20 宿敵との対峙③
(……な、なんだかいろいろなことが一気に終わってしまったようだわ)
城の中庭で待機していた馬車に乗ったルーチェは、ぐったりと伸びてしまった。そんなルーチェの背中を、隣に座った夫が労るように撫でてくれる。
「疲れてしまったか? なるべく早く切り上げたつもりだが……」
「大丈……いえ、疲れました。すみません」
つい強がろうとしたが途中で言い直すと、エドアルドは「それもそうだよな」とむしろほっとしたようにうなずいた。
「ルーチェはよく頑張ってくれた。今日が初めての社交だというのに、とても堂々としていて素敵だった。パーティーの途中で、一体何度ルーチェの凜々しい姿に見とれてしまったことだろうか……」
それは、マリネッタが紹介された際にもこちらを見ていたときもカウントされるのだろうか。もしかするとルーチェが気づいていた以上に、彼はこちらを凝視していたのではないか。
(それにしても。エド様とマリネッタ様が親しくなるのを避けられてよかった……)
ルーチェが頑張ったというよりエドアルドがマリネッタとの距離が近くなりすぎないように留意してくれたからなのだろうが、ひとまず安心できた。
ほっとしてエドアルドの肩に身を寄せると、彼はルーチェの肩を抱いてくれた。
「……ルーチェ、本当にお疲れ様。俺と一緒に来てくれてありがとう」
「どういたしまして。……あの、エド様」
「うん?」
「エド様は……どんな女性が好きですか?」
やはり慣れない場所で少し疲れていたのだろうか、ルーチェは脈絡もないそんな質問をしてしまった。
エドアルドにとっても意外だったようで、彼は「えっ」と驚いたような照れたような様子で自分の顔に触れた。
「俺の? それはもちろん、ルーチェみたいな女性だ」
「たとえば? 私のどんなところが好きなのですか?」
「それはもちろん……まずは、何事にも一生懸命なところだな。使命感が強くて、誰にでも優しい。そして笑顔がかわいいところが素敵だと、子どもの頃から思っていた」
エドアルドはルーチェの好きなところを挙げながら、照れ照れしている。
(……それは、その気になったらマリネッタ様が真似することはできそうね)
「あの、でしたら、見た目は? 私の見た目は、あなたの好みに適っていますか?」
しつこくて面倒くさい女になっている自覚はありつつも重ねて問うが、エドアルドが面倒くさがった様子はなく、むしろどこか嬉しそうにルーチェの顔を見てきた。
「見た目か。見た目ももちろん、俺の好みぴったりだ。並んだときに腰を抱き寄せやすく、頬にキスをしやすい身長。いい匂いのする手触りのいい肌に、さらさらの髪。小さくておいしそうな唇も魅力的だし、健康的な肌と肉付きがよくて柔らかい体つきもとても好印象だ。それから……見た目ではないが、声も好きだ」
「声?」
「ルーチェの声は、よく通る。元気いっぱいに挨拶する声も、軽やかに笑う声も、怒ったときに少し裏返ってしまう声も好きだ」
エドアルドがそう言うので、ルーチェは驚いた。まさか、声まで好きでいてくれるとは。
(でもそうすると……私とマリネッタ様では、全然違うわ)
マリネッタは癖の強いふわふわの髪で、軽く押せば骨折するのではないかと思うほど体が細い。そして声も、鈴が鳴るように可憐であるもののよく通るとは言いがたい。
エドアルドの言葉が本当なら、いくら【1度目】の彼が独身だったとはいえマリネッタに一目惚れすることはないようなのだが。
「子どもの頃から」ルーチェのことが素敵だと思っていたなら、いくら守ってあげたくなるような薄幸の美少女でもマリネッタに一目で心を奪われることはないのではないか。
(恋は突然落ちるもの、とは言うわ。だから【1度目】のエド様がマリネッタ様に本当に恋をした可能性もあるけれど……なんだか、おかしいわね)
少なくとも、王太子の誕生日会の日にエドアルドがマリネッタに一目惚れした訳ではないのかも、と思えた。
だとすれば、彼が惹かれたのはマリネッタがたびたび居城にやってきて、衛生兵として加わるようになったからなのではないか。
そう、聖女という絶対的な名声を使い、ルーチェを追いやるようになってから――
(……まだ、マリネッタ様はエド様を追ってくるかもしれない。ううん、絶対に追ってくるはず)
そうして、邪魔なルーチェを排除しようとするだろう。
エドアルド隊に関わるようになって、ルーチェの仕事を、友を、奪っていく。
今回はブリジッタたちには見切りをつけているからいいものの、テオやフェミアを奪われたくはない。
(……負けない。絶対に負けないわよ!)
ルーチェは心の中で宣戦布告しながら、夫の肩に身を預けて目を閉ざした。




