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聖女に全てを奪われた私の、リベンジライフ  作者: 瀬尾優梨
♦【2度目】の人生♦

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7  妻ならどんと構えましょう 

 ルーチェとエドアルドの結婚後、初めての遠征任務が下ったのはテオを専属騎士にして三日後のことだった。


「東の森に発生した魔物の巣を叩くように、とのことだ。概算ではあるが、十日程度で帰ってこられるはずだ」


 書類から視線を上げたエドアルドが、自分の正面に立つルーチェをしっかり見つめてくる。


「……最終確認だが。君も来るんだな、ルーチェ?」

「もちろんです。私は、衛生兵です。微力ながらお手伝いができます」


 愛用の杖を手に、ルーチェはうなずいてみせた。


【1度目】のルーチェは、エドアルドと一緒に行った遠征について記録していた。公的なものではなくてエドアルドの力になれたことを実感するための日記のようなものだったが、その記憶が今、役に立っていた。


(あのときも、同じ日に任務が命じられたわ。確か、毒の魔物が出てきたわね……)


 当初の報告書では、毒を持つ魔物の情報は書かれていなかった。そのためエドアルド隊は魔物の毒への備えが不十分で、魔物の襲撃を受けてかなりの人数の騎士たちが命を落とした。

 ルーチェも回復魔法を駆使したのだがたかが下級神官の自分ではできることが限られ、歯がゆい思いをしたのを今でもはっきりと思い出せる。


 ルーチェの言葉にエドアルドは一瞬だけまぶたを伏せ、そしてうなずいた。


「わかった。では、部隊編成は当初のとおりで進める。物資に関しても、十分な量が届いているから問題ないだろうな……」

「……あの、エド様。もし余裕があればですが、毒や麻痺の解毒剤も追加購入してはどうでしょうか」


 迷ったが、言うのは今しかないと思いルーチェは切り込んだ。エドアルドは当然のことながら、不思議そうな顔をしている。


「解毒剤? だが今回の遠征計画書には、毒性の魔物の出現記録はない。それに、毒持ちが現れたとしても解毒剤を投与して回復魔法を使えばいいのではないか?」

「ですが実は先日、教会で書物を読みまして。その中に、神官の回復魔法に抵抗のある毒の記載があったのです」


 さも当然のように言っているが、実はこれは真っ赤な嘘だ。先日別の用事で教会の書庫に寄ったのは本当だが、そのような本は見かけていない。


(でも、エド様は神官の魔法について詳しくないわ)


 エドアルドの居城に常駐している神官は、ルーチェだけだ。そのルーチェが言うから信憑性が増すだろうし……エドアルドなら妻の提案を無下にしないだろうという推測もあった。


 嘘をついていることは心苦しいが、何人もの騎士が命を落とすとわかっている戦いに無策で挑ませるわけにはいかない。


(エド様、どうか聞き入れて……!)


 心の中では必死に祈りながら涼しい表情でルーチェが言うと、エドアルドは「そうなのか」と納得したように報告書に視線を落とした。


「……予算にはまだ余裕があるし、解毒剤は総じて保存が利く。追加で買っておいて備えておくのもいいだろう」

「……はい」

「ありがとう、ルーチェ。念には念を入れるべきだし、こんなところまで気が利くとは、さすが俺の妻だな」


 エドアルドは近くにいた従者に解毒剤の追加購入をするよう命じてから、ちょいちょいとルーチェに向かって手招きしてきた。それを見て、それまでは壁際で黙って控えていたテオたち騎士がそそっと部屋を出ていった。


(も、もう! 皆、気を利かせすぎよ!)


 ルーチェとエドアルドが結婚してしばらく経ったが、今では居城の使用人や騎士たちは夫婦の行動をすっかり把握していた。

 基本的に彼らはエドアルドの味方なので、彼がルーチェを甘やかそうとする気配を察するなり、音もなく姿を消す。テオに至っては、「ごゆっくり!」と口の動きだけ伝えて笑顔で去っていく始末だ。


 部屋から他人がいなくなったため、ルーチェはどきどきしながらもエドアルドの手招きに応じて彼の方に向かった。

 エドアルドはルーチェが乗ってくれたことに笑みを深くして腕を伸ばし、ルーチェの腰を抱き寄せてひょいと自分の膝の上に向かい合うように載せてしまった。


「ふふ、この角度から見るルーチェはいつもに増してかわいいな」

「……どの角度から見たって同じだと思いますが」

「そんなことはない。いつもは俺がルーチェを見下ろしているから、こうしているとルーチェに見下ろされているようでどきどきする」


 そう言ってエドアルドは、ルーチェの胸元に顔を埋めた。立って並んでいるとルーチェの目の高さにエドアルドの胸があるが、エドアルドの膝の上に載っている今だと彼がルーチェの胸に顔を埋める格好になる。


(……もっと豊満な体だったら、私も喜んで抱きしめられたのに!)


 残念ながらルーチェは十代半ばで成長が止まっており、全体的に薄っぺらい体つきになってしまった。

 師匠のオルテンシアはとても豊満な体だったので、大人になったら彼女のようなグラマラスな女性になれると思っていた。だが冷静に考えればルーチェとオルテンシアに血縁関係がないので、ただ師弟関係なだけで体格が似るわけなかった。


 それでもルーチェに抱きつくエドアルドはとても満足そうで、起伏の足りないルーチェの胸元に頬ずりして幸せそうなため息をついた。


「ああ……ルーチェは温かいな。こうして抱き合えたのは子どもの頃のほんのわずかな期間だけだったから、またできて嬉しいよ」

「……私もです。でも、あまり抱き心地のいい体でなくて申し訳ございません」

「なにを言うか。俺はルーチェだからこうして抱きしめたいんだ。君の体は小さくて柔らかくて、いい匂いがする。叶うことなら一日中こうして抱きしめていたいくらいだ」


 ルーチェを抱きしめながら、エドアルドが熱弁を振るっている。


 ……そういえば、マリネッタも体つきはどちらかというとスマートな方だった。いや、胸の大きさだけならルーチェの方がまだ勝っていた気がする。


 ……夫の性癖がなんとなくわかってきたが、過去の女を比較に出したくはないのでルーチェは黙ってエドアルドの頭を撫でた。


「……ああ、そうだ。遠征先でも、俺とルーチェは同じ部屋、同じテントで休めるよう手配している」

「まあ、そうなのですね」

「当然だ。君はまだ女性の専属使用人を決めていないし、さすがにテオでも君の寝所の番をさせるのは俺が妬けてしまう。それならいっそ、同室の方が安心できるだろう?」

「……そう、ですね」


 上機嫌な夫の頭を撫でながら、ルーチェは小さくため息をついた。


 ルーチェは恋愛結婚したというのに初夜をお預けにした悪妻だが、エドアルドが呆れた様子は一切ない。

 それどころか、「夫婦なのだから、いろいろなふれあいをしてみよう」と非常に前向きな提案をして、日々こうしてルーチェの体を愛で、愛をささやき、独占欲をちらちらと見せつけてくれていた。


 ルーチェはエドアルドのことをどちらかというとストイックで欲が薄い人だと思っていたので、隙あらばこうして抱きしめてこようとすることに驚いていた。

 もちろん情熱的なエドアルドも大好きなのだが、【1度目】での疲れ果てた顔をした人とは同一人物とは思えない振る舞いに翻弄されてばかりだ。


(【1度目】のエド様は、マリネッタ様にもこんな顔を見せたのかしら……)


 そう思うと不快ではあるが、その気持ちも長続きはしない。


 エドアルドとの結婚生活を送る中で、ルーチェは【1度目】の記憶をそこそこ上手に清算できるようになった。

 つまり、「私の夫は【1度目】では別の女に恋をした」と後ろ向きになるのではなく、「今の夫の妻は、私だ! マリネッタなどに譲らない!」と好戦的に構えるようにしたのだ。


 すると、びっくり。

 多少のことには動じず、目の前にいる夫の愛を素直に享受できるようになったのだった。


「エド様。先に言っておきますが、遠征中も同室だったとしても、お仕事はきちんとなさってくださいね」

「もちろん、わかっている。俺の態度は軍の士気にも関わるからな。皆の前では腑抜けた顔などしないさ」


 ルーチェの肌を堪能するのをやめて顔を上げたエドアルドが、きりっとして宣言した。

 彼はオンオフの切り替えが上手にできる人なので、戦場で妻を溺愛して皆を呆れさせることなどは、正直なところあまり心配していない。


「わかりました。ではその分も、お疲れのあなたを私がうんと甘やかしますね」

「ルーチェ……! ああ、君は天使か!? 天使だったのか!」


 よしよしと頭を撫でると、エドアルドは感極まった様子で叫んでルーチェの背中に手を回した。


「そうか、君はかつてここに翼があったんだな。そういえば初めて顔を合わせたときの君の姿は、まるで本物の天使のようだった。だとすればいずれ君が生んだ俺の子の背中には、翼があるかもしれないな……」

「あるといいですね」


 なにやら夫が変な方向に走っているようだが、いちいち突っ込むのも面倒なので適当に返しておいた。

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