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9  先手を打つために

 朝早くに始まった魔物との戦闘が終了し、ルーチェのもとに運ばれてくる負傷兵の列が完全に途切れたのは、夕方近くになってからのことだった。


(日が落ちる前に、終わった……)


 額を伝う汗を拭い、ルーチェは稜線に沈みゆく夕日を見つめた。


 昼過ぎに魔物の討伐が完了し、拠点では負傷兵の治療や魔物の血で汚れた地面をならしたり壊されたテントを直したりという作業が行われていた。


 負傷者は全員ルーチェが治療をしたが、傷を完全に塞いだわけではない。

 戦場では一人の負傷者が完治するまで魔法をかけるより、死の危険が去り落ち着いた呼吸で眠れるほどまで回復したら次の患者を呼ぶようにする方が、結果として多くの者の命を救うことになるからだ。


 それに、回復魔法も完璧ではない。回復魔法はあくまでも負傷者の治癒力を高めて皮膚や筋肉を回復させるものであり、切り落とされた腕をくっつけたり大量に失われた血液を瞬時に作らせたりすることなどはできないのだ。


 そのため、腕や足を失った騎士たちには一人一人診察を行い、本人の了承を得た上で傷口の切断面に回復魔法をかけるようにしていた。肘から先を失い、二の腕で途切れ丸くなった自分の腕を見てさめざめと泣く騎士たちも、これまで何度も見てきた。


(でもエド様は、騎士として戦えなくなった人たちのフォローもきちんと行われているのよね)


 エドアルドは自分の隊の者が傷痍兵となった場合、恩給を与えた上で再就職先を探す手配をしていた。

 王城騎士団では傷痍兵が放逐されることも少なくないらしいから、国王や王太子から冷遇されているとはいえ手厚い補償のあるエドアルド隊をうらやましく思う者もいるとか。


(それにしても、やっぱりまだ体力が残っているわ)


 汚れたタオルなどはテオに持ってもらい、あちこちにテントの張られた拠点を歩きながらルーチェは確信をもっていた。


 やはり、過去よりもルーチェの魔力量が増えている。それにおそらく魔力量だけでなく、安定した魔力を効率よく放出できるようになったと実感していた。

【1度目】の同じ戦いでは全員の治療が終わったのが翌日の早朝で、ルーチェが倒れたときに増援の魔物の襲撃があったのだった。


(……そうだ。このままだと、明日の早朝に魔物の襲撃がある――)


 ぞっとして、ルーチェは唇を噛みしめた。


【1度目】では唯一の神官であるルーチェが倒れているだけでなく、兵士たちは戦闘後で疲れて眠っている。そんな時間の急襲だったこともあり、多くの犠牲者が出てしまった。


(今日は、早いうちに休んでおこうかしら。そうしたら、明日の早朝には私も万全の状態で臨めるだろうし……その頃には、今は眠っている負傷兵の体力もかなり戻っているはず。いきなり起きて戦わせることはできなくても、自分の足で逃げることはできるわ)


 なんにしても、まずはエドアルドと合流して現状の報告と今後のことについての相談をしなければ……と思ったのだが。


「あっ、奥様ー!」

「ご無事ですか、奥様!」


 エドアルドのテントに向かおうとしたルーチェの背中に、女性たちの声がかかる。それを聞き、ゲッという顔をしなかっただけ偉いと自分でも思う。


(この声は……)


「……なにか用かしら?」


 無視するわけにもいかないのでなんとか笑顔を貼り付けて振り返った先にはやはり、ブリジッタ、テーア、ザイラの三人娘の姿があった。彼女らは非戦闘員なので、魔物との戦闘中は後方支援をさせていたのだ。


 新しいタオルのようなものを抱えた彼女らはルーチェのもとに来て、にっこり笑った。


「お疲れ様です、奥様!」

「ずっと回復魔法を使われていて、さぞお疲れでしょう?」

「近くに水辺がありますので、そちらでお体を清めませんか? 私たちがお背中を流します!」


 口々に言う彼女らは、戦後間もない拠点だというのにやけに楽しそうだ。


(……もしかして、点数稼ぎをしようとしている?)


 我ながらゲスな勘ぐりだとは思うが、三人の本性を知っている今は「友だちとして気遣ってくれているのかしら?」なんてのんきな感想は出てこない。


「気遣いありがとう。でも、まだやることがあるから大丈夫よ」

「そんな! 奥様は働きすぎですよ!」

「御髪も乱れていますし、お召し替えもしていないでしょう?」

「騎士では湯浴みのお手伝いができませんし、私たちにご用命ください!」


 ルーチェが遠慮しても三人は食い下がるし、「男はあっちに行っていろ」と言外に言われたからかテオも気まずそうだ。確かに、男性である彼ではルーチェの髪や体の汚れのことなど、指摘できないことも多いだろう。


(ありがたいどころか、迷惑だわ……)


 内心ため息をつきたくなった。


 だいたい、彼女らはのんきすぎる。三人は下働きなのだから夕食の仕度とか湯沸かしの手伝いとか荷運びとか、仕事はいくらでもある。それなのに頼んでもない水浴びの手伝いを提案されるなんて、いい迷惑だ。


(早くエド様のところに行きたいけれど、下手に言えばついてきそうだわ……)


 どうしようか、とルーチェが迷っていると。


「……失礼します、奥様。先ほどあちらのテントで休んでいる兵士から、至急お願いしたいことがあると伺いました」


 脇の方から声がかけられたのでそちらを見ると、三人娘と同じ下働きの格好の女性がいた。黒い髪を束ねた彼女の顔には、見覚えがない。


(でも、好都合だわ!)


「負傷者が呼んでいるのだから、そちらに行くわ。皆も、お仕事を頑張ってちょうだい」


 ルーチェがそう言ってテオを連れてきびすを返すと、三人は「えー」と不満げだったが、ルーチェが振り返らないとわかると諦めてくれたようだった。


(ちょうどよかった!)


 三人から逃げられたのでほっとしたルーチェだが、なぜか黒髪の女性は目的地のテントの前でぴたりと足を止めた。


「……もういなくなりましたね。では、奥様。彼女らに見つからないようになさってくださいね」

「……負傷者は?」

「奥様がお困りのようでしたので、とっさに嘘をつきました。申し訳ございません」


 黒髪の女性はそう言って、深く頭を下げた。

 ルーチェとテオはきょとんとして、そしてこれが彼女の気遣いだったのだと遅れて気づいた。


「いいえ、気遣いに感謝するわ。……早くエドアルド様のところに行きたいと思っていたのよ」

「左様でしたか。エドアルド様は先ほど、ご自分のテントに入られました」

「わかったわ。ありがとう、ええと――」

「……フェミアと申します」


 黒髪の女性が少し躊躇った後に名乗ってくれたので、ルーチェはうなずいた。


「ありがとう、フェミア。あなたもお仕事、頑張ってね」

「ありがたいお言葉、感謝します」


 フェミアは頭を下げて、きびすを返した。彼女が歩くのに合わせて、後頭部で結んだ髪がゆらゆら揺れている。


(……フェミア、ね。【1度目】では会ったことがなかった気がするわ)


【1度目】でのルーチェは、三人娘とよく行動を共にしていた。そのため他の女性使用人たちには目をやらなかったからだろうが、フェミアのような気の利く人と知り合えなかったのは非常にもったいない。


「……よし。それじゃあ、エド様のところに行きましょうか」

「はい。……申し訳ございません、俺がきちんとできなくて」

「気にしないで、テオ」


 三人娘に負けてしまったことを気にしているらしいテオを励まし、ルーチェはエドアルドのテントに向かったのだった。

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