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聖女に全てを奪われた私の、リベンジライフ  作者: 瀬尾優梨
♦贖罪の人生♦

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3  償いのために

 ――次に目を覚ましたとき、ナザリオは幼児になっていた。


「……どうして治らないの!?」

「こんなおぞましい顔のまま一生を過ごすなんて……我が家の恥だ!」

「あなた、こんなのが私の子どもなんて、絶対に嫌よ!」

「……そうだな。養子に出したことにして、処分するしかないか――」


 ナザリオは、今の自分の状況がよくわからなかった。


 目の前に、自分の両親がいる。だが彼の記憶にあるよりもずっと若く、かつては「ナザリオは、私たちの自慢の息子だ!」と褒めてくれた二人は今、憎悪に満ちた眼差しでナザリオを見ている。


 そうしてナザリオは、捨てられた。


 彼が、六歳の頃のことだった。











 どうやらナザリオは二十三歳で死亡した後、六歳の頃に戻っているようだった。


 彼は【1度目】の人生と同じく、コルッチ家の次男として生まれた。だが共通しているのはそれだけで、彼はなぜか生まれながらに持っていたはずの神官としての魔力を一滴も持っていなかった。


 それだけでなく、ナザリオの顔は生まれたときからまるで蜂の大群に刺されたかのように腫れており、体中には消えることのない痣があった。


 わけのわからないまま追い出されたナザリオは、水たまりに映る自分の顔を見て思わず笑ってしまった。

 自分の今の顔は、ルーチェにそっくりだった。


 無実を訴え続けたルーチェを、ナザリオは容赦なく殴った。どちらかというとかわいらしい雰囲気だった彼女の顔はあっという間に腫れてぼこぼこになり、体には消えない痣がたくさんできた。


 今の自分はまさに、ルーチェと同じ姿をしていた。

 無実を訴えたまま死んだ、かつての妻と同じ。


「……そうか。神よ、これはあなたが与えた試練なのですね」


 どれだけ念じても回復魔法を行使できない両手のひらを見下ろし、ナザリオは少年の声でつぶやく。


 神はきっと、ルーチェを暴行死させた自分に罰を与えたのだ。

 人生をやり直し、正しい人間として生きろ。

 ルーチェに幸せな人生を歩ませろ、と命じているのだ。


 だからこの体は、神が与えた試練なのだ。

 神官として楽な道を歩むことも許されず、かつて自分が妻に与えた苦痛をそのまま引き継ぎ、それでも生きろと言っている。


「……すまない、ルーチェ。すまない……!」


 ナザリオは膝を抱えて、声を上げて泣いた。


 彼の記憶の中で、『ご主人様』と、かつての妻が震えながら言っている。


 ……もう二度と、ナザリオは道を間違えない。

 マリネッタの野望を挫き、ルーチェを守ってみせると誓った。














 魔力を失ったナザリオは、神官として生きていけなくなった。


 たった六歳の彼にとって、世間は厳しかった。

 何度も殺されかけ売り飛ばされかけ、街で暮らそうにもその容姿から嫌悪されていわれなき暴言をぶつけられ、それでもナザリオは決して自死を選んだりはしなかった。


 ナザリオには、使命がある。

 必ず生き延びて、使命を果たさなければならないのだ。


 そうして彼は、【1度目】の人生ではからっきしだった武術を鍛えることにして、ナイフの扱いを学んだ。

 生き延びるために必死に世間と渡りあい、地面を這いずり回り泥水を啜ってでも前に進んだ。


 そうしてナザリオはしぶとく生き延び、十五歳になった。

 十五歳にしてはあまりにも痩せているが、何度も修羅場を切り抜けてきた体には【1度目】ではなかった筋肉がつき生きる知恵が身についていた。


 その頃には傭兵としてそれなりにやっていけるようになり、顔を隠した彼はあちこちで依頼を受けていた。そこそこ金も貯まったので、ちょっとした旅になら出られそうだ。


 ……そこでナザリオは、思いついた。

 このやり直しの世界でもルーチェが無事に生きているかどうか、確かめたいと思った。


 ルーチェとの結婚を命じられたとき、これも敵情調査だと思ってすぐにルーチェの素性を調べた。

 だからこの時期の彼女が王都郊外にある離宮にて、元王子シルヴィオやその妻オルテンシア、エドアルドたちと共に幸せに暮らしていることも知っていた。


 ナザリオはしばし仕事を休み、離宮のある地方に向かった。

 そこはこれまで血と泥にまみれる日々を送っていたナザリオを嘲笑うかのような、のどかで穏やかな場所だった。自然豊かで、立ち寄った街の人たちも温和で優しかった。


 ナザリオは元王子たちが暮らす離宮を見つけ、こっそりと侵入した。庭の樹木によじ登って観察していた彼ははたして、庭で花を摘んで遊ぶ赤茶色の髪の少女を見つけたのだった。


 推定十一歳のルーチェは、一生懸命花を摘んでいた。それらを束ねてリボンで結んだところで、少年の声がする。


 庭の向こうから、金髪の少年がやってきた。ルーチェは彼の方に向かって、照れた様子で花束を渡す。

 少年は嬉しそうにそれを受け取るとルーチェの手を取り、一緒に歩き去っていった。彼の行く先には、仲睦まじく並んで立つ金髪の男性と黒髪の女性の姿があった。


 ……つと、ナザリオの頬を涙が伝った。

 それは、ナザリオにとっては美しすぎる光景だった。


 王位を捨ててでも愛する女性と生きることを選んだ元王子と、彼に愛されるその妻。

 両親の愛をたっぷり受けて育つ貴公子と、彼とほのかな恋を育んでいる少女。


 そこには、【1度目】でも【2度目】でもナザリオが得られなかった、確かな愛が存在していた。

 時間を止めて永遠に飾っておきたいと思えるほど美しい愛の光景を前にして、ナザリオは身を隠している木の上でごしごしと涙を拭う。


 知らなかった。

 ルーチェが、あんなに明るく笑うなんて。

 あんなに美しい愛を、ルーチェが享受していただなんて。


「ルーチェ……」


 一度だけ元妻の名を呼び、ナザリオは木から下りる。


 離宮を離れてもなお、ナザリオの耳には少年と少女の笑い声がしっかりと残っていた。











 時が流れ、ナザリオが二十三歳になった年。

 ついに、歴史が動いた。


「ルーチェとエドアルド様が、結婚……?」


 王都で潜伏中、その噂を聞いたときにはまさかと思った。


【1度目】の人生での同じ頃、二人はまだ両片思い状態だったはず。それなのに二人は結ばれており、非常に仲睦まじい夫婦らしいともっぱらの噂になっていた。


 それだけではない。

 大聖堂にて、ルーチェが司祭の任命を受けたという情報も掴んだ。


「まさか……ルーチェ。君も、人生をやり直しているのか……?」


 これほどまでイレギュラーなことが頻発したとなると、もうナザリオ一人が運命を動かしたとは思えなかった。


 ……もしかするとルーチェもまたナザリオと同じように人生をやり直し、自分の恋を叶えるために動いているのではないか。

 それはそれで驚きだが、ナザリオとしては悪い話ではない。むしろ、今度こそルーチェが幸せになれるのならなんでも大歓迎だ。


「……だが、あの女狐はルーチェを狙うはずだ」


 おそらく今回もマリネッタは、王太子の誕生日会でエドアルドを見初める。そしてあの執念深い性格を考えれば、妻帯者だろうとお構いなしに迫るはずだ。


「……俺に、なにができる? なにをしてやれる……?」


 その頃既に凄腕の傭兵として名が知れるようになっていたナザリオは、遠くに見える王城の尖塔をじっとにらみつけたのだった。












 王太子の誕生日会の日を皮切りに、ナザリオは活動を始めた。


 今のナザリオでは、大聖堂に近づくこともエドアルド隊に加わることもできない。だから、自分にできる形で彼らのそばにつき、マリネッタの妨害をするようにした。


 彼が真っ先に行ったのは、マリネッタが所有している毒薬の回収だった。幸いナザリオは、あの毒薬と解毒剤がどこに保管されており、どのような見た目をしているのか知っている。


 ある夜、大聖堂に忍び込んだナザリオはマリネッタの部屋をあさり、目当ての瓶を見つけた。

 そして、さてどうするかとしばし思案する。


 青色の瓶は毒薬で、【1度目】ではブリジッタたちがこれをエドアルドの飲み物に混ぜていた。そして赤色の瓶は解毒剤で、こちらをかつてナザリオがエドアルドの解毒に使っていた。


 毒薬の方は無味無臭だが、解毒剤の方は甘い味がする。

 これはこの国で作られるどの解毒剤も同じで、どうしてもこの甘さを消すことはできない。そのため、これを盛る際にはもともと甘めの紅茶やミルクなどに入れることが推奨されていた。かつてのナザリオも、砂糖の代わりにこの解毒剤をエドアルドの紅茶のカップに入れたのだった。


 最初ナザリオは、毒薬も解毒剤も両方回収しようと思った。

 だが途中で考え直し、一旦瓶二つを回収して毒薬の方を捨てて瓶を洗い、そこに解毒剤を入れることにした。


 そうしてマリネッタの部屋に戻って元の位置に戻したのは、青色の瓶に入った解毒剤のみ。

 これを見たマリネッタはエドアルドに毒を盛る作戦はやめるはずだが、いざというときにはルーチェに毒を盛ろうとするはずだ。


 だが、実際に入っているのは甘いだけで害のない解毒剤。マリネッタを一気に追い詰める材料になるはずだ。

 さすがにそれ以上のことはナザリオでは関与できないが……エドアルドたちがうまく動けば、一網打尽も夢ではないはず。


 続いてナザリオは、マリネッタに味方する神官を極力減らすようにした。

 あの三人娘が早々に追いやられたのはざまあみろということにして、王都でルーチェのよい噂を流していく。


 噂とはおもしろいもので、流し方を工夫するだけでその広がり方は目を見張るほど変わっていく。

 ナザリオは稼いだ金を使って上流市民階級の協力者を得て、彼が大聖堂に行った際にベルトイア司祭――ルーチェを大袈裟なほど褒め称えるように頼んだ。


 また神官がよく立ち寄る店の店主にも金を握らせ、ベルトイア司祭がどれほど優れた女性であるか、夫とどれほど仲睦まじいかなどを広く噂させた。


 たったそれだけではあるが、人の情報発信力は舐めてはならない。

 この噂が大司教にまで届く可能性さえあるのだから。


 結果として、様々な不始末をしでかしたマリネッタは自室での謹慎処分を受けたそうだが、そんな彼女に寄り添おうとする神官はほんのわずかだったという。

【1度目】ではナザリオや三人娘をはじめとしてマリネッタの親衛隊は百人規模だったと思うが、今は両手の指で数えられるほどだという。


 ひとまず、今の段階でできることは全てやっている。

 後はマリネッタが追放処分を受けるほどの事件が起こればいいのだが――と思っていた、ある日。

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