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34 聖女との決着③

 エドアルドは紅茶を口に含んでゴクンと飲み干し、うーん、と唸った。


「やはり、そうか……」

「いっ……いやああああ! エドアルド様、だめ! 吐き出してください、すぐに!」


 真っ青になったマリネッタが駆け寄り、エドアルドの肩を掴んで揺すぶった。とはいえ、非力なマリネッタではエドアルドを微動させることもできていないが。


「それはっ……それには、毒が入っております! 口にすればその日のうちに死ぬ量の毒が……!」

「ふむ。ではマリネッタ様は、私の妻を害するために紅茶に毒を盛ったのですね?」

「っ……ええ、そうよ! 白状するわ! だから、早く吐いて……」


 狼狽のあまり髪を振り乱していたマリネッタは、言葉を失った。


 なぜなら、エドアルドが妻の肩を抱いてくるんと自分の方を向かせ、唇同士を重ねたからだった。


(……えっ?)


 マリネッタとは逆に放心状態になっていたルーチェは、なすがままだった。

 毒入り紅茶を飲んだ夫にキスされただけでなく、唇の間からエドアルドの舌が入ってくる。


「んっ……んむぅ……」

「あ、わ、え、な、なんて、ああ……!?」


 ルーチェが舌の絡み合うキスに翻弄され、目の前でキスシーンを見せつけられたマリネッタが顔を赤くしたり青くしたりするのにも構わず、妻の唇をたっぷり味わったエドアルドは呆然とするルーチェの頬に指を滑らせた。


「……君ならわかるのではないか? ルーチェ」

「え……?」


 なにか含んだように尋ねるエドアルドの言葉に、俎上の魚状態だったルーチェはあることに気づいて自分の唇を舐めた。


(……あ、甘い?)


「エド様。とっても甘いです」

「のろけているつもりですの!?」

「いや、本当に甘いんだ。……これは、解毒剤の甘さだ」


 勝手にキレるマリネッタをよそに、エドアルドは目線の高さに掲げたティーカップをじっと見た。


 そう、ルーチェとエドアルドはこの独特の甘さの正体を知っている。


 かつてエドアルドが毒に倒れたとき、夫を救うためにルーチェは解毒剤を口に含み口移しでエドアルドに飲ませた。


 あのときの、むせかえるような甘ったるい味。

 それと、ほぼ同じ味がしたのだ。


「匂いの時点でそうだろうとは思ったが、間違いなくこれは解毒剤だな。……マリネッタ様、盛る薬をお間違えになったのですか?」


 エドアルトが笑顔で視線をやると、ショックのあまり床に座り込んでいたマリネッタが「へぁ?」と間抜けな声を上げた。


「ま、間違え? いえ、でもわたくしは確かに毒の瓶を……あっ」

「……なるほど。毒の瓶と、解毒剤の瓶。両方を持っていたのだな」


 一連の出来事を見守っていた王太子がつぶやき、近くに放置されていたティーワゴンをごそごそ探った。


「きっとこのへんに……ああ、これだな」

「で、殿下!」

「……この種類のは、見たことがあるな」


 ワゴンのポケットから空になった瓶を発見した王太子は、それを弄びながら言う。


「確か、もともと毒薬と解毒剤が対になっているのだったか。毒は遅効性で、本来少量を数日にかけて使用する。そうすることで、服用された者は徐々に体調を崩していくのだったな」

「……じわじわと殺すための薬ですか?」


 あまり薬品に詳しくないルーチェが怖々と尋ねると、王太子は「いや」と呆れたように肩をすくめ、瓶を傍らの騎士に預けた。


「これは、浮気性の夫を引き留めたい妻が作ったとされるものだ。浮気者の夫がよその女の家に入り浸ると、毒のせいでだんだん体調が悪くなる。だが家に帰ってきて解毒剤入りの妻の料理を食べると、健康になる。こうして夫の方から、妻のそばが居心地がいいと思わせるために使ったとされるやつだ」


 王族として薬の知識を叩き込まれているのだろう王太子の言葉に、ルーチェははっとした。


(……そうだわ。【1度目】のエド様は、マリネッタ様が来るようになってから表情が険しくなっていった……)


 エドアルドに会いたいとテオにお願いしたあの日も、エドアルドは顔色が悪かった。

 体調も優れないようで心配だったのだが、彼は『マリネッタと一緒に食事をすると、体が楽になる』と言っていたではないか。


(それは……もしかして、これが原因だったの?)


 パズルのピースがくるくると回転して、かちりと嵌まる。


『子どもの頃からルーチェが好きだった』と豪語するエドアルドが、【1度目】ではマリネッタに傾倒した理由。

 それは彼が浮気性だったとか嘘つきだったからとかではなくて、薬を盛られていたからなのではないか。


(そうだとしたらマリネッタ様は、ナザリオも使ったのかもしれない……)


 ナザリオやブリジッタなどを使って、エドアルドの食事に毒を入れる。そして彼の体調を悪化させ、自分と一緒に食事をするときには解毒剤を飲ませる。

 そうすると、エドアルドはマリネッタのそばにいたい、彼女の存在が必要だと思い込むようになる。


 当時の彼は毒のせいでかなり疲弊していたし、ルーチェに『君といると判断が鈍る』というようなことも言っていた。心身共に疲れ果てていたエドアルドは、マリネッタの罠に嵌まってしまったのだ。


 だが今回は、下僕になる者たちもいないしエドアルドは既に結婚しているので毒を盛る機会もない。

 だから彼女はもともと持っていた毒を全てルーチェに飲ませ、毒殺するつもりだったのだろう。


 王太子はため息をつき、マリネッタを見た。


「……おまえがエドアルドにちょっかいをかけているというのは、知っていた。遊び程度なら放っておこうと思ったが、まさか本気で懸想していたとは。さてはその薬を使い、エドアルドを落とそうとしたのでは?」

「ちが……違います! わたくし、解毒剤をなくしたと思っていて……だから、エドアルド様には使えないと思ったのです!」

「……解毒剤があれば、躊躇うことなく使ったのだろう? それに、なくしたのは解毒剤ではなくて毒の方だ。自分が使う薬の種類くらい、把握しておけ」


 王太子は皮肉っぽく言うと、「連れていけ」と騎士たちに命じた。

 すぐさまマリネッタは捕まり、既に縄でぐるぐる巻きになっていた他の神官たちと同じように引っ立てられていったのだった。









 聖女マリネッタによるベルトイア夫人毒殺未遂事件は、王太子が現場に同席したこともあり、またマリネッタ本人が皆の前で自白したこともあり、速やかに処理されていった。


 マリネッタは王太子の誕生日会の日にエドアルドに一目惚れし、なんとしてでも手に入れたいと思った。

 彼女は自分の美貌に絶対的な自信があり、またこれまでほしいものはなんでも手に入れてきたため、ルーチェからエドアルドを奪うことになんの躊躇いもなかった。


 彼女はまず、エドアルド陣営に自分の味方を作ろうとした。

 そうして目をつけたのが、ブリジッタたち三人娘だ。


 三人はマリネッタがお得意の話術で少し持ち上げ、金銭をちらつかせるだけであっさり味方になった。とはいえ、彼女らはあくまでも下僕だ。トカゲの尻尾切りができるよう、明確な約束などはしなかった。


 マリネッタの思惑どおり、マリネッタに取り入ろうという欲に燃えた三人は勝手に泥団子作戦やルーチェの杖の窃盗作戦などを行った。三人はあっさり捕まったもののもとよりその程度の扱いをするつもりだったので、マリネッタは全く気にしなかった。


 だがマリネッタの予想に反して、エドアルドは硬派だった。いざというときに使おうと隠し持っていた毒と解毒剤のセットも、知らないうちに片方紛失していた。

 それに思ったよりも大聖堂内での味方が作れないので焦っていたし、大司教から自室での謹慎まで命じられてしまった。


 こうしてマリネッタはエドアルドとの接触を断たれたため、司祭としてのおつとめのために大聖堂に来るルーチェを狙うことにした。それが、あの日の出来事だった。


 マリネッタの処分について、王太子はもちろんのことエドアルドも一切擁護しなかったし、国王や大司教もマリネッタの振る舞いに落胆した。


 かくしてマリネッタは聖女の身分剥奪の上で、王国の僻地にある極寒の修道院での幽閉処分が下った――のだが。

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