




黒猫あさのじのいない今も。こうして忍び込んでいる。偶に、白猫よるのじも、人目を逸らすのを買って出てくれる。



そうして、義賊、黒猫と呼ばれた男、その正体を留吉だと知る者は。

共に暮らす、猫達だけ。



今夜も目当ての品を手に入れ、颯爽と闇夜に消えたのだった。









読んでいただき、ありがとうございました!



ちなみに、先代茶とらのひるのじは、留吉の喧嘩仲間でした、なんだかんだで仲良く暮らしてたけど、少し前に先先代の元へ。


猫だらけの義賊のお話でした!


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