14 あなたをもっと知りたいから①
その日の夕方、エドアルドの居城はいつになく賑やかだった。
エドアルドが「使用人も兵士たちも皆、楽しんでほしい」と、居城の関係者全員のパーティーへの出席を許可した。
これにより、普段だったらパーティーの間中厨房に詰めておかなければならない料理人や巡回の兵士たちも当番制になり、近衛騎士から厨房のレンジ磨きの少女までパーティーに参加する権利が得られた。
「皆、大喜びでしたよ。特に出稼ぎに来た若い子どもたちは、きらびやかなパーティーに初めて出席できると大喜びで……」
そう言うのは、半日で侍女長により徹底的にしごかれた結果、朝とは全く違う眼差しになっているフェミア。
しっかりしているもののどこか繊細そうな雰囲気だったフェミアはきりりとした眼差しのデキる女性に生まれ変わっており、ルーチェのドレスの着付けやメイク、髪のセットまで完璧に仕上げた。
もともと勉強熱心で吸収の早い秀才肌だったようで、彼女に教えを施した侍女長も「実に優秀な人材でした」と満足そうだった。
「それならよかったわ。これまで皆エド様や私たちについてきてくれたのだから、全員が楽しめるパーティーにしたいってエド様と相談したのよ」
「さすが、旦那様と奥様です」
なぜかフェミアも自慢げに言ったところで、ドアがノックされた。
「奥様。エドアルド様がお越しです」
この声は、テオのものだ。ルーチェが着替えをする間、専属騎士の彼には扉の外で待っていてもらったのだ。
「ありがとう。通してちょうだい」
ルーチェが応じると、ドアが開いた。そこに立っていた夫を見て、ルーチェの胸がついときめいてしまう。
(エド様……すごく格好いいわ!)
父親譲りの金髪と気品溢れる美貌、母親譲りの碧眼と肉付きのいい体を持つエドアルドは、粗末な訓練着姿でも神々しいほど美しい。
それなのに今夜の彼は白地を基調とした礼服姿なのだから、もう直視することがはばかられるほどの色男っぷりを見せていた。
あくまでも内輪だけのパーティーなので、堅苦しすぎずに髪もおしゃれにセットしている。おかげで美術品のように整った顔立ちがよく見えるし、そんな彼がルーチェを見てふわりと笑うものだからもはや国宝級だった。
「ルーチェ……! ああ、なんて美しいんだ!」
「え、エド様も、とっても格好いいです」
「ありがとう。……俺は君のことを翼を失った天使だと思っていたが、今日の君はまさに女神だな」
妻にベタ惚れのエドアルドがそう評するが、実は本日のルーチェのコーディネイトは『女神』にしようとフェミアと決めたので、夫の鋭さに感心してしまった。
現在のアルベール王国では、胸元をしっかりガードする代わりに背中を大きく開いて腰骨のラインを見せるドレスが流行っている。
だがそれはあくまでも王宮での話なので、身内だけのパーティーである今夜はせっかくだからルーチェらしさが溢れたドレスにしようと決めたのだ。
ドレスの胸元は大胆なハートカットで、スカート部分は幾重にもレースが重なっているのでふわりとした幻想的な輪郭を醸し出している。
ドレスの素材が光沢のあるシルクであることもあり、赤茶色の髪を三つ編みにした上で冠のようにまとめて花を飾っていることもあり、女神像のような雰囲気になっているだろう。
今夜のパーティーはルーチェの司祭就任記念でもあるのだから、聖職者らしい装いにしようと考えたのだが、エドアルドは大変お気に召してくれたようだ。
彼はその場に立つルーチェの周りをぐるぐる回って三百六十度観察し、ほうっと感嘆のため息を吐き出した。
「こんなに神々しい女性が俺の妻だなんて……信じられない。天国の父上と母上もきっと、君のような美しい人が義理の娘であることを喜んでいるだろう」
「ふふ、そうだと嬉しいですが、師匠と旦那様にはエド様が素敵に成長された姿を見てもらいたいです」
「それはまた、嬉しいことを言ってくれるな。……さあ、お手をどうぞ、俺の天使」
ルーチェの姿を堪能したらしいエドアルドが正面に立って、手を差し伸べてきた。
『お手をどうぞ、ルーチェ!』
いつのことだったか。
まだ、オルテンシアたちが存命の頃。田舎の屋敷で暮らしていたときに、エドアルドが貴公子らしい所作でルーチェの手を引いてくれたことがあった。
あのときのルーチェは、無邪気に喜んでいた。まるで王子様みたい、と幼馴染みのことをうっとりと見上げていた。
(そんなエド様と、こうして夫婦として手を取り合える日が来るなんて……)
「……はい、私の旦那様」
ルーチェがそっと載せた手のひらは、少年少女だったあの日と変わらず温かくて、優しかった。
お祝いパーティーは盛況で、使用人や兵士たちも入れ替わり立ち替わり会場に来て、ルーチェたちに祝いの言葉を述べたり飲み食いしたりした。
「エド様、結構飲んでいますが大丈夫ですか?」
「俺は酒には強いから、大丈夫だ」
本日の主役夫婦として、ルーチェとエドアルドは会場の奥にある椅子に座って皆と談笑したり、料理人が持ってきてくれた料理に舌鼓を打ったりしている。そうしていて、隣に座るエドアルドの酒が進んでいることにルーチェは気づいたのだ。
もう何杯目かわからないほどのワインを口にしているというのに、エドアルドははきはきしゃべっているし顔色もいい。
(そういえば、師匠が酒豪だったわね……)
四人で食事をしたとき、年代物のワインをガバガバ開けるオルテンシアにシルヴィオがかいがいしくお酌をしていたものだ。エドアルドのザルっぷりは、母親譲りだったようだ。
「そう言うルーチェは、あまり飲んでいないな。酒には弱いのか?」
「はい。苦いものがだめですし、すぐに酔いが回るようで」
ルーチェは苦笑して答えた。
苦い麦酒や酸っぱい赤ワインなどはそもそも飲めず、甘い果実酒なら飲めるもののほんの少量で酔ってしまう。それも、顔を真っ赤にしてふにゃふにゃになるなどといったかわらいらしい酔い方ではなく、爆睡した末に胃の中のものを全て吐くという最悪な泥酔っぷりだった。
とはいえルーチェが自分の酒の弱さと酒癖の悪さを自覚した場にいたのはブリジッタたちだけだし、そもそも【1度目】の人生での経験だ。
【2度目】のこの世界でルーチェのひどい酔い方を見たことのある者は誰もいないのが救いだったし、今世では絶対に泥酔しないと心に決めている。
そういうことでちびちびと果実酒を口にしていたのだが、やはり体がほわほわしてきた。
「酔ってきたようだな、ルーチェ」
エドアルドがくすっと笑って、ルーチェの手からグラスを回収し傍らにいたフェミアに預けた。
「もう宴は存分に楽しんだし、皆も俺たちがいない方が羽を伸ばせるだろう。一緒に抜け出さないか、奥さん?」
「……ふふ、そうですね。パーティーを抜け出す、悪い夫婦になっちゃいますか?」
酔いのせいもあって普段より少し羽目を外したルーチェが笑うと、エドアルドは「たまには、それもいいな」と微笑んだ。




