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33 聖女との決着②

「大丈夫よ、あなたもあの騎士も、なるべく苦しまずに逝かせてあげる。エドアルド様が来ても、手遅れよ。証拠隠滅の準備も、整っているもの」

「んっ……!」

「あなたが悪いのよ、ルーチェ……! ドブネズミの分際でエドアルド様を唆して誘惑し、妻の座に納まろうとするから……!」


 気丈に耐えようとしていたルーチェだが、「ドブネズミ」の発言で一瞬、目の前が真っ白になった。


『卑しいドブネズミ』

『まだ、おまえの苦しむ姿を見足りないわ』


 ルーチェを見下ろして高笑いする、王妃マリネッタ。


【1度目】のルーチェからなにもかもを奪った、聖女の皮を被った悪女。


(あ……)


 嫌だ、やめて、怖い、とルーチェの中の【1度目】の自分が震えている。


 私を攻撃しないで。これ以上傷つけないで。

 もうなにも望まないから、もうやめて。


「……わたくしが、エドアルド様にふさわしいはずだった。この、大聖堂の聖女たるわたくしが!」


 放心するルーチェの頭を掴み、マリネッタは麗しい顔を憤怒にしかめてルーチェをにらみつけてきた。


「わたくしはなにもかも、与えられるべきなのよ! エドアルド様だって、わたくしに見惚れるに違いなかった! そうしてあの陰険な王太子を廃して、私を妃にしてくれると思ったのに……!」

「っ……」


 マリネッタの絶叫に、ルーチェの視界がくらくらしてきた。


 それはなにも、マリネッタの完全な夢想ではない。

 なぜなら【1度目】では彼女の野望が全て達成され、マリネッタはエドアルドの愛を勝ち得てアルベール王国の王妃に君臨できたのだから。


 なにか違えば、なにかが違わなければ、あり得た未来。

 それを壊されたから、マリネッタは怒っているのだ。


 ……そんなわがままに、ルーチェを巻き込もうとしているなんて――


「馬鹿にしないで!」


 渾身の力でルーチェが叫んだのと、


「ルーチェ!」


 ドアが外から叩き開けられ、エドアルドが現れたのはほぼ同時だった。












 ルーチェは今にも怪しい紅茶を飲まされそうになり、主人の命を盾に取られたテオが拘束され、絶体絶命の聖女の部屋。

 そこに飛び込んできたエドアルドは室内に素早く視線を走らせ、つかつかとルーチェの方に来た。


「え、エドアルド様……」

「その手を離せ!」


 マリネッタが呆然とつぶやくのも意に介さず、エドアルドは唸るような怒声を上げた。

 目の前でエドアルドに叫ばれた女性神官はひっと息を呑んで転がるように逃げていき、エドアルド隊の兵士に拘束された。


「マリネッタ様も、そのカップを下ろすように。……もう、言い訳など通じません」

「っ……!」


 マリネッタが悔しそうな顔でカップを下ろした瞬間、椅子に座ったまま動けなかったルーチェの体がかっさらわれてエドアルドの胸に抱きしめられた。


「ルーチェ、大丈夫か!? 怪しいものは口にしていないか!?」

「……は、い。ありがとうございます、エド様……」

「君が無事なら、それでいい」


 そう言うエドアルドの声は、少しだけ震えている。


 彼はルーチェの額にキスをしてから抱擁を緩め、ルーチェの腰を抱いて少し下がった。

 大柄な彼が下がったおかげで、マリネッタは彼の後ろにいた人物の姿に気づいたらしく息を呑んだ。


「お、王太子殿下!?」

「……聖女の部屋で乱痴気騒ぎが起きていると聞いたが、想像以上の地獄絵図だな」


 こんな場面でも普段どおり陰鬱な印象の王太子ヴィジリオはそうつぶやき、カップを持ったまま硬直するマリネッタを見てふん、と鼻を鳴らした。


「なるほど、それがおまえの本性か。……まあ、だいたいそんなものだろうとは思っていたが」

「な、いえ、そんな……誤解です、殿下!」

「この惨状を前に、なにが誤解なのか甚だ疑問だな」


 王太子は冷たく言うと、ルーチェの方を見てきた。


「どうやら、おまえの侍女がいち早くエドアルドに助けを求めたようだ。で、おまえの夫はここに来る途中、偶然すれ違った私の首根っこをも掴んで引きずってきた。ベルトイア夫人、夫の調教はきちんとしておけ」

「え、えと……」

「殿下の嫌味は聞かなくていい、ルーチェ」


 エドアルドは従兄から妻を庇うように体の位置をずらしてから、マリネッタを冷ややかに見つめた。


「……マリネッタ様。妻を拘束して一体なにをしようとしたのか、お教えいただいても?」

「そ、そんな、拘束だなんて! わたくしはただ、一緒にお茶をしようと――」

「ふん、お茶ですか」

「あっ」


 エドアルドは目を細め、一瞬のうちにマリネッタの手からカップを奪い取ってしまった。

 そして彼は紅茶に鼻を近づけて匂いを嗅ぎ――すっと眉間に皺を寄せた。


「これは……。……ああ、さては、なるほど」

「え、エドアルド様! そのお茶は……きゃあっ!?」

「エド様っ!?」


 マリネッタの言葉は途中で、悲鳴に変わった。そしてルーチェもまた、絶叫を上げた。


 なぜなら、エドアルドが手元のカップの中身を一気に呷ったからだ。


 これにはさしもの王太子も愕然としており、部屋の入り口で乱闘していた神官と私兵たちも絶望の表情でこちらを凝視している。

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