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26 永遠の愛をあなたに

 王都に帰還したエドアルドはまず、国王と王太子に向けて遠征の報告を行った。


 一足先に、ルーチェ・ベルトイアへの侮辱・暴行行為のかどでブリジッタたちを送っており、またマリネッタも帰らせている。


 彼女らがあることないことを吹聴しないよう、エドアルドはきちんと手を打っていた。すなわち自分の信頼する部下も同行させ、エドアルド直筆の手紙を国王たちに渡させていたのだ。


 エドアルドのことを快く思わない国王と王太子だが、エドアルドは腐っても王家の血を引く令息だ。そして彼らが当初思っていた以上に、エドアルドは臣下としてよく働き人望も集めている。

 そんな彼が溺愛する妻に暴行した者たちを放置するのはマイナス面が大きいだろうと、判断したらしい。


 よってブリジッタたちは公平に裁かれ、居城使用人としての身分を失うだけでなく多額の賠償金支払いを命じられた。ただ彼女らの給金では到底まかなえる額ではなく、また実家の家族たちも「娘の不始末は、本人に任せます」と連帯責任を負うことを拒否した。


 これにより、三人は王都から遠く離れた開拓地での労働が課せられた。賠償金の支払いが完了するまで一体何年かかるかわからないが、寒々とした土地で頭を冷やしながら働いてもらうことになった。


 マリネッタについて、王太子は特になにも言わなかった。エドアルドについてきたのも全て彼女のわがままであり、エドアルドの方から誘いかけたことは一度もない。


 王太子もこの件を引きずりたくないそうで、マリネッタに対して「せめておとなしくしていろ」とだけ言った。マリネッタを擁立する大聖堂も、彼女の軽率な行いで王家との縁が切れるのは困るらしく、しばらくは大聖堂で謹慎するようにと命じたそうだ。


 これまでは王太子の婚約者として比較的自由に大聖堂と城を行き来できたマリネッタだが、子分になりそうだったブリジッタたちも失い、おとなしく大聖堂に引っ込むことになったという。


(これで全てが解決したわけではない。でも、少なくとも今すぐ噴出するような問題は防ぐことはできそうね)


 王城から届いた報告書を読み、ルーチェはふうっとため息をついた。


 時刻は、夜。

 夫のエドアルドは昨日王都に戻ってからというものずっと本城の方で過ごしており、ブリジッタたちやマリネッタの処遇についてようやく話がまとまったそうだ。


「今日は旦那様も戻ってこられるそうですね。よかったですね、奥様!」

「ええ。お城ではゆっくり休めなかったでしょうから、早く帰っていただきたいわ」


 フェミアもエドアルドが帰ってくるのが嬉しいようで、声が弾んでいる。


 遠征先でルーチェが泥団子を投げつけられたり杖を盗まれたりした件について、テオとフェミアが処罰を申し出た。そのようなことはルーチェもエドアルドも望まないものの、それでは本人たちの気が済まないようだ。


 よって夫婦で相談した結果、向こう半年間の減俸の処分を下した。正直こんな罰を与えることさえ心苦しいのだが、ルーチェの頼れる騎士と使用人に謹慎期間などを設けるのは望ましいことではない。

 苦渋の判断だったが、本人たちは「軽すぎます!」「甘すぎます!」と言いつつも処分を受け入れ、これからルーチェに一層の忠誠を誓うと約束してくれた。


(……ああ、そうだわ)


「あのね、フェミア。お願いしたいことがあるの」

「はい、なんでしょうか?」


 フェミアがルーチェの寝間着の準備をしていることに気づいたため、ルーチェは声をかけた。

 今から相談しようと思うことの内容は気心の知れたフェミア相手でも緊張するし恥ずかしいが、専属侍女である彼女にはいずれ全て知られることだ。


「あの、実はね。遠征先で、エド様から……」


 周りには自分たち以外誰もいないが、それでも恥ずかしいのでフェミアの耳元でこそこそと話すと、次第に彼女の表情が険しくなっていった。


「……な、なんと。ではそのときの約束のとおりになるなら、今宵奥様は旦那様と……!?」

「う、うん。そうなるかな、と思っているわ。だから、この前買った『あれ』を持ってきてほしくて……」

「もちろんでございます! ああ、ついにこの日が来たのですね!」


 フェミアはくわっと両目を見開くと、クローゼットに突撃した。すぐさま目当てのものを見つけた彼女は、上質な木箱を手に戻ってきた。


「こちら、奥様がご所望の例の『あれ』でございます」


 どこか重々しい口調で言い、フェミアはそっと箱の蓋を開ける。

 ルーチェはごくっとつばを呑んで箱の中を覗き込み、そこに鎮座するものを確認してから侍女にうなずきかけた。


「……ええ、そう。これよ」

「ふふ。さあ、奥様。もうじき帰ってこられるでしょう旦那様のためにも、準備をしましょう」

「ええ。……あの、フェミア」

「はい?」


 フェミアに手を引かれて椅子から立ち上がったルーチェは、黒髪の侍女を見つめた。


「……本当に、ありがとう。今日を迎えられたのも、あなたやテオがいてくれたからだわ。私、幸せよ」


 たどたどしくなりながらもルーチェが礼を述べると、フェミアは少し驚いたように目を見開いてからふわりと微笑んだ。


「……お礼を申し上げたいのは、私の方です。不器用で、与えられた仕事をこなすので精一杯だった私を拾い上げ、侍女としておそばに置いてくださること……心から感謝しております」

「フェミア……」

「ありがとうございます、奥様。私も、幸せです」


 フェミアは、心からの笑顔で言った。


(……フェミア。私たち、【1度目】の人生でも出会いたかったわね)


 心の中だけで呼びかけ、ルーチェは微笑んだのだった。















 しばらくして王城から帰ってきたエドアルドは、ここ数日抱えていた問題が解消できたためか、明るい表情をしていた。


「エド様」

「ルーチェ、事の顛末は報告書に述べたとおりだ。もう、君を心配させることはないはずだ」


 夫婦の寝室のベッドに並んで座ったエドアルドが言うので、ルーチェは微笑んでうなずいた。


 きっと、脅威が完全に去ったわけではない。

 だが、いちいち怯えるつもりはなかった。


(私は、エド様と共にいる。マリネッタ様なんかに……負けない)


「ありがとうございます、エド様。……ねえ、エド様。明日は、お急ぎのお仕事はないですか?」

「ああ。いつものように、遠征の後だからしばしの休みを入れてもらっている。さすがの陛下も殿下も、そこまでの鬼ではないようだな」

「そうですか。では……」


 胸が、どきどきする。

 指先が冷たく震えてくる。


 ルーチェは手を伸ばしてエドアルドの手を取り、自分のガウンの胸元に導いた。彼の太い指を結び目に引っかけ、しゅるりと解かせる。


「っ……ルーチェ!?」

「長らくお待たせしてしまい、申し訳ございませんでした……あなた。私の全部を、もらってくれませんか?」


 結び目がほどけたガウンの隙間を、エドアルドが凝視している。

 それもそうだろう。


(フェミアと一緒に選んだ、今日のための『必勝ナイトドレス』――いい仕事をしてちょうだい!)


 どうやらエドアルドは清楚系ではなくてお色気系が好きらしいと気づいたのが、王太子の誕生日会の準備中のこと。

 そこでルーチェはフェミアと相談して、来たる日のためのナイトドレスを新たに用意することにしたのだった。


 ドレスや靴などは夫であるエドアルドが贈ってくれるが、下着類はメイドや侍女が選ぶのが基本だ。

 これまではなんとなく清楚でかわいい系のものを多く買っていたのだが、もっとエドアルドに喜んでもらいたいと思って一念発起し、密かに二人でお色気系下着の研究を始めたのだった。


 おかげでルーチェはもちろん、もともと恋愛や色事に関して硬派だったフェミアまで下着事情に詳しくなってしまった。


 同時に、経験者から話を聞いて「どうすれば男心をくすぐれるか」の勉強もした。

 居住勤めのメイドや女性料理人たちはルーチェが恥ずかしがりながらも質問をしに行くと喜んで話をしてくれたし、「旦那様ならきっと、こういうのが好きだ」というクリティカルな情報ももらえた。


 そうしていよいよ迎えた今夜。

 ルーチェは新たに買ったナイトドレスの中でもとびっきり色っぽい、青地に金色の模様が入ったものを身につけ、エドアルドにガウンを脱がせるというお色気テクニックを行使した。


 エドアルドは硬直しているが、眼球だけは俊敏に動いて妻の姿を上から下まで何往復も観察していた。


「る、ルーチェ! これは、まさか……」

「遠征先で、約束しましたから。……こういうの、お好きかと思って」

「大好きだっ!」


 全力で肯定したエドアルドはそこでようやく硬直が解けたようで、ルーチェの肩をがっしりと掴んで全身を使うようにしてまじまじと見つめてきた。


「これは……俺の髪と目の色か。なんてかわいいことをしてくれるんだ……!」

「初めてあなたに身を捧げる日に、あなたの色を纏いたかったのです」


 そう答えながら、ぽぽっと火照っていく体のせいで、ルーチェの肌はきっと赤くなっているだろう。


 そんな妻の仕草を前にしたエドアルドは喉のでっぱりを大きく動かして生唾を飲み込み、そして脱げかけたガウンごとルーチェを抱きしめた。


「ルーチェ……本当に、素敵だ。俺の好みに合わせようとしてくれるなんて、どこまで健気なんだ……!」

「エド様……」

「とっても素敵だよ、ルーチェ。……ねぇ、もっと俺に、見せてくれる?」


 普段の快活なしゃべり方とは全く違う、ゆったりとどこか熱っぽい響きでささやかれて、嫌と言えるはずがない。


「……はい。もっともっと、見てください。私も知らない私のことを、あなたに全部見てほしい、知ってほしいんです」

「ルーチェ……」

「エド様。……これからも、私のことだけを愛してくれますか?」


 ふと心の奥によぎったのは、そんな質問。


 エドアルドに求められて、少し傲慢になっているのかもしれない。

 束縛心の強い女だと思われるかもしれないが……それでも、彼と一線を越える前に確かめたかった。


 エドアルドの青い目に一瞬だけ、切ない光がよぎる。

 彼は微笑み、ルーチェの頬に軽いキスを落とした。


「当然だ。この命が尽きるまで……いや、命尽きたとしても、俺の愛は君だけにある。他の誰にも神にも、君のことを渡さない」

「エド様……んっ」


 愛おしさが溢れてルーチェはエドアルドの名前を呼ぶが、彼は急いたようにルーチェの唇を塞ぎ、何度も何度も情熱的なキスを求めてきた。


 絶対に離さない、誰にも見せない、譲らない、と彼の太い腕がルーチェを抱きしめ、その体をゆっくりとベッドに押し倒す。


(エド様……)


 手と手をしっかり握り合わせ、夫の唇を体中に受けながら、ルーチェは泣きたいほどの幸せに包まれていた。


 ずっとずっと、この日を待っていた。

【1度目】の自分は恋愛にも奥手だったけれど……きっとあの頃から、ずっと。


『僕は、エドアルド。エドと呼んでくれたら嬉しいな』


 遠い記憶の彼方で、少年だった頃のエドアルドがそう言っている。


(エド様。私の愛も、あの頃からずっとあなただけに)

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