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4  奪われ続けた結末

DV・暴力描写があります

「エドアルド様の幼馴染みであるあなたに、わたくしの部下を紹介するわ」


 翌日、王城に呼ばれたルーチェがのこのこと参上すると、晴れ渡るような笑顔のマリネッタがいた。


「ナザリオという助祭よ。人柄はわたくしが保証するから、結婚なさい」

「……な、どういうことですか……!?」


 跪いた格好のまま愕然とするルーチェに、聖女時代の清楚なローブから豪奢な王妃のドレス姿になったマリネッタが立派な椅子に座り、ほほほ、と笑った。


「結婚の斡旋よ。エドアルド様も、わたくしの部下なら安心して任せられるとおっしゃっていたわ。本当に、幼馴染み思いの方よね」


 まさかの、エドアルドの承認済みだとは。

 だがうなずくことなんてできず、ルーチェは青い顔で首を横に振った。


「あ、ありがたいお話ですが、私には身に余る――」

「逃げられるとでも思っているの?」


 コツ、と音を立てて、マリネッタが椅子から立ち上がった。


 ゆっくりゆっくり近づいてきた彼女は持っていた錫杖の先でぐいっとルーチェのあごを持ち上げ、顔を覗き込んできた。


 マリネッタの美しい青色の目に、みすぼらしく跪くルーチェの顔が映っている。


「この、卑しいドブネズミ。おまえなんかに、拒否権はないわ。全部全部、おまえから奪ってやったけれど、まだ足りないわ」

「な、にを……!?」

「これで逃げられるとでも思ったの? まだ、おまえの苦しむ姿を見足りないわ。好きでもない男に辱められる姿、見せてちょうだいね?」


 ルーチェは、目を見開く。


 ……これが、マリネッタの本性だったのだ。


 心清らかで他人の苦しみを我がことのように嘆くことのできる慈愛に満ちた女性の姿は、もう欠片も残っていない。


 マリネッタは、愛する人を手に入れるためならなんでもして、憎む者は地獄の底まで蹴落としたいと思う、腐りきった人間だった。


 マリネッタは愛らしい声でくつくつ笑うと、ルーチェの頬を錫杖の先で思いっきり叩いた。ジャラン、と錫杖の先についた輪が音を立ててルーチェの頬を打ち、その勢いでカーペットの上に倒れ込んでしまう。


「うっ!?」

「あら、嬉しさのあまり涙が出てしまったの? あらまあ……誰か、来なさい!」


 マリネッタが微笑みながら言うと、間もなく使用人の女性――かつてルーチェの友人だった者たちがやってきた。

 彼女らが来るまで部屋に他の人はいなかったので、誰もマリネッタが本性を見せるところや暴力を振るうところを見ていない。


「ルーチェは、結婚を承諾してくれたわ。あまりにも嬉しくて座り込んでしまったから、優しく支えて外まで送って差し上げなさい」

「はいっ! マリネッタ様のおっしゃるとおりに!」

「我々にお任せください!」


 元友人たちは弾んだ声を上げて、ルーチェの腕をそっと引っ張った。その手つきはまさに、足がすくんで動けなくなった人を優しく介抱しているかのようだ。


 だが部屋を出て誰もいない廊下に出た途端、元友人たちはぱっと手を離しただけでなくルーチェの背中をブーツの先で蹴り飛ばしてきた。


「きゃっ!?」

「ルーチェのくせに、生意気」

「私たちね、ずーっとあんたのことが嫌いだったのよ!」

「そうそう。たかが幼馴染みってだけで、エドアルド様に構ってもらってさぁ?」


 ルーチェを取り囲む元友人たちはけたけた笑い、足にも容赦なく蹴りを入れてきた。


「ほら、さっさと帰ってくれる!? 私たち、マリネッタ様がお命じくださった仕事をこなすので忙しいのよ!」

「そういえば、あんたが結婚するのって、ナザリオってやつよね?」

「かわいそうに。あいつ、マリネッタ様命の狂信者よ」

「望んでもない花嫁を押しつけられるのだから、きっとたーっぷりかわいがってもらえるわよ?」


 元友人たちはきゃはは、と笑いながら去っていった。呆然と彼女らを見ていたルーチェだが、遅れて背中と足がじんじん痺れてきた。


「……なんで、こんなことに」


 ぐっと拳を固め、ルーチェは声を震わせる。


 好きな人を奪われて。

 友人たちも、離れていって。

 仕事も失い――自由を求めることさえ許されず、結婚させられる。


 それでも、既に枯れ果てたルーチェの瞳からは、もうなにも出てこなかった。













 マリネッタはよほど早くルーチェを処分したいと思ったのだろう、翌日にはルーチェのもとに迎えが来て、夫となるナザリオが暮らす屋敷に連れていかれた。


「な、ナザリオ様。私は、ルーチェと――」


 震えながら挨拶をしようとしたルーチェに与えられたのは、杖による殴打だった。


 神官の杖を構えた黒髪の青年――ルーチェの夫であるナザリオは、その顔を憤怒の色に染めてルーチェの前に立ちはだかっていた。


「……おまえのような悪女を娶らなければならないなんて、屈辱でしかない。マリネッタ様を愚弄し、神官でありながらそのご威光を穢すような落ちぶれた女に、かける情などない!」

「っ……」

「俺はマリネッタ様たっての願いで、おまえの監視役としての仕事を引き受けることにした。マリネッタ様に楯突き、エドアルド様の愛人に収まろうとするなど浅はかなおまえには、俺が天誅を与えてやる!」


 ナザリオは、マリネッタのことを一から百まで信じている男だった。


 彼は中級神官である助祭で、マリネッタの命令ならなんでも聞いた。ルーチェとの結婚もマリネッタの命令だから受け入れただけで、そこに愛情などは一切ない。当然、ルーチェがマリネッタを愚弄したという噂も信じている。


「違います! ナザリオ様、私は決してそのような……!」

「俺の名を呼べる立場だとでも思っているのか!」


 ナザリオの杖が容赦なく振り下ろされ、ルーチェの頭に激痛が走る。


「俺のことは、ご主人様と呼べ! 今日から俺が、おまえを監視しつつ根性をたたき直してやる!」

「うっ……」

「立て! 愚かなドブネズミには、体で教え込まねばならない! 俺がマリネッタ様の命を受けた神官として、おまえをたたき直す!」


 先ほど殴られた皮膚が裂け、血が出ているのだろう。額からたらりと温かいものが流れる感覚を最後に、ルーチェは静かに意識を失った。












 その後、ルーチェはナザリオの屋敷に監禁されて毎日毎時間のように殴られた。


 ドブネズミ、娼婦もどきと詰られ、顔を中心に殴られた。

 顔が腫れてこぶのようなものがたくさんできると、今度は体も叩かれた。体の方は腫れるのではなくて大量の痣ができ、少し体を動かすだけでも全身を突き刺されたかのように痛んだ。


 食事もろくなものを与えられず、かびたパンや変な臭いのスープを食べさせられた。座ることも許されず、両手両足を拘束されて鎖に繋げられた。日中ナザリオが仕事に行っている間がほんのわずかな休息時間で、彼が帰ってくると暴言を吐かれながら杖で殴打された。


 ルーチェは、回復魔法を使う神官だ。だが回復魔法は自分にはかけられないし、魔法を使う際に必要な愛用の杖もとうの昔に没収されている。

 それでも、と監視の目を盗んで何度も自分に回復魔法をかけようとしたが、体の中で魔力が巡るだけで失敗した。


「まだだ! まだ反省が足りない! 『私は愚かにもマリネッタ様に楯突いた卑しいドブネズミです』と、あと百回書け!」


 今日も、義憤に駆られたナザリオによる『調教』の時間が始まっていた。


 ペンを握らされ、意味もない言葉を紙に書かされる。震える手でペンを持とうにもその手の甲を杖で叩かれるので、ペンを落としてしまう。するとナザリオはルーチェの頭を殴り、気絶しようにも大声で怒鳴って意識を手放させてくれない。


「おまえは生きる価値のない、汚らわしい罪人だ! おまえがエドアルド様の幼馴染みなどになったことが、間違いだった!」


 違う、と叫びたかったが、もうそんな気力も勇気もなかった。


 七歳の頃、故郷を離れてオルテンシアについていくと決めた。

 八歳の頃、オルテンシアの紹介でエドアルドと出会い、彼と一緒に幸せな時間を過ごした。

 十歳の頃にエドアルドと共に王宮に上がり、彼の隣で一緒に戦ってきた。


 その日々は決して、間違いなどではなかった。

 ルーチェとして生まれ育ったことには、価値があった。


 ただ、エドアルドのそばにいたいだけだった。

 彼の幼馴染みとしてその背中を支えられるのなら……この恋心が叶わなくてもいいと思っていた。


 ……エドアルド様。


 握ろうとしたペンが、コトンと床に落ちる。そのまま机に伏せったルーチェにナザリオの叱責と背中への殴打が与えられるが、不思議ともう痛みは感じない。









 もう一度、会いたかった。

 そばに、いたかった。


 ……叶わぬ恋と諦めるのではなくて、「ずっと好きでした」と言えばよかった――

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