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13 司祭任命

 魔物討伐遠征を終えたルーチェたちは、王都に帰還した。


 報告書どおりの魔物を倒すだけでなく、増援として現れた毒持ちの魔物もうまく対処したことを報告すると、エドアルドをこき下ろしていた国王たちもぐうの音が出なかったそうだ。


「俺には価値があるのだと、思ってもらえたら十分だ」と、エドアルドは楽しそうに笑って言っていた。







 さて、ルーチェの方はというと、一度大聖堂を訪れて魔力検査を行うことになった。


 ルーチェはオルテンシアによって神官としての能力を見いだしてもらい、彼女のもとで三年間の修行を行った。その後はエドアルドについて王宮に上がり、魔物との戦いによる実戦を通しながら回復魔法の使い方を学んでいった。


 そういうことなので、実はこれまでルーチェはきちんとした魔力測定検査を受けていない。受ける機会がなかったのもあるし、そもそも受けたとしてもさほどよい数値は出ないだろうと思っていたからというのもあった。


(でも今は、違う気がする)


 ルーチェは大聖堂に赴き、出迎えた司教に対して王甥エドアルド・ベルトイアの妻である神官として挨拶をした。

 大聖堂は王国各地に点在する教会をまとめる総本山で、大司教をトップに戴いている。もう高齢だという大司教は滅多に人前に出てこず、諸々の仕事は三人いる司教が中心となって行っているという。


 ルーチェの挨拶を受けた司教は、中年の男性だった。彼は最初こそつまらなそうな態度だったが、ルーチェがオルテンシアに師事していたというとますます顔をしかめた。


「あの奔放な魔女の弟子か! まったく、あの女に回復魔法を教えてやったのはわしだというのに、煮え湯を飲まされたものだ! その弟子だなんて……おまえ、よく無事でいられたな」

「私にとっては、とても優しい師匠だったので……」


 尊敬する師匠をこき下ろされたルーチェは、ぼそぼそと応じた。


 どうやらこの司教はオルテンシアの師で……あの気まぐれで自由人な彼女に振り回されてきたようだ。司教はオルテンシアのことには腹を立てているようだったが、その弟子であるというルーチェには少しだけ哀れむような目を向けてきた。


 とはいえ、魔力測定をしたいと申し出ると司教は「師弟二代にわたって関わることになるとは……」とぶちぶち文句を言いながらも書類手続きを行い、測定のための場所に通してくれた。

 そこは、入口側以外の壁と天井、床が全てガラス張りという、贅沢で美しい部屋だった。


(そういえば師匠も、大聖堂の奥にガラス張りの測定室があるって言っていたわね……)


 不良神官だったらしいオルテンシアは、「マジでウザい司教がいたから、測定室に馬糞を投げてやった」とけらけら笑いながら教えてくれたことがある。

 おそらくこの部屋なのだろうが、この美しいガラス壁の一体どこに娘時代の亡き師匠が馬糞を投げたのかと思うと、不謹慎ではあるがちょっとだけわくわくしてしまった。


 測定室の中央には、血液によって魔力量を測定する板が置かれていた。司教に差し出された針で指先を刺し、その血液を垂らすことで魔力量がわかるという。


(どうなるのかしら……)


 どきどきしながら自分の血液が落ちた箇所を見ていると、やがて板がぽうっと淡い光を放った。


「ほう、これは……!」


 それまではややけだるげだった司教はその光を見るなり身を乗り出し、傍らにいた見習い神官から帳面のようなものを受け取ってすさまじい速度で捲り始めた。


「これは……ふむ、なるほど。さすがはオルテンシアが見いだしただけあるのか……」

「どうでしたか?」

「ルーチェ・ベルトイア。そなたには、神官として十分な魔力があると判明した。さらにそなたはこれまで何度も、衛生兵として戦地に赴いていたという。そなたの実力と経験を鑑みて、大聖堂の司祭に任命できるであろう」


「おまえ」から「そなた」に呼び名を変えた司教に重々しく告げられて、ルーチェは跳びあがりそうになった。


(司祭!? 助祭で十分だと思っていたのに、嬉しい誤算だわ!)


 司祭は位階としては下から二番目だが、まずほとんどの神官は最下位である助祭にすらなれない。

 司教と同格である聖女のマリネッタには勝てずとも、司祭ならばエドアルド隊の衛生兵としての立場としては十分すぎるくらいだ。


「本当ですか!? ありがとうございます、司教様!」

「うむ、わしらとしても、若くて優秀な人材は大切にしたいと思っている。……おお、そういえばマリネッタも、そなたと同じ年頃だったな。これを機に、彼女に教えを請うてはどうだ?」


 司祭任命の書類を準備している司教に聞かれたため、ルーチェの笑顔がぴしっと固まりそうになった。


 マリネッタの猫かぶりは、筋金入りだ。おそらくこの司教も、彼女の外面に騙されているのだろう。

 マリネッタの名前を出したのも決して嫌がらせではなくて、同世代の女性同士仲よくなればという気遣いゆえだろうとわかる。


(でも、あの人に教えを請うなんてぜっっっったいに嫌よ!)


「ありがとうございます。ですがマリネッタ様は、王太子殿下のご婚約者だと伺っております。多忙なマリネッタ様のお手を煩わせることはできません」

「ふむ、そうか。だがそなたの夫君は王太子殿下の従弟なのであろう? そなたとマリネッタはいずれ縁戚関係になるのであるから、同じ神官として協力するのだぞ」


 司教は二人の仲を強制するつもりはないようで、あっさりと書類作成に移ってしまった。よくも悪くも仕事人間なのかもしれない。










 ルーチェが大聖堂の司祭として任命されたという知らせはすぐに広まり、エドアルドの居城にてお祝いパーティーが開かれることになった。


 魔物討伐遠征でエドアルドが大活躍しただけでなく、その妻は大聖堂の司祭に任命された。夫婦揃っての祝い事となり、居城の使用人や兵士たちも巻き込んでの賑やかなパーティーになる予定だ。


 そしてルーチェはこの日、ある決断をした。


「お呼びですか、奥様」


 パーティーを夕方に迎えた、朝。


 侍女長に呼ばれてルーチェの部屋に来たのは、黒髪の女性使用人。おしゃべりで華やかなブリジッタたちと違い、やや几帳面で生真面目な感じのする女性だ。


「来てくれてありがとう、フェミア。……用件について、聞いているかしら?」

「はい。奥様が、私を専属侍女にしたいと仰せとのことで……」


 女性使用人――フェミアはそこで、困ったように眉を垂らした。


「大変嬉しいご提案ではございますが、何分私では力不足かと思います。我ながら器用な方ではないし、皆に自慢できるほど仕事ができるわけでもございません」

「そうかもしれないわね。でもあなたは先の遠征で、私のことを考えて行動してくれたでしょう?」


 ルーチェが指摘するのは、魔物を倒した後でエドアルドのところに行こうと思った際、ブリジッタたちに捕まっていたルーチェを助けてくれた出来事。


「あなたはただ、私が困っているからという理由で手を差し伸べてくれた。そして、その見返りを求めることもなかった」

「それは……奥様にお仕えする者として当然のことをしたまでですので」

「そうね。でもその『当然』をさらりとできるのはとてもすごいことだと思うのよ」


 ルーチェは、戸惑うフェミアに微笑みかけた。


「フェミア、あなたなら私のお付きを任せたいと思えるの。仕事は、これからいくらでも覚えられる。でも『今なにをするべきか』という判断と行動力は、簡単には身につかないのよ」

「……」


 フェミアはしばし逡巡していたが、侍女長が「フェミア」と呼びかけた。


「奥様は、あなたの意志を尊重するとおっしゃっています。ですが……確かにあなたは仕事の能率的には中の上といったところでしょうが、奥様に対する献身ぶりは十分評価できると思っておりますよ」

「侍女長様……」


 フェミアは少し考え込んだ後に、意を決したようにうなずいた。


「……かしこまりました。フェミア・メリーニは本日より、奥様をたった一人の主として誠心誠意お仕えします」

「ありがとう、フェミア」


 フェミアが前向きに受け入れてくれたことにルーチェがほっとしたのもつかの間、侍女長は「では」と手を叩いた。


「フェミア、早速実践訓練です。奥様は本日、居城内で開かれるパーティーの主役として出席されます。奥様にふさわしい衣装選びやメイクをしなさい」

「えっ……さ、早速ですか!?」

「早速です。……まずはわたくしが指導します。その身で学ぶことです!」

「は、はい!」


 フェミアは最初こそ狼狽していたが、侍女長にぴしりと言われルーチェも「頑張って!」とエールを送ると、すんっと表情を引き締めてうなずいた。


(……そういえば。いつもコツコツと仕事をする女性使用人がいた気がするわ)


 侍女長からの指示を受け、クローゼットの中のドレスを一生懸命探したりメモを取ったりするフェミアを見ていたルーチェは、ふと過去のことを思い出した。


 ルーチェは、【1度目】の人生ではフェミアの姿を見たことがないと思っていた。だが、思い返せばいつもブリジッタたちとは別行動で、てきぱき動く黒髪の女性使用人がいた気がした。

【1度目】のルーチェは三人娘たちと一緒にいることが多かったので、そもそもフェミアとの出会いを逃していたのだろう。


(フェミア。もっと早くあなたと出会っていれば……【1度目】の人生もまた違った結末になっていたかもしれないわね)


 なにかミスをしたらしく、侍女長から厳しく叱責されながらもたくましく応じているフェミアを見ながら、ルーチェの胸には甘いような苦いような味が広がっていた。

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