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11 二度目の挑戦②

「状況はどうなっているの?」


 ルーチェが連絡係の兵士に問うと、彼はテントの入り口の方を見やった。


「拠点北東のあたりで、魔物が自爆をしました。最初はかなりの量の毒の霧が立ちこめたのですが、今は大部分が消えたようです」

「そう……それならよかったわ」


 やはり、前回よりも魔物の侵入を抑えられている。

 この魔物が吐き出す毒は自然系のものなので、森の方に流れてくれればいずれ消えていく。前回は広々とした拠点に毒が広がってしまい、被害者が激増したのだった。


 最後の患者の治療が終わり、ルーチェはふうっと大きな息を吐き出した。


「これで最後ね……」

「奥様!」


 消毒のために手を洗ったところで、兵士が駆け込んできた。あまりに急いでいるのかテントの柱にぶつかりそうになりながらやってきた彼の顔は、真っ青だ。


「エドアルド様が、倒れられました!」

「……えっ?」


(……エド様が?)


「どういうことだ!?」


 呆然とするルーチェに代わってテオが問うと、兵士は青い顔で首を横に振った。


「エドアルド様は、率先して負傷者の救出の采配をなさっていました。ご本人は、大丈夫だとおっしゃっていたのですが……とうとう倒れられて――」

「……エド様!」


 皆まで聞くゆとりもなく、ルーチェは杖を手にテントを飛び出した。後ろの方でテオがなにかを言っているようだが、振り返る余裕なんてない。


 心臓が、はち切れそうなほど痛い。立ちくらみのように、ふらふらする。


(エド様が、倒れた……!? そんなこと、【1度目】ではなかったのに!)


【1度目】でのエドアルドも、部下の救出を急いでいたと聞いている。だが彼は直接毒の霧を受けていなかったようで大きな怪我もなく、むしろ助けられなかった兵士の埋葬まで行っていたはずだ。


(もしもエド様が亡くなったら……私のせいだ……!)


 ずくんずくんと胃が痛み、嘔吐しそうになる。


 毒でなくなる兵士たちを救いたいと思い、ルーチェは密かに手を回してきた。


 だがもしその結果、エドアルドが死んでしまったなら?

 兵士たちが生き残る代わりにエドアルドが死んだら、どうすればいい?


「エド様……!」

「奥様、こちらです!」


 拠点北東まで走ったルーチェの名を、兵士が呼ぶ。息も絶え絶えになりながらそちらに走ると、そこには担架の上に寝かされたエドアルドがいた。

 どうやら既に解毒剤を飲まされているようで口元が濡れているが、顔は真っ青で両目をきつく閉じ眉間に皺が寄っている。胸が苦しいのか、左手で自分の胸元を掴んでいた。


「エド様……!?」

「エドアルド様は、毒の霧を払おうとされていました。防毒マスクをしているから大丈夫だとおっしゃっていたのですが……」


 そばについていた兵士が震える声で言うのを遠くに聞きながら、ルーチェは杖をそっとエドアルドの胸元にかざし――


(……だめだわ! まだ、体内に毒が残っている……!)


 回復魔法を施そうとした際、ちりっとした感覚があったため慌てて魔力を止めた。

 今のは、エドアルドの体が回復魔法に拒否反応を示したのだ。今下手に回復魔法をすれば、むしろ毒の回りを加速させてしまう、と。


「……追加の解毒剤を持ってきて!」


 兵士たちに命じてから、ルーチェはぐっと唇を噛みしめた。


(……私の魔力では、毒を消せない……)


 それこそ、マリネッタのような高位神官でなければ、回復魔法で毒を消すことはできないのだ。


 マリネッタが、ここにいれば――


(……違う! 私は、あの人に負けない!)


 零れそうになる涙を堪え、ルーチェはそっとエドアルドの肩を揺すった。


「エド様、エド様! 聞こえますか!?」

「……ルーチェ?」


 必死に呼びかけると、エドアルドの唇が頼りなく動いて声が漏れた。大丈夫、まだしゃべることができる。


「エド様、意識をしっかり保ってください。すぐに解毒剤が来ますから!」

「……俺は、皆を守れたか? 他に、負傷者は、いないか?」


 うっすら目を開けたエドアルドが言うので、ルーチェは泣きたいような笑いたいような気持ちになった。


(こんなときまで、部下の心配をするなんて……!)


「はい、全員解毒と治療が終わりました! 後はあなただけです、エド様!」

「……ルーチェ。俺が死んだら、もっとよい男と添い遂げてくれ」

「馬鹿なことを言わないでください。ひっぱたきますよ!?」

「……ああ、それもいいな。ルーチェ、俺の顔をうんと叩いてくれ……」


 冗談なのか本気なのかわからないが、ルーチェはぐしっと洟をすすると遠慮なくエドアルドの頬をひっぱたいた。


「ぐっ……」

「ほら! いくらでも叩いてあげますから、寝ないで! 気絶しないで!」

「……は、はは。これは……手厳しいな……」

「自分の妻に再婚を命じるようなだめな旦那様を叱るのは、妻の役目ですもの!」


 気絶させるまいともう一発エドアルドの頬をひっぱたいたところで、ようやく追加の解毒剤が届いた。


「エド様、ほら、口を開けて」


 解毒剤の瓶の蓋を開けて呼びかけるが、エドアルドはうっすらと唇を開くだけだった。


(……ああ、もう!)


 ルーチェはとっさに瓶の中身を口に含むと、エドアルドの頬をぐっと押さえて口を開かせた。

 解毒剤特有のむせかえるような甘さにえずきそうになりながらも、ルーチェはエドアルドの顔に覆い被さるような格好になって唇を重ね、口内の薬を流し込んだ。


(ほら、ちゃんと飲んで! 死なないで!)


 ただ流し込むだけでなく舌も使って、エドアルドの口内に薬を塗り込む。

 おそらくこれが二人がする初めての『大人のキス』なのだろうが、そんなロマンチックなことを深く考える余裕はないのですぐに頭の隅に追いやった。


 なんとか解毒剤を全てエドアルドに飲ませ、彼の唇の端を伝う液も舌で舐め取って口内に押し込んだ。


「テオ、杖を」

「あ、はい……」


 後ろを見ずにテオに言うと、これまでの間ルーチェの杖を持ってくれていたテオが差し出してくれた。

 声が少し上擦っているように思われるのは、かなり濃厚な投薬シーンを見たからなのかもしれない。


(……大丈夫。薬は、ちゃんと効いているわ)


「エド様、今すぐお助けします」


 ざっとエドアルドの体を確認してから、ルーチェはふーっと深呼吸して杖を構えたのだが――


(……なんだろう。体が、温かいわ)


 エドアルドの胸元に杖の先を向けたのだが、なんだか妙に体中が温かい。それに、杖の先から回復魔法の光が溢れるが……その量は普段よりも多い。

 その光はテオたちにも見えているようで、ざわつく声が聞こえてきた。


「エド様……」


 祈りを込めて、体中の魔力を振り絞るつもりで、回復魔法を展開する。


 温かい、柔らかい光が溢れて、エドアルドの体に吸い込まれていく。毒のせいで痣のようなものが浮いていた肌がきれいになっていき、体中についていた細かい傷もどんどん塞がっていく。


 ……なにやら、テオたちが大騒ぎしているようだ。だが、回復魔法に集中しているルーチェの意識には残らない。


(エド様、死なないで。私と一緒に生きると約束したでしょう?)


 呼びかけながら魔力を注ぎ続け、どれくらい経っただろうか。


「……う」

「エド様!?」


 エドアルドがうめいたため、ルーチェは杖に魔力を流すのをやめた、のだが。


(……あ、あれ?)


 魔法を止めた途端、ぐらりと視界が揺れた。


(あ、これ、【1度目】でも同じタイミングで経験した……)


 魔力切れだ、と気づいた直後、ルーチェの意識はふっつり途絶えたのだった。

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