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聖女に全てを奪われた私の、リベンジライフ  作者: 瀬尾優梨
♦【2度目】の人生♦

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34/44

30 どこかにいる人①

 数日後、ルーチェの姿は大聖堂にあった。


「ありがとうございました、司祭様」

「どういたしまして。お気をつけてお帰りください」


 椅子に座ってカルテを書くルーチェに、患者が深く頭を下げて部屋から出ていった。


 ここは、大聖堂内にある治療院。

 大聖堂の司祭として認められたルーチェはたびたびここに来て、怪我人の治療を行っていた。


 司祭といっても毎日おつとめがあるわけではなく、決められた出勤日に訪問して治療院の担当神官となる。

 その他、大聖堂で行事があるときなどは参加したり客人たちをもてなしたりするが、さほど忙しくはない。司祭は神官の中でもかなり上位にあり、雑多な用事は下級神官たちが行うからだ。


 本日がルーチェの出勤日だったので、朝居城を出る際にエドアルドと『いってきますといってらっしゃいのキス』を贈りあい、フェミアとテオを伴って大聖堂に来た。


 下級神官だった頃のルーチェは量産型のローブを着ており、【1度目】の人生でエドアルドの衛生兵に選ばれなくなってからは神官の服装をするのをはばかられ、粗末な衣装で過ごすことが多かった。


 だが司祭であるルーチェは、豪華な刺繍が施された肌触りのいい生地のローブが与えられた。

 赤茶色の髪もきれいに結われることが許され、『ルーチェ・ベルトイア』という名札をつけて身分を隠すことなく患者を迎える。


 衛生兵というイメージからかけ離れたかなりきらきらしい身なりだとは自覚しているが、これにはアピールのためという側面が強い。司祭や助祭が位階の高い神官であることが一般人にもよくわかるようにして、神聖さのイメージを強く与えるのだそうだ。


 また、もし大怪我を負った患者が運び込まれても、まずは下級神官が治療をする。あらたかの出血が治まったところで司祭や助祭のもとに移されるから、きれいな服が汚れることもほとんどなかった。


(でも、よくも悪くも『きれい』な場所ね)


 階段から足を踏み外して骨を折ったという老婆を見送り、ルーチェは治療院内を見回した。


 大聖堂での治療は、王国民ならば比較的安価で受けられる。それでも貧しい家庭には厳しい価格だし、身分証明書を持たない者だったらとんでもない額の治療費を求められる。


 この前、ルーチェが傭兵ふうの身なりの若者に大聖堂を紹介すると言ったのは、大聖堂に勤める中級神官以上の書いた紹介状があれば、かなりの良心価格で治療を受けられるからだ。

 実はその値引きされた分は紹介者の給金から減らされるのだが、ルーチェは幸いお金に困っていないので困っている人には積極的に紹介状を書くつもりでいた。


(私はこれまで従軍の衛生兵だったから、こんなきれいな場所で治療をすることなんてなかったわ……)


 特にエドアルドと結婚するよりも前、自らの足で戦場を走って兵士たちの怪我の手当てをしていた頃は、体中が血まみれ泥まみれでひどい臭いになっていた。

 傷口が腐敗しつつある腕の治療をしたり、膿で手が汚れたりすることもあった。


 だから、この治療院の『きれいさ』には少し落ち着かなかった。やってくる患者も最低限の礼儀作法が備わっている者ばかりで、その言動も落ち着いている。


(そう考えると、聖女でありながら恋のためだけに戦場に随行したマリネッタ様は、案外すごい人なのかもしれないわね)


 現在もこの大聖堂のどこかに軟禁されているだろうマリネッタのことは、全く好きになれない。

 だが、どこぞの名家の出身で幼少期に受けた魔力測定によって一発で聖女の称号を得たという箱入り娘なのに、好きな人についていくために泥臭い戦場に来るという気合いだけは、認めてやってもいいと思えた。

 無論、それで迷惑を被る人がいるのだから、手放しでは褒められないが。


(……そうだ)


「フェミア、テオ。今日の勤務の後で、ちょっと寄り道してもいいかしら」


 患者の波が途切れたところでルーチェが言うと、カルテを整理していたフェミアと戸口に立っていたテオがうなずいた。


「もちろんです」

「街へのお買い物ですか?」

「いえ、大聖堂内で行きたいところがあって」


 ひとまずのところは詳しいことを言うのは控えておいた。









 本日のルーチェの勤務は昼前から夕方で、夕方以降の夜勤の助祭が来たので引き継ぎをして交代した。


「奥様、どちらへ?」

「大聖堂の登録神官一覧を見たくて。確かそういうのは、事務部で閲覧できたはずなの」


 フェミアに答えながらも、少しだけルーチェの胸はどきどきしていた。


【2度目】の人生は、ルーチェの幸せに向かって着実に進んでいる。

 それはとてもいいことなのだが、一つ気になっていることがあった。


(元夫の、ナザリオ。……あの人に、一度も会っていないわ)


 マリネッタに傾倒してルーチェを痛めつけ殺した夫なんて、どうせ今も同じような人なのだろうから関わりたくないに決まっている。

 だから大聖堂に近づく日には警戒していたのだが、一向に彼の姿を見かけないのだ。


(彼は、助祭だった。だとしたら治療院での勤務もあるはずなのに、全く姿を見ない……)


 偶然もあるだろうし、会わないなら会わないでそれでいい。

 だが、まず彼が『いる』ことを確認したい、と思えた。


 夕方の光が差し込む大聖堂の回廊を三人で進み、中庭に面した静かな一角にある事務部に向かう。

 ルーチェが名乗って登録神官一覧表を見たいと申し出ると、「司祭と助祭までですが」と念押しされた上で見せてもらえた。


 なかなか分厚い冊子をテオが受け取り、テーブル席に移動する。

 ファイリングされた個人情報は登録した順に並んでいるようで、ルーチェは念のために今から二十年ほど前のところから順に、助祭に就任した者の名前を確認したのだが――


(……ない)


 最後のページにも目的の名前がなかったため、ルーチェの胸が不安でざわめいた。


 結婚したときのナザリオは二十代前半だったから、今見た範囲のどこかに必ず入っているはず。だが、ナザリオ・コルッチの名前はどこにもなかった。

 念のために除籍者一覧も見せてもらったし、さらにはまだ位階をもらっていない下級神官の表も見たが、そこにもなかった。


(ナザリオが、神官になっていない……?)


 一覧表を返却するルーチェの顔色が悪かったのか、担当の女性神官が「あの」と遠慮がちに声をかけてきた。


「どうかなさいましたか? 熱心に調べてらっしゃるようでしたが……」

「いえ、知り合いがいるかと思ったのだけれど、見つからなくて」


 ナザリオのことをはたして『知り合い』と呼べるのだろうかと思いつつもそう答えると、心優しそうな若い女性神官は「そうなのですね」と心配そうな顔で応じた。


「こちらの表は担当者が正確にファイリングしてまめに確認もしているので、間違いはございません。……失礼ですが、その方のお名前は?」

「……ナザリオ・コルッチという男性です」


 男性の名前なので、フェミアとテオに聞かれないよう念のために声を潜めて言うと、女性神官は「コルッチ?」と首を傾げた。


「確かそれは、よく神官を輩出する家柄ですよね」

「ええ。コルッチ家当主の次男だったかと」

「コルッチ家なら実は、少女の頃に両親に連れられて遊びに行ったことがありますが……妙ですね。そのお家に、ナザリオというご子息がいた記憶がないのですが」

「えっ」


 思わず声を上げるルーチェに、女性神官はむむむ、と子どもの頃の記憶を一生懸命掘り出している様子で唸り始めた。


「そこにはご子息がお一人だけいたはずです。私よりもかなり年上でしたが、確か一人っ子だったと……」


 女性神官の言葉を、ルーチェは呆然と聞いていた。


 この女性神官は、おそらく十代後半くらいだろう。そんな彼女が少女だった頃ということは、だいたい十年前。二十代前半のはずのナザリオが十年前に生まれていないなんてことは、あり得ない。


(ナザリオが……いない?)


 どくん、と心臓が震える。

 それは一体、何故の拍動だったのだろうか。

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