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8  戦場のルーチェ

 数日後、ルーチェたちは魔物討伐のために東の森に向かうことになった。


「いってらっしゃいませ、エドアルド様! 奥様!」

「どうかご無事で!」


 留守番組の使用人たちに見送られて、ルーチェたちは居城を出立した。一行の先頭の馬車にルーチェとエドアルドが乗り、テオたち近衛騎士が騎乗して周りを固めてくれる。


「解毒剤の追加購入も間に合ったし、万全を期している。今回も必ず無事に帰ろう、ルーチェ」

「もちろんです、エド様」


 馬車の中で、ルーチェは向かい合って座るエドアルドと言葉を交わしていた。


 かつてのルーチェは一般衛生兵だったため、簡素な白いローブ姿だった。ローブの裾は短めで下にスラックスを穿き、足場の悪い戦場でも身軽に動けるような服装をしていた。

 そして負傷した仲間に回復魔法を施すので、戦いを終えた後のルーチェのローブはたいてい、泥や血で汚れていた。


 だが今回のルーチェは、ただの衛生兵ではなくてエドアルド隊隊長の妻として出陣する。

 神官として負傷者に回復魔法を施すのは同じだが、いずれ高貴な人の跡継ぎを産む立場ということもあり、もしルーチェの身になにかがあれば隊長であるエドアルドの精神を乱す可能性があることもあり、ルーチェは基本的に本陣の奥に控えることになっている。


 そのため、飾り気はないものの質のいい布地のローブを纏っており、戦闘中もそばにテオが控えることになっている。


(私が戦いについていくことは、私のわがまま。だから、【1度目】以上の働きをしなければならないわ)


 毎日丁寧に磨いている杖を握りしめ、ルーチェは決意を固める。


 ルーチェが留守番をしていれば、隊長の妻の護衛に割く人員を減らせた。もしくはルーチェが一般衛生兵のままだったら、血も汚れも気にせず戦場を走ることができた。


 兵士たちの配置を換え、戦力を削ぐことになっているのだから、相応の働きをしなければならないのだ。










 数日の路程の末に到着した東の森では既に戦闘が始まっており、魔物との戦闘で疲弊した警備兵と交代でエドアルド隊が出撃した。


「ルーチェ、無事で!」

「エド様も、お気をつけて!」


 早速指揮官として魔物の群れに挑んでいくエドアルドを見送り、救護テントに入ったルーチェはそばにいるテオに声をかけた。


「負傷兵をこちらに連れて来てもらえるのよね?」

「はい。奥様はそちらでお待ちいただき、負傷者の治療をお願いします」

「わかったわ」


 ローブの袖を捲り、ルーチェは治療者用の椅子に座る。すぐに最初の負傷兵が運ばれてきて、テントにむわっと血の臭いが満ちた。


(……【1度目】でも、私は同じ戦いに赴いた。そのとき、報告書に載っていた魔物との戦闘での死者は出なかったはず)


 エドアルド隊に所属する神官は、ルーチェだけだ。国王や王太子によるエドアルドへの嫌がらせなのか、教会から他の神官を派遣してもらうことを許されなかったからだ。


 それは【1度目】も同じで、ルーチェは決して多くない魔力が空っぽになるまで戦場を走り回り、負傷者を治療した。とうとうルーチェは過労で倒れたものの、奇跡的に死者は出なかった。


(でも、増援があった。報告書になかった毒性の魔物が出てきて、毒の霧が発生した――)


 回復担当であるルーチェの魔力が尽きたところに、新手の魔物が襲撃してきた。エドアルドたちは必死に応戦したが癒やし手も解毒剤も足りず、結局味方の犠牲者を出してしまったのだった。


(でも今回は、解毒剤を追加で購入している。私が倒れたとしても、毒の治療は間に合うはず……!)


 そう考えながら、ルーチェは杖に魔力を灯し、負傷兵の傷口を塞いでいく。


 神官たちは、回復魔法を使う際に杖を必要とする。教会で作られる杖があることで、体の中に巡る魔力を外部に放出して治癒効果を与えられるのだ。

 神官が自分自身に回復魔法を使えないのはこのためだし、杖を失った場合も体内の魔力を放出できなくなってしまう。


 そして、魔力にも限度がある。しかも魔力は本人の疲労度や空腹度、睡眠不足などによって左右されるので、神官は体調管理を万全にした上で戦地に行かなければならない。


 ということなので、一般衛生兵として自分の足で戦場を走るために余計に体力を消耗した前回と違い、椅子に座って負傷者が運ばれるのを待てばいい今回の方がルーチェにとって効率がいいのだが。


(……妙ね。それにしても、体が疲れにくいわ)


 十人ほどの治療をしたところで、ルーチェは自分があまり疲れていないことに気づいた。

 負傷者の傷口の度合いにもよるものの、いつもなら十人ほどの治療をすればそろそろ体が疲れてくるのだが、今回はまだまだ平気だ。


(座っているのが、よほど効果的だったのかしら……?)


 そう考えたのだが、ついに初期負傷者の治療が全て終わって治療待ちの列が途切れたところで違和感がはっきりした。


「テオ、私が治療を始めてどれくらい経った?」


 テオが差し出したたらいの水で手を洗いながら問うと、彼は「そうですね」と考え込む。


「おそらく、半刻ほどかと。まだ外では戦闘が続いているようですし、もうじき第二陣が来ると思われますが、大丈夫ですか?」

「……ええ、平気よ」


 タオルで手を拭きながら、やはり、と思った。


(【1度目】では、私は休む間もなく治療をして回った。でも今回は、前回よりずっと早く初期負傷者の対応が終わって、第二陣が来るまで時間が空いた……)


 間違いなく、前回よりも作業効率が上がっている。半刻ほどで最初の治療者の手当てが全て終わっただけでなく、ルーチェの体もさほど疲れていない。


(エド様と結婚してから、特別な訓練を受けた覚えはない。だとすると……もしかしてこれは、人生をやり直していることが原因なの?)


【1度目】のルーチェは望まぬ結婚をした先で、夫のナザリオから暴力を受けてきた。

 なんとか自分の傷を癒やせないかと毎日こっそり魔力を体の中に流していたが、杖を奪われていたしそもそも自分に回復魔法は使えないので、なんの効果もなかった。


(これは、神様の気まぐれ? それとも、あのとき無意味だとわかっても毎日魔法の訓練をしたことによる効果……?)


 一体なぜなのだろうかとは思うが、回復魔法の効率が上がったというのはルーチェにとって純粋に喜ばしいことだ。

 皆の足手まといには絶対にならないと誓ったのだから、使えるものはなんでも使いたい。

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