19 宿敵との対峙②
「エドアルド様のことは、ヴィジリオ殿下から伺っております。武術に優れた大変優秀な指揮官で、あなたが隊を率いて向かう戦では全戦全勝だとか」
「ありがとうございます。それもこれも、私の部下として尽力してくれる兵士たち、陰ながら支えてくれる使用人たち、そして……妻として衛生兵としてそばにいてくれるルーチェのおかげです」
マリネッタの賞賛の言葉にエドアルドは爽やかな笑顔で応じると、ルーチェの腰を抱き寄せた。
ルーチェのことはもちろん、兵士や使用人たちのことまで褒め称えるエドアルドの器の大きさにルーチェは感動するし、夫のことが誇らしかった。
だが。
(……すごくにらまれているわ)
マリネッタは広げた扇で口元を隠しているようだが、ルーチェの角度からだとその口元が忌ま忌ましげに歪められているのが丸見えだった。
【1度目】のように遠慮してうつむきがちだったルーチェならともかく、エドアルドの妻として胸を張って立っているルーチェには、マリネッタの姑息な振る舞いなんてお見通しだ。
「そういえば、奥様は最近司祭になられたそうですね。ドム司教がおっしゃっていましたよ」
「はい、私にとってもとても誇らしいことです」
マリネッタがルーチェに関心を向けてくれたと思ったようでエドアルドはそつのない笑顔で言ってから、おや、とマリネッタの後方を見た。
「どうやら、私が呼んだ者たちが来たようです。ご安心ください、マリネッタ様。以降は、別の者が御身のそばに控えます」
「えっ?」
「どうやら、王太子殿下のめでたい日を祝おうとする皆の熱気にあてられてしまったようです。殿下にご挨拶申し上げたら、妻と一緒に下がらせていただきます」
きょとんとするマリネッタに言ってから、では、とエドアルドはさっさと背中を向けた。
まさかこんなにあっさり解散するとは思っていなかったのだろう、マリネッタが「あの!」と執念深く声をかけてくる。
「もう少し、ご一緒していただけませんか? 一人では、心細く……」
「頼れる者たちを呼んだので、ご安心ください。それに、あなたをお一人にする殿下にもきちんと物申します」
振り返ったエドアルドは「お任せを!」とばかりにきらりとした笑顔で言うが、マリネッタからすると「そうじゃない!」だろう。
マリネッタはなおもエドアルドを追ってこようとしたが、エドアルドが呼んだ女性たちが二人の間にすっと割って入ってきた。
そして、「あちらで一緒に過ごしましょう」「マリネッタ様は、どんな飲み物がお好きですか?」とうふふ、おほほ、と軽やかに笑いながらマリネッタをどこかに連れていってしまった。
そんな嵐のような出来事を、ルーチェはぽかんと見守るだけだった。
(エド様が、全部終わらせてしまった……)
【1度目】だったら、王太子に放置されたマリネッタとエドアルドが初対面にして一気に距離を詰めていったはずだ。
だがエドアルドはルーチェが出る暇もなく、さらりさらりと流して初対面を終えてしまった。
慌てて夫についていくと、間もなく王太子の姿を見つけた。
エドアルドは従兄に誕生祝いの言葉を述べてから、「そういえば」とマリネッタがいた方を見やった。
「先ほどあちらで、マリネッタ様をお見かけしました」
「……ふん、そうか。それがどうした?」
王太子ヴィジリオは、つまらなそうに言う。近くで見てもやはり顔の造形はエドアルドによく似ているが、ちょっとした表情や顔の筋肉の動かし方がエドアルドとは全く違うと思われた。
「マリネッタのやつは、おどおどして人の顔色を窺ってばかりで気に食わない。そのくせ妙なところで気が強いから、間違いなくあいつは腹になにかを抱えている。エドアルドも、あまり近づかない方がいい」
王太子が毒づくのを、ルーチェはかなり意外な気持ちで聞いていた。
(王太子殿下って、実はマリネッタ様の本性を見抜いていたのかしら?)
人の顔色を窺い、妙なところで強気になり、腹に抱えているものがある。
それこそまさに、【1度目】の人生でルーチェが目の当たりにしたマリネッタの本性だった。
(もともと国王陛下から命じられた婚約関係だったとは聞いているけれど、王太子殿下はマリネッタ様の人柄そのものも嫌っていたのかもしれないわ)
だとしたら案外、王太子には人を見る目があるのかもしれない。もちろん、エドアルドに人を見る目がないとは思いたくないが、彼がマリネッタの毒牙にかかったのは事実だ。
(……いえ、本当にエド様がマリネッタ様に騙されるのかしら?)
ふとそんな疑問がよぎったものの、エドアルドの声で我に返った。
「僭越ながら申し上げますが、マリネッタ様の婚約者である殿下がマリネッタ様を信じずしてどうなさるのですか」
「……ほう? おまえが私に説教でもするとはな?」
明らかに機嫌を損ねた様子の王太子に、周りにいた者たちの間にもぴりっとしたものが伝わる。
だがエドアルドはなぜか自信満々な顔になり、ルーチェの腰を引き寄せた。
「確かに私は殿下の従弟というだけの臣下ですが、殿下より先に妻を迎えたという点では助言をする立場にあるのかと」
「……は?」
「ああ、そうだ。殿下にはまだ、妻の魅力をお伝えしていなかったですね。妻のルーチェは私が幼少期の頃に母に連れられて屋敷に来た少女で、その頃からまるで天使のように――」
「おい、やめろ。なぜ私の誕生日に、おまえののろけなどを聞かされなければならない!」
王太子はエドアルドを遮り、自分の腕をさすり始めた。上着の下で鳥肌が立っているのかもしれない。
「おまえと妻のなれそめになど興味はない! さっさと下がれ!」
「ではお言葉に甘えて」
パーティーの主役本人から「帰れ」というありがたい命令をもらったエドアルドはしれっと笑顔で言うと、ルーチェを抱いたままきびすを返した。
そのまま出口に向かうルーチェの耳に、「なんだあいつ……」と王太子の震えた声が聞こえた。




