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7.ぜんぶ私の

「ッッどうでも、よくなんかないっ! 好きだっていってるでしょ、グレンさんのばかぁ……っ!!!」


「ぐっ……!?」


 ゴン、という鈍い音と衝撃と共に、彼の呻き声が部屋に響き渡る。私の頭にもまともに伝わった振動にくらりと視界が歪んで、けれどそんなものに負けじと私はギッとグレンさんを睨みつけた。

 油断していたのか、思い切り頭突かれた額を咄嗟に抑えた彼の拘束が緩んで、その隙を逃さずに全力を込めてそれを振り解く。両手が自由になったからといって、体格が違いすぎる彼が上に伸し掛かっているのだから逃げようがない。


……けれど、私の頭には最初から、逃げようなんて考えはほんの少しだってなかった。


 不意を突かれた様子だったグレンさんは、けれどすぐに瞳を淀ませて再び手を伸ばしてくる。その瞳にあるのは私の突然の暴挙に対する怒りではなく、ほんの一瞬でも拘束を緩めてしまったことに対する焦燥だ。

 きっとこの大きな手に再び捕まってしまえば、私は今度こそ僅かな抵抗も許されず、あっという間に貞操も尊厳も何もかも貪り尽くされてしまうのだろう。

 けれど、そうと知っていても。……伸ばされた彼の手を、ほんの少しも恐ろしいだなんて思わない。


──私の想いがどれほどのものか、今ここで、その胸に刻み付けてやる。



「……ッな、」


 伸ばされた手に腕を絡めて、体重を掛けて思い切り引く。バランスを崩したグレンさんの首に両手を回して、しがみつくような強さで引き寄せた。

 予想外の動きだったのか、簡単に引き寄せられてくれた彼の身体の重みと熱を受け止めながら、陶酔にうっとりと眦を緩めて──私は煮えたぎる衝動に背中を押されるままに口を開けると、彼の唇に勢いよくかぶりついた。


「……っ!?」


 驚いたように、彼の身体がびくりと震える。その唇の熱は変わらないのに、私がどれほど必死になって押し付けても、夜の鐘が鳴った時とは打って変わってその動きは酷く鈍く消極的だ。すっかり理性の糸が切れていた私には、それすらも不満に思えた。

……自分からした時は、あんなに情熱的だったくせに。


 湧き上がる苛立ちをぶつけるようにして、無我夢中で彼の唇を食む。それなのに硬く唇を引き結んだ彼はあろうことか、困惑の滲み出た手つきで私の身体を引き剥がそうとしてきたものだから、私は抗議の意を込めてその唇に甘く歯を立てた。


「ッ」


 グレンさんの肩が跳ねて、驚きに息を詰めた拍子に引き結ばれていた唇が緩む。そこを狙って必死になって彼の身体を引き寄せて、彼がしてくれたように、深く合わせて。時折苦しげに漏れる彼の吐息が色っぽくて、もっともっと、彼の全部が欲しくてたまらなくて。

 掠めた舌の感触が心地よくて、その熱が愛おしかったから、私は本能のままに舌を差し入れた。


「! ッ……ふ、」


 今度こそ彼の身体が大きく震えたけれど、構っていられない。


……全部、全部、与えて、彼が溺れてしまうくらいに、この想いで埋め尽くして。

──その分、グレンさんの全てを何もかも、私が奪い尽くしてやらなきゃ気が済まない。


 呼吸も覚束ないくせに、本能が求めるままに舌を絡めて。熱くて苦しくて、愛しくて、ぐちゃぐちゃに昂った感情に視界が滲んだ。

 硬直したままの厚くて大きい彼の舌に焦れて、求めるようにちゅうと吸い付けば、まるで耐え切れなかったみたいに彼の身体から力が抜けて、沈んだ体躯にギシ、とソファが軋んだ音を立てる。


 彼の大きくて重い身体に押し潰されて、縺れた足が絡んで、汗ばんだ肌がソファの生地に擦れて。溺れてしまったみたいに唇の隙間から必死で呼吸をしながら、時折どちらともなくくぐもった声を上げた。

  少しでも彼が離れようとしたら、必死になって彼の頭を引き寄せて、子供みたいに唸って抗議して。

 私のものだと主張するみたいに、僅かな隙間も許さずに。


「ふ、……ん、ぅ……ッ」


「……は、ッ」


 そうしているうち、とうとう耐え切れなくなったみたいに、彼の唇が無我夢中に私に応えて、それがあんまり嬉しくて、きもちがよくて。


 貪って、貪られて──どれほどにそうしていただろう。


 ぷぁ、と水面から顔を出したような音を立てて、漸く唇が離れる。通る空気が冷たく感じるほどに彼の熱を分け与えられた唇が、余韻に甘く痺れていた。


「っは、……グレ、さ……すき……すきなの、」


 荒い呼吸の合間を縫うように囁いて、同じように肩で息をする彼のことをそっと見上げる。倦怠感の中で、それでも満足感と幸福感に浸っていた私は、彼も同じ気持ちでいるものと信じてやまなかった。

 けれどぼんやりした様子だったグレンさんは、私の甘い声に微かに目を見開いて、一瞬だけほんの僅かな期待に縋るみたいにその瞳を揺らして──しかしそれも、彼が奥歯を噛み締めると同時に瞬く間に分厚い猜疑心に攫われてしまう。


「クソ……俺は、……ッそんな、嘘に、」


 その視線が逸らされて、苦悩するように眉が顰められる。──ここまでして、まだ、私の気持ちを疑おうとするのか。保身のためだけに、あんなに必死に彼の唇を求めたと思っているのだろうか。

……私は好きな人じゃなかったら、死んだってこんなことできないのに。


 グレンさんと唇の温度を分けあって、夢みたいに幸せだった気持ちが音を立てて萎んでいく。

 悔しくて、もどかしくて、それ以上に悲しくて。もうずっと感情の振れ幅が壊れてぐちゃぐちゃで、抑えることもできないそれが溢れかえって、どうしていいのか分からなかった。

 私がこんな風になってしまうのは、グレンさんのことだけなのに。ずっとずっと、何があろうとただ一つ変わらないのは──……



「……っふぇ、」


「……ミミ?」


「……ぅえ、え、もうやだっ、ど、してっ信じてくれないの、……っグレンさんは、やっぱり私のことなんかっすきじゃないんだあ……ッ!! わ、私のすきは、いらないから、だからしんじてくれっ、ないんでしょっ、り、りそうの、無欲な聖女さまじゃ、なかったから、だからっ」


「──は、何を言って……おいミミ、ックソ、暴れるな……ッ」


 困惑しきった声を上げる彼に、しかしすっかり精神的に限界を迎えていた私は止まらなかった。ぼろぼろと泣き喚いて、いやいやと首を振りながら身を捩る。

 当然ながら彼は逃してはくれなかったけれど、ずきずきと頭の奥が痛み始めるほど涙を溢す私はお構いなしに喚きながら暴れ続けた。


「ゎ、私、ラナに……っだ、抱いてもらわないと、元の世界にもどされちゃ、うって聞いて……ったから、だから、あんなにがんばっておねがい、したのにっ」


「──、……は、?」


「ひ、っ、グレ、さ、つめたいし、も、もっかいがんばっておねがい、しようとしたら、ぜ、絶対しないってシエラに、……そ、そんなに嫌われてるんだって、わ、私がどんなに……っ! ぅ、う、」


「……おい待てミミ、どういうことだ、……話を、」


「す、すきって、嬉しかったのに……ぐれんさん、全部私のだって嬉しかったのに、うそつきっ! ぐ、ぐれんさんのことほしい私は、無欲じゃないから、っだから、い、いらないんでしょ、好きなんてっぜんぶ、うそだったんだ……!」


 ただ一つ。……グレンさんが欲しい、全部欲しいという狂おしいほどの願いだけが、私を形作っていた。どれほどに打ちのめされようと、彼の想いの所在がどこにあろうと、ただの一度も、これだけは揺らいだことがないのに。……それなのに、どうして信じてくれないの。

 張り裂けそうな声で泣き喚く私に、グレンさんは暫く呆然としたような表情を浮かべて。けれど嘘つき、と繰り返される罵りに、やがて歯を食いしばるとその紅玉の瞳を据わらせた。


「……ッいい加減にしろ、嘘なわけが……いらないわけがあるか!! あんたがどう在ろうと、俺がどんなに、どれほど、あんたを……ッ!!」


 抑え切れない衝動を吐き出すみたいに、彼がソファの背を拳で打つ。ドン、と重たい衝撃を伝えてくるそれに驚いてぱちりと目を瞬けば、流れ落ちた涙に鮮明になった視界の中、酷く苦しそうな表情を浮かべる彼が、狂おしいほどの恋情をその瞳に浮かべて私を射抜いていて。

 それを見ていたら、また性懲りも無く涙が溢れてきた。


「っじゃあ、どうしてしんじてくれないの? ぐれんさんがすき、大好き、ずっとずっと一緒にいたいの!! おんなじ気持ちなんだから、ぐれんさんは、もうぜんぶ私のなの……っぜんぶ、ぜんぶわたしのじゃなきゃ絶対だめなの、やなの……っちょうだい、くれなきゃやだあっ」


 ほしいちょうだいとぐずぐず鼻を鳴らして、いとけなく彼の袖を引く。伸びてしまったそれはもう着られないかもしれないけれど、そんなことにはお構いなしに。

 顔をくしゃくしゃにして泣く私はさぞかしみっともなくて、分別つかない子供だってもう少し理性があるに違いなくて。

……けれど「無欲な聖女」の、いつになく必死なその姿を、グレンさんは目を見開いて、穴が開くほどに凝視して──それから、ふと、瞳を揺らした。

 それこそ今にも泣き出してしまいそうな、子供みたいな表情で。


「、……あんたは、……」


 遠慮なく私を縛めていたのが嘘みたいに躊躇いがちに、彼の指先が私の頰に伸ばされる。

 大粒の涙を拭い取ったそれは、期待を抱くことに怯えるように、酷く震えていた。


「……ミミは、俺が、欲しいのか。好きな奴っていうのは、俺だと?……本当に? 丸ごとくれてやれば、あんたが手に入るっていうのか。この先ずっと、……冗談だろ──たったそれだけの、事で」


 まるで、掴むことのできない夢物語を語るような彼の声は、けれどそうだったらどれほどに、という狂おしいほどの羨望が滲み出ていて。

 まだ色濃い恐怖と猜疑心をかき分けて伸ばされたその指先を、その熱を──私は死に物狂いで掴み寄せた。

 涙を拭ってくれた手を両手で包んで、幾度も拙く唇を寄せて。


「っあげる! グレンさんがくれるなら、ぜんぶ、ぜんぶあげる。心も身体も、未来も、ほしいだけいくらでも。何にだって誓うから……だから、」


 幾度目かも分からないちょうだい、という声に、その対価に差し出されたものに、彼はとうとう目の色を変えた。

 疑念や躊躇なんて全て投げ捨ててしまえるそれを、私はよく知っている。──臓腑が焼け爛れるほどの、恋情と欲望を。


 伸ばされたその腕は、痛いほどに私を抱きしめるその身体は、もう震えてはいなかった。


「ッ……やる。そんなもの、全部、あんたにやるから……ッ! 今更嘘だなんて言えると思うなよ、俺に誓え。内心で、単純な男だとどれだけ嘲笑っていてもいい。──ただその言葉は、約束だけは、生涯絶対に違えるな……!!」


 煮えたぎるほどの激情が込められた、唸るような声だった。びりびりと空気を揺らす恫喝に近いそれは恐ろしいほどで、けれど私にはこの世の何よりも甘く心に響いて。

 グレンさんの肩口に額を擦り付けるようにして、こくこくと頷く。それからほんとうにくれるの? と何度も何度も確認して、その度応えるように頭を撫でてくれる彼の大きな手が、そのあんまり心地いい感覚が、夢みたいな幸福をゆっくり現実に近づけてくれた。


──両想い。私は彼のもので、グレンさんももう、全部、全部私のもの。

……ずっと欲しかった、ただ一つ求めていたグレンさんが、私のことを好きだと、欲しいと言ってくれた。

……これから生涯、ずっと一緒だと言ってくれた。



 欲しいものなんてないと、思っていた。自分はとても冷めた人間なのだと、何かを必死に求めて、努力して泣いて、そういう情熱を持つ人たちのことなんて一生理解できないのだと。……それなのに、今は。


──この、綴る言葉も追いつかない幸福を、私は。



「ッふ、ぇ、……や、ったぁ……っ」



 わぁ、と子供みたいな歓声を上げて、嬉しくてどうしていいか分からなくて。だからどこにもいない誰かに自慢するように、この素敵なひとが私のなんだと主張するみたいに、グレンさんにぎゅうぎゅうと全力で抱きついた。

 じっとなんてしていられなくて、じたばたと遊ぶようにソファを蹴って、止まらない涙を繕うこともせずにぐりぐりと彼の胸に額を擦り付ける。


「うれしい、うれ、し、……どうしよう、ぐれんさ、わたしの……すき、だいすき、ずっといっしょなの、」


「、……ああ、」


 喜びに溺れた私が愚図るたび、彼も現実を噛み締めるように返事をして、優しく頭を撫でてくれて。それがあんまり幸せで、今この瞬間が、いつまでも永遠に続けばいいと心の底から願ってしまった。

 けれど幾度かそれを繰り返したあとに、ふと彼がそっと身体を起こして、その熱が遠ざかる。


 こんなにうれしいのに、死んでしまいそうなくらい、どうしていいか分からないくらいうれしいのに、グレンさんはそうじゃないの? とそろりと不安が顔を出して、私はまだまだ引っ付いていたいと腕を伸ばしかけた。

 けれど、見上げた彼の顔が、……その瞳が、薬が効いていた時よりも余程ぐずぐずに蕩けていたから、つい出かけた言葉を驚きと共に飲み下してしまった。


「ミミ、……よく見せてくれ、あんたの、顔が見たい。今すぐ」


 言うなり、く、と顎を持ち上げられて、きっと涙と鼻水で酷いことになっている顔をじっとりとした視線で見下ろされる。

 そうしているうち余りの必死さに忘れていた羞恥心が幾分戻ってきて、私は顔に熱が上るのを感じながらそろりと目を逸らした。

 どんな状況であれ、好きな人にこんな酷い顔をじろじろ見られたい訳がない。


「あの、グレン、さ、……」


「……ずっと、あんたの欲しいものを、俺が与えてやりたかった。無欲なあんたが、それを手に入れた時どんな表情を見せるのか、知りたくて」


 独りごちるような彼の言葉に、私ははっと口を噤んだ。

 「無欲な聖女」なんて裏で呼ばれているのはなんとなく知っていたけれど、私は実際は全くそれに当てはまらない。狂おしいほどグレンさんを求める私は、彼が執着を抱いたイメージとは程遠いはずだ。

 少なくとも彼が想像していたのは、こんなふうに顔をぐちゃぐちゃにして、喜びのあまりじっとしていられない子供みたいな姿じゃないはずで。


「や、」


 顔を逸らして取り繕おうにも、彼の手がそれを許してはくれない。がっかりされちゃったらどうしよう、と不安が胸を覆い始めたところで、彼はふと眦を緩めると、酷く熱っぽい溜め息を吐いた。


「……は、……愛おしくて、もう、……ッくそ、どうにかなりそうだ……どうしたらいい」


「へっ」


「あのあんたが、俺が欲しいと泣いて、……こんな、本当に夢じゃないのか? あるいは耐えきれずにあんたに手を出して、元の世界に帰してしまって……狂った俺が見ている幻覚じゃ、ないのか」


 苦悩するように顰められる眉に、微かに怯えの滲んだその声に、狂おしいほどの恋情が感じられて、胸の底からまたじわじわと耐え難い喜びが湧き上がってくる。

 グレンさんも、きっと私と同じほどに、喜んでくれている。ただそれがあまりにも大きくて、信じきれないだけで。


 これが、こんな幸福が現実なのかと疑ってしまうのは私だって一緒だ。けれど彼の熱が、与えられた微かな痛みが、これは夢じゃないのだと確かに思わせてくれた。

 それなら私だって、彼にそれを返してあげたい。


 ぐいぐいと彼の襟を引けば、それに気が付いたグレンさんが身を屈めてくれる。何か言いたいことがあると思ったのか、律儀に耳を寄せてくれる彼が愛しくて、私は我慢できずにその耳にかぷりと甘く噛みついた。


「ッ、!?」


「グレンさん、ほら、いたいでしょう?」


 だから夢じゃないです、どうか疑わないで、と必死に言い募る私に、彼は何か衝動を飲み込むような、堪えるような複雑な表情を浮かべた。


「は……ッくそ、あんたは本当に……」


 言いながら、何かを振り払うように勢いよく身体を起こしたグレンさんをぽかんと見つめていたら、腕を取られて同じように引き起こされる。

 目を瞬く暇もなく強く抱き寄せられて、押し殺したような吐息が耳に吹き込まれて、思い出したようにばくばくと鼓動が跳ねた。


「俺がどれだけ堪えているか分かってないだろ……ッ聞きたいことも、話さないといけないこともまだ腐るほどあるんだ。頼むから煽らないでくれ」


「へ……」


 懇願するような声に一瞬ぽかんとして、それから意味を理解するなり顔に熱が集まっていく。本当にそんなつもりじゃなくて、ただ彼に信じてほしかっただけで。

……けれど、グレンさんは今日この場で私を手に入れると言っていたのに、きっとまだ完全には薬も抜けきっていないはずなのに、この言い分だと我慢するつもりでいてくれているらしい。

 それはきっと何よりも、心が通じ合っているのだと、もう今無理に押さえつけて縛り付けなくても私は逃げたりしないのだと、グレンさんが信じてくれたからだ。


……それがあんまり嬉しくて、幸せで。じわじわと湧き上がる歓喜に、緩んだ口元と気の抜けた笑い声を、うっかり隠し忘れてしまうくらいに。


「ふ……っふふ、」


「……おい、あんたな……人の忍耐をなんだと思ってる」


「ご、ごめんなさい。でもやっぱり……嬉しくて」


 怒らないで、と甘えるように肩口に額を擦り付ければ、また彼が唸る音がして、どうしようもなく口元が緩む。

……別に我慢しなくても、今手を出してくれてもいいんだけどな、なんて。ちょっと残念です、なんて。

 口に出したら本当に怒られてしまいそうな本心はひた隠しにして──その代わりに。


「グレンさん──私も、沢山、お話がしたいです。……グレンさんのお話を聞きたいし、……私の話だって、いっぱい聞いて欲しい」


 おかしな誤解は全て、しっかりと解いて。すれ違っていた時間に、何を思っていたのかを共有して。

 あとは、私がいつから、どれだけグレンさんのことを愛しているか──今までの私を燃やし尽くしてすっかり作り替えてしまった、あの鮮烈な出会いから、全部、余すことなく。


「長くなってしまうかもしれませんけど……グレンさんの時間が欲しいんです。その、わがまま、叶えてくれますか?」


 身体を離して、そろりと彼の顔色を窺えば、何よりも美しい紅玉の瞳がぱちりと見開かれる。

 そのまま落ちた沈黙に不安になってきた頃に、ふと、彼がくしゃりとした笑みを浮かべた。

……お願いをしたのは私の方のはずなのに、まるでずっと希っていたものが手に入った、少年のような表情だった。


「……ああ、あんたの願いは……俺が全部叶えてやる。──これからも、ずっと」


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