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1  妄信の果てに①

 自分ほど聖女マリネッタに信頼されている者はいない、とナザリオ・コルッチは考えていた。


 平民階級でありながら神官を多く輩出してきた、コルッチ家。その次男として生まれたナザリオは幼少期から親に厳しい教育を受け、立派な神官になるよう躾けられてきた。


 その甲斐あってか、また本人が真面目なところもあってか、彼は十代前半のときに受けた魔力測定により大聖堂の助祭に任命された。


 そうして彼は、『あの方』と知り合った。


『あなたが、コルッチ助祭? わたくしは、マリネッタ。先日聖女になりました』


 そう言うのは、ナザリオよりいくつか年下だろう少女だった。


 紫がかった銀髪は、豊かに波打っている。青空を切り取ったかのような色の目は美しく、白い肌に艶やかな唇、上品な所作に、人形のように整った容姿を持っていた。


 ……そんな圧倒的な美を持つ少女を前に、ナザリオは自然と膝を折っていた。


 当時のナザリオは、十三歳。十三歳で助祭になれた自分に鼻高々になっていた彼のプライドを容赦なくぶち壊しながらも、その割れ目にするっと入ってきた麗しい聖女。


 ……このお方に、誠心誠意仕える。

 恋とも執着ともわからない感情を胸に、少年ナザリオは決意した。











 聖女マリネッタの従者として、ナザリオは全力を尽くした。


 彼女がほしがるものはなんでも用意し、彼女の命令をなんでも聞く。

 だが指示待ちをするだけでは三流の証しだと思い、マリネッタがなにか言う前に必要なものを求め、彼女に仇なす者を排除してきた。


 そのおかげか、出会いから十年近く経った頃にはナザリオは常にマリネッタのそばにいることを許された。

 彼はマリネッタの栄光のため、その笑顔のためならなんでもやってみせるという意欲に燃えるようになった。


 そんなマリネッタはアルベール王国の王太子と婚約していたが、その仲は決して良好なものではなかった。

 王太子ヴィジリオは見た目どおり陰険で性格の悪い男で、可憐で繊細なマリネッタをチクチクいじめてきた。


「わたくしが弱いのがいけないのよ」「殿下は、快活な女性がお好きだから」とさめざめと涙を流すマリネッタを慰め励まし、ナザリオは王太子に憎悪を募らせていった。


 マリネッタには、誰よりも幸せになってほしい。


 彼女には、もっとふさわしい男がいるはず。

 まさか自分のような身分の低い者が隣に立つことはできなくても、マリネッタが心から望んだ伴侶であるならナザリオも歓迎するつもりでいた。それくらい、彼はマリネッタに心酔していた。


 そうしてついに、マリネッタの運命の男性が現れた。

 王甥である、エドアルドだ。


 王太子の二十二歳の誕生日、マリネッタに因縁をつけた王太子はあろうことか彼女をパーティー会場のど真ん中で放置したという。


 残念ながらナザリオはその場に同席できなかったので伝聞の形になるが、途方に暮れるマリネッタに救いの手を差し伸べたのが、エドアルドだったという。


 エドアルド・ベルトイア。


 元王子シルヴィオを父に持つ、健康な体と快活な性格が魅力の令息。

 従兄弟だというのにあの陰険な王太子と似ても似つかない、非常に気持ちのいい青年だという。


 マリネッタが、彼に恋をした。

 それを知ったナザリオは、主君の恋を叶えるために尽力した。


 マリネッタは、エドアルドの居城の使用人である三人娘と親しくなった。ナザリオは彼女らと協力し、マリネッタとエドアルドが結ばれるように手を回した。


 魔物討伐に行かされるエドアルドに、マリネッタを衛生兵として同行させる。既にエドアルド隊には平民の女神官が衛生兵になっていたが、聖女であるマリネッタとの実力の差は比べるべくもない。


 圧倒的な魔力でエドアルド隊に貢献したマリネッタは、それからというもの毎回のようにエドアルドに呼ばれるようになった。最初は幼馴染みだという女神官も同行していたが、いずれ呼ばれるのはマリネッタだけになった。


 その頃から、エドアルドが体調を崩すことが多くなった。

 それを聞いたマリネッタは「わたくしが、エドアルド様を少しでも癒やせたら」と健気に言い、エドアルドの飲み物に薬を入れるようナザリオに命じた。


 その甘ったるい匂いのする薬は、体力増強薬だという。王家に連なる者の飲み物に薬を入れることに躊躇いはあったものの、ナザリオが密かに薬を投与したお茶を飲むと、エドアルドはみるみる元気になっていったので、これでよかったのだと安堵できた。


 またナザリオは、エドアルドが幼馴染みだという平民女神官と接触しないようにも気を配った。


 マリネッタは、「あの神官が、エドアルド様を狙っているようなの……」と悲しそうな顔で言っていた。

 すぐさまその女はナザリオにとっての敵として認識され、彼はエドアルドが女神官に話しかけそうになったタイミングで「マリネッタ様がお呼びです」と呼び止めるようにした。


 またあの三人娘曰く、女神官にはエドアルド隊に好きな男性がいるそうだ。

 だからナザリオはエドアルドが女神官を気にかけている素振りを見せると、「あの女性神官には、好きな男性使用人がいるらしいです」と教えた。

 エドアルドは潔癖で優しい男性だからかそれを聞いて、幼馴染みの恋の邪魔をするまいと思ったようで距離を置くようになった。


 また、女性神官自身も内向的な性格のようで、自分からエドアルドの方に向かうことはあまりなかった。そのため二人の距離は自然と開き、マリネッタも安心したようでナザリオに笑顔を見せてくれることが多くなった。


 それでもエドアルドはたびたび女神官の方を気にしているようだったが、連日国王や王太子から仕事を命じられて心労が募っているのか表情を険しくすることが多くなり、そうすると女神官のことを考える余裕もなくなったようだった。


 エドアルドはマリネッタに心を傾けていき、ついに「王太子から暴力を受けている」というマリネッタの訴えを無碍にできず、国王と王太子に戦いを挑んだ。


 王位継承権を巡る内乱は半年ほど続いたが、エドアルド側の勝利に終わった。その隣には、彼の恋人であるマリネッタの姿があった。


 頑固な国王と陰険な王太子を退けたエドアルドは、国王として国民から歓迎された。

 そしてその妃としてマリネッタが紹介されてもその関係を疑う者はいないどころか、「陛下は、虐げられる聖女を救出して妻に迎えた」という美談の形で広まっていた。


 これでいい、とナザリオは思った。


 自分は、とてもいい仕事をした。

 あとは、マリネッタが幸せになるのを見守るだけだ……と思ったのだが。







「ナザリオ、あなたにはルーチェの監視を命じます。ルーチェと結婚しなさい」


 王妃マリネッタに命じられたとき、さしものナザリオも即答ができなかった。


 マリネッタが言うに、女神官ことルーチェはエドアルドが結婚した今でもなお未練たらたらで、いつマリネッタに危害を加えるかわからない状態だという。

 だからナザリオと結婚して監視下に置き、彼女を『躾けて』ほしいとのことだった。


 ナザリオは、愕然とした。

 マリネッタのためならなんでもすると誓ったが、まさかマリネッタに仇なすドブネズミと結婚しなければならないなんて。


「これも、あなたにしかお願いできないの。……聞いてくれる? ナザリオ」


 だが、困ったように、縋るようにマリネッタに言われて、否と言えるはずがなかった。

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