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3  本当に結婚していた

 ルーチェは熱が下がった後も二日ほど医務室で休むよう言われ、ようやく退院の許可が下りた――のだが。


「おはよう、ルーチェ! 迎えに来たよ」


 朝の診察を終えて医師から帰宅許可を得るなり、医務室にエドアルドがやってきた。

 彼は満面の笑みで、衣類を片づけていたルーチェはぽかんとしてしまう。


「お、おはようございます。あの、迎えに来たとは?」

「それはもちろん、ルーチェを俺たちの愛の巣に連れていくからに決まっている! 君が療養中に、必要なものは全て整った。皆も、俺の妻として君が来るのを楽しみに待っているんだ!」


 そう言うエドアルドの声からは、喜びの色を隠すことができていない。


(……あ、そ、そうか! 私はエドアルド様と結婚したから、これから一緒に暮らすことになるのね!)


 居城の隅っこにある自分用の部屋に帰る気満々だったルーチェは、あっけにとられてしまった。


「あの、そのことですが……エドアルド様」

「エド」

「え?」

「昔は、エドと呼んでくれただろう? 俺たちは夫婦になったのだから、昔のようにエドと呼んでほしい」


 そう、きらきらの眼差しでお願いをされたため、ルーチェはうっと言葉に詰まってしまった。


(確かに昔はエドと呼んでいたけれど、あれは子どもの頃で……エドアルド様が公爵令息だって知らなかった頃のことだし……)


「でも、そんな、畏れ多くて……」

「ルーチェ、俺は夫婦の間に『畏れ』なんてあってほしくないんだ」


 まごつくルーチェの手をそっと取り、その場に跪いたエドアルドはこちらをじっと見上げてきた。


「俺はずっと、結婚したら両親のような関係になりたいと思っていた。俺の父と母は、互いのことを愛称で呼んでいただろう?」

「そう……でしたね」


 確かに、エドアルドの両親は互いのことを「シルヴィ」「シア」と呼んでいた。そしてシルヴィオの方が妻にベタ惚れだったこともあり、元王子でありながらシルヴィオがオルテンシアに尽くしている場面がたびたび見られたものだ。


「だから私も、ルーチェにエドと呼んでもらいたい。……だめかな?」

「だめではありません! その……私だって、あなたのことをまたエド様と呼びたかったですし」


 ルーチェも素直な気持ちで言うと、エドアルドはほっとしたように立ち上がった。


「ありがとう、ルーチェ。……そういえば、ルーチェには愛称などはないのか?」

「うーん……子どもの頃には両親にルルと呼ばれていましたが、それも両親が亡くなる六歳くらいまでのことですね」

「ご両親だけが呼ぶ名前なら、ルルはやめておこう。うーん……なにか、俺だけのルーチェの呼び方があればいいんだが……」

「今のままでいいですよ」


 そんな会話をしていて、ルーチェははっとした。愛称の話題で盛り上がってしまい、本題を忘れかけていた。


「あの! エドア――エド様。私は本当に、エド様と結婚したのですよね?」

「ああ。神官の代筆ではあるが、サインもしている。……だがルーチェは無事に元気になったのだから、書き直しをした方がいいな」

「そ、そうですね。でも、その……本当にいいのかな、と思いまして」


 この期に及んで往生際が悪いかもしれないが、ルーチェとしてはエドアルドの気持ちが心配だった。


 ルーチェがエドアルドのことを愛していて、彼と結ばれるのなら嬉しいし彼を守りたいと思っているのは事実だ。だが、エドアルドの方がその場のノリで決めてしまったのではないかと危惧していた。


(それに、【1度目】のエド様はマリネッタ様に夢中になるくらいだったのだから……)


 マリネッタのことを考えると、ずきん、と胸が痛む。今はまだ従兄の婚約者に出会ったことがないからルーチェに愛情を寄せているのかもしれないが、いざマリネッタに出会ったら一目惚れするかもしれない。


 ……もしそうなったら、ルーチェはどうすればいいのか。

 マリネッタに奪わせないと決めたとしても、エドアルド本人がマリネッタを愛してしまったらどうするのか。


「私が熱を出したときの勢いとかに、エド様も乗ってくださったのかもしれません。それに、平民の私がエド様の奥さんになるなんて、きっと反対する人もいます……」

「ルーチェ、そんなことはない」


 エドアルドの手がそっとルーチェの肩に触れた。子どもの頃よりも一回り以上大きくなったたくましい手のひらが、ルーチェの肩のこわばりを解こうとするかのように優しく撫でてくる。


「確かに勢いでプロポーズした節はあるが、この想いは決して一時のノリなどではない。俺は確かに、十歳の頃に初めてルーチェと出会った日からずっと、君のことを女性として意識していた。王宮に上がってからは忙しくて、君と話す時間を持てなかった。だが、俺が生涯を共にしたいと思えるのは君だけだ。周りの者がなんと言おうと、屈したりはしない」

「え、エド様……」

「まだ不安かな? でも、大丈夫。これから時間はいくらでもあるのだから、みっちり教えてあげるよ」


 エドアルドはそう言って微笑み、ルーチェの手をそっと取って立たせた。


「さあ、行こう。俺の奥さんとして君を紹介できるのが、楽しみで仕方がないし……ふふ。俺が結婚したと聞いたときの、国王陛下や王太子殿下の顔。ルーチェにも見せたかったな」

「反対されなかったのですか?」


 エドアルドに手を引かれて歩きながらルーチェが問うと、彼はうなずいた。


「むしろ、お二人からすると大歓迎だろう。どうやら王宮では、俺に王位継承権を復活させてはどうか、と言う者も現れているようだ。陛下や殿下は、それが気に食わない。だがそんな俺が平民階級であるルーチェと電撃結婚をした。ルーチェとの結婚は、俺が王太子殿下と王位を争うつもりがないという意思表示にもなったんだ」

「な、なるほど……」


 王位継承争いにおいて、配偶者は有力なカードの一つだ。王太子とマリネッタが婚約したのも、王家が大聖堂と懇意にすることで権力を強めようとしたからだと言われている。

 だからエドアルドが有力貴族の娘ではなくて後ろ盾のないルーチェと結婚するというのは、自ら継承問題から距離を置くことにもなるのだ。


(【1度目】のエド様は王太子を倒し王を追放して、ご自分が国王になったけれど……そんな野心はもともと、なかったのね)


 ということは【1度目】のエドアルドの原動力となったのはやはり、マリネッタなのだろう。彼女を助けるために、国王や王太子を撃退する。


(えっ? ということは、この国は性悪の王太子殿下のものになっちゃうの?)


 そう考えるとぞっとするが、まだ未来は確定していない。それどころか、ルーチェの突然の告白によって【1度目】とはいろいろなものが少しずつ変化し、もっとよい結末になる可能性だってある。


(悩んでも仕方がないわ。私にできるのは、未来が少しでもいいものになるよう努力することのみ……)









 考えながら歩いているうちに、ルーチェたちはエドアルドの居城に到着した。

 そこはルーチェが十歳のときから八年間暮らしている場所ではあるが、その門の前には今、使用人やエドアルド隊の私兵たちが勢揃いしていた。


「ご結婚おめでとうございます、エドアルド様、ルーチェ様!」

「おかえりなさいませ、奥様!」


 わっと歓声と共に花吹雪が舞い、ルーチェはきょとんとしてしまった。

 隣に立つエドアルドは喉の奥で笑ってから、ルーチェの頭の上に乗っていた花びらをそっと払い落とした。


「ほら、皆も歓迎してくれているだろう? 今日から君は、この城の女主人だ。彼らも、ずっと共に生活してきたルーチェが城の二人目の主になることを喜んでくれているんだよ」

「そ、それはなんとも畏れ多いというか……ちょっと恥ずかしいというか……」

「おや、照れているのか? それでは……」


 エドアルドは楽しそうに言うと体をかがめ、赤くなった顔を両手で隠していたルーチェの背中と膝の後ろに腕を回してひょいと抱え上げてしまった。


「きゃっ!?」

「皆、出迎えありがとう。どうかこれからも、俺たち夫婦のことをよろしく頼む」


 ルーチェを難なく抱えたエドアルドが言うと、使用人たちは「もちろんです!」「お任せください!」と元気よく応じてくれたのだった。

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